第117話 眠りと覚醒の狭間で
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆夢から覚める方法を探す。
「絶対負けない!」
「セレナ!?」
体が元に戻ってる、これなら戦えるな!
味方の状態を即座に確認、影に圧されてガロとエリアルが手傷、アイリーンはまだ戦えない、ベオルンは頑張れ。
狙うなら……。
「ここね!」
ベオルンの影。倒しやすそうな敵から減らして状況をひっくり返す。
――キィン!
突き出した剣が弾かれる。一つ、二つ、これも捌かれた。ベオルンの影は騎士の剣術、正統派で堅実、そして十分に熟達している。
「どうしてボンボンなのに強いのさ!」
「悪かったな!」
でもお堅い騎士の剣ならやりようはある。影の剣をバックステップで避けた後、さらに追撃を誘う。そこに――。
「ていっ!」
剣をぶん投げて顔面狙い。ベオルンの影はこれも防いだけど本命はこっち、投げると同時に距離を詰め懐へ。
ウィル君が託してくれたドリームズ・エンド。これを脇腹めがけて突き刺す!
「――っ」
影が無言のままのけ反る、アーティファクトの効果はあるみたい。でもウィル君がいつもやってるみたいに劇的な感じではなかった。
これは本来の持ち主じゃないからか、それともコツがあるのか。分からないけど刺せ! たくさん刺せ! そのうち何とかなる!
「えええぇぇぇぇぇい!」
肋骨に当たらないよう刃は横に寝かせろ。斜めに刺し込んで心臓を狙え。教えられたとおりに刺し続け、意味があったかは分からないけど何発目かで異質な手応え。
そしてベオルンの影は急速に形を失って消えた。
「一つ!」
「後ろだハーフエルフ!」
――エリアルだ。咄嗟に屈んでローリング回避。
ドスンッ!
さっきまで私のいた地点を凶悪な斧が切り裂いた。ガロの影、こういう時はあの猛々しさが恨めしいね。
「ありがとエリアル。でも私にはセレナって名前があるの」
「ここを切り抜けたら覚えよう」
フンだ。起き上がって状況確認、まだ動いてる影はガロ、アイリーン、エリアル、そして私だ。
……皇帝の、オズワルドの影があった気がするけど消えている。それとウィル君の影も見当たらない。
いったいどこに行ったのか……でもそれは今考えても分からない、後よ後。
この中ではガロが随分と立ち回ってる。獣の姿に変わったガロ、こっちの方が本領なのかもしれない。
「ちぃっ、魔法が通じない!」
エリアルの魔法はアイリーンの影に防がれてる。均衡を破るとしたら次の一手が大事。
「やっぱりここかな……」
私自身の影。こいつを倒す方法は考えてある。懐に手を突っ込み取り出したるはピカピカの金貨。これを――。
「とりゃあ!」
思い切り投げ打つと私の影が飛びついた、チャンス!
「シャッ!」
ドリームズ・エンドで影の首を掻き切り、さっきと同じ要領で突き立てる。今度は手応えあり、サラバ私の影。
「……お前、自分でやってて哀しくならないのか?」
「エリートエルフは黙っとれ」
これで二つ目、残りの影は三体。……やっぱりジェイコブに連れて行かれたウィル君が気になる。影が見当たらないということはもう目覚めているのか、それとも違う夢に連れて行かれちゃったのか……。
***
「ホセ様、これはどういうことでしょうか?」
「ううむ……」
新たな問題が発生だ。ウィルの体が消えてしまった。直前に何か緊急事態の気配はあったが、何か叫びながら溶けるように姿を消してしまった。
由々しき事態だ。ウィルの安否も気掛かりだが、夢の中と交信できたのはウィルのみ。他の昏睡者を救う手立てが見つけられない。
「ウィルは夢の中が迷宮と言っていたな……」
夢の中で攻略すれば生還できるのか。もう一つ気になるのはその逆、もし夢の中で死んでしまった者はどうなるのか。永久に目を覚まさないのだろうか。
「報告です。もう一人<白の部隊>のジェイコブ殿までが消えてしまったようです」
「ジェイコブが?」
彼もやられてしまったのだろうか。分からない、待つしかない身は辛いものだ。無論打てる手は打っておくが。
「六層への後退、もっと言えば迷宮からの脱出を準備しておくべきだろう」
「脱出、でありますか」
「まず眠ったままの皇太子だ。六層に移送し、事態が好転しなければ地上へ転送、医療班の手に委ねる」
あと少しというところで……そんな思いはあるだろう。だが引き際を見誤ってはならない、冒険の基本なのだ。
問題は体まで消えてしまったウィルたちだが。私はいくつか魔法を練り、あとは仲間たちの無事を祈ることにした。
***
……場面がガラリと一変した。絵画だらけの館は消えて、ありふれた石造りの空間へ。セレナさんたちはいない、黒い影もいない。代わりに側にいるのは……。
「ジェイコブ……」
「ようやく二人になれたな、ウィル」
こいつが俺を引き込んで連れてきた。夢の世界から別の空間へ、そんなことができるのは奴が聖堂騎士だからではない。
「異形神の信奉者はお前だったわけだ」
「今さら気付いても遅い」
やってくれたな。信奉者の存在を言い立てて大探索に加わり、同時に無警戒で暗躍できる状況を作ったわけだ。邪教徒狩りが邪教の信徒だなんて疑う人間などまずいないからな。
「何故、大聖堂の騎士ともあろう男が宗旨替えをした?」
「異形の神々こそが真の神だと気付いたからだ」
「真の神、ね」
問いかけながらそっと腰に手を回す。寝ていたところだから剣も道具もない。唯一虎の子だったドリームズ・エンドはセレナさんに託した。……皆無事であってくれ。
「私は長らく異形神の信徒たちを邪教徒と蔑んできた。多くの者を捕え、拷問し、棄教せぬ者は処刑してきた」
「らしいな」
「その過程で、私は彼らの経典を収集するようになった。初めはその考えを知ることでより厳しく取り締まることが目的だった。だがやがて、私は異形神の強大な力と深淵なる理を知り、己の過ちを悔いることになる」
何だかよく分からない方向に来たぞ。
「知っているか? この世界を創り出したのは七柱の神々であるが、それ以前の宇宙がどうなっていたかを」
「宇宙?」
聞き慣れない言葉だ、これだから学のある奴というのは。ジェイコブの講釈はまだ続く。
「最初、宇宙には何もない虚無が広がっていた。そこに“混沌”が現れる。“混沌”は全てを内包するもので全にして一」
「……“混沌”から全てが生まれた、七柱の神と異形の神たちも」
「ほう、雑草のような冒険者がよく学んでいるな」
口をついて出た言葉はどこで聞いたものだったか。
「聖堂ではそう教えているが異形神の信徒たちはこう説く。“混沌”とは異形神の一つ、混沌の柱アル・グリフを指す。一人の異形神からあらゆる神々が生まれたが、七柱の神々は“混沌”に反逆して自分たちだけの世界を創造した」
「……」
「謂わばこの世界は反逆者の隠れ家であり、我々は罪人の子ということになる」
「その解釈が本当に正しければな」
神学論争に興味はない。それより重要なことが山ほどあるが、差し当たって。
「俺一人こんなところに連れてきてどうする気だ?」
「フッ、私にもそれは分からぬ」
「何だと?」
「異形神は私に啓示を下された。ウィルという若者を連れてくるように、とな」