第114話 あの日の背中
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆夢から覚める方法を探す。
夢の回廊で姿を現したのはエルフ隊のエリアルだった。その姿は普段と変わりない辺り、夢の影響を受けていないようだ。
「エリアル、無事で良かった」
「そちらは妙な取り合わせだな、ウィル」
怪訝な顔のエリアル。アイリーンはともかく、セレナさんとガロの姿は誰だか分からないよな。
ともかくエリアルの合流は心強い。道々今の状況を説明しながら一緒に出口を探す。
「フン、夢の世界か。夢幻の柱ナイメリアらしい仕掛けだ」
話しつつ歩くと周りの絵画にエリアルが映し出された。もはや不可抗力、今度はエリアルの記憶が俺たちに流れ込む。
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「叔父上、貴方のせいだ」
苦々しい口調で叔父を詰る。爆発しそうな怒りを抑えてはいるが言葉の棘は覆いようがない。
「姉上ははめられた。貴方の民族融和という甘い夢のせいでに獄に堕とされてしまった」
「……」
叔父は、エルフの王ファリエドは目を閉じたまま黙っている。
私の姉サーリアは叔父の勧めで帝国皇帝の妃の一人となった。皇帝との間には一人の男子をもうけ、姉からは幸せそうな手紙も受け取っていた。
そんな穏やかな日々は宮廷の暗雲とともに一転する。姉は他の王子たちに対する謀略を企図したとして身柄を拘束された。帝都では王子同士の争いが臣民も巻き込んで泥沼化し、皇帝にも手が付けられない状況だという。
「帝国と、人間種と共存することなど無理だったのです。いい加減に勇者一行の旅など忘れてください」
「……」
やはり叔父は何も話さなかった。私は床を蹴るようにしてその場を去る。
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……意識が戻る。あれはエリアルとファリエドの過去か。
「なるほど、悪趣味なことをしてくれる」
そろっと顔色を窺うがエリアルは落ち着いていた、安心。
「……叔父上とはよく話し合わなければならない」
「そうだね、それが良い」
「そのためにもこの迷宮から生きて戻る」
エリアルは七層の出来事から思うところがあるのだろう。だからこそ無事に地上へ帰りたいものだ、皆で一緒に。
「ウィル、誰かいる」
「うん」
人影を見つけ慎重に近づく。ほどなく向こうも気付いたようだ、慌てた様子で身構えた。
「誰だ!?」
「落ち着いてくれ、敵じゃあない」
「嘘をつくな魔物を連れているだろうが!」
……ガロが警戒されるので下がってもらう。しかしこの男は誰かな、どっか見覚えはあるけど。
「……貴様らは」
「あんたは……ベオルン?」
セルディック宰相の息子ベオルンか。ベオルンで合ってたか。少し若くなってるが間違ってないか。
ふと目にした絵画にベオルンとセルディックが描かれている。良かったベオルンで合ってそうだ。
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幼い頃、俺には友人がいた。オーウェン侯爵家の三男坊ジョン。お互い帝国の名門、家同士の交流もあったがそれ以上に俺たちは気が合った。
親の厳しい教育を抜け出しては二人で剣の練習をする。騎士になるためではない。幼い俺たちは冒険者になろうと語り合い、本気でそのための準備をしていた。
世界は広い。俺たちは若い。ここを飛び出せばいくらでも遠くへ行けると信じていた。
やがて俺たちは大人になる。ジョンは剣を携え俺の前に現れた。
「ベオルン、俺は冒険者になった」
「お前、侯爵家のことは……」
ジョンの兄弟は相次いで亡くなったばかりだ。あいつが跡を継がないと残るはマリアンしかいない。
「昔二人で言ったよな。冒険者になって広い世界を探検しようと」
「……俺は」
俺はあいつと一緒に行かなかった。その背中を追いかけることができなかった。
夜中、父セルディックの様子を伺う。帝国宰相ともあろう者が酔いつぶれて寝ていた。
「皇帝陛下、御許しください……」
父は時折り酷い酔い方をしてこんな様になる。今日も行方不明の皇帝に対して詫びの言葉を並べていた。
「私のせいで……あんなことをしなければ……」
こんな父を置いて冒険に出ることなどできやしない。俺の翼は羽ばたくことなく終わるだろう……。
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……今のはベオルンの記憶?
「ベオルン、あんたジョン・オーウェンと……」
「今のが見えたのか?」
見えてしまったよ、あんたの過去。宰相の息子と侯爵の息子、当然と言えば当然の友人関係か。それにしてもあの宰相の姿は……。
「ちっ、貴様らなんぞに……くそっ」
「ベオルンとやら、今は協力して脱出することが優先だ」
エリアルに言われるとベオルンは黙り込んだ。気まずい。
「どうしたら出られるのかな……」
不安そうなセレナさんの声。あれからまた歩いているが出口は見つからない。
「延々と歩かされてるみたいだ」
「この夢が我々の心を攻めているならば用心しろ。こちらが弱ったところで牙をむいてくるだろう」
「フン、来るなら来てみろ、その方が分かりやすい」
「ベオルン、番人が来るかもしれないんだぞ」
「ワウッ」
不意にガロが小さく鳴いた。そこで気付いた、アイリーンの足が止まってる。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「彼女は大丈夫なのか?」
アイリーンが見ているもの、やはり壁の絵画。その絵を見て俺たちは息を吞んだ。
「……アイリーン、なのか?」
絵の中のアイリーン。その姿は血にまみれ苦痛に歪んでいた。