第106話 不死者たち②
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第七層を攻略する。
「処刑人だ、逃げろ!」
「マジかよ!?」
ホセたちはどうなったんだ、やられたのか?
――ザリッ。
「あ、灯りを」
「点けるな、丸見えになる!」
この暗闇が隠れ蓑になるか、けどこっちも見えない、右も左も分からないぞ。
「いてっ!」
「あっ、ごめん!」
ぶつかった、エルフの誰かか。転んだ拍子に何かが手に触れた。……弓と矢?
「――借りるよ!」
エルフの弓矢を手に闇を見据える。“潜行”――たとえ暗闇でも意識の目で見ろ。
――過ちを犯してしまった。
ノイズが加わる。死者の記憶が。
――神様、どうか……。
前だけに意識を集中しろ、処刑人を……。
――この子だけでもお救いください……。
……漆黒の闇に処刑人の姿が浮かぶ。今ならこちらから攻撃できる。
問題は俺の弓の腕だ。せめて牽制にでもなれば良いのだが。
――弓は腕で引き、心で放つものよ。
森であの人に教わったのを思い出せ。――あの人?
“潜行”した視界の中で処刑人が動く。ゆっくりと剣を掲げ一撃の構え。射れ、私ならできるはずだ。
指から矢が離れ空気を貫く。その一矢は――処刑人の剣を弾いた。
「今のうちに!」
振り返って走る。やがて危険地帯を抜け灯りが戻った。ガロがエリアルを担ぎ、もう片手で俺も引っ張る。だが背後は……処刑人は?
――カッ。
暗闇に閃光が走る。やがて羽音とともにコウモリが、それに続きホセが姿を現した。
「全員無事かね?」
「ホセ!」
「このまま離れるぞ」
走る。後はひたすら走る。そうして安全圏まで逃れると俺たちはへたり込んだ。
***
「困ったことになった……」
現在、他のパーティーとも再合流して作戦会議をしている。
「使い魔によれば」
ステファニーが鏡をいくつか並べる。これらは彼女の使い魔の見たものが映る仕掛けだ。
「処刑人は例の幽霊地帯から動かなくなった」
「あそこは踏み込めないし魔法も干渉される」
「まさに籠城、というか立て籠もりだな」
即死の剣を振るう番人が幽霊の城塞に籠ってしまった、これじゃあ手が出せない。
「ならば戦わなければよい」
「どういう意味だステファニー?」
皆の視線が集まる中、ステファニーは何かのトーテムを取り出した。
「これはゴーレムの核となるものだ。監獄の石材を切り出してゴーレムを作る」
「そいつに戦わせるのか」
「この程度では通用するまい。目的は処刑人を封じ込めることだ」
彼女の作戦は、処刑人に通じる道をゴーレムで物理的に封鎖するというものだった。
「奴は生きた人間を殺すのは達人のようだが、物質を破壊する能力は人並みと見える」
「閉じ込め、あえて戦わずか……」
「下層への階段さえ見つかれば迷宮は攻略できる」
これに対して反対意見はなかった。それだけ処刑人は危険で現状は手詰まりだった。
ただ一人だけを除いて。声を上げたのはエリアルだった。
「我々が処刑人を倒す」
「エリアル、勝算はあるのかよ?」
「……やってみなければ分からない」
いつものエリアルではない。常に理知的だった男が今は執着に囚われて見える。
「お前たちエルフ隊だけでは無理だ」
「かと言って、俺たちはあんな化け物と戦いたくねえぜ」
「貴様らは巻き込まぬ。ただ封鎖するのは今少し待って欲しいのだ」
「エリアル!」
――パァン。ティタンがエリアルの顔を引っ叩いた。
「いい加減に駄々こねるのはやめろ、お前の部下たちは死んでいいのか?」
「……」
「エリアルよ、君が拘るのは処刑人ではないな?」
ホセが尋ねる。
「君はあの場所に何があるか知っている。いや、誰がいるかを。そうではないかね?」
「……」
「……君の姉さんだね?」
それはレイヴァイン伯爵の言葉。エリアルがパっと顔を上げる。
「ようやく思い出した、この区画に貴賓が囚われているという話を」
「……そうか、サーリア皇妃!」
ホセが驚き俺たちはきょとんとする。いや姉ってことにも驚くけど皇妃だって?
「前に話しただろう、先々代の皇帝エレア4世は複数の種族から妃を迎えたと」
「その一人がサーリア皇妃?」
……それは酷い皇位継承争いがあった時代か。その頃からずっと?
「サーリア皇妃は他の王子を害する企てに加担して捕らえられた。罪一等を減じて死罪は免れたが……つまるところ終身刑となったのだ」
「嘘だ! あの優しい人が他人の子を傷つけようとするか、玉座を欲しがるものか。姉さんは貴様ら帝国に陥れられたのだ!」
暗い監獄に声が木霊し、重い沈黙が流れた。
「……ハァ、ハァ」
「落ち着いたかエリアル?」
ティタンが今度はエリアルの腹をポンと叩く。
「事情はそれとして、問題は今どうするかだろ。お前が無茶なこと言ってるのにそろそろ気付くか?」
「……分かっている」
エリアルが引っ込んだことで方針が決まりかけた。ステファニーたちが通路封鎖の準備を始める。
「……分かっているのだ、もうこの声が彼女に届かないことは」
座り込んだエリアルの姿を見ると何か響いてくる。俺は再び暗闇に目を向けた。あの先の牢獄にサーリア皇妃が今も囚われているのか。その身が朽ちて無念だけが地上に留まっているわけだ。
これでいいのか? 終わってしまっていいのか?
「エリアル、一緒に来てくれ」
気付けば彼に声をかけていた。
「……何のつもりだ?」
「まだできることがある」
落ち着ける場所に移ると精神を集中、“潜行”の構えに入る。
「ウィル君、まだ何か秘策でもあるの?」
「秘策なんてものじゃないよ、悪あがきさ」
「やりたいようにやりゃあいい、お前の考えなんて分からねえからな」
セレナさんやガロに見守られながら“潜行”開始。その時、俺はエリアルの手を強く掴んだ。
できる気がする。何を根拠にそう思ったか分からない。だが予感がする。俺の“潜行”が力を増しているならできるのではないか。
「行くよ――」