第108話 罪と罰②
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第七層を攻略する。
「あっ」
「……」
“潜行”した視界でロバートの首が転がった。処刑人は最後に自らの首を撥ねたのだ。
「本当に……すまない」
ロバートの思念が去り、後にはサーリア皇妃の後悔が残された。
「姉さん……」
依然、エリアルの言葉は届かない。
――おじさん!
その時だ、俺たちの意識に何者かが触れてきた。
「君は……?」
子供の声だった。見れば小さな意識の塊がエリアルに寄り添っている。
「何なのだ?」
「もしかしてアイリーンの言っていた……」
子供の幽霊がいると言っていた、その子なのか?
――ずっと、ずっと誰かに来て欲しかったの。母上に僕の言葉が届かなくて……。
「……だから俺たちを助けてくれていたのか」
――やっと、おじさんが来てくれた。母上から聞いていたの、むつかしいけど優しいおじさんがいるって。
「まさか……まさか王子なのか? 姉さんとエレア4世の……」
――お願い手伝って、一緒なら母上に届くかもしれないから。
「……ああ、行こうか」
三人でもう一度奥を目指す。サーリア皇妃の無念が眠る場所へ。
「姉さん、聞いてくれ! 貴女の王子は何も恨んでなどいない、今も愛している、これ以上悲しむ必要はないんだ!」
監獄が苦悶するように揺れる。まだ届かないのか。
――母上……!
王子も懸命に叫ぶ。この二人の想いを届けるのは俺の役目だ。肉体の方でドリームズ・エンドを強く握り直す。潜れ、もっと深く相手の意志に。届け、届け、届け!
瞬間、視界が開けた。静謐な森の風景、どこか懐かしい景色。
「……故郷の森だ」
「エルフの国? 心象風景って奴か?」
前方にたたずむ女性がいる。黄金に輝く長髪、気品と優しい雰囲気のあるエルフだ。
――エリアル?
「姉さん……」
駆け寄ったエリアル、姉の手を握る。肉体はなくとも想いは触れられた。
――ここは?
「……帰ってきたのですよ。貴女の故郷へ」
――母上!
王子の思念がサーリア皇妃の周りを飛んだ。逸れてしまった親子が失われた時間を埋めるように寄り添う。
――そう、私はもう……。
「……私は……私は姉さんに……」
――悔やまないでエリアル。自分を責めないで。来てくれて本当に嬉しいの。
美しい皇妃が心からの笑顔を浮かべる。その皇妃が俺にも目を向けてくれた。
――それに、貴方にもお会いすることができました、お礼を申し上げます。
何と答えれば良いか迷って不器用な笑顔を浮かべた俺。やがて皇妃と王子の姿は霞んでいく。
「姉さん!」
――旅立つ時が来たの。ずっと道を見失っていたけど、ようやく解き放たれる。さようなら、皆や叔父様たちによろしく伝えてちょうだい。
皇妃の思念が消えていく。そして俺たちの意識は急速に肉体へと引き戻された。
***
「いったい何がどうなってんだ?」
ティタンが見下ろす先で処刑人は果てていた、己の首を斬り落として。次第にその亡骸が塵となっていき、後に残されたのは処刑人の剣だけだった。
「ウィル君、何をしたの?」
「……話をしたんだよ」
それだけ。それだけのことが、ずっとできずにいたんだ。
「階層を覆う魔力が衰えていく気がする。これで番人は消滅したということか?」
「この場合は誰が討伐したことになるんだ?」
そんな会話が聞こえるけど何か言う気はない。七層は攻略される、その結果だけでいい。
「エリアル……」
解放された幽霊地帯にエルフたちが踏み込み、その奥にある一室でサーリア皇妃の亡骸が見つかった。すでに骨のみとなった皇妃。側に跪いたエリアルはしばらく動けず項垂れている。
その姿に部下たちも立ち尽くしていたが、アイリーンがすたすたと近づいてエリアルの隣にしゃがんだ。
「お前は<ナイトシーカー>の……」
「辛かったよね……ずっとこんなところで……」
アイリーンはサーリアの亡骸に優しく触れると、涙を浮かべつつ祈りの言葉を紡いだ。
「皆で弔ってあげよう」
「……そうだな、頼めるか」
皇妃の亡骸を清めると、運び込んだ棺へ丁寧に納めていく。
「あの、それ私の寝てた棺……」
「いいから伯爵」
「あ、戻ってきた」
部屋から出てきたエリアルは目を赤く腫らしていた。その視線がふとセレナさんに向く。
「……我々エルフは人間種と交わるべきではなかったのだ」
ぽつりとこぼれる言葉。それを聞いてかハーフエルフのセレナさんはうつむくが……。
「悲しい出来事が全てではないよ」
「ウィル君……?」
「セレナさんは祝福されて生まれてきたんだ。それは間違いなんかじゃない」
前を見てはっきりと言葉にする。エリアルの視線、受け止めて逸らさない。
「ウィル、お前はいったい何者なんだ?」
「ただの冒険者だよ、今は」