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峠での死闘

「色々お世話になりました。また帰りに寄りますので、皆さんお元気で。」


グレッグ神父が挨拶をした。町の北門に、俺達と町長を始めとした重役の面々が朝から集まっている。


今日はシルバーガーデンに向けて再出発の日だ。


ドワーフ達は、気の良い奴らだった。裏表が無く、酒を飲ますと陽気で、歌って踊る。それでいて技巧派で専門知識が豊かだった。


別れ辛い気持ちにさせる連中ではあったが...。


ふと、ラピが前に出た。完全に旅支度を終え、背中に自分のサイズの倍くらいの魔法のバックパックを背負った。


そしてハンマーの紋章が入った仕事用の前掛け兼ハードレザーアーマーを装着している。


「では、お父様、お母様、行って参ります。」


「道中気をつけるんだよ。月光の皆さん、ありがとうございました。娘をよろしくお願いいたします。」


町長のかみさんが、俺達に頭を下げた。この状況の通り、ラピは月光の一員として今後活動する事になった。


経緯はこうだ。自分の作ったトランスフォームアーマーを村の特産品にする為に、月光が宣伝役&ラピが注文を受け持つ。


そして俺が物理クラフトで大まかな部位の製造、ラピが細かい細工と装飾や微調整、修理を担当する事になった。


つまり、トランスフォームアーマーの量産化が出来るようになったと言う事だ。今後各地の立ち寄った町や村で行商もやるつもりだ。


財源が増えるので、より月光やギブリスの名声や収益が上がり、色々融通が効くようになると言う寸法だ。


そしてシルバーガーデンにも、大きな工房があるそうだ。そこで国内外出身のドワーフ達が装備の製造や修理をしているらしい。


俺達が修行の間、ラピもその工房で働きつつ、マイト(工匠)クラスの習得をするつもりらしい。


道中は荷物持ち&生活雑事全般を担当してくれるが、あまり戦闘には参加出来ないという条件だ。道理でトランスフォームを着ていない訳だ。


まあ緊急時は、否応ながら参加する羽目になるだろうが。


そして、どうもギブリス町民としての人員確保と、自分の伴侶探しも兼ねているらしい。


この前の戦闘で、かなりの男達が死んでしまった。今は人口を増やす事が必要なのだ。


「ああ、1年後には全員が無事でここへ帰って来るからな。そして色々ありがとう。」


ジェイドがそう返事をして、俺達は歩き出した。ギブリスからシルバーガーデンまでは、ここから3つの山と渓谷を超えなければならない。


今日は、まず最初のウーダ山へ登った。


その日は山頂付近まで移動してキャンプし、予定では5日後の夕暮れまでに次のガズ山の麓に到達する予定だ。


ウーダ山は標高が1000mくらいで、山道もなだらかだ。登山というよりもトレッキングという感じらしい。


木々が生い茂り、森の幸が入手しやすいとイザベラが教えてくれた。


そして、俺も今回から狩り担当をする事になった。実はラピの料理はとても美味いんだよな。


まあ専門の担当を自分から買って出たので、正直助かっている。


それに仲良くなった女性陣が、ラピから料理を学んだりしている。案外ドロシーは才能があったようで、小麦粉のパンとかを作らせると上手だった。


エルフは自然の薬草や食用植物を採集して味付けする位しか工夫しないと、イザベラが言ってた。だから彼女の料理は自然な味付けになった。


照明以外の火をあまり使わないとか。ドロシーとの差が開くのは悔しいとかイザベラは愚痴っていたな。火を通す技能が未熟なんだろうな。


ま、今後も一緒に生活するなら、最悪俺がやるけど。


そして朝練は全員参加メニューになった。当然ラピも馬歩をやらされる羽目に。


「んぎ、いいいいいいっ!あう、もうダメ...。」


今日で3日目だ。ラピは根気があるので上達が速く、既に5分の壁を超えた。ドワーフは身体能力も高い種族らしい。魔法は微妙だと言っていたが。


そしてこの頃には、ドロシーは余裕で20分以上続けられるようになっていた。大汗をかきつつ、今日は初めて25分をクリアできた。


「せ、先生、ここまで出来るようになりました!私、嬉しいです!」


両足の腿を、子鹿並みに震わせて馬歩を続けるドロシーが、嬉しそうに笑った。少なくとも、表情が平静を保てるようになったのは、成長の証だ。


「ドロシーは、馬歩を30分以上できるようになったら次のメニューね。あ、目標は1時間だから。」


「はあ...そうですよねぇ...。」


拳法の道はきびしいのだよ、ドロシー君。今の倍はがんばってもらわんと。


馬歩の後はいつも通り組手だ。最近はツインダガーの効率的な足まわりを覚えたそうで、数パターンで懐に入ってくる感じになった。


例えば最初ブラフ(偽の攻撃)をかまして俺の攻撃を誘い、空振りした隙に視覚外から攻撃を当てるとか、密着状態で離れ際に攻撃を当てつつ間合いの外へ逃げるとか。


これらの動作は、素早くなめらかなステップイン・アウトが要求される。


スウェーやダッキングをしつつ、それをよどみなく行える足まわりが重要になる訳だ。


「シュッ!シュシュッ!!」


低い姿勢からの左刺突をブラフにしての右脇腹レバーへ2撃のコンビネーションを、俺はフットワークで後ろへ回避し、右の3撃目を取って小手返し(掴んだ手首関節を捻り極めて武器を掴めなくする小技)した。


そして、瞬時に相手を引き寄せてから、左掌打でアゴに軽くアッパーを入れた。が、それでもドロシーはよろめき、ガクッと膝をついた。


チン(アゴの角、弱点)で脳を揺さぶられたので、しばらく立てないだろう。


「はい、乱取りはここまで。」


俺はドロシーの、手の合谷(人差し指と親指の間、付け根辺り)と足の三陰交(内くるぶし)のツボに指で気を通した。そして清潔化の魔法をかけた。


「うー、まだフラフラしますぅ...」


仕方がないのでお姫様抱っこして、近くの切り株に座らせた。何かアムやイザベラがブーブー言ってた気がするが、あえてスルーで。


「先生、今の技は、私だったら顎の下に短剣で終わり?」


ドロシーは座って落ち着くと、そう尋ねた。


「そうだね、普通の人間ならね。」


「そうじゃない場合は?」


「相手がまだ反撃して来そうなら、突き刺したまま上に持ち上げて大外刈りで仰向けに倒して、短剣を引き抜いてもう一撃急所へ叩き込むんだ。」


「うわっ、えげつない...」


ドロシーが絶句した。


「相手と密着しているんだ、殺らないと君が死ぬよ?」


「そ、そうですよね...すみません、先生。」


「いや、いいんだ。状況を見ながら使ってくれ。敵の数が多ければ、アゴに突き刺して間合いから離れればOK。」


「はーい。」


「よし、じゃあ今日は受け身を覚えてもらう。」


「受け身?」


「投げられたり転んだ時に、ダメージを最小限に抑えてすぐ起き上がれるようにする修行だね。」


俺は仰向けに2m位飛び上がると同時に両手を横に45度広げ、足を上に跳ね上げて背中から落下した。


着地寸前に両掌で地面を叩き、衝撃を緩和させた。


「今のが後ろ受け身ね。ドロシーは防御術が初心だから、それも覚えよう。」


「はい、先生!」


まずは腰を屈めて後ろに転がりながら両掌で地面を叩く事から始めさせた。


が、首の筋力がまだ弱いので、後頭部を地面に打ち付けて、頭を抱えて転げ回っている。それを回避する為の受け身なんだがな...。


それを何回も繰り返させた。これも毎日行わせる。基本はみっちり叩きこまないと。ああ、そのうち前まわり受け身も教えないとな。


「...はい、今日はここまで。」


再度ドロシーに清潔化の魔法をかけた。すると丁度、太陽が山の影から顔を出した。


「よし、狩りと採集の時間だ。皆よろしく頼む。」


全員が馬歩を終わらせてドロシーの修行を見守っていたので、ジェイドの号令を聞いてラピ以外はキャンプ地周辺に散らばった。


ここは小川の近くで、湧き水が流れている。水面に魚影が見えるので、上流の泉まで歩いて魚を捕まえよう。


俺が小川沿いに歩くと、後ろからイザベラが着いて来た。


「マヒト、飲水の確保?」


「うん、それも後でするけど、魚を捕るんだよ。」


「でもあなた、釣り竿とか網は?」


「ああ、無いけど問題ないな。」


「...どう言う事?」


「ま、見てなよ。」


泉に到着すると、魚影を確認した。結構な数が泳いでいる。俺は水際の石の下を探り、隠れている魚を握った。


「...ほれ、一匹。」


俺は素手で握った暴れる魚を、短剣で〆た。結構なサイズで、50㎝くらいの大きさだ。一見するとニジマスみたいだな。


エラの所にナイフで傷を入れ、尻尾にも切り込みを入れた。そして泉の水にさらした。腹に切り込みを入れ、内蔵を取り出して血を洗った。


「よし、処理はオッケー。イザベラ、細い蔓とか見当たらないかな?」


「それをどうする気?」


「魚のエラに通して、吊るすんだ。ほれ。」


俺はイザベラに処理をした魚を投げた。それを空中でキャッチすると、彼女は蔓を探し始めた。


「よし、人数分取ろうかな。」


俺はしばらく握りを続けた。30分もすると、七人分の魚をゲットできた。


「マヒト!ここにマッシュルームが生えているわよ。」


イザベラが、手を振っている。最後の魚を持って走ると、既に小さいカゴいっぱいくらいにマッシュルームを採集していた。


「おおう、これで充分じゃね?」


「...それもそうね。じゃ、帰りましょうか。」


2人で同時にカゴをを持とうとして、お互いの鼻が触れそうな距離で見つめ合い、そのままどちら共なく口づけをした。


イザベラは結構積極的で、一度始めると止まらなくなる。今日は軽く済まそうかと思っていたんだが、お互いが結構長くキスをしていた。


こうなると男としては色々我慢できなくなるのだが、イザベラも相当我慢しながらお互い名残り惜しそうに終わらすのが定番だ。


「...ねえ、私としたいでしょう?」


「ああ、そりゃあね。でもほら、あれだ。君のタイミングに任すよ。」


「うーん、そうね...ああ、せめてあなたの寿命が数百年なら...。」


「おいおい、無茶言うなよな。まあ俺もそう思うけど。」


2人でおでこを合わせながら見つめ合った。ソフトに絡むのは有りかと思って、以前そう申し出たら「我慢できなくなる」と言われた。


結局、今日も悶々とした想いで、ビーコンに呼ばれて俺達はキャンプへ戻った。


「ああ、帰ってきた。」


ラピがテーブルに料理を並べていた。椅子にグレッグが座っていて、他のメンバーはまだ帰って来ていない。


「お帰りなさい。収穫は?」


「そっちこそ、どうなのよ?」


イザベラがそう言うと、グレッグは少し離れた場所を指さした。敷物の上に、でかいキジ?みたいな鳥が横たわっている。


「あ、今日はそこが収集場所ね。」


俺は数珠つなぎになっている魚を、毛皮の敷物の上に置いた。


「ラピ、この魚は明日分だけどさ、傷むのが早いから魔法のバックパックに入れてもらえるかな?」


「はい。これ終わったら入れておきますね。」


ラピは頷いた。イザベラはグレッグの目の前で、マッシュルーム入りのカゴをみせびらかした。


「ほーれ、ほれほれ、イザベラちゃんもエモノはありまちゅよー。」


「むっ...ほ、本当ですね...」


ムッとした顔になったが、直ぐに平常に戻った。さすが宗教者、大人だな。


一応人前ではわきまえているものの、俺とイザベラの所業は結構オープンにやっているのだ。


グレッグとしては、色恋にかまけて仕事をおろそかにするなと言いたかったのだろうが...。


「イザベラ、そんな事しても、誰も得はしないよ。」


俺の一言に、一気にバツが悪そうな顔をしたイザベラとグレッグ。まあこの2人の喧嘩は、いつもこんな感じなのだが。


彼も自分の言った事に思うところがあるのだろうな。


「わ、解っているわよう...グレッグ、ごめんなさいね。」


「...私も聞き方が悪かったですね。改善しますよ。」


ラピはこの一部始終を、手を動かしつつ聞いていた。


「何かマヒトさんって大人なんですね。あーあ、私ってダメだわ...」


今度はラピが意味不明な落ち込みを。どうしてこうなった。


「ラピ、なんでそう言う話になるんだい?」


「え、いえ。さっきグレッグさんの言葉を聞いていたら、私も何か言いたくなりまして...でもマヒトさんの言う通りなんですよね。はあ...。」


その時丁度タイミング良く、ドロシーとジェイドが帰って来た。2人で大型のイノシシを、木の棒に足を括り付けた逆さ吊り状態で担いで来た。


「おー、すごいじゃない。誰が仕留めたんだい?」


「先生、私の訳ないじゃないですかぁ。ジェイドさんですよぅ。」


ドロシーは、ちょっと悲しそうな顔をした。


「やあ、そうなんだろうけどね。俺としては、弟子の功績を早く讃えたい気分なんだよ。」


「やあもう、そんな事言われたって無理ですぅ。」


ドロシーは赤い顔をしてそう言うと、腹が減ったと言って席についた。


「マヒト、今日はどうだった?」


イノシシを毛皮の上に置くと、ジェイドはそう尋ねた。


「ラピのバッグの中だね。結構大きい魚が7匹。小川の上流の泉で捕まえた。」


「ほう、川魚か。そう言えば久しく食べていなかった。明日の朝食が楽しみだな。なあ、ドロシー。」


「そう言えば、ドロテウナの食堂で出てた魚の料理が美味しかったですよねー。何ていう名前でしたっけ?マニウル?モニエラ?」


「ムニエルじゃないか?」


後ろからの声で振り向くと、ビンセントが野ウサギを4匹、縄で数珠つなぎの状態で運んできた。


「ああ、ムニエルかあ...ってか何だよモニエラってさ?」


全員が笑った。案外ボケ担当のドロシーだった。


「そうなんだよコイツ。ギルドの研修中に、食堂のおばちゃんにモニエラくださいって言ってて、調理場が爆笑の渦になっちゃってさあ。あはは。」


またドロシー以外の全員が笑った。彼女も苦笑はしていたが。まあ天然だからなあ、そこが可愛いんだが。


そしてテーブルの下でジェイドがドロシーに蹴飛ばされるという。ま、自業自得なんだが。


「よし、飯にするかあ。」


全員で朝食をした。やっぱりラピの料理は美味い。この、出汁のとり方が最高なのだ。


「ラピも良い嫁さんになれるだろうな。こんなにメシが美味いんだからなあ。」


ビンセントがべた褒めしている。あれ?やっぱロリ...。


「えー、そうなんですかね。うちの母様には、まだまだって言われるんですけど。」


グレッグもスープをすすりながら絶賛した。


「いやこれ、お店開ける実力ですよ?もしラピさんの店が出来たら、毎日通いますよ。」


「私はマヒトの料理も好きだけどなあ。でも、これ美味しいわね、ラピ。」


イザベラも何気に褒めている。少し顔を赤くしたラピが、嬉しそうにパンをちぎって食べている。


「そういや、何でムニエルの話なんてしていたんだ?」


ビンセントの疑問に、ドロシーが笑いながら説明をした。


「ああ、マヒトさんが上の泉で魚を捕まえた話からなんですよぅ。ドロテウナの食堂を思い出しちゃって...。」


「あー、あそこの食堂、ランチが安くて美味かったよなあ!俺もすごく好きだったんだよな。」


ビンセントが、懐かしそうな表情になった。そんなに美味いんだろうか。


「まあ、そう言うな。修行が終わったら、どの道ドロテウナに顔出ししなくてはだからな。その時にでも行けばいいさ。」


ジェイドも、そうは言いながら懐かしそうな遠い目をした。いつ修行が終わって帰れるのか、とか考えているのだろうか?


和やかな雰囲気で食事が終わり、全員身支度して出発した。これから2つ目のガズ山の麓から迂回ルートを見つける予定だ。


ガズ山は、標高が3000mほどの火山で、ヒュージドラゴンが多数生息している。


そして頂上付近に、近隣諸国で最強の火竜、デス・フレアが住んでいるそうだ。


活火山なので、頂上の噴火口はマグマが煮えたぎり、同じ場所にデス・フレアの巣があるようだ。たまに噴火もするらしい。


この世界のドラゴンは、知性は野生動物と大して変わらない。強さは動物とは桁違いなんだが。だから関わったら普通に死ぬ。


但し、お約束でデス・フレアはインテリジェンスが異様に高く、狡猾で、人間を好んで食べる。


時折出現する勇者とかが倒した事は何度かあるそうだが、いつの間にか復活しているらしい。


そこで、この山の事を知っている人々は、あるルートを使う。俺達もそこを使うつもりだ。


「...見えて来た。あそこだろう。」


数日の移動後、ジェイドの指さす方向に、うっそうとした森林が見え、その奥に無数の蔓で覆われた洞窟の入り口が見える。


この洞窟、どうやらギブリスの地下に眠る遺跡と同じ文明の遺物らしい。


一見すると自然洞窟なのだが、中が遺跡なのだとか。それ以上の情報は知らない。うちのパーティーにも、知っている人はいない。


「ああ、そうだろうさ。と言うか、かなり判り易いな。だが、これが峠を抜けるルートとか、知らないとスルーされるだろうな。」


ビンセントが値踏みをするように入り口を遠巻きに観察している。実はここの存在を知っていたのは、彼だった。


スカウトの噂だそうだが、彼の知っている人脈から聞いた話らしく、信憑性はあるとか。


正直言えば外を行くより大分マシだと俺も思う。今も、山腹方面からドラゴンの咆哮と思われる鳴き声が響き渡っている。


怪獣映画じゃないんだし、冗談はやめて下さい。


「マヒト、斥候にいくぜ。着いて来てくれ。」


ビンセントに誘われて、俺は頷いた。


経験は彼の方が上だし、2マンセルなら非常時に元気な方がパーティーへのつなぎ役になる。背後も取られにくくなる。


洞窟の入り口に着いた。蔓が邪魔で中に入れない。奥には何かが居るようだ。視界の表示には、ケイブスライムと表示されている。


「ビンセント、奥の天井にスライムがくっついている。」


俺は小声でそう言った。


「お前、よく発見できたな。多分あそこだろう?」


ビンセントも、怪しそうな事は認識できていたようだ。


「うん、音とか振動で反応するのかな?」


「多分そうだな。この蔓を処理している間に、襲いかかって来そうだな。」


「なあビンセント、スライムにはこの蔓は邪魔では無いのかな?」


「ああ、何でも奴らは粘体で、こう言う隙間の多い構造物は完全にすり抜けるんだとよ。」


「おあ、じゃあどうしようか?」


「...火を使うか。マヒト、グレッグを呼んで来てくれ。奴に蔓を処理させる。それでジェイドにも、煙が見えたら戦闘開始って伝えてくれ。」


「分かった。」


俺は早速戻り、グレッグは要請通り洞窟へ走り、ジェイドは全員に戦闘待機状態の指示を出した。俺もグレッグの後を追った。


「お、戻って来たな。グレッグ、蔓を焼き払ってくれ。」


戻って早々、ビンセントが洞窟から離れた位置に隠れているのを見つけた。彼の指示する方向を見ると、グレッグも早速そちらへ向かった。


入り口のツタに何かをしている。ポーションを振りかけている?


「...準備が終わりましたよ。いつでもOKです。」


グレッグが俺達の隠れている岩陰まで来た。ビンセントは頷くと、


「ジェイド達が来るまで、俺達は遠距離でスライムを出来るだけ倒す。マヒト、敵の数は?」


「見えているのが15体。」


そう答えると、ビンセントはちょっと考えて、


「グレッグの炎は、スライムに有効だよな?」


と尋ねた。


「ええ、今燃える水を撒いて来ましたから、それも合わせて有利に戦えます。」


グレッグは自信ありそうに答えた。燃える水って石油か何かかな?あれって臭いが独特だけど、敵に気付かれないのか?


「グレッグ、燃える水って臭うよな?」


俺は彼に尋ねた。


「ええ、多少は。慣れれば大した事ありませんよ。」


「うん、そうなんだろうけど、ドラゴンとかに気付かれないかな?」


ビンセントが笑った。


「フフッ、あの連中はな、そんなに細かい事は気にしねえんだよ。流石に火球とか雷撃とかの魔法を使ったら、すぐ飛んでくると思うけどよ。」


「ふうん、そうなんだな。」


俺はそれ以上何も言わなかった。色々聞きたい事はあるが時間が惜しいし、経験不足なのは仕方がないからなあ。


「...よし、グレッグ頼む。」


彼は頷くと、岩陰から片掌を洞窟に向かって突き出した。


「...主よ、御身より溢れし浄化の炎で邪を滅したまへ!!」


ゴオオオオオッ!!


手から火炎放射の強力なやつが噴き出した!あっという間に蔓が延焼し、洞窟内外に黒い煙が立ち昇った。


と、洞窟内の天井からスライムが落ちて来た!そして傾斜を利用して、こちらへ転がってきた!


「主よ...」


グレッグは火炎放射を複数のスライムに向けて放射した!距離の近い順で火炎を浴びせると、不思議な事にスライムにも火がついた!


火の玉になった敵が、方向を見失って木々や岩に激突する。そのまま動かなくなり、蒸発してしまった。


「おお、主よ!全ての生命の炎よ!不浄なる邪を祓い給え!」


そう叫びながら、グレッグは敵に突進した!!オイオイ、自己陶酔でもして発狂したのか!?


「グレーッグ!!!」


俺とビンセントは叫んだ。と、彼の体全体が炎のオーラのように燃え始めた!


炎は周囲に燃え広がり、やがて洞窟内を焼き尽くす大火へ変化した!!


何か奥より生物の悲鳴?みたいなのが聞こえる!一体どれだけ燃え広がっているんだろう?


俺とビンセントが呆然としていると、後ろからジェイド達が走って来た。


「な、何だこりゃあ!!マヒト、状況は!?」


「今、グレッグが突然暴走して、彼の全身から炎のオーラみたいなのが燃え広がって、ああなっているよ。」


洞窟内の炎が激しく、グレッグの姿は見えない。俺達が途方に暮れていると、洞窟の奥から何かが走って来た。


「おいあれは何だ!」


7体の炎の骸骨が、俺達に迫ってきた!戦闘だ!!


ジェイドはフルフェイスを素早く装着した。完全なひし形の白銀の兜に変形しつつ、ドワーフ製のタワーシールドを構えて突進した!!


「オラアアアアアアアアッ!!」


ジェイドは先頭2体のスケルトンにシールドバッシュを食らわせた!!


バキン!!!


スケルトンは粉々に粉砕されて、破片が周囲のスケルトンにもダメージを与えた!


「ジェイド、下がって!!」


イザベラが、ストーンバレットを発射した!!呆気なくスケルトン達は粉砕された。


「各自警戒しながら、洞窟内へ突入!」


既に洞窟内の炎は消えていた。俺達はジェイドの後に着いて、中に入った。


不思議と内部は熱くない。さっきまであれだけ燃えていた割に、ひんやりしている。


「グレッグ、何処へ行ったんだ?」


ビンセントが心配そうに周囲を見渡した。洞窟は直線状に続いている。天井は3mくらいで、少し歩くといきなり人工の石壁の通路が見えた。


「ここ、ダンジョンですね。」


ドロシーの意見に、全員が頷いた。噂は真実だったようだ。


「もう敵の気配は感じられないが、一応警戒しながら進もう。多分グレッグも先にいるさ。」


ジェイドの指示で、俺達は直線の通路を進んだ。100mほど歩くと、通路が登り坂になっているようだ。段々と急になって、階段が見えた。


上りの螺旋階段になっていて、その先は更に通路が続き緩やかに左にカーブしている。そして500m先に誰かが立っている。後ろ姿のグレッグだ。


「おい、お前どうしたんだ!?」


遠くから声をかけたが、返事がない。反応も無かった。


「...何か変じゃね?」


「ああ、何かトラップな雰囲気が。」


不用意に接近せずに、50m手前で様子をうかがっている。俺の視界には昏睡と表示されているが。別にトラップの表示もないな。


「確認してくる。」


多分大丈夫だと思ったので、グレッグに近付いてみた。


「マヒト、気をつけろよ。」


後ろからのビンセントの注意を聞きつつ、警戒しながらグレッグの前に回り込んだ。彼は白目だった。どうやら立ったまま気絶しているようだ。


と、いきなりグリン!と目玉が回転し、燃える炎のように煌々と光る光彩が、俺を睨みつけた。


「...ほう、お前が召喚者か。アクリルの強力な祝福がかかっている。」


音声ではない。これはアムと同じ通信だ。しかもジェイド達の方を見ると、何故か動きが止まっている。


「時間を止めている。安心するがよい。」


俺の心を読んでいるのだろう、考えた事に対して直接答えている。


「あなたは?」


「我は炎神イグニスだ。お前のことは色々知っているぞ。」


「...それで、どういったご要件で?」


「ふむ、胆が座っているな。いいだろう、我が望むはお前の勇気だ。」


「俺にどうしろと?」


「この先、試練を用意した。お前と、懐の小さき者の縁者と対峙することになるだろう。そこでお前のありのままを示せ。我に己の本質を示せ。」


こんなもの多分断れるわけがないだろう。直接神の降臨なんて、この世界では起こるんだな。


「いや、強制ではないぞ。ただ、素のお前を見たかっただけだ。魔王と交換された人間がどう言う者なのか、をな。だが、試練を受けるなら我の祝福と能力の一部を授けよう。」


俺はちょっと悩んだ。アムと俺の縁者...って、アクリルでなければアイツだよな...。


「分かった、その試練を受けるよ。」


「む、その意気や良し!ではこのまま進むがよい。」


グレッグの目が光を失い、白目に戻った。しかし時間は止まったままだ。


「うーん?何か今変だったわよね?」


アムの時間が動き出したらしく、ポーチから出て来た。こいつ、こう言う事には直感が働くんだな。


「何だかイグニスってのが出てきてな。神だっけ?」


一気にアムがジト目になっている件。ま、普通信じられんだろうけど。


「何言っちゃってるの、アンタ。」


「いや、現実だって。後ろを見てみろよ。」


俺はジェイド達の方を指差した。


「...あ、時間が止まってる?」


「らしいね。神本人がそう言っていた。で、しかもこれからお前の宿敵に会えるんだと。」


「宿敵!?...まさか...。」


「多分そのまさかだろうよ。俺とお前の縁者なんて、アクリル様ともう一人位しか思い当たりが無いよな。」


「え?一体どう言う話になっている訳?」


「とにかく、俺達だけ時間が普通なんだ。今のうちにやれる事をやっておこう。」


「黒い呪術師に会うのよね?あたし達だけで!?」


「なんて言うか、そこは戦闘とかにならないかも。ま、とにかく行ってみよう。」


「信じられない!何でそんなに軽く判断しているの!?」


「うーん、イグニス神の話と、俺の直感、かな。」


そう言い終わると、俺は通路の先へ歩き出した。


「あっちょっと!」


アムも渋々着いて来た。2人で更に通路を進むと、急に周囲の視界が霧で阻まれた。1m先が見えない。


「...何これ。明らかに危ないわね。」


「そうだな。だが選択の余地は無さそうだぞ。」


アムが俺の指差した方向を見た。そこには黒ローブを着た、例の魔女が立っていた。あまり間近で見た事がなかったが、貴婦人みたいな外見だ。


鮮やかな赤髪を頭頂で綺麗にまとめていて、般若顔の美人がキツいメイクと表情をしている感じだ。


周囲の景色も変化し、背後に物凄い量の金銀財宝が散らばっている洞窟の中だった。さっきの通路とは明らかに違う。


「ようこそ。身代わりの召喚者と運命の呪術師の娘よ。」


魔女は目の前に置いてある椅子とテーブルに座れとジェスチャーで促した。


改めて周囲を見渡すと、巨大な空間だった。そして異臭が鼻につく。これは硫黄だろうか。上を見ると、天井はなく青空が見えた。ここ、墳火口か?


ま、ここまで来ていきなり殺されるとかは無さそうだが。俺は椅子に座った。アムはさっきから魔女を睨んでいる。


「...そう、まずお前の疑問に答えるべきだな。娘よ、私はアクリルの友人、としておこう。」


「...その友人が、どうしてこんな理不尽を?」


アムの怒りは相当だ。本気で怒っているのが俺には判った。震える声でそう質問すると、魔女はため息をついた。


「それは、アクリルに頼まれたから。お前、アクリルの話を聞いて疑問に思わなかった?この男の事を最初から知っているとか。」


魔女は俺の方を見てそう言った。


「うん、確かにね。それは俺もそう思ってた。」


アムは沈黙している。魔女は話を続けた。


「これは全部アクリルの計画なのだ。正確には、お前の影響がこの世界に及ぼす危険を考慮した、上位存在からの手配だぞ。」


魔女は俺へ向かってそう言った。


「何か変だと思う。魔王をこの世界からどうにかする為に、俺と入れ替えたんだろう?その当人が危ない奴って事?何か意味がないと思うけど。」


俺は魔女に意見をした。が、むしろ反応したのはアムだった。


「エエーッ!!あんた魔王の身代わりだったの?でもそれだと、アンタの国が滅ぼされたりするんじゃないの?」


「アクリル様の話だと、それは無いらしい。ま、詳細は伏せるけど。」


魔女は軽く頷いた。


「これは...ややこしい因縁なのだよ。でもそれは私の口からは言えない。それがアクリルとの約束だから。でもとにかく、彼女はこの娘があの時代より生き長らえて、お前とめぐり逢う事でなんとか負の因子を相殺できると確信している。その為に、私はこの娘の時間を封印した。」


魔女はそう言うと、椅子から立ち上がった。


「今回は予想以上になった。既にお前らに因縁が出来ていて、この世界に存在している。今までで最高の条件が整っている。あとは...」


立ち上がった魔女の姿がスーッと消えて行く。そして洞窟の奥、財宝の手前に巨大な生物が首をもたげている。


「ああ〜、そんなぁ...」


アムが力の抜けた声、いや絶望の声で呟いた。赤灼色の鱗、黄金の目、口から漏れ出る炎、体長が20mくらいの巨体...。


「れ、レッドドラゴン!!!」


そう、魔女の正体は、ギルドの図鑑に載っていた伝説の竜種だった!彼女?はこちらをギロッと睨んだ。


「さあ、後はお前の実力を見せてみろ!!かかって来い!!!」


レッドドラゴンはそう言うと、大きく息を吸い出した!!


「おいおいマジかよ!!」


俺はとっさに完全隠密を発動した。そして椅子から立ち上がると、あえてドラゴンに向かって突進した。


ヒィィィィイン!ズゴオオオオオオオオオッ!!!


ドラゴンは俺が消えたのに目もくれず、周囲にブレスを吐き散らかした!!


アムは咄嗟に腰のポーチに飛び込んだ。ブレスは俺達が居た一帯を火の海にしたが、その時すでにドラゴンの真ん前へ飛び込んでいた。


姿勢を低くし、吐き出されている炎のブレスの下をすり抜けつつ、巨大な胴へ肉迫した!!


すると、左右の上方から鉤爪が交互に襲いかかって来た!!おかしいな!?姿は見えない筈なのに。結構位置を把握されているぞ?


俺は大きくステップアウトし、回避した。ちなみに、戦闘しながら魔法篭手も装備済だ。まあ掌打をするだけなら素手でも良いのだが。


篭手の防御力がどれくらいか判らんが、気分程度だな。テストできる相手でない事は明白だしな。アクリルの支給品の篭手だし、それなりの性能だろうけど。


次の瞬間に、再び接近しようとしたら、今度は尻尾が横一閃でなぎ払われた!!


ブォン!!


ジェイドの居合並みの鋭さだったが、あえてジャンプで回避した。鉤爪の間合いではなかったので、直後の空中での硬直は狙われなかった。


俺は精神集中しながら、身体強化の魔法を発動しようとした!すると、ドラゴンの方からもマナの集中を感じた!!


「身体強化!!」


「ディスペル!!」


呪文が完成したと思われたが、一瞬で隠密が解け、体表の光が消え去った!


「マヒト!呪文無効化はドラゴンの十八番よ!!」


アムがポーチから顔を出して叫んだ。そして、一生懸命に何かをしているのを感じた。今まで感じたことがない、背筋を冷気が走る感覚。


「...水気で火気を相剋せよ!!」


アムが叫んだ!!エコーのような声の響きと衝撃を感じた。すると俺の体の周囲に激しく流動する水のバリアーが展開した!


「マヒト、今よ!!」


俺は頷くと、再びドラゴンの懐に飛び込もうとした!すると、ドラゴンは羽ばたいて後ろへ飛び退きながら、何かを呟いている!


「...土気で水気を相剋せよ!!」


俺が丁度ドラゴンの太い胴へ掌打の直撃を喰らわす数歩手前、いきなり砂が水流と混ざり合って、地面に落ちた!


「待って、防御が!!きゃあああああああっ!!」


予想外の事態で、アムは絶叫した!!


相手に右のドラゴンブレス掌打を当てたのと、ドラゴンが咄嗟にショートブレスを足元に吐き出したのが同じタイミングだった!!


ドシッ!!!ヒィィイインズゴオオオオオオオオッ!!!


ハオオオオオオオオオッ!!!


掌打が決まった瞬間、俺達はブレスに飲み込まれた!俺は無心に、体内の気をドラゴンへ捻り込んだ!!


「ギッ!ギエエエエエエエエッ!!」


ドラゴンはグラッとよろめいた!が、前足を踏ん張ってレジストした!!


一瞬、勝ち誇ったような表情になったドラゴンの視線が、一点に凍りついた!ブレスで滅したはずの人間が、今まさに左手で掌打を胴へ当てがう瞬間だった!!


「チッ!ブレス耐性!!」


「コホォォォオ!!フン!!!」


俺は呼気を使って体内中の気を激しく巡らせながら、渾身の透勁捻打とうけいねんだを放った!!


ドズン!!!バシャアアアアアッ!!


「ギャバアアアアアアアッ!!!」


レッドドラゴンの口や眼から眼球や体液が噴出して飛び散った!!断末魔の叫びをあげながら、巨体が横に倒れ込んだ!!!


ズズーン!!


緑色の体液を口や目から噴き出しながら、レッドドラゴンは活動停止した。多分これで死んだはずだ!


「マヒト!!」


アムがポーチから飛び出した。


「すごいわ!すごい!!人間がドラゴンを、しかもエレメンタルドラゴンを倒すなんて、あなた何者なの!!」


アムは何か感動しているようで、涙を流しながら両手を挙げてバンザイをしている。っていうか、俺の顔の前でやられると前が見えないんだが。


「アム、そこ邪魔。」


俺は手で退けようとしたが、今度は腕にまとわりついた。


「オイ...まあ、いいか。お前も助けてくれたしな。あれって呪術?」


「正確にはオンミョウね。エレメンタルに呪力で働きかけて、自然現象を自在に操る術よ。」


「ほおおん、初めて見たぞ。アムってすげえな!」


「ま、まあでも相剋されちゃったんだけどね...。」


「って言うかさ、それ使えるんだったら、普段の戦闘の時にもうちょっと...」


俺が言いかけると、アムは目くじらを立てた。


「馬鹿ね!あんな術を使ったら、私の存在がバレちゃうでしょ!」


「あのー、いつから正体を隠す方向で?」


「それはその...アンタが説明するのが面倒になるかと思って。」


ま、一理あるか。でも別にそれなら、皆にそう言えばいいだけじゃね?


「何よ、アンタこそさっきの技は?ドラゴンに武器なしでダメージとか、何をした訳!?」


「今までだって似たようなもんだったろ。あー、あれはな...」


俺が透勁を説明しようとした時、


「フン!我に勝ったと気を緩めるでないわ!」


いきなり何処からともなく魔女の声が聞こえた!目の前のドラゴンの死体が、粒子状にパラパラと散って消え、俺は咄嗟に身構えた!


すると、ドラゴンの消えた場所に魔女が立っていた。全くダメージを受けた様子がない。が、少々ムッとした表情になっている。


「たかだか我のドッペル(分身)を滅ぼしたからと言って、いい気になるな!お前如き、真の我だったなら塵芥以下だ!」


かなーり、負け惜しみに見えるんだが。ハイハイ、そういう事にしてあげるよ。


「うむ、その通りであるな。」


いきなり俺達と魔女の間に、イグニス?が出現した!燃え盛る炎の人型で、目はグレッグの時と一緒で爛々と輝いている。


今のセリフは、彼女の言葉に対してか、それとも俺の本心に対してか...?


「フホホ!中々に見処のある人間よの。なあ、フレイヤ?」


イグニスは満足そうに笑うと、魔女にそう尋ねた。


「ふ、ふん...まあ、お父様がそう言うならば...。」


魔女はそっぽを向いてしまった。そしてこちらを振り向くと、


「ま、まあ認めてやる!我の分身にさえ勝てる人間は居なかった。お前は確かに魔王の身代わりね。この試練は達成された事にしてやろう。特別だからなっ!」


かなり上から目線で、しかもツンデレだな。キャラが立ちすぎで笑う。


「この結果に些末な言葉は不要!そして我はお前たちが気に入った!!」


ポウッっと俺達の体表が光った。そして一瞬、炎のオーラがドラゴンブレスの様に、一直線に空へ噴き上がった!


体に染み入るように光が消えると、イグニスはニッと笑った。そして次の瞬間、眼の前の2人が消えて、上空に2体のドラゴンが飛んでいた。一体は超巨大なレッドドラゴンで、もう一体は多分フレイヤ?だろう。


「で、デス・フレア!!」


イグニス?なのか、フレイヤが豆粒に見えるサイズの巨大レッドドラゴンは、こちらをチラッと睨むと咆哮しながら南西へ飛び去った。


風圧で、俺達はよろけてしゃがんだ。


「ハッ!?私の呪いは?ちょ待ってー!!」


アムが今更気がついた。急に顔を真っ赤にして、豆粒くらいになったドラゴン達の後を追いかけて行った。


「あっお前...あーあ。」


急に周囲の景色が粒子状に霧散し、俺は通路の真ん中に立っていた。ふと後ろを見ると、グレッグが白目で立っていた。


どうやら元の位置に戻されたらしい。


「あれ!?ここは?」


いつの間にか、アムが傍らにいた。一体どう言う仕組みなんだ?俺達は幻の世界に居たのか?


「アム、どうやら幻みたいだぞ?」


キョロキョロ周囲を見回しているアムに声をかけた。


「...ちくしょう、また逃げられたっ!」


アムは空中で地団駄を踏んだ。まあ、お前からすると悔しいだろうな。


「こら、女の子がそんな言葉を使っちゃダメだぞ。印象が悪くなるだけだ。」


アムは俺の方を向いて、ムウッとうなった。


「...ごめんなさい。」


おおーっ、何だか素直になったぞ?俺はむしろこの事が嬉しかった。これで可愛げがあれば、アムも満更では...。


「ねえ、それよりも...あたし達、何か加護を授かっているわね?」


俺は視界の表示を見た。すると「イグニスの加護」と言う項目が追加されている。何々...炎&ドラゴンブレス無効?冷気耐性?灼熱闘気?炎操作?etc...。文字が緑色なのは、有効らしい。


ついでにアクリルの加護も、いつの間にか項目がまとまっていた。自然治癒力強化、超回復、毒&疾病無効、精神攻撃耐性、パーティー自然回復向上、etc...。


「...おい、段々と人間離れしていくなあ。これどうよ!?」


「どうよって聞かれても。良いじゃない、あんだけ苦労させられたんだし。」


アムは当然という顔をした。まあ、そう言われればそうなんだがな。


「マヒト、大丈夫なのか!?」


後ろから声が聞こえた。どうやら時間が動き出したらしい。


「...ああ、気絶しているね。大丈夫そうだよ。」


俺は振り向いて、パーティーの方を見た。ジェイド達が、すぐ手前まで歩いて来ていた。


「い、いや、グレッグもなんだが...お前、大丈夫か!?」


何の事かわからず、俺は首を傾げた。イザベラが心配そうに近付いて来た。


「だ、だってほら...」


彼女の視線を追うと、ハードレザーアーマーがメチャクチャ焦げているのに気付いた。ああ、やはりさっきの戦闘は幻では無かったのか...。


「...ああ、俺は大丈夫だ。」


「で、でもその...」


ドロシーも、心配そうに見ている。俺は笑って彼女の頭を優しくなでると、同じく表情の曇ったラピに親指を立てた。


「後で話すよ。今はグレッグを。」


と、皆に言った。全員が「お、おう...」と言う反応になり、硬直しているグレッグを俺とビンセントで担いだ。


通路を進むと、左にカーブしていたのが直線になった。そして降り螺旋階段があり、降りてから100m先に出口が見えた。


入り口と同じく蔓で覆われていたが、スライムとかの敵はいなかった。


「またこれかあ。チッ、燃える水は使い切っちまったみたいだしなあ。」


グレッグの荷物を調べたビンセントが、舌打ちした。この世界の蔓って丈夫だしな...あれ?そう言えば炎操作とか闘気とかあったよな?


「ちょっと皆、離れていてくれ。」


俺は全員を下がらせた。訝しげに見られているのをスルーして、俺は掌に燃えたぎる溶岩を握るイメージで気を集めた。


...ィィイイイイン!ボボッ!


掌の触れた部分が発火した!!そして蔓全体が延焼し燃え広がった。


「オイオイ、何だこりゃあ!」


ビンセントが叫んだ。盛大に燃えて、入り口の時よりも結構大量の炎と煙が出たので、全員がドラゴンに気付かれたか?と、襲来を警戒している。


「あ、大丈夫。多分だけど、ドラゴンは襲って来ないと思うよ。」


俺はそう言って、洞窟から出て空を見た。ドラゴンの群れが飛び回っているが、襲って来ない。


「...何でそんな事が言えるんですか?」


ラピが不思議そうに聞いた。


「えーとね、新しく能力を獲得したんだよ。ドラゴンフレンドだって。」


「それ、本当に!?」


イザベラがすごく驚いた。


「確か、竜と交流出来るようになる能力よ。そして襲われなくなるらしいわ。竜騎士の必須スキルね。」


ジェイドもビックリしている。


「聞いたことあるぞ!確か生来のスキルで、人間が弱くてもカップリングした竜が守ってくれるから、ほぼ無敵になるってよ。」


全員の視線が俺に集まった。なんか痛すぎて笑う。


「ま、後で話すって。さあ、早くここから抜け出そう。」


「...分かった、マヒト、約束だぞ。」


ジェイドは頷いた。とにかく、俺達はガズ山を無事に抜ける事が出来た。


今は昼過ぎなので、夜になる前にこのエリアから去ろうと、全員が早足で歩き続けた。キャンプ地に適した窪地にたどり着いたのは、夜半前だった。


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