第98話 アビス①
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
◆第七層を攻略する。
あたしたち<ナイトシーカー>に第七層へ行けって命令が来たの。それで今いそいそ準備してるんだけど、皆ちょっと気乗りしない感じ。
「あのベオルンって奴が言ったんだろ、根に持ちやがって」
ガロが嫌そうな顔して言う。ベオルンて誰だったか忘れたけど、その人があたしたちに行かせるよう皇太子さんに言ったみたい。
「オレたちゃ六層で働いた後だぞ、番人だって倒したんだ」
「けど七層も相当危険みたいだ、余計な犠牲を出さないためってのは分かるよ」
「ウィル、おめーはいいのかよ?」
ガロが言いたいのはウィルの調子のことだよね、ずっと疲れが溜まってそう。
「俺なら構わないよ」
「おめーが一番危なそうなんだよ」
「大丈夫だってば」
『アイリーン、聞こえますね』
ウィルが席を立つと、ガロがホセの袖を引っ張って囁く。
「なあ、ウィルの奴は大丈夫かな?」
「ふうむ」
「例のアーティファクトのせいか特技のせいか知らんが、ちょっと不安定になってる気がするぜ」
「確かにある。だが鋭さを増しているとも言える」
ホセの言うこと、実感としてはある。六層の番人を倒した時もすごかったし。でもガロの心配も分かるかな、なんだかんだで仲間のこと見てるよね。
「ウィルに期待しつつ我々でカバーするようにしよう。一応マイケルも付けてある」
聞こえたのかウィルの鞄からマイケルが顔を出し、にゃと小さく鳴いた。
『アイリーン、神の名において命じます、ウィルを殺すのです』
準備が整って七層に向かう途中、一緒に戦う人たちも合流してきた。その中にドワーフたちとティタンもいて、六層と似たような顔ぶれかな。
「ティタンだ、ヤッホー」
「おう、お前らも一緒か」
「じゃあエリアルたちもいるかな?」
「あーあいつは……」
どしたんだろ。ティタンがくいっと指で差した先、すごい目付きのエリアルがいた。
「ずっとあの調子で声もかけられねえ」
「お腹痛いのかなあ」
「いや違うだろ」
元から不機嫌そうな感じだったけど今日は特別。朝のベーコンエッグが焦げてたのか靴下に穴が空いてたのか知らないけど、魔法は上手いから多分大丈夫でしょ。
『アイリーン、聞こえないフリをしているのは知っています』
他にも<ウリュッセウス>だったかと<リーブラ>だっけかの人たち。前に会った鎧ゴテゴテの人と杖マニアの人もいる。あと蟹の人とかあれとかこれとか。
「ハーキュリーよ、装備品が増えておるな、保険でもかけたか?」
「気のせいだ。そういうステファニーも杖が増えてるんじゃないか?」
「気のせいだ」
気のせいかー。
『もう何回も言っていますけれどウィルを殺すのです』
階段を下りる前にポスポス博士が皆に助言をくれた。
「これより下層は囚人の脱獄を防ぐため結界が張られている。魔法の使用に制約がかかると思ってくれ」
「なら転移魔法もかい?」
「そうだ、魔法での脱出はできぬゆえ十分注意しろ」
「今まで以上に一つのミスが命取りになるか」
転移魔法は今まで最後の保険みたいなとこあったから、これはキツイ。誰かが倒れたりしないよう、あたしがしっかりしないとね。
「んーと、七層が監獄でゾンビの群れがいて、番人を攻略しつつ皇帝の手掛かりも探す」
ウィルが指折り数えるけど問題が減らない、大聖堂にいた頃の課題の山を思い出すわー。
「それに信奉者にも注意しないとね」
「大丈夫、俺が見つけ出してみせるさ」
「頼れるー、でも無理しないでよね」
ウィルの頭をなでなでする。子ども扱いすると嫌がるけど、これで辛いのが飛んでったらいいのにな。
『ウィルとくっつくのはやめなさい』
……ところでウィルって背伸びたね。前はあたしよりちょっと低いくらいのが今は追い越されそうになってた。
「ちょ、ちょっとアイリーンべたべたし過ぎでしょ」
セレナがそっと止める。ウィルのこと弟同然に思ってるみたいで保護者っぽい、こういう反応がちょっとかわいいの。
『アイリーン、貴女に祝福を与えた意味をですね云々』
なんやかんやで七層への階段を下りていく。暗く長い階段。歩いていて終わりがないんじゃないのって思いそうになる。それが七層に近づいたと気付いたのは、下層から嫌でもにじんでくる死臭のおかげだった。
「酷いもんだ、この臭いの中で戦うのかよ」
ティタンがげんなりしてる。この臭いで皆のテンション下がっていくのがまる分かり。そんな中でもジェイコブと<白の部隊>は慣れたものって感じだけど、まあこの人たちのことはいいや。
「近いぞ」
ガロが気配を察知したみたい。そしてかすかな光、七層の入口だ。
「ここは……」
陰鬱な空間に出た。冷たい石壁に鉄の扉が並ぶ通路、この一つ一つが牢屋みたい。そして臭いだけじゃなくて、重たい霊気が空気を満たしている。
「こんなところには捕まりたくねえな」
「うう、冷や飯生活を思い出す」
「セレナさん……」
入口付近は安全みたいだけど、そこかしこから呻き声のようなのが聞こえる。おまけにあたしには死者の魂が漂うのが見えて悲しくなってきた。
「さて今回はどうするかね、手を組むかバラバラに動くか」
「狭い場所だ、いずれにせよ大人数では動きにくい」
「では分散するか。例の連絡用魔道具は使えるかな?」
ステファニーが水晶玉を取り出すけどなんだか反応が悪いみたい。
「やはり魔法に影響が出ている。離れると会話できなくなりそうだ」
「それでもないよりマシか」
「では各々敵を駆逐しつつ探索。連絡は定期的に取り合って、番人なり重要な発見などあれば合流しよう」
それで皆バラバラに動き出した。ジェイコブたちはつるまないだろうし、エリアルは仏頂面だし、そうなっちゃうか。
「やれやれ、監獄の大掃除ってか。ホセ、道順分かるか?」
「私は捕まったことがない」
「俺が調べるよ」
ウィルが前に出て例のなんかすごいらしい能力の構え。これをすると壁の向こうとか罠の場所も分かっちゃうらしいからすごいよね。さてはお風呂とかも覗けるのかな?
「……」
「どう、分かりそう?」
「……」
集中してる。こういう時に触ったらどんな反応するんだろ。ヤバイ、そう思ったらこしょこしょしたくなってきた。
「あうっ!」
「まだ触ってないよ!?」
ってウィルが急にうずくまって苦しそう。口を押えて、吐きそうなの?
「どうしたのウィル君!?」
「頭に、色々流れ込んできて……」
「すぐ治療するね!」
『今です、ウィルを殺すのです!』
治してあげないと。こういうときは頭? お腹の方?
「アイリーン、治療ではダメだ」
そう言ってホセがウィルに触れると何か唱え、そしたらウィルの体がガクンと崩れた。
「わわ、大丈夫?」
「鎮静魔法だ、能力を強制解除させた」
『あーもーチャンスだったのに』