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第96話 帝都オルガ

目的

◆帝都地下迷宮の謎を解き明かす。

◆異形の神々の顕現を阻止する。

◆皇帝オズワルド1世の手掛かりを探す。

◆迷宮内でメアを見つける。

◆異形神の信奉者を探す。

「これが帝都オルガか……」


 ここは第六層の再現された帝都。聖堂の屋根によじ登り改めて街を見下ろす。地上の帝都で暮らしたせいか新鮮味は薄い。それでも健在だった頃の街並みは華やかにして緻密、大陸の中心地というだけのことはある。


「こっちの方が下町で、あっちがマリアンの屋敷かな」


 貴族の邸宅が多い区画は遠目にも屋根瓦が華やかに映える。一方馴染みの下町は後から付け足された区画だが、それでも暮らしや衛生面で不満が出ないよう都市計画に苦心した場所だ。


 とはいえ、この街並みも他の階層と同様、誰かさんの頭から描き出されたのだろう、必ずしも帝都そのままではないはずだ。


「おい少年!」


 声のする方を見下ろすとジェイコブと<白の部隊>がいて、騎士の一人が俺を指さす。


「作り物とはいえ聖堂の屋根に上るとは不届きな!」

「高かったからつい」

「いいから下りなさい!」


 するする下りた俺に対し、ジェイコブたちは一瞥だけして聖堂の中へ。ここを調べに来たのかな。……聖堂か、あの墓守爺さんも昔はここで勤めていたんだろうか。

 ここで祀られている“七柱の神々”、今でも言えるか思い出してみる。


 海の神、エイビラム:天候と生命を司り、航海や交易の守り神でもある。

 大地の神、ディコック:自然を操り人々に豊穣をもたらす。

 戦の神、ベンジャモン:戦いにおける勝利と富をもたらす。

 知恵の神、ゾーイ:学問と芸術を生み出したとされる神。

 天文の神、ヒューロック:長寿と繁栄をもたらし、運命を見る。

 酒の神、ジュダ・ロウ:酒と詩を好み、邪を払う守り神。

 哲学の神、フォートレイ:思考と精神の領域を司る神。


 こんなところだったかな。子供のころ爺やに教え込まれたのを思い出すよ。


 さて、俺だって何も遊んでいるわけじゃない。

 この六層は魔物の掃討が進みエドウィン皇太子の本営も移転してくる予定だ。今は冒険者や兵士たちが探索に乗り出し、ある者は宝を求め、ある者は皇帝の手掛かりを探し街を行き交う。


「ちくしょう、どこにも宝がないじゃねえか!」


 ……冒険者のぼやきが聞こえた。この帝都、再現度が高いのは見た目だけで大した財は見つからず、多くの冒険者を落胆させている。

 そんな場所でもノリノリで探索する人はいるのだった。


「ようく地図を取っておけよ、建物も模写しておけ」


 あれはポスルスエイト博士だ。この帝都がどこまで本物を再現しているか調べているらしい。この六層はようやく到達した新しい階層、博士にとっては新天地のようなものか。


 俺の方は相変わらず、適当な場所で“潜行”。手掛かりだけじゃなく例の信奉者も警戒しているけど……やはり手探り感が強いのが困りどころだ。


「……?」


 俺の感覚が見覚えのあり過ぎる人物を感知した。“潜行”を解いて路地に踏み込むとキョロキョロするアイリーンを見つけた。


「アイリーン?」

「あれ、ウィルじゃん?」


 一人で出歩いて危なっかしい。いやそれは俺もだけど、どうもアイリーンがいつも以上にふわふわして見える。


「街を見てたの?」

「うん。この辺り昔住んでたから」

「元々帝都暮らしだものね」

「それでね、ここ」


 アイリーンが指さしたのはごく一般的な民家だった。


「あたしの家」


 見覚えのある家屋。そうだ、俺はアイリーンの記憶を垣間見てこの場所を知っている。そして聖堂で起きた惨劇も……。


 扉を開けて入ると家具などないまったくの空き家だった。


「内装までは再現されずか……」


 乾いた空、空虚な風。閑静な住宅街に時々兵士や冒険者の気配だけが伝わる。


「ねえ、ウィルには故郷はあるの?」

「拾われた俺には無縁だね」

「あたしはね、大聖堂から帝都に帰ってくるとき子供みたいな期待があったの。両親は侵食のときに死んじゃったけど、その最期は見てない。だから二人が実は生きてて、ここであたしを待っててくれるんじゃないか……そんな期待をちょっとしてたの」

「……」

「でも実際には、家は壊れてるし知らない人が住み着いてるし。それであたしには帰る場所がなくなったんだなって、実感として分かった感じ」


 帰る場所か……。この言いぶりだと、修行した大聖堂も彼女にとっての居場所ではないらしい。


「ごめん。故郷を失う悲しさ、俺には分からないけど」

「……」

「でも俺たちはアイリーンに出会えた。悲しい出来事はあったけど、それだけじゃないとも思う。俺に故郷はないけど居場所は作れる。俺たち皆がアイリーンの居場所になるよ」


 随分と恥ずかしいことを言っている。でも俺の心からの言葉だ。

 アイリーンは少し驚いたように真顔で止まっていたが、表情が崩れると優しい笑顔になった。


「ありがと」


 その笑顔で余計に恥ずかしくなって俺は視線と話題を逸らす。


「で、でもここだって良い家だよね。それにこの区画、余所と比べてもきれいだ」

「へへ、そう思う? 一度再建したって話だから帝都の中でも新しい方かもね」

「そっか、ここは大火事のあって再建を命じたところだ」

「え……?」

「上手くいったみたいで良かった良かった」

「……」


 アイリーンが言葉に詰まっている、私は何か間違えたか。


「ウィル」

「うん?」

「あたしね……」


 いつもと様子が違うアイリーン。側まで近づいてくると、不意に俺を抱きしめてきた。


「あたしはウィルがどこの誰でも、絶対に仲間だからね」

「……アイリーン?」


 アイリーンの温かさと柔らかさが伝わってくる。けど俺の頭は彼女の言葉の意味を考えて何も分からなくなっていた。



***



 ねえウィル。貴方が言った帝都での大火事、それって二十年も前のことなんだよ。元々帝都に住んでいた人しか覚えていないことだよ。


 貴方がそれをどうして知っているのか、誰から聞いたかは分からない。貴方が何者なのか分からなくなっていく。


『……ウィルを殺すのです……』


 またあの声が響く。帝都侵食を生き抜いて以来、あたしの頭に直接呼びかける声がちょくちょく聞こえる。

 最初のうちは「いずれ帝都に赴き大いなる闇と戦え」とか言っていた。それがしばらくすると、「帝都でウィルという少年を探せ」と具体的になった。それがいつか「殺しなさい」って言い方に変わる。


 あたしが変になっちゃったのか、この声に意味はあるのか。それを考え続けて帝都にやって来る。そして本当にウィルと出会えた時、あたしが生き残った意味を見つけた気がした。


 でもこの声、どうしてウィルなのかは謎のまま。あたしは<ナイトシーカー>に入ってウィルたちと一緒に迷宮に潜る。


 そうして少しずつ分かってきたのは、ウィルには秘密が隠されていること。この迷宮の根幹と関わるような秘密が。


 でもね、それでもあたしたち仲間だよ。ウィルが何者でも、これからお互い何があっても、ずっと……。

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