第97話 クリフ
目的
◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。
◆異形の神々の顕現を阻止する。
◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。
◆迷宮内でメアを見つける。
◆異形神の信奉者を探す。
第六層の番人を倒して数日経ち、今やこの階層はすっかり安全圏だ。索敵、攻略、掃討、拠点構築、食料や物資の搬送と手際よく進み、数年かけた上層の攻略とはえらい違いで人海戦術のありがたみを感じる。
俺は今、エドウィン皇太子の拠点となった宮殿にいる。用事というわけではないが落ち着ける場所が欲しかった。もう癖になっているけど考えることが多い。迷宮のこと、信奉者のこと、メアの存在、アイリーンの言葉、マクベタスの顔……。誰かこの謎だらけの状況に答えを出してほしいが、ホセなら自分で見つけろと言うんだろうな。
……人の気配がした。誰かと思ったがすぐに酒の臭いが鼻につく。
「生きてたかワル坊」
聞き慣れた声、他にない呼び方、間違いない。しかし何でここにいる。
「……ウィルだよ。クリフ爺さん、何でこんな迷宮の下層に」
「ハハッ、面白そうだからこっそりついて来たんじゃよ」
「マジかよ、どうやってここまでバレずに……」
昔は冒険してたという爺さんだけど、兵士たちに怪しまれず来れるもんなのか。
「そんで、お前さんは一人でどうした。宝探しじゃなさそうだな、懐かしの宮殿を満喫しとったか」
「また考え事だよ」
「答えの出ない考え事か」
「癖なんだよ」
よく分からん爺さんだが丁度良いかもしれない、聞きたいことがあった。
「俺の養父っていったい何者だったんだ?」
俺を拾って育ててくれた養父。何故かマクベタス1世と同じ顔だった人。今になってどんな人物だったのか無性に気になってしまう。
「あいつのことか……」
「よく知ってるようなこと言っていたよな?」
「その前に、お前さん自身はどれくらい知っとるんじゃ?」
「それは……」
元騎士とか冒険者とかは聞いたけど実際のところは、思い出そうとして……。
「父は気難しい人で……いや、躾には厳しくて……うん?」
違うな、そんな人じゃなかった。
「冒険、あれ? 騎士? 一緒に放浪して……?」
変だ、おかしいぞ。養父と共に過ごした日々、情報として頭にはあるのに実感が伴わなくなっている。これじゃまるで……。
「あーもういいぞワル坊」
「……」
「無理に思い出すこともないわ。今は楽しむことだけ考えとったらいいさ」
違う、違う、何かおかしい。
「なあ、あんた何を知って――」
……いねえ。あの爺さんまた話の途中でどこか行きやがった。
「ウィル?」
「え」
物陰から俺を覗き込むのはガロとマイケルだった。ガロは何故か怪訝な表情しているし。
「気付かなかった、何か用?」
「いや用とかじゃねえ、たまたま見かけたから」
「つーかにゃあウィル」
マイケルがスタスタと足下に寄ってくる。
「前から気になってたんだけど、随分と独り言を言うんだにゃあ」
「は、独り言?」
「すごい一人で喋ってたにゃ」
「一人じゃないよ、さっきまで知り合いと話してたんだ」
いつの間にか消えちゃったけど。ガロたちに気付いて見つからないようにしたのか、それにしても消えるのが上手い。
「ガロは知らないかな。クリフっていう爺さんで、道化師みたいな服で酔っ払いながら帝都をフラフラしてる変人なんだけど」
「あぁん、見たことも聞いたこともねえな」
「嘘、あんな目立つ爺さんなのに」
「つうかウィル……」
またガロが変なもの見る目で俺を。
「オレの耳にはお前の声しか聞こえなかったぞ?」
「……は?」
ガロは何を言ってるんだ、耳が良いのに。……耳が良いから?
「……まあなんだ、オレはお前が幻覚を見てようが、独り言好きな奴だろうが別に気にしねえから」
「もっと仲間と話せば良いにゃー」
ガロとマイケルが去り俺は立ち尽くした。
「爺さん」
どこかに隠れてないかと呼びかけるが応える者はない。
「クリフ爺さん」
どういうことなんだ、もしかしてあの爺さんは俺が見てる幻だったのか?
それだけじゃない、過去の記憶、思い出が自分のものかどうか自信がなくなってくる。俺の頭はアーティファクトの使い過ぎでおかしくなったのか。
……いや、もしかしてずっと前からおかしかったのか?
***
「ホセ殿、来ていただき感謝します」
ポスルスウェイト博士が私を出迎える。エドウィンの本陣に呼ばれた私だが、目に映るのは重い表情ばかり。
無理もないことだ、皇帝につながる手掛かりはあれ以来見つからず、一方で第七層の厳しい状況が明らかになってきた。
「七層は夥しい数のアンデッドが蔓延っており、攻略は難航しそうです」
「やはりか」
この状況は予想していた。かつての地下七階は帝国にとっての闇であるから。
――帝都地下特別監獄、通称『アビス』。通常の監獄では収めきれない凶悪犯や国事犯、超長期服役囚、戦争捕虜などを収監する場所である。
囚人の中には並外れた力の持ち主や魔術師なども当然含まれるため、それらを捕え続ける物理的、魔術的な備えが幾重にも敷かれており、帝国の歴史上で脱獄した者は皆無。それどころか生きて出られた者すら稀だろう。
そんな囚人たちが地下の迷宮化でどうなったか、気になってはいたが最悪の結果が待ち構えていた。
「現在いくつかの部隊と冒険者が展開していますが、このままでは消耗戦となってしまいます」
「半端な戦士ではミイラ取りがミイラとなりかねません、精鋭を向かわせましょう」
エドウィンの参謀たちが協議を進めるところに一人の若い騎士が首を突っ込む。
「ホセ殿の<ナイトシーカー>にも行ってもらっては?」
その若者は親衛隊のベオルン、宰相の息子だったと記憶しているが。
「ベオルン、彼らはこの六層ですでに働いている。続けて危険な領域へ行かせるのは負担が大きい」
「ですが優れたパーティーなのは確か。いたずらに被害を出すより彼らに任せるのが得策かと」
ベオルンの目が意味ありげにこちらへ向く。さて何が言いたいやら。
「先生……」
エドウィンまで私を見る。ベオルンの意見が真っ当なことは認めざるを得ないか。
「仲間たちと話してみましょう」