第109話 道程
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
第七層の脅威は去った。これより軍と冒険者を下らせ制圧に入る。だが私は私で対応すべき案件がまた増えていた。
「皇太子殿下、エリアル殿が参りました」
「通せ」
第六層、偽りの帝都宮殿に本陣を構えてある。玉座に就くことを勧める者もいたがこれは即却下した。謁見のような態度で彼らに臨むべきではない。
下層から戻ったエリアルはすぐ私に面会を求めやって来た。事情は聞かされているが少々覚悟がいる。
「エドウィン殿下、七層より帰還しました」
「ご苦労であった」
「……姉上の遺体を回収しました」
エルフの皇妃サーリアのことだ。監獄の惨状を知った時点で予測はしていたが、実際に変わり果てた姿で見つかったことは傷ましいにもほどがある。
「……皇妃を地下に残してしまったこと、誠に申し訳なかった」
「もうよいのです。私の心残りは拭い去られました」
てっきり怒りをぶつけてくるかと思ったがエリアルは落ち着いている。だが別に好意的なわけでなく、次に出た言葉はやはり棘があった。
「獣王も申しておりましたが、大探索が終わった後はエルフと帝国の関係、改めて討議させていただきたい」
「……承知している」
「ではこれにて」
エリアルが去り重い空気が晴れる。そこでようやく側近たちと共に肩の力を抜いた。
「ふうぅ、エルフたちが離脱せぬかと心配したわ」
「フフ……上に立つ者は苦労するね」
……なんか隣に居座ってるのがいるし。
一人だけ気楽な口ぶりなのはレイヴァインである。この吸血鬼伯爵はいつの間にか本陣に席を占めて大探索に加わっていた。
ホセからは監獄に囚われていたと聞いている。だが正直言ってまったく知らなかった。父から何も聞いていないし周囲の者も知らない。だいいち伯爵の領地からも何も言ってこなかったので、皆忘れてしまっていたのではないか。
いずれにしろ皇妃の件も含め、皇太子たる自分が責任を取るしかない。迷宮の地下まで来ても政治とは無縁でいられないようだ。
「これで残すは三つの階層となった」
元の帝都地下と同じであれば第八、第九、そして第十階層を残すのみ。ここでポスルスウェイト博士が幕僚たちに資料を配る。
「今までの戦いについてまとめます」
帝都が地下からあふれた魔物に侵食された後、帝国軍は死力を尽くして市街地を取り戻すことに成功した。だが迷宮化した地下へ攻め込むだけの力は残されておらず、この攻略を冒険者たちに委ねることになる。
「地下第一層は亜人や小型の魔物たちの巣窟となっていました」
陰に潜む醜悪な怪物たちが冒険者を襲った。それらを支配したのが番人、ここでは堕ちたダークエルフだった。帝国人なら子供の頃に悪い魔法使いのおとぎ話を聞かされるが、まさにそのイメージだったようだ。
「第二層、こちらは特殊な魔物たちが多い。人を誘うもの、幻惑するもの、姿を変えるものなど」
それらを率いたのはシェイプシフターと呼ばれる魔物だった。千変万化の変化術を持ち冒険者を翻弄した狡猾な魔物。また宝物庫が点在したため今なお冒険者の採掘が続く階層でもある。
第三層、暗黒の下水道。多くの罠と水棲の魔物が待ち構える。番人として巨大な蜘蛛の魔物が潜み、“殺し屋”の名で恐れられた。
第四層、ドワーフの古城。かつて父オズワルドがドワーフ族と戦った地が元になっている。番人はスケルトンの将軍だったというが、その正体も目星がついている。
それは父の副将だったウォルケイン伯爵だろう。勇猛で知られた彼は城に乗り込み激しく戦って、そして討ち死にした。彼を死なせたと父が悔やんでいたことを知っているが、それを反映したかのようにこの迷宮でさまよっていたのだ。
加えて第四層の下部には地下要塞が広がっており、そこに迷い込んでいた賢者ホセが救出された。<ナイトシーカー>のお手柄である。
思えば他の階層にも興味深いものが隠されていたかもしれないが、今は置いておく。
そして第五層。首の無い近衛騎士が潜む霧の森。父が近衛騎士団を解散し、その際に七人だけ処刑された件は調べれば分かった。だが彼らの殺された理由までは不明である。未だにその怨念が晴れていなかったということだろうか。
彼らによって多くの冒険者が返り討ちとなったが、これもまた<ナイトシーカー>の活躍によって倒された。それを契機にこの大探索が始まったのだ。
第六層は偽りの帝都が広がっており、見せかけの市民、偽物の先帝マクベタスが待ち構えていた。異質な階層だったが精鋭部隊の活躍でこれを打倒する。
第七層。帝都地下特別監獄、通称『アビス』。取り残された囚人たちがゾンビとなって徘徊し、突入した精鋭たちが番人と遭遇した。
ホセによればかつての処刑人ロバートがその正体だったということだ。彼は父に忠実だったはずが、ある日に背いて自身が処刑された。
数年に渡り帝国を悩ませた地下迷宮も残すは三階層。人的被害も予想より抑えられ目覚ましい成果と言えよう。これも大規模動員と優れた人材の活躍によるものだが、中でもウィルの貢献は非常に大きい。
「あのウィルという若者は貴族になれるでしょうな」
「いやいやオーウェン侯爵家が放さないのでは?」
そんな会話が漏れる中、護衛に立つ武官に声をかけてみた。
「ベオルン、そなたが認める者たちなだけはある」
「認めているわけではありませんが……」
「そうなのか、彼らを推したのはそなただろう?」
「実力があるのは確かですので」
何やら面白くなさそうな顔だ、彼はオーウェン侯爵家とも旧知だったと思ったが。まあ良い、仕事に私情を挟む男でもなし。
「我々はまだ迷宮を踏破したわけではありません」
ポスルスウェイトがピシャリと言う。無論の事だ。迷宮深く踏み込むほどに我々は未知の危険に近づいている。そう、迷宮を生み出した黒幕、異形の神ナイメリアに。
そして私自身も避けられぬ運命が近づいている。
ここまで判明している迷宮の姿、その多くが一人の人物に通じるものであること、もはや否定のしようがない。
皇帝オズワルド。行方不明の我が父。その手掛かりを求めて地下深く潜ってきた。結末は近い。