第110話 空隙
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
マリアンです。大探索が始まってもうじき一ヶ月となりましょうか。普段の探索は食料も限られるため、これほど長期にわたることはありません。念入りで深入り、これで決着をつけるという皇太子殿下の覚悟を感じます。
私たちはただ待つことしかできず歯がゆいものです。ウィルさん、セレナさん、ガロさん、アイリーンさん、そしてホセさん、皆さんが無事に戻ってきてくれるのを祈る日々。墓守お爺さんのところを定期的に訪ねてはお布施もしています。
「戦が、戦が近いのじゃあ。鍛錬をしておかなければ」
「ギルバートさん、また槍を持ちだしたりして」
「ところで陛下はいつお戻りに」
「まだ帰りませんよ、一緒に待ちましょうね」
元近衛騎士のギルバートさんも落ち着かない様子です。特にウィルさんと会えないのが寂しいようで、しきりに陛下とか殿下とか王子とか呼んでます。どれが誰を指しているのかよく分かりません。
「お嬢様」
「どうしましたクロエ?」
「さきほど兵士の方が参ってこれを」
クロエの手に手紙が、開いてみると書面と絵図があります。
「これは……」
「帝都からの避難誘導の知らせですね。市街地でもお触れが出ているようです」
避難誘導……それはつまり、地下の迷宮からまた魔物が湧きだした時の備えです。
迷宮を生み出したのは異形の神々の力であると私も聞いています。この大探索は失敗した場合、戦士たちが犠牲になるだけに留まらず、異形神が異次元から攻め込んでくるという危険があるのです。
そうなればかつての帝都侵食か、それ以上の破壊が吹き荒れることもあるでしょう。そのため皇太子殿下は街の外に避難所まで設け、城壁の外は毎日物々しい作業が続いています。
「ウィルさん……」
「お嬢様、ご心配ですか?」
現れたのは老騎士のベッシ、隣にキャサリンも。軍に話を伺ってきてくれたようです。
「探索隊は第七層を制圧し<ナイトシーカー>は今も健在とのことです」
「そう、良かった……」
「あの子たちなら大丈夫ですよお嬢様」
ベッシとキャサリンは二人とも戦士なだけあって堂々としています。私は侯爵などと言いますがまだまだ小娘、こういう時は弱いものだと思い知らされます。
「お嬢様の祈りは必ずや神々に届いています」
「相手は異形の神、こちらにも神様がついてくれないと不公平というものですわ」
「フフ、そうですね」
笑いながら答えた私ですが、部屋で一人になるとため息がもれます。どれだけ言葉をかけられても残る不安。いっそ私も冒険者だったら一緒に戦えたのに。
「冒険者マリアン、か」
亡き父が聞いたら血相変えるかもしれません。冒険を志して亡くなった兄ジョン、今頃二人は天国で仲直りしているでしょうか。
***
俺たちは暗い階段を下りる。階層をつなぐ階段は相変わらず長く先が見通せない。
「行け行け、八層一番乗りはドワーフがもらうんだ!」
その階段をティタンたちドワーフ隊が駆け下りていく。危ないぞと思ったけど地下暮らしの多いドワーフは夜目が利くそうな。
更に後ろからドカドカと足音、エルフ隊がドワーフを追いかけていった。
「そうはいくか、我らエルフも遅れるな!」
「ヘヘッ、どっちが番人を倒すか競走だ!」
張り合うな張り合うな。戦場で功を焦った者たちが命を落とすことの多さよ。
「君たちぃ、足下に気をつけるんだぞぉ」
「子ども扱いすんなってホセェー、うわっ!」
ゴロゴロドタンと転げ落ちる音。あーあ。
「しょーもないんだから……」
セレナさんがトントンと軽やかに下りると魔法で辺りを照らした。
「あ」
「セレナさん?」
「八層に着いたみたい」
その言葉にすっと身構える。ここは七層の監獄のような事前情報はない、デーモンが出るかスネークが出るか。
「……普通だね」
まずは特徴もない石造りの地下室。だが油断はできない、お互いをカバーしつつ奥へ進んでいく。しかしこういう場所では暗殺者を警戒してしまうのは長年沁みついた性か。
「ウィル君、例のアレで周りを探ってみたら?」
「……やってみてるんだけど今のところ危険はないかな」
こういう時に誰か先に到達した人の残留思念でもあれば助かるんだけど。
「ガロの鼻は?」
「こっちも反応はねえが、何か妙な感じだな……」
違和感を覚えつつも俺たちは第八層を探索していく……。
「なんもないんかい!」
三日ほど探索した答えがそれである。魔物なし、罠なし、ついでにお宝もなし。番人も現れる気配なし、ただ広いだけの地下空間だ。まさか下への階段もないとか言わないよな。
「軍隊も下りてきた、制圧は彼らに任せるとしよう」
「なあホセ、何もない階層なんてあるかな?」
「どうかな、我々はこの迷宮を知り尽くしているわけでもない」
「でもさー、終わりも近いのにこんな肩透かしというか、手薄なのってある?」
アイリーンの言うとおり、これじゃ下まで来てくれと言ってるようなものだ。
「たまたま使わなかったとか」
「ネタ切れしたのかなー」
「ふうむ、ジェイコブやエリアルはどう思うかな?」
ホセは近くを通りかかったジェイコブたちに声をかける。
「邪悪な異形神のすることだ、我々の考えが及ばぬ仕掛けがあるかもしれん」
「いずれにせよ備えは怠らないことだ。敵がいれば向こうから来る」
さすがピリっとした二人、油断も隙もない。
……でも結局何も起きないまま時が過ぎ、八層には拠点が建ち始める。作業を眺めつつやることもない俺たち、雑談する時間だけはたくさんあった。
「ねえホセさーん、魔王がいた頃はこの地下に何があったの?」
「神殿さ、異形の神々を呼び寄せるためのね」
「魔王は全ての異形神と契約してたんだよね?」
「そうだ。七柱の異形の神々、奴らとの契約が魔王を生み闇の時代を到来させた」
魔王を中心に魔物、魔族が集まり多くの破壊をもたらした時代……。だがその災厄にも終わりが近づいた、勇者エレアの登場によって。
「そんで七柱の神々が勇者を送りつけたってわけか」
「いや、神々は当初関係なかったのだよ。勇者エレアは自らの意志で立ち、やがて神々の助けを得ることとなる」
「勇者ってすごいねー」
ホセの夢を見た後だとすごいの一言で済ませるのに抵抗があるけど。
「それでも依然、魔王の力は絶大だった。そこに転機を生じたのは一人の異形神の裏切りだ」
「裏切り?」
「魔王との契約を破棄したのだ。異形神の一柱、混沌の柱アル・グリフ、もっとも厄介な異形神と呼ばれている」
「危ない奴なの?」
「混沌の名が示すとおり支離滅裂、何を考えているか分からないのだよ。魔王を裏切った理由も奴の享楽でしかない、つまり魔王と勇者の戦いを楽しむためだ」
それは……確かに厄介だ、どちらにとっても。
「奴は楽しみのためなら魔王に加担するし人間も玩具のように扱う。法則性も見られず、その点ではこの迷宮を生んだナイメリアの方が分かりやすい」
「まあ邪神って言われるくらいだからヤバい奴ばっかなんだろ」
「混沌の柱アル・グリフ。夢幻の柱ナイメリア……」
そのナイメリアと関係あるのが夢で出会ったメアか。彼女は俺を待ち受けている、何のためかは知らないがそれも分かる時が近い。
「ホセ殿」
兵士が駆けてくる、伝令かな。
「皇太子殿下は八層に本陣を移すことを検討しておられます。一度戻って意見を伺いたいと仰せでした」
「……ふむ」
しばし考えたホセだがこれだけ調べて何もない階層だ、反対する理由も見出せないか。
「承知した、皇太子の下へ伺おう」