第8話 メイキュウガニ①
目的
◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。
途中、別のパーティーたちと行き会った。彼らにもジョンのことを尋ねるが有力な情報は得られない。
「やはりこの階層にはいないか」
既定路線通り第五層を目指すしかなかった。
「ちなみに、この中で五層まで下りたことのある者は?」
ベッシの問いに沈黙が流れる中、二人だけ手を上げる。俺とアインだ。
「へえ、坊主も行ったことがあるのか」
「様子見に下りただけだよ。おっかないもの」
「アイン、お主はどうだった?」
「仲間と三人、腕試しに行ったことがある。結果はこれさ」
アインが眼帯に触れてみせる。
「“五層の壁”の名は伊達じゃないってこと」
「それでよくこの仕事を受けてくれたな」
「ちょっとしたリベンジさ」
そのアインはたいした剣の腕に見えるのだが。傭兵仕込みの我流剣術ってところか、道中も何度か魔物、ゴブリンや水路に潜む魚人を見事斬り伏せている。
「迷宮攻略が始まってもう数年、五層から先は何年かかることやら」
「逆に考えな、まだしばらく仕事があるってことだ」
フォスとライドがそんなことを言っているが俺も少し考えてしまう。こういう仕事をいつまで続けるかと。
アインは騎士になりたいようだけど俺にはイメージが湧かない。学もない。とりあえず今回の仕事で金が入れば……。
「そもそもこの迷宮は何層まであるんだ?」
「五層がこの手強さだ、終わりは近いかもしれねえ」
「恐らく十層までだ」
「分かるのか爺さん?」
ベッシが確信めいて言うので皆振り向いた。
「元々帝都の地下が十階層になっていた。その全てが迷宮と化したならば」
「じゃあまだ半分ってことか」
そして深くなるほど攻略も困難に、てか。仕事はなくならないが命は足りなくなりそうだ。
「しかし地下十階なんてよく掘ったなあ」
「人間が掘ったわけではない」
「人間じゃない……?」
「聞いたことがあろう。帝都が造られる遥か前、この地に何があったか」
「それってたしか……」
「“魔王城”」
俺も聞いたことがある。アルテニア帝国ができるより前、魔王が世界を支配する暗黒時代があったと。魔王は邪悪な魔族や強力な魔物たちを引き連れ、逆らう者は皆殺しにしたという。
ただがある時、勇気ある人々が魔王に戦いを挑みこれを打倒、世界に希望を取り戻した。
「その決戦の地が魔王城であり、城が崩壊した跡地に建てられたのが帝都オルガだ」
「なんだってそんな場所に建てたんだよ」
「理由は分からぬが元々交通上の要地だ、誰でも抑えておきたい場所だろう」
「こんな話もあったぜ。地下に隠されたあるものを封じるため、とかな」
誰かが噂好きそうな声で言う。地下にあるものとは何なのか。それも十階という地の底に。
「俺も聞いた、地獄へ通じる穴を塞ぐためってな」
「いやいや魔王のお宝が隠されてんだよ」
話が飛躍するとベッシは喋らなくなった。しかし魔王のお宝か……見つけたものは取り放題と決まっているけど、もし大変なものが隠されていたらどうしよう。いやいや見つける気かよ俺。
道中にそういう気ままな会話もあったが、皆やる時はやる手練れということは実感できた。
アインは熟達した剣で敵を倒し、ベッシも隻腕と感じさせない巧みな戦いぶりだった。ライド、フォス、ウッズは元からパーティーを組んでいるため連携は巧みである。
ウッズは周囲とのいざこざがあって不安だったけど、あれ以降は摩擦もなく的確な矢を放ち続けている。
このパーティーけっこう強いかもしれないぞ。
「誰かいる」
ツバードが警戒すると通路の奥から小さな灯りが近づいてきた。
「人か、助かった」
大慌てで逃げてきた風な一団。見たところ冒険者と解体屋の組み合わせか。
「あんたら気をつけろ、この先にでっかい蟹の魔物がいる!」
「迷宮って蟹がいるの?」
セレナは知らないだろうけどいるのだ。水路に住みついて人を襲う蟹が。
「おそらくメイキュウガニだろうね」
「そのまんまの名前」
魔物の中でも“メイキュウ”とつくものは地下のダンジョンで多く見られることに由来する。話に出たメイキュウガニなんかは余所でも見られるポピュラーな奴だ。
しかし逃げてきた冒険者を見ると酷い有様だな。剣は折れ鎧は裂けている。
「どうする、ここを避けるとかなり遠回りになるが」
「……突破しよう」
ベッシの言葉で戦闘態勢に入る。
「退治できたら死体は買い取るぜ~」
解体屋の声を背に受け俺たちは奥に進んだ。
「蟹の臭い」
ツバードがすぐに反応する。俺も“潜行”して前方を確認すると数体の動くものが見えた。
「魔法で先制しよう」
打ち合わせて作戦決行。まずセレナが閃光魔法を投じて魔物を照らし出す。
「いたぞ!」
確かにいた、まがまがしいハサミを持ったメイキュウガニ。大型犬ぐらいの大きさでパワーも地味にある。群れを成すことが多く囲んで獲物を水中に引き込もうとする。
「次、雷撃!」
光を頼りにフォスが雷撃魔法。これで敵が二、三匹弾け飛んだ。
「突撃!」
仕上げに剣で斬りかかる。奴らの甲殻は硬いが力いっぱい叩き込む。セレナなんかは足でひっくり返してから料理し俺は後方待機だ。
「なんでい、思ったほどじゃねえな」
特にライドの斧は見事に敵を真っ二つにしていた。前の冒険者は剣を折られていたくらいなのに。
……何かおかしい。そこまで恐ろしい魔物とは思えないが?
「何か音がする」
「ツバード……?」
「音が響いて分かりにくい」
やはり何かいる。再び潜行して周囲に、通路の先に、暗闇に意識を飛ばす。他の脅威はないか……。
「水中だ!」
叫ぶと同時にすぐ近くの水路で変化。水が盛り上がりその中から厳めしい甲殻が姿を現した。