第113話 怒れる瞳
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆夢から覚める方法を探す。
夢の館、その壁にドリームズ・エンドを突き刺して切り開く。壁はめくれるように口を開けるが、その向こうにも同じような景色が広がるだけだった。
「出口を探すしかないのかな、出口があればだけど」
長く終わりがないかのような廊下。時折り道が分かれ、折れ曲がり、さながら迷路のよう。絶対こんな館には住みたくない。
「迷路か……」
俺の頭に急な閃き。
「ホセ、もしかしてこの夢が迷宮なんじゃあないか?」
「何だって?」
「がら空きだった八層は見せかけで、今見てる夢が本当の意味での八層なんじゃないかって」
突拍子ないかもしれないが、八層に魔物なし番人なしという方が嘘みたいじゃないか。
「面白い考えだと思うぞ。ならば夢の中にこそ攻略の突破口があるわけだ」
「何とか手掛かりを見つけられたらいいけど」
「気をつけたまえ、君の考えが正しければ番人も夢の中に待ち構えている恐れがある」
……それは考えてなかった。マズいな、ぶっつけ本番出会い頭で勝てるかどうか。
ホセと話す間にも廊下の絵画には人々の記憶が浮かんでは消えた。あるものは誰かの幼少期。あるものは誰かの冒険の記憶。悲喜交々、夢の数だけ人生があるといったところか。
「――っ」
ガロの足が止まる。毛が逆立って少し興奮しているようだ。
「どうしたんだ?」
俺の目が絵に留まる。そこにているのは黒い獣。廊下に並ぶ絵が次々と同様のものに変わっていく。……これはガロの記憶か。
描かれているのは檻の中の獣。それを取り巻く怪しげな人物たち。ガロの境遇も碌なものじゃなかったようだ。
……でも多くの絵に共通の人物がいることに気付く。若い男だ。彼は常にガロの側に描かれ、そして二人は穏やかな関係に見える。
「あれは知り合い?」
「……」
ガロは喋りたくないのか口がきけない状態なのか、とにかく無言だ。
「優しい絵……」
呟いたのはアイリーン、少しずつ喋るようになってくれた。そのまま絵に手を伸ばすと景色が変化し、俺たちの意識は絵の中に同調した。
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奴が来た。オレの世話をする男。
周りの偉そうな連中は奴を“奴隷”と言う。その意味が最近分かってきたが、奴隷とは他人の下で指図される者たちのことだ。オレ同様に不自由で、命令には全て従う。気に入らなければ蹴られ、罵られる。
まったく自由がないという点ではオレと同じか。だから奴はオレに語るのだろう。「自由になれたら」と。
良いじゃないか、自由になろう。オレを閉じ込める気に食わない連中、全部蹴散らしてやろうか。オレとお前で外の世界に出るんだ。
……まあ、それが可能ならとっくにやっているのだが。オレの力は弱っていて檻から出ることすらできない。
自由か。その言葉を聞くと昔を思い出す。野山を気ままに駆け回り獲物を追ったあの日々を。
……またマズイ薬を飲まされた。血を抜いたり、体を触って調べられることも増えた。奴らめいい加減にしろ、このオレをどうしたいんだ。
「具合が悪そうだな」
奴が、奴隷の男がオレを気遣う。そうだ具合が悪いんだ。だからお前がオレを世話してくれ、今日は側にいろ。
奴が背中をさすってくれると落ち着く、それが癖になってしまっていた。奴らはお前を奴隷と呼ぶがオレには関係ない。こういう関係をお前たちがどう呼ぶか知らないが、オレたちは同じ存在だ。
……ある日、奴がいつもと違う表情で現れた。
「すぐここを出よう」
様子がおかしい。“鍵”とかいう奴で檻を開けようとする。
「俺の主人たちは魔法使いで、いよいよお前を儀式に使うつもりだ。そうなる前に逃げ出そう」
“儀式”とやらが何をするのか知らないが、奴の必死さから良くない気配がする。オレは奴と共に外を目指した。
長らく檻に入れられていた体はなかなか上手く動かない。いっそ奴一人なら逃げ出せそうだがオレに合わせて歩いてくれる。
すまない。思えばオレから何かしてやったことはないが、それでも奴はオレを逃がしてくれた。何故だろう。自分の境遇を重ねたのか。外に出られたら一つずつ借りを返してやらねば。
「いたぞ、捕えろ!」
自由への夢はあっけなく潰えた。オレは厳重に檻の中へ、そして奴は無惨に痛めつけられた。
「奴隷の分際で刃向かいおって。お前を生贄に使うとしようか」
“魔法使い”という奴らが地面におかしな模様を刻んでいく。その一角にあの男を、もう一方にオレを配置。体が動かない、奴らにまた変なものを飲まされた。あの男もズタボロで逃げられない。
「始めよう」
奴ら何かを始めた。オレの体に見えない何かが流れ込んでくる。そして何だ、体が溶けるような恐ろしい感覚。オレがオレじゃなくなる――。
気付けばオレは魔法陣の中央にうずくまっていた。その姿は別物。四足の獣は二足で立ち上がり、背筋は真っすぐ、手は何かを掴み取れる形に変貌していた。
獣人というものにそっくりだが、一番変わったのは頭の中だ。知らない知識がある。獣の本能は鳴りを潜め思考が複雑になっている。
「合体実験は成功だ!」
合体……。それは、それはまさか、あの男を――。
……周囲に魔法使いたちが転がっている。荒い息がいつまで経っても落ち着かない。
血の臭い、オレがやったんだ、一人残らず殺してやった。だがもうあいつは戻ってこない。オレが取りこんでしまった、オレの中に溶けて消えてしまった。
この知識はあいつのもの。この知性もあいつのもの。オレが奪ってしまった。そして今なら分かる、オレがあいつに抱いていた感情の名前。
感謝……そして友情……。
叫んだ。慟哭なのか遠吠えなのか自分でも分からない。目から涙が溢れる。
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ガロが興奮しているのか床を踏む。壁を引っ掻く。悲しんでいるのか、感情の置き場を失っているんだ。
「ガロのせいじゃないよ」
アイリーンがガロの体を抱きとめる。暴れても懸命に、献身的に、それでガロは少し落ち着いてくれた。
「アイリーンの言うとおりだよ、ガロが悪いんじゃないさ」
それでも本人は納得しないだろう。自分が許せないのだろう。くそっ、皆こんな悪夢を見せ続けられたら心がまいっちまう。趣味の悪い罠だ、この迷宮を作った奴を見つけたらぶん殴ってやる。……本当に存在するのならばだけど。
「お兄ちゃん、誰か来る」
やや怯えた声のセレナさん。確かに暗闇から足音が近づいてくる。細身の人影が輪郭を帯びてくると、警戒は安堵に変わった。
「……エリアルか?」
「お前たちもここにいたのだな」