第111話 夢の落とし穴
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
また朝が来た。迷宮探索に時間間隔はないが多分朝だ。でもクロエに起こされない日々が続いてちょっと長く寝るのが癖になってきた。いや、元に戻っただけなのかもしれないが。とにかく俺はもう少し寝たい。
「ウィル様、起きてください」
クロエの声が聞こえる。ここにいるはずのないクロエの声が。セレナさんの声真似かな。
「聞こえないのですか?」
背筋がぞくっとして飛び起きる。……あれ、ここは見慣れた部屋。帝都の侯爵家じゃないか。
何時の間に戻って? 大探索は? ……いや大探索って何だっけ?
「早く起きて片づけを済ませてください」
「片づけ……」
「今日はウィル様がここを退去する日ですから」
「……うん?」
今何て言ったの?
「俺がここを出るって?」
「そうでしょう。ギルドが解散するので、もう立ち退いていただきませんと」
「解散、え、え?」
クロエの突拍子のない言葉に頭が真っ白になる。そんな話は聞いてないぞ。マリアン、マリアンはどこだ、確認してみないと。
「マリアン!」
「あれ、ウィルさんまだいたんですか?」
「ギルドが解散するって本当?」
「ええ。私が正式に侯爵となる以上、もうこんなお遊びはおしまいです」
「お遊びって……」
待ってくれ、そんな急に。<ナイトシーカー>がなくなったら俺たちの居場所はどうなるんだ?
「ガロやセレナさんは? ホセやアイリーンも承知してるの?」
「誰ですかそれは?」
「い……」
いや、待て待て待て。さすがに違和感に気付く。そうだ俺には慣れたものじゃないか。
「夢か」
そう気付くと周りの何もかもが作り物じみて見えてくる。いやぁ夢で良かった、こういう時はさっさと起きてしまおう。
意識を集中して急速に覚醒へ向かう、はずなんだけど。……おかしいな、今日は時間がかかる。
「ウィル」
誰かの声。周りには夢のマリアンやクロエしかいない。
「聞こえるかウィル?」
頭に直接響く声を俺は知っている、今や馴染みある声だ。
「ホセかい?」
「おおウィル、緊急事態なのだが目を覚ますことはできるかね?」
「えっ、ちょっと待って上手くいかないんだけど」
緊急事態って何かあったのか、というか俺たち何をしてたんだっけ。
「落ち着いて聞いてほしい。事の始まりは我々が第八層に来てからのことだが」
「要点だけお願い」
「眠った者が目を覚まさないのだ」
それは……マズそうだな。
段々と思い出してきた。俺たちが今いるのは迷宮の第八層。七層の制圧を終え、いよいよ深層に踏み入ったわけだけど、これがまた別の意味で驚きだった。
何もない地下空間だった。魔物はいない、罠も存在しない、ただただ空虚なだけの空間。肩透かしではあったけど、安全を確認したうえでエドウィン皇太子ともども本陣を移動して来たんだった。
その矢先にこんなことが起きるだなんて。
「本陣の移設を急ぎ過ぎたようだ」
「六層から指揮するのは都合が悪かったからね。七層はあの状態だし」
「しかし狙ったようなタイミングだ。この階層に敵が潜んでいたか、あるいは」
「……例の信奉者がいよいよ動き出したかも?」
これは攻撃だ、俺たちは罠に陥っている。
「どれくらいの人たちが眠りに落ちているの?」
「セレナたちギルドメンバーも眠っている」
「色々強いアイリーンまで?」
「睡眠中の精神は無防備だ。他にエリアルやハーキュリーたち、それにエドウィンも」
「いっ、皇太子まで?」
思った以上にマズイ状況じゃないか。大将の首に縄がかかってるようなもんだ。
「何をやっても目を覚まさない。魔法でも薬でも、口にワサビを流し込んでも効果がない」
「それはやりすぎ」
「だからウィル、夢の中を歩ける君に動いてほしい。何か糸口が見つかるかもしれない」
「分かった、やってみるよ」
「頼む、こちらも手を尽くしてみる」
まず俺自身が目を覚ませるかどうか。方法なり法則なりを見つけたいが……。
「そういえば俺の言葉はちゃんと届いてるんだね」
「うむ、さっきから寝言を繰り返している」
「ちょっと恥ずかしいなそれ……」
まあいい、さっさと取り組もう。普通に目を覚まそうとしても破れそうにはない。こんな時にあれがあったら――。
「ドリームズ・エンド……?」
あった、夢の中にまで持ち込めるのか。ガキの頃から共に危険をかいくぐって来た相棒。
「ならこいつで――」
切る! 侯爵家の空間に切りつけると景色が割れた。夢を切ったんだ。これで眠りから覚めることができるか……。
「別の空間が……?」
切り開かれた空間の先に別の景色が広がっている……一つ探ってみるべきか。
「……マリアン、クロエ、行ってくるよ」
夢見の悪い眠りだけど挨拶しておきたかった。けど二人は棒立ちで無反応。ちょっと残念な気持ちに尾を引かれつつも、俺は未知の領域に足を踏み入れる。
「ここは……」
暗い場所に出た。どこか館のようだけど誰かの夢の中だろうか。
「うおっ?」
振り向くと大きな絵画が飾ってあった。しかも切り裂かれて大穴が空いている、俺が通ってきたのはこの穴か。
長い廊下に灯りは乏しく、また幽霊でも出てきそうな空気。まあ夢なんだけど、もう少し明るくしたい。
突き出した手にランプを灯す。感覚さえつかめば夢の中では思いのままだ。それで気付いたけど、廊下の壁にはいくつもの絵が飾られている。画廊、みたいなやつか?
その中の一つに目が行った。暗い部屋の中でベッドに横たわる老人の絵。……何か意味のあるものなのかな。
「――っ」
絵の中身が動いた気がした。やはり普通ではないか、生きた絵だなんて言うなよ。
――コトン、と音がして振り向く。人か、それとも魔物か。あるいはマジに幽霊?
「で、出てこい!」
「ひっ!」
明らかに敵対的でない声。曲がり角の辺りか。さっと近づきランプをかざしてみると……。
「わわっ」
小さな影が走り去る。去ろうとして転んだ。
「うぅ……」
「君は、エルフかい?」
幼いエルフの少女だ。怯えたその表情に思うところがあって、俺は懐から銀貨を取り出す。
――チャリン。
「お金!」
少女が銀貨に飛びついた。うん、分かった気がするぞ。
「セレナさんだよね?」
「ど、どうして名前知ってるの?」
少女時代のセレナさんだろう。俺が知ってるはずもないから彼女自身が見る夢か。なら俺は空間を切り裂いて他人の夢に飛び込んだのかな。
「俺はウィルだよ、覚えてない?」
「ウィル……うーん?」
「分からないか……、君のお父さんの知り合いだよ」
「う、嘘だぁ。お父さんの名前言えるの?」
「オズワルド、でしょ?」
セレナさんの顔に驚きが広がるのを見て確信した。
今まで迷宮内で見てきた記憶、その中でセレナさんによく似たエルフの女性を見た。あれがオズワルドの記憶なら推測できることだ。彼は重傷を負ったところをその女性に助けられ、共に過ごすうちに一子を設けた。その子供が成長したのがセレナさんだ。
先帝の送り込んだ近衛騎士によって殺されたかに思われた。オズワルドもそう思っていただろうが、躊躇した近衛騎士に親子は見逃され、やがて帝都を訪れてきたというのが経緯だろう。
「本当にお父さんのこと知ってるんだ!」
「ただあの人は行方が分からなくって」
「うん、だから探してるの。お兄ちゃんも一緒に探して」
「ああ、二人で見つけよう」
セレナさんにお兄ちゃん呼びされる日が来るとは思わなかったが、ひとまず一緒に行動して脱出方法を探さねば。