第115話 迫りくる過去
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆夢から覚める方法を探す。
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苦痛の時間は終わった。薄暗い部屋に流れ出た血の臭いだけが残っている。
「やはり元通りに……」
あたしを囲む大聖堂の人たち。もうこの尋問は何日続いたかな。よく分からない質問をして、答えても終わらず、何日もかけて体にあらゆる痛みを加えられた。鞭で打ったり刃物で傷つけたり、指を折ったり爪を云々。
でも痛みはすぐ消える。あたしの体はおかしくなっちゃって傷は全部治っちゃう。帝都に魔物が湧いた時、あたしはどういうわけか生き残ってしまい、その時から全部おかしくなった。
……それがここの人たちには気に入らなかったみたい。魔物だとか邪教徒じゃないかって言われて、確かめるようにあたしを傷つけ始めた。
「魔法を使っているわけでもないのに……」
「ジェイコブ殿、やはり我らが間違っていたのでは?」
皆の顔色が悪い。あたしを魔物かと罵りながら拷問してきたけど、いくら傷つけても回復するあたしを見ているうちに口数が減っていった。
「これではまるで神の御業……奇跡だ」
「それか邪神の悪戯だ」
リーダーっぽい人はあくまで落ち着いていた。
「娘よ、一つだけ問おう。神を見たのか?」
「か……み……」
「帝都が魔に侵食されたあの時、お前はどうやって生き延びたか、何者によって助けられたか?」
そんなのはあたしにも分からない。あの日に多くを失った。それで終わりでなく、ここに来てまた一つずつ何かしら奪われていった。
もういい。何も考えたくない。これが夢だったらいいのに……。
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「こんな……こんなのって……」
あれは確かにアイリーンだった。一緒にいたのはジェイコブだけど、大聖堂で行われていたことって……。
これが“奇跡の聖女”の真実なのか。奴ら、アイリーンを邪神の僕と疑って拷問にかけながら、その口で彼女を聖女だなどと祀り上げたのか。
「見られちゃったかー、あんまし知られたくなかったんだけど」
笑っていた。アイリーンは笑っている、いつもそうしてきたように。でも。
「まーあたし自身、自分の体に何が起きたのか分からないし、あの人たちが悪いものと疑うのも仕方ないかなって」
「どうして……」
どうして君はそんなに無理して笑うんだよ。
ジェイコブあの野郎……異形神の信徒にはいつもあんな拷問をしてきたのか。いくら大義があるからといってもあんな、あんな酷いことを……。
やり場のない怒りで口数が減る。今までの階層は何だかんだ無駄口たたきつつ探検してきた。俺自身悩むことは多かったけど、皆と協力したり笑い合ったり、ここまで来ることができた。
でもそんな足場が氷でできてるように危ないものだと気付かされた。仲間たちの抱える傷は思いのほか大きくて、これ以上かけられる言葉が見つからない……。
沈んだ調子のまま歩いた俺たち、変化は急に訪れた。
「……変わったな」
広い部屋に出た。壁に絵があるのは相変わらずだが、それでも今までにない変化と言える。待ち望んだものかは分からないが。
「絵があるのは同じだが……」
「おっきいね」
入れそうなほど大型の絵画、そこにセレナさんが大人の姿で描かれている。他にもガロ、アイリーン、エリアルにベオルン、皆普段の姿で描かれている。
……俺のはどこだ?
「ウィル、これを見ろ」
エリアルが指さしたのは初老の男性の絵だった。服装からして身分の高そうな人物だが酷くやつれている。……しかし見覚えのある顔だな。
「六層で見たマクベタスではないか?」
「前の皇帝のこと?」
先帝マクベタス……。確かに似ているけど髪型や髭は違うな。ここの絵画は誰かの記憶が元になってるはずだけど、これは誰の記憶なんだ。
「まさか……」
「ベオルン、何か分かるのか?」
「皇帝陛下」
ゴクリと唾を飲む。先帝ではない、皇帝オズワルドその人か。俺たちが探し求めてきた人物、絵の中だけどその姿を目の当たりに――。
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「陛下、この条件ではエルフたちに譲歩し過ぎです」
「どうか御考え直しください、他の国々を増長させてしまいます」
「戦で片をつければ簡単なものを……」
誰も私の心を理解しない。宰相のセルディックも大臣たちも、オーウェンなどの諸侯も誰もかも。
争いのない世界を作りたい、そんな想いを知ろうとしない。反対、反発、反逆ばかり、摘んでも摘んでも後を絶たない。
ホセに相談すべきだろうか。だが彼は調査に飛び回ってなかなか見つからない、当てにすることはできぬ。
「オズワルド、ちっと急ぎ過ぎじゃあないか?」
「クリフか……」
付き合いの長い道化師だ。今や真っ当に会話できる相手はこの男だけとなった。他の者は信用できない、家族さえも。皇帝たる者が哀れなものだ。
「……性急であることは分かっている。だが私もそう長くはない、生きているうちに出来る限りのことをせねば」
「お前さんには立派な後継ぎがいるじゃないか。あいつに任せて楽をすれば良いのに」
エドウィンか。あれはまだ線が細く周りに操られかねない、私が道筋を整えておかねば……。
「まあよく考えるこった」
「考えている。考え抜いたとも」
「その考えを周りとも話し合うことだ」
それができれば苦労はない。私を取り巻く者たちで裏切らぬ者などいないのだから。
「もういい……、もう休む」
「また奴の世話になるつもりか?」
「……」
自室に戻ると余人を下がらせた。側にいるのは一人の女。妙な術を使う女司祭だけだ。
「陛下、今日も具合が優れぬご様子で」
「また眠れなくなってきた、お前の薬をくれ」
素性の知れぬ女だがその知識は役に立った。連日のように悪夢にうなされてきたが、奴の薬を飲めば嘘のように安眠できた。
この女のことについても周りは良い目で見ていない。陰で愛人などと囁かれていることも知っている。大衆はくだらぬ噂を好むものだ。
「ゆっくりとお休みください。夢は全ての者にとっての揺り篭です……」
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「――ハァッ」
今のはオズワルドの記憶か。しかし何だこの、胸が締めつけられるような感覚は。
「ハァ、ハァ……」
記憶の中に覚えのある顔があった。皇帝の記憶に度々見かけた道化師。それに何だ、あの女司祭の顔。あれはもしかして……。
「ウィル、下がれ!」
「えっ」
「お兄ちゃん!」
エリアルとセレナさん、他の皆も険しい顔で――。
「こいつは!?」
目の前の絵から腕が伸びてる。他の絵もそうだ、中から何者かが出てくる。
「セレナさん……」
黒っぽい影のようだけどこいつはセレナさんだ。それにガロ、アイリーン。エリアルやベオルンの影も。
そして俺の前に立ったのは……えっと、えっと。
「皇帝オズワルド、か?」