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襲撃

「...それで?一体お前に何があった?」


ガズ山から遠ざかり、窪地でキャンプの準備を終えたら夜半過ぎだった。


グレッグは野営準備中に意識が戻った。今は夜食後の休憩時間で、焚き火を囲んで全員が俺の方に視線を向けている。


「...ま、上手く説明できるか分からんが、話すよ。」


そう言うと、俺はイグニスの一件をかいつまんで話した。グレッグにイグニスが入神していた事、試練を受けさせられた事、黒い魔女の事。


ドラゴンとの戦闘の事や個人的な秘密等は割愛した。


「...んで、ギブリスで見かけた黒い魔女はレッドドラゴンの化身で、イグニスはデス・フレアだった。去り際に正体を現して、2匹で南西方面に飛んでいった。それでふと気づいたら再びグレッグの前に居たって訳だ。その試練の報酬?で、スキルや加護をもらったようだ。さっきの発火も、闘気の1種らしい。ドラゴンフレンドも、同じくその時からだ。俺の話はこんなところだ。」


全員がしばらく黙っていた。


「え、えーと、確認していい?」


イザベラが理解不能と言う表情で尋ねた。


「どうぞ。」


「どうやってその状況を生き延びたの?」


当たり前の質問だな。全員が頷いて俺に注目した。


「黒い魔女からの試練を達成したので、殺されなかったんだと思う。」


「その、試練ってどんな?」


「すまん、それは喋ってはいけないんだ。ただメチャクチャ過酷だったと言っておく。」


と、俺は誤魔化した。嘘は良くないが、レッドドラゴンを倒したなんて言っても、誰も信じないと思ったから。


今までの冒険者生活では「ドラゴンを見たら逃げろ」が鉄則だった。


「そうなのね...ねえ、イグニスは何故マヒトを選んだのかしらね?しかも凶暴と言われたデス・フレアがイグニスだった?って、今聞いた限りでは話の通じない奴じゃなさそうよね?無事に帰ってきたし。今までの常識とはかけ離れているわね。」


「えーとな、前にも言った通り、俺は知らない間に月光丘の迷宮に召喚されていたんだ。で、魔女はその事と関係あるとか言ってたな。詳細は教えてくれなかった。それと、これは俺の印象なんだが...」


全員が話に聞き入っている。さっきからグレッグは、なにか言いたそうな表情だった。だがこの話の間、彼は沈黙を貫いたのだった。


「デス・フレアと思われる奴は、レッドドラゴンが豆粒に見えるくらい超でかい竜だった。何せ広げた片翼に、小さい奴がスッポリ隠れて見えなくなったくらいだからな。あくまで飛び去っていく姿を見比べた感想なんだがね。それで、今まで世間的に認識されてきたデス・フレアって、その小さい方だったんじゃないかなあ。俺にはそう思えるけど。」


うーん、と全員が唸った。


「そうなのね...その、デス・フレアの話は驚異的だわ。そしてマヒトの話は、それなりの説得力があるわね。」


「ほう、それは?」


ビンセントが尋ねた。


「まず、表現が具体的よね。直接見てないと、こんな情報にならない。そして、凶暴な竜がそんな巨大だったら、今までに聞いた被害なんて小さい方だと思わない?」


そう言えば、そんな話もあったな?俺はイザベラに尋ねた。


「被害って、どんな話なんだい?」


「えーと、大概はガズ山の周辺に集中しているわ。そしてあそこを大人数で通過しようとすると、必ず襲われるって。件数は、私の聞いた限りでは5回ね。そのすべてが全滅だそうよ。商隊や軍隊ね。」


再び全員が唸った。俺もそれを聞いてアイディアが浮かんだ。


「そうなんだな。ふーん、そうすると確かに、イザベラが言っている事に思い当たりがある。あのでかい口から吐き出されるブレスなら、ギブリスくらいの規模なら一発で消し飛ぶだろうに、そう言う被害はないと。」


ビンセントが頷きながら、再度質問した。


「...なるほどな。確かにマヒトの話は明確で解りやすい。じゃあそれが本当の話だとしてだな、そのイグニスの加護って言う件な、一口でどう言ったもんなんだ?」


「ビンセントさん、神の加護なんですから、あまり聞くのは失礼ですぅ。」


ドロシーが元受付嬢らしく、ビンセントをたしなめた。


「いや、いいよ。パーティーの皆に知ってもらった方が安心する。えーと、ざっくり言えば炎ダメージが無効になって火を操れるのと、ドラゴン関係のスキルをボチボチって感じかな。」


ほうっ、と全員が反応した。


「じゃあ、先生はグレッグさんと同じ神官になったのですね?あ、でもドラゴンのスキルとかは違うかあ。ねえ、どうなんでしょう?」


ドロシーは、珍しくさっきから寡黙なグレッグに話を振ったが、彼は表情を変えずに「わかりません。」と言ったきりだった。


やっぱ何かあるんだろうな。様子が変過ぎだろ。


「んじゃあさ、昼間の蔓が燃えたのは、グレッグのと同じって事かよ?それにしては勢い良く派手に燃えたよな?」


「ええと、任意で自分が触れた対象を加熱融解させる能力で、闘気の一種らしいね。」


「うわヤバイなそれ!お前とは喧嘩するのは止めとくよ。」


ジェイドが冗談ぽく言ったので、全員が笑った。


「まあ、スキルはそんな感じだね。後は諸君の想像に任せるよ。」


パーティーの各々が疑問もありつつ、それなりに納得した雰囲気だ。だが、さっきからグレッグは俺の方を凝視している。


やっぱり何か話があるんだろうな。ま、あちらから何か言ってくるだろう。


案の定、イザベラと寝袋を準備していると、グレッグが俺達のテントに入ってきた。


「マヒト、話があります。こちらへ。」


俺はイザベラとアイ・コンタクトすると、グレッグに着いて行った。キャンプから50mくらい離れると、彼は小声で話し始めた。


「...マヒト、私はイグニスの神官ですが、同じ信仰者や能力を持つ人をある程度識別できます。あなた、イグニスの身内扱いになっていますね?」


「そうは言われてないけどね。そうなんだろうか?」


「主は何と言われましたか?」


「気に入ったとか言われたな。あとフホホって笑ってた。」


「...厳格と言われている主が笑うなど、普通ありえませんね。ですが、信じます。あなたは間違いなく眷属や一族の扱いだと確信していますよ。」


「ふうん、そりゃどうも。」


「実のところ、私は失神していた訳では無いのです。霊体だけ体外に押し出されていたようで、マヒトともう一人の成した偉業を目撃していました。」


「そうなんだな。ちなみに何処まで見ていたんだい?」


「あなたが黒い魔女と何かを会話していて、それからいきなり戦闘になって、倒したレッドドラゴンが分身だったところまでですね。」


「ああ、じゃあ会話は聞こえなかったのな。」


「ええ、それについて聞きたかったのです。」


「それは俺のプライベートに関わる。なぜグレッグはそんな事を聞きたいのかな?」


「レッドドラゴンを倒した事実、これは国を揺るがす大事件ですよ?王国に知れれば、ドラゴンスレイヤーの名誉勲章授与と、叙爵させられます。」


「叙爵...って、貴族になる?」


「ええ、強制的にでも従属させられますね。何しろあなたは国を滅ぼし兼ねない存在と見られますからね。私はそうは思いませんけど。」


「そう思わないなら、なぜこんな話を?」


「私はね、あの戦いを意図的に見せられていた、と思っているのですよ。何がしかの使命を主がお与えになったと思えてならないのです。だから見極めないと。あなたが神々からの加護を受ける理由と、私の役割をね。」


グレッグは、いつになく真剣だ。この男にとって、神の啓示は生きる原点なのだろう。


「なあグレッグ。俺はな、宗教は信じないが神は信じている。そして神のお考えが人間ごときに理解できるなら、人としての修行など要らないのではとも思うのさ。」


「なるほど。」


「だから、グレッグが見せられた事は神の啓示なんだと思う。だけど、今の時点では何を求められているかは判らないよな?この出来事1つで、俺の事を知ろうとするのは、それは神の啓示なのかね?」


「...いえ、明確に言えないですね。私のエゴとも言えます。」


「探求したいのは理解できる。あんたが熱心に真剣に追い求めているのは知っている。だが俺の...そうだな、秘密とあえて言おうか。それを知った時、月光にとって取り返しがつかない事態になるとしたら、どう思う?」


「...それは、私以外のメンバーにも影響が出ると?」


「ああ、俺はそう思っている。逆に考えてみてくれ。これだけの事態なら、異常と言っても良いよな!?個人が経験できる範疇を大幅に逸脱しているとも見えないかね?」


「確かに。あなたの戦力もですが、常軌を逸しています。」


「ヤバイんだよ。俺自身、この先どうなるかも判らん。今判っている事は、俺が召喚された時にアクリル様との契約で、シルバーガーデンへ来いと言われている事だけだ。」


「契約!?加護ではなく?与えるのみの存在が、あなたの何かを代償にしたと?」


「そう思ってもらって構わない。こんだけ色々あったのに、まだ事が始まってさえいないのさ。全てはシルバーガーデンで何が起こるかを確かめてからだな。」


「...今は詮索するな、と言う事ですね。時期早々と?」


「そうとしか言えん。もしアクリルに直接会って許可が出れば、全て話せると思う。それまでは待ってくれ。俺もあんたも、神に背きたくないよな?」


「はい、そうですね。よく分かりました。ですが、そうすると長い付き合いになりそうですね。」


「そうかもな。俺が野垂れ死んだりしなければ。」


「大丈夫、私には確信があります。事を成すまで、あなたは死ねないでしょう。不本意かもですがね。」


「全くだ。早く霊界へ帰りたいと願っている。」


「あはは、面白い人だ、あなたは。」


気が済んだのか、グレッグは笑いながらキャンプへ向かって歩き出した。俺も一緒に並んで歩いた。


こんな事があると、いつかは皆に日本の話をする時が来るのだろうなと、思ってしまった。その時、受け入れてもらえるのだろうか?


キャンプへ帰ると、迎えに出たイザベラが、俺とグレッグの顔を見比べて嬉しそうに笑った。


ドロシーやラピに不評だが、最近はパーティーの皆が気を遣ってくれて、俺とイザベラが一緒に寝泊まりするように配慮してくれている。


そして彼女も、何も言わずに俺の横や一緒の寝袋で一晩を過ごすようになっていた。


たまに女同士の話し合いで、他の女子が来ることもあったが、あえて俺から遠ざけていた。


イザベラとの事にケジメをつけないと、彼女らに不誠実だと思っているから。


その影響か、話し合いなのか、ラピもドロシーも向こうからはアピールして来なかった。ただ、同じ条件で寝泊まりはしていた。


性欲が枯れている訳ではないけど、何て言うか俺自身のモラル的な問題なんだと思う。


「...ねえマヒト、グレッグとの話、何だったの?」


イザベラが同じ寝袋の中で尋ねた。彼女の体は手足が冷えていて、冷たい。俺が彼女の後ろから両手で手を包むと、


「暖かい。」


と言って、俺の方に向き直って鎖骨の辺りにキスを何回も繰り返した。


「ほら、足もここに当ててみな。」


そう言いながら、両足裏で彼女の冷えた足を温めた。こうすると彼女は喜ぶし、必死に我慢している様子が可愛くて、俺も興奮する。


「いやグレッグとは、イグニス教の信仰上の悩みというか、彼の今後の方向性に関しての相談をしていたんだ。やっぱり俺がイグニスの加護持ちなので、聞いてほしかったらしい。」


今、俺の状況は自分でも理解し辛くなっている。魔王の身代わりと言うのも、ここ最近の色々な出来事で引っかかるようになった。


普通、身代わりになる対象は同等の存在でなければとか、そう言う可能性も充分に考えられる。


俺が魔王クラス?でも、一応ドラゴンには勝ったのだよな?それもまだアクリルから魔法を授かっていないのに、だ。


いや、完全隠密とかは超役立っているけど。でもこの世界に来て一年足らずでか?話がうますぎるだろ。


今までの体術は、前世界では対人のみで自信があったが、異世界で色々な生物に格闘を試してみた結果、案外イケることは確かめられた。


しかし、それは異世界召喚の影響で能力向上している影響ではないのか?元から魔王の資質が、とか言われてもな...。


「ねえ、マヒト...」


アムが無言で語りかけて来た。イザベラは、いつの間にか眠ってしまった。


「おん?」


「アンタが言ってたじゃない、魔王との入れ替わりで召喚されたって。」


「おお。」


「それって、等価交換って意味ならアンタも魔王並みって事でしょ?」


「そうなるかもなあ。」


「いえ、私は今日の事で、そう確信したわ。なぜ神々がアンタに絡んでくるのか?新たに来た魔王候補を監視したり、そう言った因子を発芽させないようにする為の色々だったら、辻褄が合うと思うわ。」


「おお、それは今俺も考えていた。でもさ、それなら何で力を与えようとするんだろうな?それに生かしておく理由も薄くなるはずだがな。」


「そうね。それは疑問だわ。でもアンタさ、今でも充分に魔王みたいよ?力の使い方は真逆に見えるけど...あっ、あの時に説明しようとしてた透経?とか、そもそも何なのよ?あんなの見た事無いわ!」


「ああ、あれな。うーん、言語化が難しいんだよな...あのな、人体って実は7割近くが水分なんだよ。その水分に衝撃を与えるイメージと言うか...水の入った皮袋を天井から吊り下げて、袋を破らないように掌打して、その皮袋の反対側で打撃方向の直線状に置いてあるブロックを衝撃で破壊する修行をするんだ。」


「何それスゴイ...。」


「ああ、かなーりコツと言うか、ハンドテクニックが要求されるな。それが出来ると、硬い装甲を無視して経(絡)にダメージを入れられるんだな。」


「...やっぱり、アンタ魔王みたいよ。バケモノじみている行為ね。」


「そうかな?そういや、その魔王ってどんな奴なの?」


「ええ!?それも知らないとか、アンタの国ってどれだけ辺境なのよ?この世界の人間なら、全員知っていると思っていたわ。」


「何事にも例外はある、そうだろ?」


「うーん...そうね、どこから話したら...ほらあの、汚泥沼ってあるじゃない?」


「ああ。」


「従来魔物とか魔族は、そこに住んでいる。名前通り汚泥の沼が一帯に点在していて、魔神が支配しているエリアね。そこから、ごくたまに人型の魔物が産まれるそうよ。」


「あのさあ、よく分かんないんだが、魔族ってそもそも何なのさ。」


「ああ、そこからね...例えばだけど、アンタはキメラって知っているわよね?」


「あれか?色々な生物が混合しているみたいな?」


「うん、それ。そう言う種類を魔獣って呼ぶのよ。」


「ほお。じゃあ色々な形態があるわけな?」


「そうよ。そして単生殖で子孫を残すわ。正確には、複数の生命が混じってる悪影響が、魔力の歪みを産むのよ。もっと言えば、体内で折り合わない部分を排泄するのね。」


気の流れが異常ってことかな?そんな状態だと、大いに有り得そうだけど。


「排泄って...で、それが、あんな形になる訳?」


「アンタがどんな形を想像しているか知らないけど、およそどんな形態でもあり得るわね。それもある程度成長すると、何かのきっかけでいきなり変化するわね。」


「ふうん。ちなみに幼体はどんな形なの?」


「ただの肉塊。」


「え?」


「肉塊だってば。真っ黒の、ヒクヒク動く塊ね。」


「うお、まるで排泄物だな。」


「そう言ったじゃない。それを、なんの前触れもなく排出するのよ。で、普通汚泥の中だと沈むでしょ?それでも生きているらしいのよ。で、段々と沈んだ場所が隆起して、ある日いきなり泥の中から奇怪な生物の誕生って訳ね。」


「呼吸を必要としないって事か。」


「そういう奴もいるって事。」


「なるほどねー。勉強になったよ、先生。そいで、たまにその肉塊が人型になる、と。」


「ええ、そうよ。その人型が、高い確率で魔王になるのよ。」


俺は考えた。前世界で言うところのバイオテクノロジー的な技術?で創造された生物って事かな?それって自然発生...はないか。


やっぱこれって故意に創られたのだろうな。


そして色々な特性を持ち合わせた究極生物と言うか、それが人型で生まれたのが魔王か。


魔法を使うってアクリルが言ってたよな?じゃあ知的なんだろうな。


「アム、魔王って頭良いのか?」


「うん、そうらしいわ。魔族は本能の塊でしかないけど、何故か人型は自我を確立出来るしインテリジェンスが異様に高い上に魔力も膨大で、物理的な力は桁違いね。それこそアンタよりも剛力で、ヒュージドラゴンなんて片手で瞬殺するわ。」


「マジか恐いな。」


「そう、だから神とて育ちきった魔王を滅する事は難しいわね。」


「俺と比べ物になんねーじゃん。」


「それは時間の問題ね。魔王が育ち切るまで、一体何年かかると思う?」


「知らねーよ...そうだな、100年とか?」


「1000年以上よ。」


「分かった、俺が悪かった。」


「あはは、何その反応...まあ、だからアンタは人間だし、そこまで驚異にはならないわよ。」


ん?待てよ...何か引っかかるような。


「...おいアムさんよ、今メッチャ不味い事に気づいたんだが。」


「ん?」


「その人間がさ、例外的な奴だったら?」


「何さ、アンタ自分が例外って言いたい訳?」


「その...お前には色々世話になったから言うけど、俺ってこの世界から召喚されていないんだよな。多分。」


「...な、何よそれ、どう言う事よ?」


「俺って多分異世界人なんだよ。」


アムのでかいため息が聞こえた。寝袋から顔だけ出して寝ている俺の顔面の真上に、アムが飛んできた。


「...やっぱりねえ。どうもそうじゃないかって思っていたのよ。魔王が世界中のどこに居たって、悪い噂は流れて来るわ。それに、ニッポンだっけ?そんな国名聞いたことないわ。」


「悪いな。でも仲間に嫌われるのは困ると思ってたからな。」


「はあ、それは理解できるわね。今はアンタを友人だと思っているけど、他人でそれなら引くわ。」


「そうだろうな。でさ、と言うことは俺の寿命ってもしかして...。」


アムがハッとした表情になった。


「そうか、それよ!道理で神々がアンタに寄ってくる訳だわ!なるほど普通じゃない訳ね。」


「...その様子だと、お前なにか知っているよね?」


「私のお師匠が異世界人だったみたい。」


「ああ、呪術師の師匠だっけ?」


「ええ。彼女の年齢ね、数千歳だったらしいわ。それで何故か汚泥沼の入り口に住んでいた変わり者だったわ。」


「へえ、数千歳ねえ...あれ?じゃあアムの実家もそっち?」


「...ああそうかあ、それじゃあアンタが何も知らないのも頷けるわね。汚泥沼ってね、毒の瘴気が充満しているのよ。普通の人間なら即死よ。」


「何だそりゃ、ヤバイな。ああ、実家は違う場所っていう訳ね。」


「ええ。私はムビン帝国の外れにある村の出身ね。」


「そうなんだな。でもよ、それじゃあ何でその師匠は死なないんだ...あっそうか、アクリル様の加護!」


「ええ、熱心な信者だったわ。当然毒や疾病無効よ。」


「ああ、それでお前、アクリル様の信者なんだな。」


「フフッ、解って来たじゃない。あの辺境でも平気なのは、アクリル様の信者だけよ。あくまで毒や病気は平気、と言う事だけど。」


「ああ、他にも危険があるということね。なるほど...」


「それよりもアンタの話よ!その寿命の話が事実なら、アンタが道を外れて、魔王になる可能性があると神々は見ている、と考えれば今までの色々な疑問が理解できるわ。」


「そうか...あれ?寿命が長いんだよね?じゃあイザベラと子作りしたってOKだよね?」


アムの顔が瞬間湯沸かしのように真っ赤になった。


「普通、脈絡なく話をそこに持っていくかああああっ!!」


俺の額に馬乗りになってポコポコ叩いている。やめてください死んでしまいます。


「いやあのほら、旅の途中だし、そんな急いでするつもりはないけどさ。」


「馬鹿!エルフと人間は子供の出来る確率がとても低いのよ!ハーフエルフでも、そう簡単な話ではないわ。でもアンタとなら時間をかけられるメリットがあるし、この話を知ったら躊躇しないわよ、イザベラの奴!」


「ほおん、じゃあ早速...。」


アムはメチャクチャ焦っている!彼女からしたら、自分だけ蚊帳の外で色々されるのは、たまったものではないのだろう。


今までは大して性的行為はしないので、目を瞑っていたのだろうけど。


「馬鹿!マヒトの馬鹿野郎!!私がどんだけあんたのことをゴニョゴニョ...」


アムのセリフが途中で聞き取れなかった。あっコイツ途中で羞恥心に負けたな?


「あははは、冗談だって。まだ確定ではないんだからさ、シルバーガーデンでアクリル様に真偽を確かめてから、だな。」


なおも両手を挙げてプンプンしているアムが、けっこう可愛い件。


「そっそうよ!私だってね、この世界での最初の友人っていうポジションなんだからねっ!小娘なんかに取られてたまるかいっての!呪いの件だって、アクリル様なら何とかしてくれるわよ!」


「はいはい、分かったよ。まあ俺もパーティーの色々を考えれば、無闇に関係がこじれる真似はしねえさ。約束は忘れてないぜ。」


相変わらず真っ赤な顔のまま、納得したのかポーチに戻るアム。だがコイツのお陰で色々見えて来たぞ...。


まあとにかく、アクリルやイグニスが俺の事を今後どう料理するにしても、シルバーガーデンへたどり着くのが条件なんだろう。


あそこは総合訓練場らしいからな。調理場としては最高だろう。


「ま、全てはシルバーガーデンで、だな。おやすみアム。」


「...おやすみマヒト。」


今日は疲れた。だから眠りに落ちるのも秒単位だった。


俺は前世界の夢を見た。魔法の使えなくなった魔王が、あっちの社会に適合して総合企業の社長にのし上がる夢だ。


俺はこの世界に今後も順応できるのだろうか?


夢の最後は、大和撫子のような黒髪で青い瞳、白くて引き締まった美しい裸体の女と狂ったように一晩を伴にする夢だった。


童貞の妄想だろうが、まるっと俺の好みの女だった。そして、とろけるまどろみの中で、突如戦慄を感じた。ヤバイ、これは殺気だ!


俺は跳ね起きた!そして大声で叫んだ!!


「敵襲!!強敵だぞ!!!」


イザベラが慌てて飛び起きた!とりあえず上着を羽織って、ワンドを持って俺と一緒にテントを飛び出た!


「マヒト、囲まれている!」


見張りのジェイドが、フルフェイスを装着した。そのまま、タワーシールドを構える。白銀の鎧が、夜半過ぎの森の中で光る!


「うおおおおおおおおおっ!!」


ドカン!!!ズザザザーッ!


シールドバッシュしたらしく、相手は暗闇の中を遠くへ吹っ飛んだ!と、俺達の真上から殺気を感じる!


「イザベラ!飛び道具だっ!!」


彼女は頷くと、周囲の空間に素早くルーンを書き込んだ。


「アースドーム!!」


だが、術が完成する前に何かが彼女をめがけて飛翔して来た!これは吹き矢だ!!


「フン!ハイハイッ!!」


俺は手刀を使い、矢を連続で叩き落とした!が、体を盾にしたせいで右大胸筋に一発が刺さってしまった。


「マヒト!!」


イザベラが叫んだ。同時に大きな岩のドームが形成されて、キャンプ地を覆った。


「くっ!!」


一瞬意識が朦朧として、直ぐに回復した。視界の表示では、どうやら致死性の毒らしい。


「敵の吹き矢が猛毒だ!当たると死ぬぞ!!」


俺は叫んだ!この時点で全員が起床し、ジェイドもドーム内へ飛び込んだ!


「入り口は任せろ!!」


ジェイドが完全武装のまま、入口付近に立ちはだかった。敵は吹き矢を遠距離から吹き入れて来るが、盾で完全に防御できている。


ふと気づくと、イザベラが魔法を完成させようとしている!


「ボーリング!!」


突然足元に、人が屈んで通れるくらいの穴が斜め下方向に出現した。イザベラは俺の耳元で囁いた。


「この穴を通れば、相手の背後へ出られると思うわ。マヒト、透明化で。」


「おう!」


俺は地下を直進した。後ろからビンセントが着いて来た。


「俺は隠れながら弓で木の上のやつを仕留める。マヒト、他は頼んだぞ!」


「了解!」


やがて出口が見えた。慎重に穴の外へ出て周囲を見回すと、ドームから100m先の木の洞と繋がっていた!この近辺に敵は居ない。


領域を広げて索敵した。すると、ドームを取り囲んでいる9体ほどの小さい生物が視界の表示で位置確認できた。


ゴブリンと表示されている。木の上に3体、地上に6体。


「ビンセント、あそこだ。」


俺は木の上の敵を、ビンセントに指し示した。


「...ったく、お前は鷹の目だな!よし、上の連中は任せろ。」


俺は頷くと、完全隠密で地上のゴブリンに攻撃を仕掛けた。背後から接近し、子供くらいの大きさの頭部を片手で捕まえた!


フン!!」


「グッ...」


炎熱闘気を通すと、一瞬でゴブリンの頭が消滅した。そして体が燃え上がった!


いきなり仲間が燃えたのを見て、ゴブリン達は動揺している。そこへビンセントの正確無比な狙撃が飛んできた。一体が落下する。


その間にも、俺は2体を仕留めた。残りのうち一体が当てずっぽうに毒矢を吹き、他のゴブリンに命中して即死した。


外の様子を見て、ジェイドがドームから出て、手近のゴブリンへ突進した!


「ウオオオオオ!!」


ドギィィン!!!


金属音とともに、一体が吹っ飛んで木に衝突した!


ボオオオオオオオッ!!


火炎放射の音がして、グレッグがジェイドと同時にもう一体を焼き殺した。この間に、ビンセントは木の上の敵を一掃した。


「周囲警戒!!」


ジェイドの指示で、俺とビンセントが索敵をした。だが、発見できなかった。


「ジェイド、敵はいないみたいだよ!」


「こっちも同じくだ!」


ジェイドは頷くと、近くの岩に腰を下ろした。


「ジェイド、毒矢は大丈夫だったようだな?」


俺がそう言うと、ニッと笑って肩を指差した。二本の毒矢が刺さっていた。


「この鎧は秀逸だな!当たった感触はあるのに、全然刺さらないんだな。ラピは名工だよ!」


彼女が赤面している。それを見てハッとした俺は、自分が普段着で戦っていた事に今更気付いた。


「ああ、鎧は焦げちゃったからなあ。」


レッドドラゴン戦で、ハードレザーアーマーは使えなくなってしまっていた。ま、超回復と各種無効化や耐性があるから、正直要らないのでは、と言う。


「そう言えば、さっきの毒矢は大丈夫なの!?」


イザベラが心配そうに俺の胸板を確かめた。


「ああ、俺はアクリル様の加護持ちだから。毒無効なんだ。」


彼女はホッとした様子を見せた。そしてすぐに考え込んだ。


「...ねえ、このゴブリンって、ギブリスを襲撃したのと同じ種類よね?」


イザベラに、ドロシーが答えた。


「ええ、同じですぅ...では、この襲撃は報復ですかねえ?」


全員が唸った。だが俺はよく事情が飲み込めて無い。何で種類が同じだと、報復という話になるんだ?そもそもゴブリンに種別ってあるんかな?


「ええとさ...ゴブリンって種類とかある訳?」


「ええ、ありますよう。通常種は明るい緑色の皮膚をしています。このゴブリンは、ケイブゴブリンという種類です。」


ケイブ...洞窟か。あれ?


「と言うことは、通常この地形にこの種が出没するときは、近くに洞窟とかがないと不自然という事?」


ここは山間なので、洞窟があってもおかしくないのだが、多分それはない。何故なら、条件にもよるがキャンプに洞窟はうってつけだからだ。


だからキャンプ地を決めるときは優先的に探すのだ。しかし、ここいら辺にはなかった。


「そうなんです。ですから変ですよう。」


「ギブリスでは、爆烈の魔法を使う魔術師がリーダーだったわよね?」


イザベラの言葉に、全員が頷いた。


「...今回も同じ連中が?」


ジェイドの目つきが鋭くなった。ビンセントも同意した。


「道理で毒矢なんて使うわけだ。あの連中は、普通吹き矢なんて使わねえな。その爆烈の紫ローブ関係ってのが有力だな。」


それを聞いたグレッグが、首を傾げている。


「グレッグさん、どうしたのですか?」


ラピの問いかけに、グレッグは唸った。


「うーん、えーと、あー、何でしたっけ?今になって紫のローブって言う話に何か引っかかりがですね...あああ、思い出せない!」


くしゃっと頭を掻き乱す仕草をして、考え込んでしまった。掻き乱す髪は無かった件。


「...このまま、ここに留まっていてもろくに休めそうにないな。まだ夜明け前だが、出発しよう。」


ジェイドの号令で、全員がキャンプをたたんだ。そして月明かりで照らされた、プージ山へ向かって歩いた。


                ♤


プージ山は、標高2500mの険しい山で、複数のモンスターが住んでいる。特にオーガは人型の種で、巨人やトロールに次ぐ強さだ。


鬼族の一種で、額から角が生えている。雌雄共に戦闘的で、女性上位が特徴らしい。


怪力で棍棒等の打撃武器を得意とする。身長が人間の倍くらいあり、上方より繰り出される打撃は岩を粉砕する。


人語を理解するので、戦場とかで傭兵として使われる事もよくあるとか。


他のモンスターも、ハードな戦いになると予想されるものばかりだ。ハーピィやオーク、ジャイアントウルフ、ジャイアントスパイダー、etc...。


「...ねえビンセント、この山にも抜け道とかないわけ?」


イザベラが困った顔で尋ねた。まあ、これから突入する山がモンスターの巣窟と知っていれば、当然の反応だな。


「そう年中都合のいいものがあるわけじゃねえんだよ。それにプージ山にチャレンジするなら、情報の出し惜しみはしてられねえよ。」


ある意味ガズ山より攻略難易度が高いという事か。でもまあ、レッドドラゴンに比べれば楽な方かと、俺は思い直した。


「とにかく全方位警戒しながら、今日中にこのエリアを抜けるぞ!」


ジェイドの気合に、オウ!!と全員が応えた。白竜山脈への旅路で、一番過酷な1日の始まりだった。


山の麓から山中へ踏み入り、1時間程度で早くも戦闘になった。


隠密状態で哨戒をしている俺が道を先行していると、200m先にこちらへ向かって歩いてくる一団を見つけた。


武装した状態でオークが8体と、紫のローブを羽織って黒い色のフルプレートアーマーを着た大柄な戦士が、背後に立ちはだかっている。


俺はパーティーに戻った。


「ジェイド、前方200m先に、例の紫ローブとオークが8体!全員完全武装!」


ジェイドは俺の指差す方向を、目視で確認した。


「全員戦闘準備!マヒト、伏兵は?」


「今の所いないと思う。」


「よし、相手の出方次第で判断しよう。マヒト、前衛を頼む。イザベラは防御呪文の準備!」


「了解!」


ビンセントも後方の哨戒から戻ってきた。彼には背後からの奇襲に備えての監視と、余力があったら随時戦闘に加わる事になっている。


「後方は問題なしだ!俺は奴に遠矢を仕掛ける!」


彼はそう言うと、紫ローブに狙撃を仕掛ける準備を始めた。弓の弦を引き締め、強く引けるように直した。


相手がこちらに気付いたようだ。紫ローブがオーク達に指示を出している。すると、8体がこちらに向かって突進してきた!


「マヒト、先行して数を減らせるか!?イザベラ、接近したら足止めを頼む!」


「任せろ!!」


「分かったわ!」


イザベラは精神集中を始めた。俺は完全隠密で姿を消すと、突進して来るオーク達の後方に回った。紫ローブが100mくらい遅れて走って来るのが見えた。


相手が武装していようと、姿の見えない俺を相手にするのは至難だろう。一番後方のオークの腰帯を掴むと、背中に掌打を通した!!


ドシッ!!!


「ゲバアアアアアアッ!!」


一体が体液を噴き出しつつ倒れた!!潰れたトマトのようになっている。


前を走っている連中がこちらを振り向いたが、当然何が起こったか理解できないらしい。


紫ローブがすごいスピードで走って来る!恐らく異常な事態なので駆けつけているのだろう。だがすでに手遅れなのだが。


俺は併走しながらジャンプして、前方を横並びで走っているオーク2体の兜頭頂を、両方同時に手で掴み闘気を込めた!!


ジェワッ!!!


「!!!」


蒸発音と共に、頭頂が真っ赤に溶けて炎を噴き上げた!!脳の上部を高熱で消失し、2体とも前倒しになった。そしてその瞬間、前方から挟み撃ちの形でジェイドがシールドバッシュを決めた!!


バギン!!!


「グワアッ!!」


前衛のオーク一体が勢い良く吹っ飛び、丁度紫ローブと激突した...かに見えた!!


「ぬうん!!」


キン!!!


金属音がして、オークが真っ二つになって左右に落ちた。紫ローブは腰のグレートソードで薙ぎ払うと、肩に担いで突進してきた!


だが、この一手で出足が遅れた紫ローブが追い付く間に、俺はもう2体の脇腹へ左右同時に、掌打で闘気を込めた!!


ドドシッ!!!


「グァアアアアアアアアッ!!」


脇腹のプレートアーマーが真っ赤に溶けて、炎に包まれた!!2体とも転げ回りながら戦闘不能になった。


「アースウォール!!」


イザベラの呪文で、オーク2体の足止めに成功した!2mくらいの土壁がいきなり進行方向に出現し、オークは激突した!!


そのまま反動で仰向けに倒れ、横向きに起き上がろうとしたタイミングで、ドロシーが喉元に短剣を突き立てて捻った!!鮮血を吹き出しながら一体が絶命した!!


モタモタして起き上がれないもう一体も、同じく彼女が処理した。オークはこれで全滅だ。そしてこのタイミングで、ジェイドが紫ローブと激突した!!


「オラアアアアアッ!!!」


「ぬううううっ!!」


ギャリン!!!


タワーシールドでバッシュしようとしたジェイドだが、紫ローブは大剣を盾代わりにして、突進力を受け流した!!


その返す一閃で、横薙ぎしようとしたが、逆にジェイドのタワーシールドで防御されている!


俺は男の背後から接近し、背中のど真ん中に掌打を通した!!


ドシッ!!!


「グヴァアアアアアアアッ!!」


血を噴き出し、絶叫しながら仰け反った紫ローブのフルフェイスの隙間に、いつの間にか矢が刺さっていた!ビンセントが目に遠矢を撃ち込んだらしい。


「ハアアアアアアッ!!ハッ!!!」


ジェイドの長剣が紫ローブの喉元に突き刺さった!!その場で敵は絶命した。


「ハァ、ハア...皆無事か?」


ジェイドはパーティーを見回した。どうやら全員無事のようだ。俺も隠密を解いて、ジェイドのもとへ歩いた。


「ジェイド、消耗加減は?」


「スマン、補助をくれ。」


俺は身体強化を使った。ジェイドの表情が、少し緩んだ。


「ジェイド!」


他のメンバーも集まってきた。ジェイドがしゃがんでいる所へ皆が集まった。


「この人のローブ、うちの町の事件の人と同じですね。」


ラピが死体を調べている。死んだ男(紫ローブ)のフルフェイスを脱がすと、目の下にクマのある不健康そうな顔だ。


吐き出した血で真っ赤に染まっている。


「...この鎧、もしかして...」


ラピが怪訝そうな顔をした。


「ラピ、どうした?」


俺は彼女の様子を見て尋ねた。


「ええ...多分この鎧、呪いがかかっていますね。」


「何!?何でまた...?」


ジェイドが絶句した。他の面々も理解不能、と言う感じだ。


「おいアム、呪いの鎧ってそんなに珍しいのか?」


俺は無言で尋ねた。


「いいえ。でも呪われたアイテムを使う馬鹿はそういないわね。」


あれ?RPGでは普通だったよな?バフとデバフが同時にかかるので、使い方次第では強力、みたいに思っていたんだが。


「あのな、俺が聞いたことある話で、呪物には何かの能力を犠牲にする代わりに、他の能力が向上したり特化するものがあるらしいよ。」


全員が俺の方を振り向いた。


「せ、先生...そんな話は聞いた事ありませんよう。普通呪いの武具は寺院で浄化してもらうんです。」


ドロシーは嫌そうな表情だ。まあ呪物が好きとかあまりない話だろうしな。これもRPGとは違うのか。


「あー!!」


グレッグがいきなり叫んだ。そして荷物の中から分厚い本を取り出して、一心不乱に調べ始めた。


「お、おいグレッグ...」


ビンセントが困り顔で声をかけたが、グレッグは既に自分の世界へ入ってしまった。


「うーん、参ったな。こうなるとテコでも動かんからな。しかし、このエリアのど真ん中で足留めとは...。」


ジェイドも頭を抱えた。その時、


「ああああああ!これです!!」


グレッグは分厚い本の、あるページを指差している。


本はどうやら、宗教に関する分類の内容らしく、神々の名前とシンボル、性質や大まかな教義などが書かれているようだ。


そして指差したページに書かれていたのは、邪神教団に関する章だった。


「この、紫カラーの上衣をまとう教団、つまり邪神ピシャーチャ教団の連中です!道理で思い出せない訳ですよ!」


「どれどれ、俺にも見せて。」


何々...異次元神ピシャーチャ?太古の時代にこの世界へ出現した異形、異世界の邪神?精神体で肉体は存在しないだと?


想像を絶する数の人間が統一された願望や念に意識を集中することで、まれに発生する人造神?


「グレッグ、かいつまんで説明してくれ...それと、皆移動を始めよう。早くこのエリアから出ないと。」


「す、すみません。つい熱中してしまいました。」


グレッグは素直に謝罪した。俺達は歩きながらグレッグの解説を聞いた。


「この邪神は一説によるとアストラル体が一番人間の次元に近い状態だそうです。それで、おもに信者の精神に分散して存在し、集団で統一された意識を共有しているとか。今の戦闘も、教団の他の連中に伝わっているでしょうね。」


「なんでえ、そのアストラルってのは?」


ビンセントが訳わからんと両手を広げてジェスチャーした。


「ええとですね、簡単に言うと幽霊とは違うけど、同じように物理的に触れられない存在と言う事です。物質の体がマテリアル、気や魔力がエーテル、更にその上位がアストラル体ですね。」


グレッグの説明はちょっと難しかった。が、前世界の頃はそっち系の話も好きだったので、ある程度理解できた。


「じゃあ今後は何度となく襲撃を受けると言う事かな?」


俺はグレッグに聞いた。


「ええ、無限に襲われます。かの教団に目をつけられて、生き延びた者は居ないとか。そして、信者でも高位の者は強力な魔術や呪術を使うそうですよ。」


「ええーっ!それじゃあどうしたら良いのよ...」


イザベラは頭を抱えて、ヘナヘナとしゃがんでしまった。


「せ、先生...」


ドロシーとラピも不安そうな表情だ。


「うーん、確証はないんだけど、アイディアがあるんだ。」


「アイディア?」


ドロシーが聞き返した。


「ああ。俺、以前シルバーガーデンで魔法を教えてもらうって言ってたよな?」


「はい。」


「実は先生が、そう言う話にも通じている人なんだよ。今詳しくは言えないんだけど、あちらに到着したら聞いてみる。もしかしたら皆にも紹介出来るかもしれない。」


「そう...そうなのね。希望があるなら、諦めるべきではないわね。」


イザベラはゆっくり立ち上がった。俺は彼女に手を貸すと、肩に手を置いた。


「ま、確証はないけど、俺の勘は大丈夫と言っているんだ。何れにしても、シルバーガーデンに辿り着くことで、当面の安全は確保できる。」


俺はイザベラを励ました。実際、アクリルなら対処法とかを知っているはすだと確信している。簡単ではないだろうが...。


嬉しそうに頷いた彼女に調子を合わせて、移動を続けた。その頃、山向こうでピシャーチャ教団信者の大群が待ち受けている事を、俺達はまだ知らない...。

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