第120話 異形神殿
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆夢から覚める方法を探す。
「ぎゃぼっ!」
ゴロゴロと転がり落ちた。ここはどこ、すぐに灯りをつけて周囲確認。
「……あっ殿下」
「セレナ、それにこの者たちは」
エドウィン皇太子が元の姿に戻ってる。ガロやアイリーンも、エリアルとベオルンも健在。
「イテテ、オレたち夢から出られたのか?」
「ここはどこだ、八層なのか?」
分かんない、見覚えないけどあの八層ではなさそう。
「廃墟みたいだな、崩れないように気をつけろよ」
「うん……」
ガロの言うとおり、ここは打ち捨てられた場所のようだった。でも今までと趣が違う、荘厳な神殿のようでいて不気味な石像群……。
――フッと松明が灯った。一つ、二つ、道を示すように連なる炎。
「見て、誰かいるよ」
炎の先に小さく人影が見える。私たちは互いを守りながら、ベオルンはエドウィンを庇いながら近づいた。
「……ウィル君!?」
うずくまった姿を見て思わず声をかけた。……でも様子がおかしい。こっちに向けた彼の顔、今までに見たことがない。
泣いている。茫然自失って感じでただ涙を流してた。
「どうしたの――」
「セレナ」
ガロに遮られて私も気付いた。もう一人いる、ウィル君の側、影から出てきた女の姿に。
「ようこそ我が神殿へ」
「――っ」
何かマズイ、瞬間そう思った。場違いな司祭風の衣装、整った女の顔と所作、そして計算された音楽じみた声音。全てが揃って異質な存在感がこの地下に現れた。
「オイッ、ここはどこでテメェは何者だ!?」
睨みを利かせるガロ。それでも踏み込むことはできない。
「ここなるは迷宮の第九階層、そして我が名はナイメリア」
「ナ――っ」
「そなたらが異形の神と呼ぶ者が一人、夢幻の柱ナイメリアである」
異形の神、目の前に。現れた、こんな間近に。
「そんな、異形の神は既に顕現していたというの!?」
「少し違うな。我は写し身、陽の光が作る影、鏡に映る姿にすぎぬ」
「……分かりやすくお願い」
「分身という奴だ。我らはそなたらと住まう次元を異にする。そこから力の一端のみを送り込んで姿を見せている」
神の先っちょてところかな。それでも危険な香りに心臓がきゅっと締まってる。
「よりによってこんな時に……」
「そう恐れるな、そなたらと争う気はない」
「何だと?」
「第八層、夢の試練を乗り越えた者たちは、この場に立ち会う資格がある。特にそこの――」
女司祭、ナイメリアの手がしゅるりと指さす。
「……?」
「罪深き皇太子エドウィンよ、そなたは全てを見届けねばならぬ」
「……何だと?」
「皇太子と名うての冒険者たち、勇気と知恵に秀でた者たちよ。そなたらは苦難の末この迷宮を見事踏破した。褒美に今こそ見せよう、全ての真実を」
エドウィンがどうだと言うの。ウィル君をどうするつもりなの。こいつ、この……。
――ピシッ。足下で音がすると地面の石が砕け始めた。
「セレナ下がって!」
「何をする気だ!?」
石が砕けその隙間から光が漏れてくる。やがて地面に大きな穴が口を開け、眼下に広がる光景は……。
温かな光、爽やかな風、緑と色とりどりの花。――秘密の花園、そんな言葉が頭に浮かぶ。
「何なの、何が……」
「これがそなたたちの求めた最深部、迷宮第十階層よ」
違う、全然予想してなかった穏やかな場所。いやこれも幻か、夢の神なら何だって見せられる。
その中心、小さな庭園の区画にベッドが置かれている。そこで眠っている人は……。
「あの人は」
「フフ、近くでよく見せようか」
私の望みに応えるように視界が近づく。あれは、あの人は。
「父、う、え……?」
疑問形のエドウィン、私も頭がこんがらかりそう。そこにいるのは夢で垣間見た皇帝オズワルドに見える。でもおかしい、ぼんやり光る肉体はところどころ欠けていて、どこか砕けた石像みたいだった。
「……生きてんのかアレ?」
「おい犬、礼儀を弁えよ」
「生きてやがりますのかあのお方?」
ガロとベオルンは置いといて、エリアルがナイメリアを鋭く睨む。
「答えろナイメリア。皇帝陛下をどうした、こんな場所に捕らえて何が狙いだ?」
「それは御子息に尋ねた方が良かろう」
「皇太子……」
視線がエドウィンに集まる。けど彼は押し黙ったまま眉間にしわを寄せた。
「……」
「閉じ込めたのね」
「セレナ?」
止められなくなって口をついた言葉。
「……閉じ込めたとは、まさか幽閉したのか?」
「ま、待てよセレナ、そんなもん噂だろ?」
「噂であってほしかった……嘘であってほしかった……でも」
それは前から耳にしていたこと。帝都侵食の直前、皇帝が表に現れなくなり皇太子が政務を取り始めたことで、そんな噂が囁かれたという。帝都の混乱に埋もれて聞かれなくなっていったけど、ならば目の前の光景は何を意味しているのか。
「……やむを得なかったのだ」
「エドウィン……」
「父上はすでに正気を失っていた。平和のためとはいえ周辺国に譲歩を繰り返し、国内に目を向けなかった。臣民の不満は募る一方であるのに反対派を粛清し、更なる軋轢を生み続けた」
「どうして話し合わなかったの?」
思わず声に怒りが混じる。
「あの方に話し合いなど通じない」
「でも親子でしょう、側にいたのにどうして……!」
「どうにもならなかったのだ!」
エドウィンが怒鳴る。為政者として泰然としていた皇太子が声を荒げて怒る。
「もう手遅れだったのだ! 廷臣や家族と話し合うより壁と話す時間が増えていく。自分で招いた司祭をその手で斬り殺した、あの人は狂っていたんだ! どうしようもなかったのだ、どうしようも……」
「それでも……」
「セレナ!」
アイリーンに抱きとめられて何も言えなくなった。これが帝国を背負ってきた男の、人に見せることない苦衷というんだろうか。
「ククク……」
笑い声は女の、ナイメリアのもの。何がおかしいんだ。
「皇太子よ、そなたは少し思い違いをしている」
「何だと?」
「小さな小さな勘違い、だが大きな過ち」
「何を……言っている?」
ナイメリアの言いたいことが分からない。エドウィンとオズワルドのこと、それにウィル君がどう関わるのか、何もかも分からない。
「では教えてやろう、皇太子エドウィンの罪、迷宮、オズワルドの真実を」