第125話 ウィル
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
二人は友達になった。オズワルドは習い事をこっそり抜け出すと、クリフと一緒になって遊ぶようになる。
時には宮殿でイタズラし、お忍びで街に繰り出し、夜中に部屋を抜け出したり、あるいは地下に潜って探検したり。
クリフは常に側にいるわけではない。あのような得体のしれない存在が宮殿にいられるわけもなかった。だが彼はどんな警備もすり抜けて会いに来る、まるで隠密の達人のようだった。
それに合わせてかオズワルドも人目を盗むのが上手くなっていった。衛兵や世話係には悪いと思いつつ、彼らを出し抜くのを楽しんでいた。
「こっちだオズワルド」
クリフは神出鬼没で、ある時は暗殺者の存在を察知し二人で難を逃れた。
「生きてるかオズワルド?」
オズワルドが長じて戦場に出るとクリフもひょっこり現れ、敵の刃から救ってくれたこともあった。
「結婚するそうじゃないか、めでたいめでたい」
宴会があれば料理と酒をくすね、ついでに祝いの言葉をくれた。
「気が進まなそうだな、まだ例のエルフ女が忘れられんか」
「……いずれにせよ政略結婚だ」
「だが花嫁に罪はない、会ったらきれいだの一言くらい言ってやれい」
オズワルドにとってこの友人だけが腹を割って話せる相手だった。だが二人は大人になり、やがて老いていく。特にオズワルドの精神的な摩耗は顕著だった。
「また謀反か、お互い飽きないもんだな」
「……もはや理解されるとは思っていない」
「もう少し話し合えばいいだろうに、お前さんは昔からそうだ」
「説教は止めてくれ」
話を切り上げようとするオズワルドにクリフは鋭い視線を向ける。
「オズワルド、近ごろ妙な女を囲ってるそうだな」
「お前が口をはさむことではない」
「あれはやめとけ、ためにならんぞ」
「関係ないと言っている」
「ああそうかい、勝手にしな」
やがてオズワルドの精神は破綻を迎える。
「もう……何もかもどうでもいい……」
ナイメリアの力によってオズワルドが迷宮を生み出した。地下で生じた魔物は地上に溢れ帝都を破壊していく。
その光景をオズワルドは夢を通して見た。そしてかすかに残っていた理性が彼を止める。
「違う、ダメだ、こんな……こんなことを望んではならない!」
その瞬間、迷宮は拡大することを止めた。だが失われたものが元に戻ることはない。
「……ようやく見つけた我が友よ」
迷宮の最下層。クリフはオズワルドを発見したが、かつての友はベッドで身じろぎすらせず中空を見つめている。
「こんな所に押し込められちまって。お前さんの息子はあれだな、遅れてきた反抗期か」
「……」
「ボサっとしとらんで、ホレ立ちな。地上へ帰ろうぜ」
「……もう手遅れだ」
かすれた声。大陸に君臨した皇帝が見る影もない。
「取り返しのつかないことをしてしまった……皇帝など馬鹿馬鹿しい、私はとんだ愚か者だ……」
「愚かなことは否定せんが、やっちまったもんは仕方あるまい」
「顔向けできぬ。先祖に、全ての民に、死んでいった者たちに」
「ハァ……そいつらのことは知らんがな」
クリフにはどうでも良かった。彼は自称悪魔である、楽しいことの方が大事だった。
「地上が面白いことになってるのに、当のお前さんはこんな所で朽ち果てるというのか。つまらん、そんなのつまらん」
「もう遅い……朽ち果てる以外あるまい」
「バーッカ、こんな地底にいちゃ気持ちも沈むわ。出かけよう、今こそ冒険に行こうぜ!」
「フッ」
あまりの勢いにオズワルドが笑いをこぼす。皇帝となってから笑った記憶がほとんどない、本当に久々の笑いだった。
「ハハッ、気持ちは嬉しいがもう体が動きそうにない」
「安心せい、ワシが連れてってやる。大昔に言ったろう願いを叶えてやると」
クリフがオズワルドの体に腕を突っ込む。比喩でなく実際にめり込んでいった腕は光の塊を取り出した。
「ナイメリアの魔法を利用させてもらおう、全部ワシに任せとけって」
場面は変わる。ここは迷宮と化した帝都地下、第一階層の隠された部屋。
「オズワルドから取り出した“心”に形を与える。取り合えず冒険者にしてやるか」
光は徐々に人の形を取り少年の姿となった。
「名前は適当で良いか。オズワルド……オズ、ワル……ウィルでいいや」
名前を与えられた少年は小さく頷く。
「身元不明、謎の少年。親はなく冒険者の男に拾われて育つ。設定はこんなもんかな、細かいところは好きにしな」
少年の記憶を魔法で書き換え、古い記憶は奥の方へ大事に押しやった。
「最後にこいつをやろう。昔そのへんの魔術師に作らせた短剣で嫌がらせに丁度良いんだ。失くすんじゃないぞ」
アーティファクトのドリームズ・エンド。これにも魔法をかけて何の変哲もない短剣に偽装しておく。いつか封印の解ける日が来るまではこのまま……。
「さあこれで新米冒険者の誕生だ、楽しんでこい!」
クリフに送り出された少年は隠し部屋から出るとその足で地上へ。迷宮攻略が始まり、冒険者の町に変わる途上の帝都である。
「……俺の名はウィル」
***
ささやかな演劇が終わり静寂が流れる。
「……マジなのかよ」
「ウィル君が……」
「作られた存在……なの?」
俄かに信じがたい話を次々と。困惑した顔が並ぶ中で冷たいのはナイメリアだった。
「それでアル・グリフよ、この茶番劇の目的は?」
「茶番とは言い方がきつい、まあお互い様か」
「何が狙いかと聞いている」
「大したこたあないさ、ただの尺稼ぎだ」
そう、時間が大事だった。オズワルドにとって時間が必要だった。そのためのウィル、そのための仮初の姿だった。
「少しは落ち着いたかオズワルド?」
「ああ」
答えるのはウィルの姿をしたオズワルド。老いた皇帝の記憶を持った少年。
「ありがとうクリフ、おかげで冷静になれた」
涙は乾いた。目に光が戻った。両の足で立てる。立ち上がれる。