第116話 そして私は旅に出た
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆夢から覚める方法を探す。
「我々の影、ということか」
「こ、こんなことが……」
皆とそっくりの影が俺たちを囲む。手に手に武器を持って……。
「我々に悪夢を見せて弱らせ、それを自身の影が刈り取る。悪趣味もここまで来たか」
エリアルは迎撃の構えだけどマズイぞ、こっちは戦えない人がいる。
「来る!」
ガロが、セレナさんが、エリアルやベオルンが、襲いかかる。
「皆下がってて! ガロ、エリアル!」
あとベオルンも。迎撃だ!
「避けろ!」
ガロの影が声もなく斧を振り下ろす。バラバラに避けるとエリアルがすぐ反撃に出ようとした。
「精霊よ!」
手持ちの瓶を開け精霊を呼び出そうとした……だが何も現れない。
「チッ、夢の中までは持ち込めないか」
精霊は物じゃないからな、自力で何とかするしかないか。
――! エリアルの影が何か取り出した。瓶だ、開けて中身を出そうとする……が何も起きない。
「やっぱ出ないんかい」
「奴も精霊を出そうとしたようだな、思考は同レベルだ」
小さいセレナさんや弱ったアイリーンにはベオルンがついて、一方エリアルと魔獣のガロが前面に出た。相手はオズワルドの影を別にしても五人戦える、数では負けているか。
「ガロ、エリアル、何とか隙を作れないか?」
「作れば何とかなるのか?」
「なる!」
何とかしてやる、このドリームズ・エンドをぶち込むことができれば……。
「ウィル!」
――えっ。新手の声に振り返るとそこにいたのは……。
「ジェイコブ?」
「苦労しているようだな」
……<白の部隊>、聖堂騎士のジェイコブじゃないか、あいつも夢の中に来てたのかよ。アイリーンにしたことを思い返すと嬉しい対面じゃないが。
今は戦力が必要だ、協力するしかない。
「手伝ってくれジェイコブ」
「分かった、任せるがいい」
その間にも戦況は悪化していた。駆け回るガロ、魔法で戦線を張るエリアル。だがセレナさんたちを庇いながらじゃジリ貧だ。
ガシッと肩を掴まれた。何だっての、振り返るとまたジェイコブだ。――その口元が小さく笑うのを俺は見た。
「えっ」
ガクンッと体が沈む。足が、床に飲み込まれてく!?
「何だこれ、ジェイコブお前……!?」
ジェイコブも一緒に沈んでく。お前、お前まさか……。
「信奉者はお前か!」
「来てもらうぞウィル」
何で俺を。思う間もなくもう腰まで沈んでる、マズイ!
「お兄ちゃん!」
セレナさんが駆けつける。引っ張ってくれるがその小さな体じゃ……。
「誰か、誰か来て、手を貸して!」
「……セレナさん、これを」
俺を助けようとする小さな手。そこにドリームズ・エンドを握らせた。
「戦って!」
瞬間、体中が飲み込まれた。液体のような軟体のような感触に包まれ、俺は底深く沈んでいく……。
***
お兄ちゃんが連れて行かれた。怪しいオジサンが連れて行っちゃった。
「ジェイコブ、奴め裏切ったか!」
「手を休めるな!」
大人の人たちが怒ってる。でも私はそれより、お兄ちゃんが最後に手渡した短剣をグッと握りしめる。
『立ち上がってセレナ』
この短剣をどこかで知ってる。お兄ちゃんの大事なものだったはず。それをあの人は、自分が危ないのに私へ託してくれたんだ。
『戦うのよセレナ』
誰かが訴える。ううん知ってる、これは私だ。弱い私を、強い私が叱りつけてる。
『違うわ。あなたも私も同じセレナよ』
同じ――。
『そうよ思い出して。あなたはずっとこの日を夢見てきた。あの人を見つけるために準備してきたでしょう』
この日のために……今まで歩んできた日々が蘇る。
エルフ狩りから逃れる日々。貧しい生活。やがて私たちは危ない仕事をする人たちに匿われ生きるようになった。そこで私は剣や様々な技を学ぶ。いつか役に立つと思いながら腕を磨き続けた。
それがある日、母の思い詰めた表情を目の当たりにした。
「帝都オルガで大きな事件があったみたいなの」
「帝都で……それじゃお父さんは?」
「あなた、気付いていたのね」
知っていた。母が折を見て帝都の消息を尋ねていたこと。私の父が帝国のやんごとなき人であること。その父が帝都の混乱で行方不明になったんだ。
「母さん……私、お父さんを探しに行く」
「……止められそうにないわね」
母は私に愛用の剣と、そして隠していた指輪を託してくれた。
「いい、あなたは皇帝の子。でもあなたは気付いてもらえないかも、歓迎されないかも。あの人が見つかるかどうかも分からない」
「……うん」
「期待はしないこと、でも希望だけは捨てないで。辛くなったらいつでも帰って来なさい」
私は旅に出た。森の隠れ家から人間種の領域へ。もめ事に巻き込まれることもあったけど帝都へ近づいていく。
そんな中で私はエドウィン皇太子に出会った。傭兵としての技が皇太子の耳に入り、興味を持って招かれたのだった。
皇太子は広く人材を求め人種に関わらず側に置く、そんな人だった。幸運だったのは帝都の情報が得やすくなったこと。そこから侵食という災厄のこと、地下に現れた迷宮のことなど詳しく知ることになる。
やがて地下へと踏み込んだ私。初めての迷宮、ウィル君と一緒に挑んだ冒険。マリアンのギルドに加わりガロやアイリーン、ホセたち仲間との出会い。迷宮探索は徐々に奥へ奥へと進行していく。
厳しい戦いの連続だった。でも楽しいことだってたくさんあった。そして今、父への手掛かりが手元まで近づいたという実感がある。
「こんな……」
こんなところで……。
「終わってたまるかっての!」
心と体を一体感が貫き、私は立ち上がる。もう泣き虫だった頃の私じゃない。戦う。母のため、父のため、ここまで一緒に戦ってくれた仲間のために!