第118話 壊れる音
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆夢から覚める方法を探す。
「夢の中に異形の神が現れ言ったのだ。ウィル、お前を迷宮の奥底へ連れてくるようにと」
ジェイコブの言う神、恐らくは夢幻の柱ナイメリアか。しかしまた俺のことをどーとかこーとか……。
「そのためには、この大探索は格好のチャンスだった」
「大部隊で深層までの道を切り開いてくれるものな」
「中でもお前は特別だった。明らかに他の者と違う、見えているものが違うというのかな」
……“潜行”のことだな。俺自身にも謎のままだったこの特技。
「お前を主のところへ案内すれば何が起こるか、俄然興味が湧いて来たぞ。大人しく来てもらおうか、お望みの迷宮深層へ」
「あんたと一緒はごめんだね!」
投げる、短剣の鞘。今はこんなものしかないがジェイコブに隙を作れ。
「小僧、勝てると思うか!?」
「思わん!」
腐っても邪教狩りのプロだ、戦って勝てる相手じゃない。だから逃げる。
「えぇい待て!」
ここは迷宮のどの辺りだろう。ジェイコブは俺を夢から引きずり出し、肉体ごと連れてきた。何かの魔法か異形神の手引きか、それは分からない。だがそう遠くはないはずだ、同じ八層か近くの階層か……。
灯りもわずかで周囲が見通せない。照明魔法でも習ってみれば良かったかな。でもこういう時こそ使え、“潜行”――。
意識を張り巡らせて構造を把握する。……近くに出口は見当たらないか、それでも身を隠す場所はありそうだ。
「どこへ行った!?」
ジェイコブの方は魔法を灯して俺を探している。一旦瓦礫に身を潜めて息を殺す。奴が離れるのを待て。
……しかしここはどんな場所だろう、迷宮というよりは廃墟に近いか。“潜行”で把握する限り石像や彫刻入りの柱がそこらじゅうにある。そういえばホセが言っていた、帝都深層にはかつての魔王が建てた邪教の神殿があったと。
――グラッと視界が揺れる。何だろう気分が悪い、目覚めたばかりで動いたのが良くなかったか。
いや、体調だけじゃない。妙に頭の中が疼く。心臓が軋む感じがする。ホセがわさびも試したとか言ってたけど今になって効いてきたんじゃないだろな。
「……っく」
「そこか!」
マズイ寄ってくる、逃げないと、逃げ――体が言うことを聞かない。
「逃げ場はないぞ」
ジェイコブ、もう目の前!
「お前を捧げることで我が罪はそそがれる!」
「そうは行くかよ!」
“潜行”、今度は俺の意識をジェイコブに潜り込ませてやる!
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……神よ、どうか私の問いに答えてください。貴方がたは真に敬うべき神々なのですか?
我々は貴方の言葉を聞いたことがない。貴方の息吹を感じたことがない。貴方がたは遠くから見守るばかりで我々の前に降臨してはくださらない。
それに比べどうだ、邪悪であるはずの異形の神々は地上に度々姿を現し、そして多くの奇跡を起こしてきた。彼らを崇める者たちの気持ちが今なら分かる。
だがもう遅い、遅すぎた。私は彼らの信者を幾人も殺めてきた。もうその威光に浴する資格が私にはない……。
『我が寵愛を得たいか?』
それは夢の中で突然現れた。神の啓示だ。
『救いを求めるお前の声が我を呼び寄せたのだ。我のために奉仕すればお前の罪は洗い流される』
夢から目覚めた瞬間、私は涙を流していた。そしてすぐに行動を開始した。
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「貴様っ、何をした!?」
ジェイコブ、膝をついている。効果はあったようだが俺も回復はしていない。
「よくも、よくも私の心を覗いたな!」
――ヒュッ。
風が吹き抜けた。だけじゃない、腹の辺りに熱を感じる。剣――俺は斬られたのか。
「ぐうっ……」
「しまっ、そんなつもりは……」
……斬っといてそんなこと言うなよ。あっ血が出てきた……わりと深い……かも。
「……これ以上は抵抗するな、殺すつもりはない」
ダメか、捕まる、体に力が入らない……。
――カツン。
「足音……?」
――カツン、カツン。
誰かの足音、近づいてくる。俺たち以外に人がいた。
「お前は――?」
現れたのは女、こんな地下深くに。
「ようこそ我が神殿へ」
女はフッと光を浮かべて周囲を照らした。魔術師か……でも聖職者っぽい装いと雰囲気だ。
「お前……いや貴女はもしや」
急にジェイコブが跪いた、まさか……。
「そなたがジェイコブか、直接会うは初めてだな」
「やはり、やはり異形神に仕える巫女にあらせられるか」
異形神の……これは詰んだか……意識も遠のいてきた……。
「神の啓示に従いご所望の若者を連れて参りました」
「ふむ……」
女の目がこちらに向く。――ドクン――。何だ、胸が締め付けられるような……。
「確かに。ご苦労であったなジェイコブ」
「我が神のため、当然のことをしたまで」
「だが……」
――女の目が氷のように冷たくなった。――ドクン――。
「誰が傷つけてよいと言ったか?」
「え」
女の手が振るわれる。瞬間、ジェイコブの体が痙攣を始めた。――ドクン――。
「ぎ、あががっ、おああああああ!?」
「貴様には罰を与えよう」
「頭がっ、や、やめてくれ、こんなものを見せないでくれ、ぐおおおお!」
ジェイコブが叫ぶ、震える手で頭を押さえる、足がくねくねに曲がって倒れ込む。いったい何を見せられているんだ、喉が破れんばかりに絶叫、全身の筋肉を痙攣させて反り返り、やがて呼吸すらできなくなっていく。
「ウィル」
俺を呼ぶ女。打って変わって優しい、優しすぎるほどの微笑みで歩み寄る。――ドクン――。
女が俺の傷口に触れると温かい波動が伝わる。治癒魔法か、痛みが和らぎ傷が塞がっていくのが分かる。――ドクン――。
でも何故だ、この顔を見ると心が揺れる。――ドクン――。不安、恐れ、逡巡、様々な感情がこみ上げてくる。――ドクン――。
「これで大丈夫です」
「……」
そして、間近で見て確信した――ドクン――この顔に見覚えがある。夢の中で会った少女、メア。――ドクン――。彼女に近づくほどにその姿が成長するとか言っていたが。――ドクン――今やすっかり成長して大人の女性になっている。――ドクン――。
「貴方がお戻りになるのを待っておりました」
「戻る、俺、が?」
「ええ。貴方と私、大事な契りの日からずっと、お会いしとうございました」
――ドクン――。
待て。
――ドクン――。
「メア、どういう、何を、言って」
「思い出せませんか?」
止めろ。
――ドクン――。
何か開いてはいけない扉が開こうとしてる。頭の中に押し込められていた何かが。
――ドクン――。
「私の顔をよく見て、思い出してください」
「あ……」
「貴方が殺した女の顔を」
――ピシッ――。
何かが壊れる音を聞いた。
「お帰りなさいませ皇帝陛下」