第6話 潜むものたち
目的
◆冒険者ジョン・オーウェンを発見し連れ帰る。
アインは皆を先導してとある区画へ向かう。奥へ進むにつれて体格の良いけどガラの悪い男たちが増えてきた。
そのうち一人が俺たちの前に立ちはだかる。
「関係ねえ奴はこれ以上入れねえぜ」
「アインという者だ。話が通っているはずだが」
「ああ、アンタがそうか。少し待っててくれ」
手下が行き来すると奥から年季の入った男が現れた。
「情報が欲しいのはアンタらか」
「さっき頼んだ冒険者の情報、何かあったかい?」
こういうヤクザな連中は社会に根を張り広い情報網を持つ。加えて賭場や怪しい店を取り仕切り第二層を実質支配していた。そしてアインは彼らとパイプがあるというわけだ。
「今も調べさせているところだ。手下たちが戻るまで休んでいると良い」
客間らしい部屋で酒など出されたが居心地は良くない。それでもアインは気にせずヤクザたちと情報交換している。
「近頃の迷宮はどうだい?」
「今は停滞期だな、新たな発見も少なくなってきた。五層の壁が突破できるまでこんな調子だろう」
五層の壁とは、その階層を守る番人が強すぎて多くの冒険者が敗れたことからできた言葉だ。俺はまだ出遭ったことはないが、その脅威度は上層の比ではないと聞く。実際、第三層の番人を倒した冒険者パーティーが第五層で壊滅しているのだ。
「戻りやしたぜ」
しばらくして手下たちが帰ってきた。集めた情報をまとめるが残念ながら目ぼしいものはない。
「そのジョンという冒険者、下層へ下りて行ったのを見た奴が何人かいる。だが戻ってくるのを見たという話は今のところない」
「そうか、ジョン様が自力で生還していればと思ったが……」
「もっと時間をかけて聞き込みしてみるかい?」
「いや、これ以上足踏みしてもいられぬ」
ヤクザたちは礼金を受け取ると出ていった。なおこの部屋は今晩使わせてくれるらしく意外と気前が良い。アインが交渉してくれたのかな。
「明朝出発する」
地図を広げて進路を検討する。地図といっても探索した情報から点と線をつないだツギハギだが、下層へ下りるルートはいくつか判明している。それぞれに脅威と危険があって平坦な道はない。
「今のうちにトイレ行ってくるね」
立ち上がったセレナが部屋を出ていく。パーティーの中で一人だけ女性だから不便なければ良いけど。
……それはそうと嫌な予感がした。ここ第二層は色々不安がある。
「ちょっと付き添ってくる」
「ん?」
「そうだな、行ってこい」
アインも頷く。俺はいそいそとセレナを追いかけた。
「セレナさん……?」
いくつか角を曲がるとすぐに見つかった。だが俺は背筋に悪寒を覚える。
「ウィル君?」
セレナの足下にいるのは……猫?
「見てこの子、迷子か野良かな?」
両手でワシャワシャしているけどマズイ。
「離れて!」
俺が言うのとどちらが先か猫の姿が変形する。
「魔物――」
不定形の怪物となった猫は牙と触手の合わさったような触腕をセレナに伸ばす。
あ――。
俺が動き出そうとした瞬間、セレナが羽のように舞って触腕を回避。着地と同時に抜刀、魔物を十字に切り裂いた。
「すごい」
「ありがと」
呆気にとられた、と同時にセレナの姿に目が行く。飛んだ拍子にフードが脱げて、長く尖った耳が初めて露わになった。精霊種、中でもエルフ族に見られる特徴だ。
輝くような金髪のエルフ。精霊種に会うのは珍しいが特にエルフは初めてだ。
「これが迷宮の魔物?」
「ネコモドキですね、姿を変える魔物で、特に猫のふりして近づいたら噛みちぎろうとするんです」
「人も魔物も物騒な階層だね。……猫好きなのになあ」
ここ第二層は人を騙す魔物がはびこっていた場所だ。擬態しての不意打ち、幻覚を見せて取りこむ、中には人間そっくりに化けるものもいたとか。だいぶ掃討されたはずだけど今でも稀に出没するから困りものだ。
「この死体どうしよっか?」
「え、ああ。処理するのに戻っていられないしそのままで。解体屋とかが拾っていくと思うから」
魔物の体には活用法が多い。角や牙、皮は道具に、内臓を薬の素材にするなど。それらを求めて迷宮を徘徊する解体屋、あるいは一層の小人などは迷宮の掃除人とも呼ばれる。
「さすが先輩、詳しいんだね」
「とにかく何かと物騒だから、なるべく一人で行動しない方が良いですよ」
「承知しましたー」
茶化すような言い方だが嫌味のない人だな。
「フフ」
「なんすか?」
「早速、案内人に助けられたね」
「どうですかねえ。セレナさんならあんな小物に負けなかったんじゃ」
「色々教えてくれるじゃない。お礼に君の背中は守ってみせるから」
面と向かってそんなこと言われると反応に困る、他人とつるむのは苦手なんだ。今俺は顔を赤くしてるんだろうな。
地上では月が昇っている頃だろうか。俺たちは寝袋に潜って眠りにつき本格的な探索に備えた。