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新しい仲間

オーク討伐から、3ヶ月が過ぎた。俺はギルドの仕事を受け、覚え、様々な冒険者とパーティーを組み、ゆっくりと生活に馴染んでいた。


ちなみに、この世界では春夏秋冬が普通にある。時間の経過もほぼ同じで、1年は365日、1日は約24時間だ。


ある春先の夜、宿の部屋で俺はイザベラと相談していた。


「そう、行っちゃうんだ...まあマヒトは前からそう言ってたものね。」


「ああ、そうだね。何はともあれ、そのシルバーガーデンまで行って、教わるものを教わらんと。」


よくアムからヤキモチを焼かれるが、最近イザベラとは、まあまあ良い具合になっていた。


肉体関係とかは無かったが、寒い時はお互い身を寄せ合う位には距離が近い関係になっていた。


それに結構世話にもなった。ギルドの依頼とかは大半が単独で済むのだが、やはり冒険の知識や経験では、長寿のイザベラが勝っている。


それに魔法の先生でもある。術のレパートリーが増えたのも、彼女の貢献が大きかっただろう。


そんな事もありつつ、1mの積雪の影響で、春先まで足留めをくらった訳だ。


「ね、ねえ、私達ってさ、良い関係よね?」


「うん、そうだね。イザベラにはこの冬季の間、結構助けて貰ったなあ...あのさ、ほら、俺って人間じゃない?君の寿命が長い事を含んだお付き合いが良いと思うわけよ。」


「うん。」


「前に話した通り、俺はここいら辺の人間ではないし、この国や、その...エルフとかの事も良く分かっていないんだよな。だからさ、逆に君に聞きたいわけよ。俺に何か返せるものがあるかな?」


「うーん、別にそれはいらないかな。って言うか、物とかの問題じゃ無いでしょ?まあそれ以外の方法とかで、アイディアは無いんだけど。」


「うん、言っていることは良く分かるよ。俺としては、君に一緒に来て欲しいんだが、パーティーの事もあるだろうしな。そこの判断は君に任せるよ。」


「...ねえ、マヒトは私の事を好き?」


「そうだなあ、良い友人と思っている。」


「...それだけ?」


「...恋人として、って言う事?」


イザベラは頬を赤らめながらコクリと頷いた。今は俺の部屋で、お互いラフな格好でベッドに座っている。


「そうだな、許されるなら大事に思っている。好きだし、一緒に居たい。」


「...そうなんだ...私もあなたの事は好きよ...それなら、私も一緒に行こうかな。」


「本当に?それなら嬉しいし、心強いなあ...でもさ、月光の件はどうするの?それに、月光丘の攻略とかもあるしね...。」


月光とは、ギルマスがリーダーのパーティー名だ。月光丘に因んで付けた名前らしい。


この世界では、発見したダンジョンの名前をパーティー名に冠する事が多いそうだ。


他の冒険者達に、「このダンジョンの専門家」と知らしめる為でもある。


ダンジョン攻略する時は、名前持ちのパーティーから情報収集できるという利点もある。


因みにローカルなルールで、ダンジョンを最初に発見したパーティーや冒険者のみが、ダンジョン名やパーティー名を決める権利を持っている。


権利持ちが死んでも、ダンジョン名は変わらないそうだが、そのダンジョンの名前を他のパーティー名には基本的に使えなくなるそうだ。


「ねえ、明日ジェイドと話し合ってみましょう?私としては、またこの村に戻って来て月光丘の迷宮を踏破したいのよ。あのダンジョンは、私達の目標でもあるし、心残りなの。あなたにも縁があるわ。」


「うん、それは俺もそう思っている。何故あそこに寝かされて居たのかとか、未攻略の部屋はとか、色々な心残りがあるね。」


「じゃあ、こうしましょうよ。マヒトは月光丘を攻略する為に修行の旅へ出て、私はそのガイドとして着いて行く。帰ってきたら月光のメンバーとして迷宮攻略する...これならジェイド達もOKしてくれそうじゃない?」


「考えたね...じゃあ、その案で明日にでも相談してみるかな。」


「うん。さて、じゃあ私はもう寝るわね。マヒト、おやすみ。」


イザベラは、俺をとても優しい目で見つめ、不意に両手で顔を引き寄せ唇にキスをした。


俺はちょっと戸惑ったが、イザベラを抱き寄せると唇を重ねた。今度はイザベラが少し驚いた顔をしたが、そのままお互いをしっかり抱き合った。


何か青い、植物の様な味がした。キスが終わると、イザベラは照れたように下を向いて、それからもう寝ると言い残して部屋を出た。


あれ?続きは...?


「バカねえ、アンタ本当に知らないのね。エルフとかハーフって、肉体関係には神経質なのよ。」


アムが俺の目の前に飛んで来た。イザベラと一緒の時は、ちょっかいは出してこないのだが、何気に様子をいつも監視しているようだ。


「神経質!?」


「そう。要は子供を作る行為は寿命差でお互い苦しむから、他種族には自然と体は許さない習性みたいよ。でも、さっきみたいにキスを許したと言うことは親愛の証よ。きっと恋人くらいには想っているのよ。」


「へえ、じゃあ普通はそれも許さないのな?」


「と言うか、そもそも自分から関係を迫る素振りなんて普通しないわ...何かムカツクわね!!」


「お前...その気持ちは嬉しいけど、その体でどうする気さ?こう言うのは早い者勝ちじゃないの?」


「あーっもう!!それもこれも魔女のせいだわ!あのアマ!」


怒りの形相で叫んでいるのだが、下膨れの顔がおっとり怒っている感がシュールで笑う。


何かハコフグの目が釣り上がっているみたいな...例えが悪いな。おたふくの鬼面みたいな...フォローになってないな。


「でも、アムがこういう風になっていなければ、俺とは巡り逢わなかった訳だしね。案外良かったのかも...あれ?それでアクリル様が俺を召喚?ってことは...魔女って神とグル?」


それを聞いたアムは、呆然としている。


「...私ってもしかして、アンタと出逢う為にこうなったの...?そう言えばアクリル様は最初からアンタの外見を把握していたみたいだし...。」


「俺さ...実は何か身代わりで召喚されたって言われたんだよな。んで、アクリル様がお詫びで魔法や知識を教えるとか言うんだよ。君の件もそうだし、何ていうか理不尽...。」


アムも俺も腕組みして考え込んでしまった。まあ言っても仕方が無いことなのはお互い承知しているんだが。マジで文句言ってやりたい気分だ。


「ねえ、アクリル様の事は置いとくとして、私がもし人間に戻ったらどうするの?」


「いやどうするって言われてもなあ。」


俺はしげしげとアムを眺めた。これが肥大化?こいつ美人とは言えないんだよなあ。どちらかと言うとドロシーのが可愛い。


まあただ、人間それだけじゃないし。


「うーん、いつそうなる予定かは知らんけど、その時までにお互いの関係がどうなっているか、じゃないかなあ。君、俺の事をどう思っている訳?」


率直に質問してみた。すると急に顔を赤くして、アムは下を向いた。


「...こんなババアでも良ければ。」


ああそうかコイツ、年齢で気が引けているのかな。元が一体何歳なのか知らんけど、戻った時の状態にもよるだろう。


「そもそも、元に戻ったときにヨボヨボだったら、恋愛関係とかは厳しいと思うけど。肉体が若ければ、その時次第かなあ。」


そう聞いたアムは考えた。


「うーん、じゃあ子供が作れる位だったら、可能性が無くはないのね。希望があるって事でいいの?」


「うん、概ねそれで良いんじゃないかな?」


パッと表情が明るくなったアムは、「約束よ!」と言いながら寝てしまった。


約束って言ってもなあ。お前の中身がまだよく判らんしな。そう考えつつ、俺もさっさと寝てしまった。


次の日、俺とイザベラはギルマスに会いに行った。最近は大規模討伐のクエストがめっきり減り、採集や小数の害獣退治の依頼ばかりだ。


それと、オーク討伐の際にキュアポーションを物理クラフトした事で、メチャクチャ人気が出てしまった。


結構万能な薬なので、回復役が不足している今、飛ぶように売れている。


それで今はギルド用の在庫を確保する為の素材採集とクラフトの依頼が増えた。当然だが俺の懐は潤った。旅費も貯まったと言う訳だ。


「こんにちは。マスターは居るかな?」


受付でドロシーに尋ねた。


「あ、マヒトさん!ええと、今は裏庭で素振りをしていますよ。」


「ありがとう。直接行っても大丈夫かな?」


「もー何言っちゃってるんですかぁ!そんなの良いに決まってますよ。」


そう言うとドロシーは裏口を指さした。俺達は裏庭へ歩いた。するとギルマスが凄い事をやっているのが見えた。


いつもの長い木刀を構え、一見すると普通に素振りをしている様に見えるが、実は高速の振りで同じ場所に3回当てる練習をしているのだ。


素振りの速度が異常に早くなっている。


「マスター、おはようさん。」


挨拶をすると、ギルマスは手を止めた。こちらの顔を交互に見て、フッと笑うと同時に複雑な表情になった。


「...何か話があるんだろう?いいぜ、会議室で聞こう。」


タオルで汗を拭こうとしていたので、俺は清潔化の魔法をギルマスに使った。


「あはは、サッパリしたよ。ありがとうな。」


一緒に会議室まで歩き、中へ入ると勧められて椅子に座った。


「それで、いつ旅立つんだ?」


ギルマスが何気に気付いていた件。俺とイザベラは顔を見合わせた。


「...話が早くて助かる。」


「ポーションも充分に確保できているし、最近討伐も無いからなあ。そろそろだとは思っていた。イザベラ、お前も行くのか?」


「ええ、そのつもりよ。ねえジェイド、聞いてくれる?」


「ああ。」


「昨夜マヒトと話したんだけど、数日以内には出発したいのよ。それで、二人でまたこの村へ戻ってくるつもりなの。彼の修行期間にもよるけど。」


「ふうん、なるほどね...じゃあお前は月光から抜ける訳じゃあないんだな?」


「ええ、勿論よ。そして、パワーアップしたマヒトもパーティーに入れて、今度こそ月光丘を攻略しましょう!私も出来る限り力をつけるつもりだから。」


イザベラは本気だと俺は思った。熱がこもった喋り口に、ギルマスも頷いた。


「ああ、それは前向きかつ建設的だな。そういう事なら、止める理由はないぜ。マヒトも合意してるんだろ?」


俺は頷いた。


「うん、俺もあそこの迷宮に縁があるからね。」


「ほう、どんな縁なんだ?」


俺はイザベラに話したのと同等の説明をした。魔王や異世界の事は伏せた。


「ふうん、道理で変わった体術とかを使うと思っていたよ。そうか、あそこがこの国での原点なんだな...そう聞くと、本当に因縁めいているよな。」


ビンセントが、部屋に入って来た。俺の隣に座ると、何の相談かとギルマスに聞いて、その内容に同じく頷いた。


「これはあくまで俺の意見なんだがな、マヒトは案外今でも完璧ではあるんだよな。完全隠密と格闘なんて、近接戦闘でこんな相性の良い才能を両方持ち合わせているなんて、相当な幸運だ。」


全員が頷いた。ドロシーが入室して、カップにお茶を入れつつ、全員に配った。そしてちゃっかり同席している。


すると、それを見て何故かギルマスの顔が曇った。あれ?変な反応だな...。


「それで魔法までとなれば、コイツはヒーロークラスの技能を身に着けた事になると俺は思うんだよな。当然あちこちのパーティーから引っ張りダコになるんじゃないかな。」


「ええ、それにカッコいいし、女性にもモテモテですよぅ。」


ドロシーが横槍を入れたが、マスターにたしなめられてしぼんだ。


「...まあそれはともかく、マヒトにとって、月光に留めておく事が良い事なのかな?月光丘の攻略は俺も賛成だ。マヒトやイザベラが強くなって戻れば、楽だろう。だが、その後はどうするんだ?」


「ビンセント、それはどう言う事だ?」


ギルマスがそう言ったタイミングで、グレッグが入室して来た。


「おはようございます。おや、皆さんお揃いで?」


「グレッグさん、おはようございます。今、マヒトさんとイザベラさんが修行の旅に出るという話をしてるんですよ。」


ドロシーがかいつまんで説明した。


「ほほう、それは聞き捨てなりませんな。私も同席しても?」


「当たり前だろう?お前も月光のメンバーなんだし。」


ギルマスがそう言いながら、ビンセントに話の続きを促した。


「つまりだな、月光丘の迷宮を踏破した俺達が、ルク村に定住するのは温い選択だと言いたいのさ。こんな世の中だし、困っている人は五万と居るだろうよ。そう言う連中も助ける事が出来るかもって、オーク討伐の時に思ったんだよな。そして俺達自身がマヒトに釣り合う実力者でないと、他に引き抜かれそうになっても止められん。」


この意見に、全員が頷いた。ギルマスも、楽しそうに頷いた。


「そうだな。実力差を埋めるのは当然として、今まではいつ月光丘を攻略出来るかが不明だった。でも、ビンセントの言うとおりになれば欲も出てくるよな。出世や金とかでない、誰かの為の助けになる冒険が出来るかもしれないのだからな。」


グレッグも、激しく同意している。


「そうですとも!我が主神イグニスは、世界のあらゆる邪を焼き尽くす事を是とされています。この世に広く活躍出来る実力者が怠惰なのは、許されないでしょう。」


イザベラは笑いながらお茶を飲んだ。


「ふふふ、グレッグは固いわねえ。まあ神の思惑はともかく、私達ってそういう仲間よね?困っている人を、放って置けない集団なのよ。なら、もっと活動範囲を広げたくなるのは自然だと思うわ。」


全員が頷いた。ただ、ドロシーはちょっと元気が無かった。その様子を横目で見つつ、俺は話を元に戻した。


「まあ、未来の夢は持っていたほうが良いと思うけどな。それで話を戻すけど、まずは修行して来る。そして、必ずここへ戻るから。」


「ああ、そうだな...なあ、それで何処で修行するんだ?」


ビンセントが尋ねて来た。


「それな、白竜山脈のシルバーガーデンとか。」


「何ですって!?シルバーガーデン?」


グレッグがすごく驚いた。


「グレッグ、知っているのか?」


ギルマスもグレッグの様子に驚きながら尋ねた。


「ええ、ここから南西へ800kmくらいの場所にある、各宗教の聖地と言われた美しき高地がシルバーガーデンですよ。高位の神官や魔術師、聖騎士や竜騎士、更には修行僧モンクの居る場所です。」


おおー、何か凄い事を言っているな。要は総合修行場みたいなものか。そう気安くは無いんだろうけど。


「あのですね、これは私からの提案なんですがね。」


グレッグが身を乗り出した。全員が沈黙して、発言を促した。


「マヒトさんと私達の実力差があり過ぎるのは、同じパーティーとして問題だと思うんです。私、オーク討伐の時に思い知らされましてね。ジェイドも精一杯だったでしょう?ビンセントはともかく、イザベラもね。」


イザベラは激しく同意した。


「そう!マヒトはね、最初からジェイドを圧倒したわ。それは私達に出来ない事よ。再びパーティーを組んでも、足手まといにはなりたくないわ。だから私も同行したいのよ。マヒトの先生になる人に、教えて貰えないかって。」


ギルマスも、頷いた。


「そうだなあ、俺もあれから長く考えていた。今の剣術は、ドロテウナのソードマスターから教えて貰ったんだが、この前の討伐で限界を感じたよ。このままで良いのか?ってな。」


グレッグは嬉しそうに頷いた。ドロテウナとは、ここから北へ50kmほど先の大型都市だ。


「そこでですね、この際月光のメンバー全員でシルバーガーデンへ出向き、各自が修行するというのはどうでしょう?」


グレッグのこの意見に、全員が立ち上がった。


「そうかあ!それは良いアイディアだな!俺もまだ22歳だし、上のスキルを習得できるのではと思っては居たんだよ。」


ジェイドはそう言ったが、ビンセントの表情はやや曇った。


「...でもよ、俺はスカウトだぜ?関係ないだろ。」


ビンセントが寂しそうに言った。が、グレッグがすかさずフォローした。


「いえ、シルバーガーデンには、大きなレンジャーギルドがあります。スカウトの上位職ですし、弓がメインのビンセントなら、向いていると思いますよ。」


「そうなんだな、ハハッ!そうかあ、レンジャーっていう手があったか。」


ビンセントは、すごく嬉しそうな顔をした。


「...そうすると、俺達は出発を待った方が良いかね?」


また足留めか。イザベラも、ちょっと困った表情になった。だが、ギルマスは人差し指を横に振った。


「いいや、そうでもないぞ。」


ギルマスは、テーブルに置いてあった女神像の黒いプレートに手を置いた。以前実力判定したアレだ。


「コンタクト。冒険者ギルド、ドロテウナ本部へ。」


ギルマスがプレートから手を離すと、プレートの上に男性の顔が映った。50歳後半くらいの、いかつい感じの人だ。額から右目に刀傷が見える。


「本部、ルク村支部のジェイドです。」


「おお、ジェイドか。久しぶりだな。」


男性の顔が喋った。魔法の通信機も兼ねているんだな、この女神像。


「実は相談なのですが...先日報告しました討伐の件がきっかけで、自分達の実力をもっと高めたいと月光のパーティー会議で決まりまして。」


「ああ、そう言う事かね。そうか...実はな、私もお前はもっと腕を上げられると思っていたのだよ。いつ言い出すかと待っておったのだ。まだ若いのだし、修行は必須だぞ?それで、こっちへ戻って来るのかな?」


「いいえ、新しいメンバーに加わったマヒトと言う奴が居るのですが、シルバーガーデンへ魔法を教わりに行く予定なんです。それにパーティー全員で同行しようかと。」


男性の表情が曇った。


「シルバーガーデン!?それはまた、遠いな。だがあそこには独自形態の武術師範がいると言う。修行の場所としては、この上なく素晴らしいだろう。」


「ええ、グレッグ神父からそう聞きました。ですので...」


「分かっている、お前達の代わりを寄越せと言うのだな?そういう話なら是非もない。しっかり実力をつけて来るんだぞ。こっちは心配するな、数日中には代理がやって来るだろう。」


「ありがとうございます!これで心置きなく旅に出られますよ!」


男は微笑むと、手を振った。ギルマスは通信を終了した。


「すげえな!こんなに上手く段取りが進むなんて、如何にも行けって言っているみたいだな!」


ビンセントが珍しく興奮している。グレッグも嬉しそうに目を閉じて頷いた。


「あの、今のは誰なんだい?」


俺はギルマスに尋ねた。


「ああ、マヒトは会った事が無いよな。今の人が冒険者ギルドのグランドマスターだよ。」


「そうなのかあ!初めて顔を見た。」


如何にも偉そうな顔をしていると、俺は思った。だが、人柄は良さそうな感じだったな。


「そうと決まれば、数年ぶりに旅支度をしなければな。マヒト、そう言う事で良いよな?」


ギルマスにそう言われて、嫌とは言えんだろう。まあそれに、人数が多ければそれなりのメリットがある。


道中の安全性は増すだろうし、見張りも交代出来る。食事の材料集めとか、日課を分担出来るのは大きいだろう。


俺はイザベラの方を見た。彼女も俺の目を見て、微笑んだ。


「ではそうするよ...あの、さっきから気になっていたんだが。」


「うん?」


全員が俺に注目した。


「俺ってここのメンバーになったって事で良いのかな?」


全員が顔を見合わせ、爆笑した。


「あっはっは!馬鹿だなあお前、そんなの決まってるだろう!」


バシ!バシッ!と俺の腕を叩きながら、ギルマスが笑った。


「そうだぞ。マヒトが居なかったら、オーク討伐は最悪な結果だっただろう。遠慮はするなよな、俺達は仲間なんだぞ!」


ビンセントも、嬉しそうに背中を叩いた。


「私は最初から認めてましたぞ!イグニスの御導きなれば...。」


グレッグはそう言って、微笑みながら様子を見守っている。イザベラは当然、嬉しそうに俺を見つめている。


「あの...」


さっきから下を向いていたドロシーが、決心したように立ち上がった。


「私は、月光の皆さんに命を助けて頂きました。ここの受付も、皆さんと一緒に居たいから勉強したんです。冒険者ではない私がこんな事を言うのは筋違いと解っています。でも...」


ギルマスの表情が緩んだ。ドロシーの両肩に手を置いて、まるで父親のように語りかけた。


「そうだな。お前だって今まで頑張って来たものな。だが、ギルド職員がシルバーガーデンに行っても、得られる物は無いかも知れない。それでも良いのか?」


ドロシーは、頷いた。


「そうでしょうね...ですから、私も今日から冒険者になります!私だって、もっと他の人達の役に立ちたいんです!」


「うん、そうだよな。お前、この冬季は毎日短剣の訓練をしていたよな。マヒトと一緒に行きたかったんだろう?」


ドロシーの顔がボッと赤くなった。それを見て、俺はやっと理解した。


今まで素っ気なかったのは本心を隠す為だろうし、ギルマスが微妙な反応だったのも娘の様なドロシーが熱を上げている事を心配したんだろう。


イザベラと俺以外は、ドロシーの反応にニヤニヤしていた。ああ、皆判っていたんだなあ。


イザベラは、結構微妙な表情をしていた。昨夜恋人になったつもりで、途端にライバルが出現した訳だしな。まあ一応アムもいるが。


俺はテーブルの下で、イザベラの手を優しく握った。彼女はこちらを見て、嬉しそうに表情を和ませた。


「皆、良いよな?親バカみたいに見えるかもだが、これだけの熱意があるんだ。もう1人くらいメンバーが増えたって、問題ないだろう?俺もドロシーの事は昔から心配しているんだ。」


全員が頷いた。俺も恋人以外は案外いけると思っている。ドロシーの仕事ぶりは見てきたし、有能なのは間違いない。


大体、仕事が出来る奴は他も出来るんだよなあ。


「なあマヒト、頼みがあるんだが、お前が格闘術を教えてやってくれないかなあ?こいつには合っていると思うんだ。」


ギルマスは、頭を下げた。ドロシーは顔を真っ赤にしながら、俺にお辞儀をした。


「マヒトさん、私に格闘を教えて下さい。お願いします!」


イザベラと俺は、顔を見合わせた。おいおい、こりゃあの、アレだ。公認の三角関係って奴かあ?


「...ドロシー、君は格闘をどういう風に使いたいの?素手の戦闘とか?」


ドロシーは俺の目を直視した。真っ直ぐで純粋な想いが伝わって来た。


「私、両手短剣のスキルを持っていますぅ。戦士のクラスですね。でも、足腰が弱いのと、スピードが全然ダメなので。マヒトさんの格闘を見た時、これだって思いました。拳は鍛えられないかもだけど、それを短剣でカバーできればって。」


ふーん、結構考えているんだな。そうか、拳や気を扱うのは無理そうだけど、それ以外の技術なら行けそうだな。だが...。


「話の筋は通っているね。俺も協力できるかも知れない。でも、修行方法に耐えられるかだけどね。」


「え?」


ドロシーは俺の目を凝視している。


「そうだなあ...じゃあ、これをクリアしてもらわないと話にならない鍛錬があるから、それを旅の間続けられたら本格的に教えるよ...ドロシー、今から時間はあるかな?」


「ええ、大丈夫。」


「方法としては、そんなに難しくないから...そうだね、30分で教えられる。」


全員が俺の言葉に興味を持ったようで、聞き入っている。


「はい、じゃあ早速。」


ドロシーは、制服から軽装に着替える為に、救護室へ走った。


「なあマヒト、俺も見に行って良いかな?」


と、ギルマスが尋ねた。


「誰でも構わないよ。これって秘密とかでは無いんだ。全員が覚えて貰っても、全く問題無しだから。と言うか問題はそこからなんだけどね。」


俺の言葉に怪訝そうな表情をしたものの、結局全員が裏庭へ集まった。着替えたドロシーが後からやってきて、俺の前に立った。


「じゃ、いいかい?まずは馬歩まほを教えるよ。」


「馬歩?」


「うん。俺の動作を見ていてね。後でやって貰うから。あ、イザベラ、お願いがあるんだけど。」


「何?」


「確か受付に砂時計があったよね?持ってきてくれるかな?」


「分かった。」


イザベラは走って行った。


「じゃ、見ててね。」


俺は自然体で直立した。手足の関節を脱力させ、数秒間そのままで立禅する。


やがて、地面と平行になるように両手を肩の高さまでゆっくりと挙げ、膝を曲げて腰を曲げないように落とした。


脱力した前にならえをしながら、空気椅子に座る格好だ。


「いいかい、このポーズを崩さない様にしつつ、まずは5分続けるんだ。だけど多分最初からは無理だと思うから、少し崩した体制から始めようかな。」


そう言っている内に、イザベラが砂時計を持って来た。ドロシーは、侮られたと思ったのだろう、威勢のよい返事をした。


「...全然だわ!こんなの余裕ですぅ!」


そう言いながら真似をしたドロシーに、周囲から厳しい突っ込みが入った。


「いや、それ膝が曲がってないよ?」


「腕が下がってる。」


「お尻が出ているわね。マヒトの腰は真っ直ぐになっているわ。」


俺は姿勢を解くと、ミラーオブジェという無属性魔法を使った。指で場所を指定すると、高さ2mの大鏡がドロシーの側面に出現した。


「ほら、これを見てごらん。」


「あら?本当ですぅ...こうやって鏡を見ながらポーズすると、良く分かります。」


鏡を見つつ、徐々に姿勢を改善していく度に、関節への負荷で彼女の体が熱を帯びて来る。だが未だに姿勢は完全ではない。


「ちょっと失礼。」


俺は直接手とり足取りしながら、姿勢を矯正した。


最後に出っ張っている尻を前に押し、みぞおちを後ろに押した。すると、今度は膝が上がってしまう。


彼女の四肢が、痙攣を起こして震えている。玉のような汗が全身から吹き出し始め、肩や頭頂から湯気が立っているのが見える。


それでもまだ姿勢が完全ではないのだが...。


「まあ、やっぱり無理だね。じゃあこの姿勢で良いから、この砂時計で5分間、その姿勢のまま耐えてね。いいかい...始め!」


俺も同時に馬歩の姿勢を取った。ドロシーは懸命に姿勢を保とうとする。すでに綿のシャツとズボンは汗でぐしょぐしょになり、下着が透けて見える。


「はい、腰をもっと落として!つま先より膝は前に出さない事。ほら、尻が出ているよ。そうそう、その調子。」


さっきから首を傾げて見ていたイザベラが、俺の横に並んで真似をしている。


「ちょっ、何これ!?すごくキツイじゃないの!これが鍛錬?」


もう既に膝が笑っているのが笑う。イザベラもドロシーと同じく尻が出ているが、彼女の場合は更に姿勢が崩れていた。


「...うん、これは凄いトレーニングだな。ああそうか、体の深い筋肉を使うんだな。」


ギルマスは流石に頷きながら、綺麗な姿勢を保ってる。グレッグは1分で音を上げた。


「はい、後3分!」


ビンセントがタイムキーパーをしている。ドロシーの姿勢が崩れる度に、俺は指示を出して矯正させた。


「グッ!ぎいいいいいいい!もうだめですぅ!!」


大腿四頭筋を痙攣させながら、とうとうドロシーはギブアップした。


「あら?こんなにキツかったのに、案外疲労が残らないわね?」


立ち上がったドロシーは、拍子抜けな顔をした。もっと筋肉が疲れていると思っていたのだろう。


だが、初春の寒さにも関わらず、彼女は全身から湯気を発していた。僅か3分半で、どうしてこうなった?


「ほら、無理でしょう?まだ4分経ってないよ...うん、でも筋はイイね。」


結局最後まで同じ姿勢で居られたのは、ギルマスと俺だけだった。


「キーッ!悔しい!」


ドロシーは余程悔しかったのか、地団駄を踏んだ。俺は笑いながら、更に追い打ちをかけた。


「さっきの君は不完全な姿勢だったけど、完全な姿勢にするのが当面の課題だね。俺もそうだけど、馬歩は通常短くて1時間、長いと半日やっている達人もいるね。」


これには全員が驚いた。


「おいおい、正気かよ?こんなのを1時間とか、何の意味があるんだよ?」


ギルマスの言葉に、俺は笑いながら説明した。


「基礎体力と筋力増強、体内の気の流れが活発になり、病気や怪我もしにくくなる。言っても分からんと思うので、まず1週間やってから実感してね。とにかく、毎朝徐々にこれを続けるのが大前提だ。大丈夫、俺も最初はからっきしだったから。」


それを聞いたドロシーは、うわーっと言う表情で項垂れた。うんうん、スッゲー分かる、その気持ち!


汗だくな格好があんまりなので、彼女に清潔化の魔法をかけた。


「わあ、ありがとうございますぅ!」


ドロシーは笑顔に戻った。その後は一旦休憩して、それから全員で旅支度を始めた。


何しろ、片道800km、予想日程で約1か月の道程だ。途中で天候が荒れれば、ビバークして体を休めたりもする。


最悪1か月半位は旅をするのだ。今は初春だから、雪で足留めというのが無いからありがたい...。


保存食、基本の調味料、調理器具、防寒着、武具一式、キャンプ用品...今回はドロシーも含め6人なので、マンパワーは足りている方だろう。


全員が貴重品以外はギルドの会議室に置いて、ドロシーやギルマスが管理する事になった。


俺の荷物は魔法のバックパック自体が貴重品になるので、肌身離さず持ち歩いている上に、全物品はその中だ。


やがて数日が経過し、ドロテウナより代理の冒険者パーティーとギルドマスターが到着した。ジェイドはこの時点で解任となり、自由の身となった。


出発前夜、俺達は旅の憩い亭で宿泊した。ギルドの管理権限が無くなったので、自由に使えなくなった為だ。


だからジェイドやドロシー、ビンセントもギルドの部屋で寝泊まりできないので、全員で宿泊となった。


そして、この晩は大勢の冒険者達が酒場へ集まった。簡単な送別会をする為だ。


「皆、集まってくれてありがとう。俺達月光は、明日より数年間シルバーガーデンで修行をする為に旅立つことにした。またルク村に戻ってくるつもりだ。その時は、今より実力をつけた姿を見せる事が出来るだろう。」


ギルマスが酒場の中央で立ったまま挨拶のスピーチをした。そしてジョッキを前に突き出すと、全員が同じようにジョッキを持って立ち上がった。


「ルク村の繁栄と、俺達全員の未来に。乾杯!!」


全員が乾杯!と叫び、ジョッキを高く掲げ、そのまま一気に酒を飲み干した。その場のほぼ全員が、月光になにがしかの想いがある感じの面子だ。


別れを惜しむ人も居たが、また帰って来るという事なので、笑って送り出そうという話になった。


ジェイドは、今まで世話になった冒険者達に囲まれて、酒を飲んでいる。彼なりの感謝の気持ちなのだろう。


ドロシーやイザベラには、違った意味で別れを惜しむ人が多かった。主に男性だった。


なので乾杯して早々に、あちらこちらから引っ張りだこになっている。


そして俺は、何故か女性冒険者に囲まれていた。気性が荒い人ばかりだったので、何だか空気が悪くなってしまった。


「おい、クロ!お前は俺(女性)より経験が浅いんだから、道中気をつけるんだよ!」


「何言ってるのさ、コイツはアンタよりよっぽど格上だよっ!あたいと一緒のときは、一瞬でグレイウルフを沈めたんだからね!」


因みにクロと言うのは、俺の肌が地黒なのをあだ名にしているそうだ。まあその呼ばれ方でも悪くないかな。


「ねえねえ、マヒトさあん!帰ってきたら生活魔法を教えてくださいよう!」


数人に囲まれて、両脇を抱えられつつ、目前で親密さのマウント争奪戦が繰り広げられていた。


左脇がやけに静かだなと思ってふと見たら、マイライがちゃっかり脇を固めていた。結構豊満な胸が二の腕に当たるのが辛い。


その様子を、ビンセントとグレッグが呆然と見ていた。何故か彼らの周りは、あまり人が寄らなかった。まあこれは見なかったことにしよう。


2時間程すると、次の日も仕事の人達は各々が宴会から抜けて行き、いつの間にか俺の両脇をイザベラとマイライが固めていた。


そしてドロシーが俺の相向かいに座っている。


「もーこの人はあ...あたしとはあ、この前ゴニョゴニョ...」


イザベラが相当な泥酔状態で右腕にしがみついている。


「あーっ、ジュルいですぅ!2人共マヒトしゃんからはなれでぐだざあい!」


イザベラを震える手で指差しながら、ドロシーも呂律が回っていない。


そして相変わらず無言ではあるが、さっきより更なる密着度のマイライが、俺の肩に頭を寄りかからせている。


「...ほんっとにアンタ、女難ね!見ていると無性にムカつくわね!」


アムが無音の苦情を飛ばして来た。


「あーもう、どうしてこうなった。俺は何もしてないんだが。」


相当げんなりした顔だったのだろう、ビンセントが半笑いでこっちを見ている。


グレッグはつまらなかったのか、既に部屋へ引っ込んでしまったようだ。


そして更に30分後には、ドロシーとイザベラ両者が、俺とマイライに担がれて部屋へ押し込まれた。


むしろあれだけ飲んでいたのに、さすが宿屋の娘だ。胆力があるなあ。


「マヒト...さん。」


俺が3階のイザベラの部屋を出ると、丁度マイライも隣のドロシーの部屋から出た所で、呼び止められた。


「うん?」


「...ん、きっとまた会えますよね?」


酔った勢いもあるのだろう、いつに無く積極的に話しかけてきた。


「うん、きっと戻ってくるよ。」


「...無事でいてね...。」


そう言うと、マイライは下を向いて肩を震わせた。泣いているみたいだ。


「うん、心配しないで。マイライもさ、女将と仲良くやるんだよ?ルク村に帰ってきたら、またここに寄ると思うから。」


俺は、泣きべその彼女と並んで階段を降りた。すると、2階で女将と鉢合わせしてしまった。


「あはは...あらまあ、アンタよっぽど気に入られたんだねえ。この娘がこんな風になるのは、記憶にないねえ。」


女将は笑うと、マイライの背中をポンポンと優しく叩きながら、一緒に階段を降りて行った。


元々女性の扱いに馴れていないから、どんな風に慰めたら良いか俺には判らないんだよな。


そして入れ違いに、ビンセントが階段を登ってきた。


「マヒト、ジェイドが探していたぞ?俺はもう寝るから。」


「あ、了解。ありがとう。」


ジェイドは眠そうに、3階へ登って行った。酒場に降りて行くと、宴会はお開きになっていた。既に深夜を回っていたから、当然だが。


「マヒト、こっちだ。」


ジェイドが手を挙げた。俺は彼の座っている隣に腰掛けた。


「ちょっと聞きたいんだが...お前、ドロシーの事をどう思う?」


結構ストレートに尋ねられて、俺は困惑した。


「...それ、多分恋愛とかの話だよね?」


俺は一応聞き返した。ジェイドは無言で頷いた。


「実は俺、イザベラに好きだと返事をしているんだ。だからドロシーの気持ちは嬉しいけど...それにさっきもそうだったけど、パーティーで恋愛関係がもつれると悪影響かなと。」


「じゃあ、パーティー云々はともかく、お前としては嫌いではないんだな?」


「うん、正直勿体無い御縁だとは思うけど。」


「...ああそうか、マヒトは外国人だってな。この国では一夫多妻制なんだ。逆も認められている。だから、もしドロシーがお前の事を求めたら、答えてやって欲しいんだよ。あれは俺にとって妹の様な者でね。」


ジェイドは俺の事情を汲んでくれた。


「俺の国では、一夫一婦制だった。文化が違いすぎて...」


「境遇は理解できるよ。だから、出来るだけでいいんだ。ドロシーが納得できる様に相手をしてくれたら、俺は嬉しい。」


ジェイドは真剣だった。そんなこと言ったってなあ...。


「複数の女性関係なんて経験がないから、俺に出来る限りの事はやろうと思う。それでも良いなら。」


俺は本音をジェイドへ言った。本当は女性経験自体が無いんだがな...すると、彼は微笑を浮かべた。


「ああ、それでいい。どうかアイツをよろしく頼むよ。」


ジェイドは俺の肩をポンと叩くと、女将に追加のジョッキを注文した。


結局朝方まで付き合わされたから、2人共に旅立ちの初日から寝不足のスタートになってしまった。


部屋で3時間程度の睡眠をとり、グレッグが予定の時間に全員を起こしてくれた。仕度を整えて、酒場に集まった。いよいよ出発の時だ。


                ♤


中央広場を抜けて、見慣れた村の風景を目に焼き付けつつ、俺達は村道へ出た。


南西方向は、一旦月光丘の森へ向かって歩き、そこから分岐する脇道を進むのが近道だ。


俺達は、道なりに歩いた。案外平坦な、整備された街道が続いた。


ルク村近郊は、月光丘の迷宮を攻略する為に開拓されたとジェイドが言っていた。


森の近くの平地を開拓したそうで、昨夜の送別会にはその時代の仲間も居たとか。とにかくこの周囲は平坦な地形が多いらしい。


順当に日暮れまで歩き、夜は休憩し、周囲が明るくなったらまた歩き出すサイクルで旅を続けた。


1週間位は何事もなく過ぎた。が、毎朝ドロシーが地獄だった。


「...よしよし、だいぶ形になってきたね!」


彼女は綺麗な馬歩のフォームをとれるようになった。しかし、こうなると全身からもうもうと湯気を立ち昇らせるようになって来た。


「ほい、これで5分!」


ビンセントが5分経過を告げると、ドロシーはガックリと膝を折った。肩でしばらく息をしていたが、すぐに立ち上がった。


「ふーん、凄いじゃない!一応出来るようになったわね。」


俺の隣で膝を抱えて座りながら見学していたイザベラが、べた褒めしている。


今は日の出直後で皆まだ寝ている時間だが、ドロシーがうるさいので起こされてしまうのだ。


そういう訳で、最近はこうやって全員で寝起きの鍛錬を、ボーッと眺めている事が定番になった。俺も一緒に馬歩をやっている。


「...はい、息が整ったね?馬歩は、明日から時間を1分ずつ伸ばして行くから。では、今日から新しく組手の練習に入ろう。」


「はい!」


ドロシーが嬉しそうに返事をした。俺は彼女に木製のダミー短剣を渡した。


「まずは、そのエモノで俺に攻撃をしてみて。本気で来てね。」


彼女は頷くと、両手で構えた。ツインダガーは、レンジャーやスカウトの得意とする技法だけど、戦士クラスでも習得される事が多い。


流石に長剣や大剣の相手は難しいが、素手よりは全然ましなのだ。


マスタークラスになると、攻撃の受け流しに徹しながら隙をついて急所へ致命傷を与える戦い方も出来る様になる。


こうなると、短剣とは言え通常武器で倒す事が難しくなるのだ。擬似的な盾役も引き受けられる。


おまけに魔法付与されている武器というのは希少品なのだが、この短剣類に関しては発見しやすい部類で、しかも上手く行けば通常の武器屋で売られている事も稀にある。


武器性能としてリーチが短いと言う欠点さえ克服出来れば、色々メリットだらけなのだ。


特にツインダガーは、それぞれ違う性質の短剣を持つ事での複合効果を生み出せるのも特色だ。これは他の武器では通常真似出来ない。


意を決した彼女が、突進して来た。俺はダミー短剣の刃を見切り、連続で回避している。


「セイッ!」


ジャンプしたドロシーが、空中で両手の短剣を同時に突き出した。俺は両手でその手首を受けつつ掴み、後ろに倒れ込みながら相手のみぞおちに足の裏を当てて、力のかかっている方向へ蹴り投げた。柔道の巴投げだ!


「かはっ!」


ズドン!と音がして、彼女は背中から地面に落ちた。衝撃で呼吸が詰まり、激しく咳き込んだ。


「はい、今日はここまで。」


彼女の親指と人差し指の間の付け根、合谷ごうこくのツボを自分の親指で圧しつつ気を通した。そして背中を擦ると、咳が落ち着いた。


手を貸して立ち上がらせると、自分とドロシーの両者に清潔化の魔法をかけた。


「...マヒトさん、ありがとう。」


俺は頷くと、近くの岩に彼女を座らせた。


「いいかい、さっき俺が投げる最中で手首を離すと、1mの高さから顔面落下する事になるね。投げた先に障害物があったら致命傷になる事もある。自分の何処が問題で投げられたと思う?」


「ジャンプしたから?」


「そうだね。これは武術の基本だから、次からはやらないでね。一旦地面から足が離れたら、死んだと思いな。」


「そこまで!?」


「そう。滞空していると回避出来ないでしょ?よっぽど身体能力が高くないと、滞空回避はほぼ無理。解るかな?」


「ああ、そうかあ...少しでもダメージを入れようと思ったら、飛んじゃいました。」


「ジャンプ攻撃する時は、敵に視認されていない時や、相手がほぼ反撃して来ないタイミングを狙うんだ。解っているとは思うけど、短剣使いは地面を這いずるイメージで極力腰を落としながら戦う事。いいね?」


「はーい、先生。」


ドロシーはその後、俺の事を先生と呼ぶようになった。まあ教えている身なので、そう言われても違和感はないのだが。


朝の訓練が終わったので、全員で朝食の支度だ。一応当番制になっているので、調理当番以外の人が食材集めを担当する。


しかし、料理や狩りは個人技能なので腕の差がでるし、作業効率的に役割が固定になってしまう。


「...という訳で、全員の意見でマヒトが作ってくれ。俺達は材料を集めるから。」


とジェイドが言い、俺以外の全員が狩りと採集に行ってしまった。なので渋々料理を始めた。


因みに今使っている食材は昨日の朝のものだ。魔法のバックパックなら、食材の劣化はあまり進まないのだ。


キノコ類と塩から出汁スープを作り、昨日グレッグが仕留めた野ウサギの肉を一度焼いて、軽く脂を落としたものをスープに入れ、香草系のハーブで風味をつけ、最後はバターと小麦粉でとろみをつけ、ウサギスープ完成。


そして以前採集したムカゴをフライパンで乾煎りし、火が通ったら軽く塩をふり、それを皿の上に乗せる。


更に小麦と塩を混ぜて水で練り、バターで焼いたパンを盛り付けた。


「...朝食完成っと。」


人数分の食事を自作の木製折り畳みテーブルに並べて、立食スタイルの朝食が完成した。そしてジェイドから渡されていた魔力ビーコンを発動する。


所持している人にしか聞こえない音を出すアイテムで、小さい水晶球だ。


笛のような音が耳に響いた。すると10分以内に全員が集まった。素材を1箇所にまとめ、それを俺のバックパックにしまった。


それが済むと、朝食だ。スープは以前に物理クラフトした木製の椀に、セルフで盛ってもらった。


「ジェイド、何か獲物は捕まえられましたか?」


とグレッグがパンをかじりながら尋ねた。


「ああ、さっきのワイルドボアの肉は俺が狩ったやつだ...うん、やっぱりマヒトの料理は美味いな。」


ウサギのスープをすすりながら、ジェイドは賞賛した。


「...何だか負けた気がしますぅ...。」


ドロシーがムカゴを食べながらボソッと呟いた。イザベラも無言で食べている。


「口に合わなかったらゴメン。精一杯やったつもりなんだけどね。」


俺は一応皆に謝った。美味いと言われても本当は判らないからな。


「...いえ、美味しいから言葉が出て来ないわね。何ていうか、こんなところまで実力差があるんだなあってね。」


困った顔で、イザベラが感想を述べた。


「ああ、そう言う...。」


俺はドロシーやイザベラの心情を何となく理解した。なる程、料理って上手だと妬まれるのかもな。


「いえいえ、マヒトは精一杯やっていますよ。文句を言われる筋合いではないでしょう?」


と、グレッグが正論を言った。ビンセントも頷いている。イザベラは慌ててフォローを入れた。


「そう、そうよね。マヒトがどうのこうのではなくて...自分が不甲斐ないって思っただけよ。」


ドロシーも、イザベラの意見に乗っかった。


「私も、そう言いたかったんですぅ。先生は料理が上手で羨ましいなーっと。」


「そうかい?それなら良いのだけどね。さて皆さん、食べ終わったら食器をまとめてね。」


テーブルの上に集めた食器を、清潔化の魔法でキレイにした。


机を折り畳んで、食器と一緒にバックパックに入れて、あっという間に片付いた。その間に、他のメンバーはキャンプ用具や荷物を整理した。


「全員準備は良いな?じゃあ出発しよう。」


ジェイドの号令で、今日も移動し始めた。今はコルネリア王国の南西山間地域に入った所だ。


コルネリア王国とは、ドロテウナやルク村がある王政国家で、この大陸で一番領土の広い国だ。


規模は、地図で見たところオーストラリアと同等程度の面積で、カスパカーサ大陸の北西端に位置する。月光丘の迷宮の東部に国境があり、神聖ムビン帝国と隣接している。


そして南西をアクリル連邦国家群、南東を汚泥沼という無法地帯と隣接している。


約6時間程移動すると、前方の山の裾野に町が見えて来た。鉱山町のギブリスと言うらしい。


「ハアハア...うう、やっとここまで来たか。」


ビンセントが結構疲れているようだ。両膝に手をあてがい屈んでいる。グレッグやドロシーも大汗をかいている。


ジェイドは流石に疲れは見せないが、肩で呼吸している。意外とイザベラが元気だ。


「...ねえ、君は何でそんなに元気なの?」


俺が問いかけると、何事も無いように微笑んだ。


「ああ、マヒトは知らないのね。エルフ族は森と一体化出来るのよ。疲れを感じずに移動できるわ。」


「はえー、そうなんだな。何て言うか、うらやましいよ。」


「私からしたら、あなたの能力の方がよっぽどね。これくらいでうらやむのは筋違いよ。」


「あっそうなんだ...あははは。」


自分の事は分かりにくいが、多分そうなんだろう。拳法は努力の賜物だけど、それ以外がなあ。


無属性魔法も大分覚えた。あまり攻撃向きではないのだが、日常生活や戦闘補助で物凄く快適な魔法が多い。


「ビンセント、補助が要るかな?」


「お、おう。頼むぜ。」


俺はビンセントに魔力を集中した。そして身体の血行と各筋組織が強化されるイメージを作った。


ポウッ!と淡く彼の全体が光り、急に明るい表情になった。


「うん、やっぱお前の身体強化は凄えな!てきめんに楽になったよ。」


俺は頷くと、グレッグにも同じく魔法をかけた。彼も同様に楽だと言っている。


「お前ら、体力が無さ過ぎだぞ!マヒトが魔力消費ほぼなしで身体強化を使えるから良いようなものの、頼りきったら弱くなるだけだ。」


ジェイドが2人をたしなめた。まあ、本人達は相当頑張っているんだがな。


「それ、ジェイドさんが体力ありすぎなんですぅ!2人共今まで頑張っていましたよう。」


ドロシーがジェイドにツッコミを入れた。イザベラも大きく頷いている。


ジェイドは、お、おう...と言う表情をした後、小さい声で「スマン」と言って横を向いた。多分顔が真っ赤なんだと思う。


「ふふふ、ジェイドって、そう言うところが可愛いわよね。」


イザベラが茶化して、全員が爆笑した。頬を赤くしながら、ジェイドは逆にドロシーの様子に言及した。


「そう言えば、何かあまり疲れて無さそうだな、お前。」


ドロシーはちょっとビックリした顔をした。


「そう言えば...何か最近あまり疲れないですぅ...ああーこれってもしかして、先生の修行の成果?」


俺は頷いた。うん、やっぱりこの娘は筋がいいな。


「そうだね。馬歩は、長く鍛錬すると疲れ知らずになるね。」


ほうっと、全員が感心した。


「...私もやってみようかな。」


グレッグが腕組みしながらそう言った。


「うん、良かったら是非。」


「...俺も。」


ビンセントが小さく手を挙げた。全員が笑った。結局その後、毎朝全員で馬歩をする羽目になった件。


「ねえマヒト、あそこの町、変じゃない?」


急にアムが俺の耳を引っ張った。


「変って...どう言う風に?」


「今何か光ったわよ?あ、ほら!」


町の外れの方で閃光し、煙がもうもうと広がった。一瞬遅れて、「ボッ!!」という爆音が聞こえた。なんだなんだ、戦争でもやっているのか?


「な、なんだありゃ!?」


ビンセントも気づいて、煙の方を指さした。俺の視界の表示には、爆烈魔法と表示されている。


続いて、爆音が響いた。ボッ!ボボボン!!数カ所で閃光と共に煙が広がった。


「おい、あれは多分襲撃されているぞ!皆、急ぐんだ!!」


ジェイドの号令を聞いて、俺は全員に身体強化の魔法をかけた。通常の3倍の速度で斜面を駆け降り、ギブリスの町へ突っ走った。

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