第107話 罪と罰①
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第七層を攻略する。
意識を潜らせ発信、目指すは処刑人とエルフの皇妃サーリア。
「何だこれは!?」
隣にエリアルの意識がある、俺の“潜行”に巻き込むことに成功した。でもさすがにノイズが酷い、早めにケリをつけるぞ。
「見える、見えないはずのものが……」
「エリアル、あれが分かるか?」
通路の先を指さす。そこは一帯がある種の怨念で包まれていた。俺たちを襲ったポルターガイストの正体だ。
――来ないで。
「君の姉さんが待ってる。震えながらずっと一人で」
「姉さん――」
「声を届かせてやれ!」
意識をさらに奥へ。暗闇で見えなかった先に一つの部屋がある。それは牢獄と違う、家具の整った一室だった。――いる、ここがサーリア皇妃の眠る場所。
「……姉さん、聞こえますか、エリアルです。お救いに上がりました」
――。
「遅れてしまい申し訳ありません。もはや手遅れと承知の上で貴女に――」
――この子に……近寄らないで。
「姉さん……」
弟のことも分からないか。無念の想いが周囲を取り巻いて、ここだけナイメリアの魔力を塗りつぶしているかのようだ。
「分かっていた……もう遅いと……」
――近寄るな。
「!?」
何か強い意思が俺たちにぶつかる。これはサーリア皇妃ではない、処刑人……ロバートのものか?
――誰も近づけぬ……今度は間違えぬ、今度こそ務めを果たす。
「ロバートなのか、務めとは何だ!?」
――皇帝陛下のために、帝国のために。
パチッと意識に痛みを感じる。“潜行”した世界で敵意が刃となって降りかかる。
「ウィル、奴なのか?」
「そうみたいだ、ようやくまともに喋ったな」
意識を伸ばす、手を伸ばす。ロバートとサーリアの残した意思に触れようとする。
「見せてくれ、二人が抱えていた苦しみ、俺たちが受け止めるから」
一瞬、音が遠くなり景色が変わる。色を失った世界に暗澹とした空間が広がり、俺たちは一層深いところへ潜っていく。
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……過ちを犯してしまった。あのような企みに手を染めてしまうなんて。
我が子が可愛かった。そして死が恐ろしかった。すでに二人の王子が死んでいる。次は私たちではないかと恐ろしくなり、浅はかな選択をしてしまった。
その罪に罰が下った。私が牢につながれるのは構わない。でもあの子は体が弱く虜囚の生活に耐えられない。私のせいであの子が失われる。
七柱の神々よ、罰なら私に下してください、どうかあの子は救ってあげてください。
どうか……。
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「姉さん……」
エリアルの意識が震えているのを感じる。あれがサーリア皇妃の真実、愛と恐れが行き着いた結末か……。
「また景色が変わる」
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……サーリア皇妃はほとんど動かない。かつては宝石のように輝いていた瞳が今はただ虚ろだ。
王子が亡くなってより皇妃の心は壊れてしまった。今は介護を受けながら命をつないでいる。その手には人形を愛おしそうに抱いて、けして放そうとしない。もう戻らない我が子の名前を唱えながら。
そんな皇妃をオズワルド陛下が見下ろす。
「ロバート、もっと良い部屋に移して差し上げろ」
「……承知しました」
「恩赦を与えることも協議してみたが反対の声が大きい」
こんな姿の皇妃を見ればエルフたちがどう思うか、大臣たちが恐れるのは無理もない。
「彼女の心を治す術も探させている」
「治るものでしょうか?」
「分からぬが望みを捨ててはならぬ。どうか彼女を守ってやってくれ」
「は……」
陛下はエルフに、他種族に心を砕かれる。だが一方では人間種に厳しく、私にも多くの処刑を命じられる。心中深くで疑念が膨らんでいた。我が家が代々この刃を振るってきたのは帝国のため、臣民のため。そうであったはずなのに……。
やがて私は過ちを犯してしまう。陛下に背いた者たちを逃がしてしまった。魔が差したとしか言いようがない、心に湧いた疑念が判断を狂わせた。
そして私は刑場に送られる。
「ロバート、お前も私を裏切るのか……」
孤独な方だ。陛下の言葉には憎しみと哀しみ、そして諦めが込められていた。私は裏切ってしまった。あぁ……もしやり直せるなら私は……。
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「ロバート……」
処刑人と皇妃、二人の思念は罪の意識で溢れていた。
「お前はずっと……」
――今度は。
かすれたような、ざらついたような心の声。
――今度は間違わない、今度こそ務めを果たす。この方に触れさせはせん。
俺たちの前に立ちはだかるようにロバートの意思が視覚化される。そうか、お前はずっとその人を守ってきたのか。ずっとこの場所を守ってくれていたのか。ずっと、すれ違った忠節を貫いていたのか……。
「もういいんだ」
意思を投げる。怒りはない、恨みもない、ただ率直な意思を。
「すまない、お前は頑張ってくれた。そして、よくやってくれた」
――。
「よく皇妃を守ってくれた。俺たちが、エリアルが来るまでよくぞ。お前のおかげで間に合ったのだ」
――。
視界が揺らぎだす。震えているのは誰の意思だろう。
――陛下……。
処刑人が、ロバートが動き出す。剣を構え直すと首元に据え、そして――。