第124話 壁の中の悪魔
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
「……爺さん、どうしてこんなところに」
「パーティーの匂いがしたから呼ばれもしないのに来てしまったわ」
クリフ爺さんの場違いなまで陽気な面。対して俺の顔はかなり酷いものになっているだろう。
「その様子だと全て思い出したかオズワルド?」
「あんたどこまで知って……」
「ちっと足りないみたいだな。まあ無理もない、即興だったからな」
何故ここに来たのか、何を言いたいのか分からない。また頭の奥がズキズキする。
「陛下、その男に近づいてはなりません」
「ナイメリア……?」
振り返るとナイメリアの顔が……獰猛な獣のような形相になっている、こわい。
「カッカッ、おー怖い怖い。怒ってるなババア」
「陛下はこやつが何者か理解しておられぬ様子」
「何者って」
そりゃ正体不明の爺さんだけど、それだけじゃ済まないらしい。
「ふざけた姿をしていますが、その正体は私と同じ異形の神、混沌の柱アル・グリフ」
「異形の神……アル・グリフ」
もう驚いたらいいのか何なのか分からない。この爺さんが異形の神、実感は皆無だ。
「あいつら何の話をしているのでしょうか?」
遠くでベオルンの声。それを聞いた爺さんが何か気付いたみたいだ。
「いい加減に姿を隠すのも止めにするか、ホレ」
爺さんが指を鳴らすと周囲からどよめきが湧く。
「何だあのジジイ、急に出てきたぞ!?」
え、何その反応、まさかまさか。
「爺さん、あんた今まで他の皆に見えてなかったのか!?」
「そーゆーこと」
「じゃあ俺はずっと独り言してるように見えてたってこと?」
ダメだ、死ぬ。
「……前からネズミの臭いがすることには気付いていたが」
「おぉいナイメリア、ネズミ扱いは酷いじゃないか」
「アル・グリフ、貴様いったい何しに現れた。私の邪魔をする気か?」
「邪魔というほどのことじゃないわ、ただ……」
俺の気持ちも知らずにジジイが舞台上でターンを決める。
「お前さんの安ーい演劇、色々足りないところを誤魔化してるのが気になってな」
「足りないだと?」
「さあさあ御立合い、坊主にお仲間たち、そして皇太子様よ、もうしばらくお付き合いいただこうか。これなるは我が友、皇帝オズワルドのありふれた物語」
慇懃なお辞儀の後、舞台に静かな幻影が踊り始める。
***
オズワルド少年は恐怖した。皇帝となった父に恐怖した。彼の父は宮廷の争いを一掃すると称して、後継候補だった王子と親族を尽く処断していった。
宮廷は謀略と闘争の場だった。いつか自分も彼らと同じ末路を辿るのでは、そんな恐怖に心を閉ざす。貴族だの豪商だのが彼を取り巻き担ぎ上げるが、そういった輩は全て金と権力に群がる亡者にしか見えなかった。
「陛下、王子の姿が見当たりません」
「……まったく、あ奴には帝国を背負う責務があるのに」
周囲の視線が怖い。父の期待が怖い。オズワルドは他人を避けるようになり、代わりに地下室に入り浸るようになった。人気のない暗闇は心が落ち着く。
そのうちに彼はあるものを見つける。
「何だろう、ここの壁だけ他と違う」
ランタンを近づけると壁には亀裂があって、覗き込むと誰かと目が合った。
「だ、誰だ!?」
「そういうお前さんこそ誰だ? いや、その顔は見覚えがあるな、お前オズワルドじゃないか?」
「僕を知ってるの?」
「おうともさ、お前の親父マクベタスとはちょっとした知り合いでな」
父の知り合いが何故こんな壁の中にいるのか。ここに牢屋などあったろうか。
「いったい何者?」
「悪魔、みたいなものかな」
「悪魔は自分から悪魔だなんてバラさないよ」
「俺は正直者なのさ、人一倍な。ケケッ」
笑い方は確かに悪魔のようだったが、オズワルドにすれば宮廷に渦巻く嘘つきたちと大差はない。
「そこで何をしているの?」
「閉じ込められちまったのさ、お前の親父に」
「正直者なのに閉じ込められたんだ?」
「ノンノン、正直だったからこそだ」
何とも妙な奴。そう思いつつも少年は危うい好奇心を感じていた。例え相手が悪魔であろうとも。
「俺はあいつが皇帝になるのを手伝ってやったのに、奴ときたら用済みになった俺を閉じ込めやがった」
「ううん、父上ならやるかも……」
「なあ、この哀れな悪魔を外に出してくれないか。お礼に願いを一つ、何でも叶えてやるよ」
「どんな願いでも?」
「あいや、今は力が落ちてるから可能な範囲でな」
「でも多分無理だよ、僕の願いは誰にも叶えられないから」
「ほ~ん?」
そうだ、少年の願いは叶わない。そう諦めていた。
「そいつは大きな望みなんだろうなあ。世界が欲しいか? 無敵の力か? それとも死んだ人間を生き返らせるか、この世の神秘を極めようとか?」
「……友達が欲しいんだ」
「……」
壁の向こうで黙り込むのが分かる。やはりか、少年は落胆はしなかった。
「僕には友達がいない。皇帝の後継ぎだから」
父は言った、帝国皇帝となる者にとって全ての人間は臣民であると。それは住む世界が違うということであり対等な関係とはなりえない。
少なくとも宮廷で彼が心を開ける相手はいなかった。相談役の賢者ですら人間離れしたところが信用しきれないのだ。
「ううううううむ友達か、おべっか使いはいらないんだよな?」
「うん。でもいいんだ、皇帝というのは独りぼっちなんだと思う」
「んんんんん待て、待つんだ少年よ、そうあっさり諦められると悪魔の沽券に関わる。オーケーオーケー願いを叶えよう」
「本当に?」
「可能な範囲でな、ガッカリするなよ」
オズワルドには正直どちらでも良い。ただこの悪魔も独りぼっちなのだろうなと思うようになっていた。
「そういうわけで出してくれ」
「でもどうやって?」
「契約は成った。壁に手を当てて念じるだけで良い」
言われたとおり壁に触れる。彼を解放してほしい。そして叶うなら願いを……。
すると本当に壁が口を開けていく。零れだす光、そして現れたのは道化服を着た少年だった。
「ありがとよ、お礼にこのクリフ様がお前の友達になってやろう」
それがオズワルドにとって初めての友となる男だった。