第7話 忍び寄る刃
目的
◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。
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「ジョン様、随分と上達されましたな」
それはどこか知らない場所。立派な屋敷。きれいな庭園。目の前には木剣を持った少年がいる。
「僕は冒険者になるんだから、これくらい出来ないと」
少年が息を弾ませてそう言った。だがそれは困ると誰かが考える。少年はオーウェン家の一員なのだ、末っ子といえど一家を支える役目がある。
「家は兄さんたちが継げば良い。でも僕はその下で部屋住みなんてする気はない、伝説の冒険伯爵のように世界中を旅するんだ」
その言葉にどう答えれば良いか。考えるうちに近寄ってくる人影が映る。当主のオーウェン侯爵その人だ。
「剣術ばかりに精を出しおって」
「剣だけではありません父上。異国の言葉や地理も学んでいます」
「それより先に帝国の政治と歴史を学べ。兄たちを見習わぬか」
少年はムスッとしてその場を去ってしまった。
「ベッシ、お前がしっかり教えないでどうする」
「……申し訳ありません」
「貴族の子弟として身に着けることは山ほどあるのに。アレは出来損ないだ」
確かに少年は貴族らしくない。しかし彼が外の世界に憧れる気持ちは理解できた。この世は未知の物事に溢れている。今にして思えば、幼少のころに聞かせた異郷の物語が原因かもしれない。
「地方の反乱は鎮まったがあの皇帝のことだ、いつ事変が起きるか分からぬ。その時のためにも一族の力をつけておかなければ」
当主の言葉に頷くが、それでもこの時はまだ深刻に考えてはいなかった。
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「……」
また夢を見てしまった。俺が他人とあまりつるまない理由の一つがこれだ。
“潜行”の一環なのか、近くで誰かが寝ているとその記憶が流れ込んでくることがある。あるいは同じ夢を見ているのかもしれない。
あの夢はベッシのものか。これから探すジョンのことは子供の頃からよく知っているらしい、だから迷宮行きも志願したのか。
他人の頭を覗き見しているようで気が引ける一方ベッシの意気込みを知ることはできた。上手く見つけることができれば良いな。
俺たちは第三層に足を踏み入れた。ここから先は上の階層と違い本格的な迷宮となる。
「水が流れているな」
じめじめと湿った暗闇。元は下水道だった階層が迷宮と化し、狭い通路が上下左右に行き交う。
注意したいのは魔物と罠の存在だ。暗闇に潜む爪と牙、縦横に仕掛けられた見えない凶器。上層と違ってこの階層に住みたがる人間は稀だった。
「昨夜話したルートだが。ツバード、何か気付くか?」
アインに尋ねられ猫獣人のツバードが動く。地面や空気の臭いを嗅ぎ遠くの音に耳をすませる。
「こっちは血の臭いする、誰か戦った可能性ある。こっちの方は生き物の気配する。人か魔物かは分からない」
さすが人間種にはできない技だ。
「ウィルはどう思う?」
アインが一応俺にも聞いてきた。ちなみに俺の“潜行”の特技は誰も知らない。頭が覗かれてるなんて知られたら気味悪がられるから。
すぅ、と息を吐いて集中。短剣に触れてスイッチを切り替える。“潜行”して広範囲に意識を飛ばすと冒険者や魔物、罠の存在まで俺には感じることができた。これで何年も迷宮に潜り飯を食ってきたんだ。
「だいたいツバードの言う通りだと思う。行くならあっちのルートかな」
「小僧に分かるのか?」
射手の男が突っかかるが強い抵抗でもなく、皆も頷いてくれた。
迷宮を進む。ツバードが先導役として先頭に、戦士のライドが盾を片手に続く。魔法使いのフォスが光を浮かべて周囲を照らすと、セレナも同じような魔法で後ろを照らしてくれた。剣の腕も見事だったけど魔法も使えるのか、魔法戦士ってところだな。
……しかし皆はセレナへの反応が微妙だ。彼女がエルフだと分かると若干距離ができてしまった。
理由はある。帝国は人間種を中心とした国で他種族との長い争いの歴史があった。エルフたちと最後に戦争したのもそう古い話じゃなく、拒絶したり偏見を持つ人は多い。だからずっとフードを被ってたんだな。
「……待て」
ツバードが足を止めた。
「かすかに臭いする。血が錆びたような臭い」
俺とツバードで罠を警戒。ツバードが壁や床を調べている間に再び“潜行”。
――見える。石壁を透かして中の構造が。床にスイッチがあって罠が作動、横の壁から刃が飛び出す仕掛けか。
「下がって」
皆を下がらせスイッチになる石材を押してみる。するとギロチンめいた刃が飛び出し、鈍く錆び付いた輝きを見せる。
「ヒュウ」
「このスイッチは取り除いておこう」
専用の道具で石材を抉り仕掛けも無力化しておく。これでひとまず安全に通れるだろう。
「フン、まあまあじゃねえか」
ツバードも一応認めてくれたかな、この調子で順調に進められたら良いけど。
その後も罠と魔物を警戒しながら進んだ。ツバードが何か感知するたび周囲を調べ、俺が罠を見つけ次第解除する。
三層の罠はとにかく種類が豊富で、仕掛け弓、槍、火炎に毒など。それぞれ仕組みが異なるため知識が問われる。空振りすることもあるが警戒を緩めることはできず、結果時間がかかってしまう。
探索行は広い空間を見つけた辺りで休憩となった。
「よっと……」
ベッシがぎこちなく座る。それを見て射手のウッズがまた突っかかった。
「年寄りにはきついだろう。やっぱ地上で待ってた方が良かったんじゃねえか?」
「心配するな若造、ワシはお前が生まれる前より剣を握ってきた」
「それが迷宮で通用するか試してみるか?」
「……」
ウッズがヘラヘラ笑っているとベッシがおもむろに立ち上がった。周りは積極的に止める気配もない。
マズイ空気だ。止めようか考えていると視界の端でセレナが動くのが見えた。……こいつは。
「若造、動くな」
「俺は構わないぜ、今のうちに関係をハッキリさせておこうか」
喧嘩上等のウッズだが、その首元にスッと銀色の煌めきが走る。セレナが横からウッズの動きを制してしまった。
「てめェ……」
「動かないでね」
「待てって、マジかよ」
動きの止まったウッズにベッシは無言で近づくと、躊躇なく拳を振るった。
硬い衝突音、ベッシの拳はウッズの背後の石壁をへこませた。同時にポトリと落ちるものが。
「迷宮は蜘蛛も大きいな」
それは拳大の毒蜘蛛、迷宮に巣くう魔物の一種。ウッズの頭上から密かに近づいていたのだ。
蜘蛛が絶命したのを見届けてセレナも手を引っ込める。
「エルフ女、仲間に刃物向けやがって……」
「ゴメンね、でも痛くなかったでしょ?」
セレナの指がクルクルと回すのはスプーンだった。それを見てウッズはもう何も言わなくなる。
「爺さん、その左腕は義手かい?」
「うむ、鋼でこしらえてある。昔の戦争で失ったものだ」
「鋼の義手。思い出した、アンタ“鉄腕ベッシ”だな?」
アインの言い様だとこの爺さんは有名な騎士らしい。そしてパーティー内の格付けは決まった。
「お主ら冒険者の意見は尊重しよう。だが決定権はワシが握らせてもらう」
食事を済ませた後、俺たちは第三層を再び進んでいく。