セレモニー&ギブリス地下大迷宮
その日、アクリル聖堂塔の最上階、バルコニー前のテラスに名だたる面々が集合した。
各ギルドマスター、シルバーガーデン町長、竜騎士や聖騎士隊代表、各宗教団体のトップ、そして実体化した神々...。
「皆さん、来て頂いてありがとうございます。安全保障上、転移ポータルをアクリル教の神殿塔へ設置する運びとなりました。本日はこのポータルの初稼働と、シルバーウェポン構想の発動、並びに冒険者パーティー「月光」のギブリス地下大迷宮攻略の激励会を行います。」
アクリルは、バルコニーからテラスを見下ろしながら挨拶をすると、バスクスとスピーチを交代した。
「皆、今日は集まってくれて感謝します。式典進行ですが、まずは皆が今立っているその場所に、世界初の転移ポータルを設置します。作業は一瞬で終わるので、ご安心を。」
バスクスは一度言葉を切ると、全員を見回して更にスピーチを続けた。
「その後は、転移先のギブリスから町役の方々をお連れし、ここシルバーバルコニーで祝宴を行います。それが終わりましたら、ギブリスの方々と月光の諸君、そして私が、地下大迷宮攻略の為にあちらへ転移して、式典は終了となります。」
バスクスはもう一度周囲を見回して、俺にスピーチを交代した。こう言うシチュエーションは苦手なんだが...まあ頑張るしかないな。
「皆聞いてくれ。今から設置するポータルは、今後の流通の革新技術だ。式典の為にここへ設置しているけど、近い内にコルネリア側の正門前に設置し直す予定だ。周知の通り、来たる厄災に備えて兵站の確保がし易くなり、通常時でも人や物の流通にかかるコストと時間が、大幅に短縮される。」
「マヒト、どれくらいの短縮になるのか説明してください。」
急にアクリルが提案した。
「そうだな、ゲート未経験者は判らないな。正確に時間を測った事はないが、実際に見てもらうと判るかな。」
俺はテラスとバルコニーに、ゲートの魔法で入り口と出口を出現させた。
「バスクス、頼めるかい?」
「おう、任せとけ。」
テラスに集まっている人々がざわついた。俺とバスクスが仲良くなっている事を、知らないやつが多いから。まあそうなったのは昨日なんだが。
彼はバルコニー側のゲートに入った。と、同時にテラス側に出現した。ギャラリーからどよめきが起こった。
「バスクス、感謝する。見ての通り、片方のゲートからもう一方までには一瞬で到達する。これは距離は関係ない。それを魔道具で実現させるのが、今から設置するポータルだ。アクリル様、これでいいかな?」
彼女は頷いた。これを見ていた知らない女性が、物凄く感嘆している。
「何てこと!!これは次元が違うわね!人間にしてはやるじゃないの!」
茶色のローブを身にまとい、中肉中背でふくよかな体型、濃い緑髪、太い眉、目鼻立ちはペチャンコだが、それでいてチャーミングな顔立ち。
「彼女は、水神ネルメトよ。」
アクリルが精神感応で教えてくれた。今更あんた誰?とか言ったら不味いのだろう。
痩せて顔色が悪い優男風の、ひょろい体格の男性が、表情を変えずに俺を見ている。
「彼がヴァーユです。大気と風の神ね。」
「ああ、ガディを戒めた奴だね。」
彼は、まだ開きっぱなしだったゲートに自ら入った。そしてテラスから出ると、満足そうな顔をした。
「ふむ、距離を超重力で空間圧縮しているんだな。確かにこの世界の人間の発想とは思えない。」
と、感想を述べると、逆にテラス側からベランダへ戻った。超重力とか知らないんですがそれは。
そして俺の近くへ歩いて来て、肩に手をポンと置いた。
「我は気に入った。お前の発想は面白いし、すこぶる速い。これからもっと新しいものを見せてくれ。」
これを見たギャラリーは、再びどよめいた。後から知ったのだが、彼はあまり信者にもメッセージを言語化しないそうだ。
たまにああやって実体化しても、精神感応でイメージを伝達してくるくらいだとか。
その後、他の神々もゲートを試したくなったらしく、次々に出入りしたせいでスピーチが一時止まった。アクリルが額に手を当てている件。
「えー、時間の都合もあるので、ゲートを体験したい者はこれからギブリスへの転移ポータルを開くので、そちらでどうぞ。」
俺がそう言うと、今ゲートを体験しようとしていた、どこぞの神々の足が全員ぴたっと止まった。
それを見て、月光のメンツが下を向いている。多分笑っているんだろう。ちなみに月光は全員がバルコニーに居る。激励される立場だしな。
「...申し訳ない、後から存分に体験してくれ。それで、今後はこの大陸の各地に、遠くない将来には世界中を一瞬で往来できるシステムが、これだ。兵を送るにしても、軍事物資輸送にしても、邪神に負けないと思う。」
全体から「ああー」と言う声があがった。これでこの場の全員が優位性を理解しただろう。
「それと、このポータルの特色は自己制御で、魔力が動力源だが自然界からマナを集積する装置を内蔵している。そして魔族や魔神、邪教の信者は使えない仕組みになっている。」
またもや会場内からどよめきが起こった。
「...つまり、これをシルバーガーデンの門にすれば、門番とか要らなくなる、と言う訳なのか?」
神々の並んでいる位置から、聞き覚えのある声が。フレイヤだった。
「ああ、そうだな。まあ緊急回避用の物理的な門とかは作るべきだと思うけど。」
「なるほど、父上がお前に加護を与える訳だな。」
フレイヤは頷いた。この発言に、またもや会場内がざわついた。
「お静かに、式典を進めるよ。そう言う訳で、このポータルが邪神たちのスパイ等を識別してくれる。これも新しい技術だと思う。概要説明は、こんな所だ。皆、テラスの最後尾を囲む感じで並んでくれ。」
俺はさっきのゲートを、目印としてテラスの最後尾に出現させた。全員がそれを、半円周上に取り囲んだ。
そしてゲートを消し、魔導クラフトを実行した。
「魔導クラフト起動、転送ポータル作製。」
「オーダー受領。転送ポータルの製作開始。材料を分子変換...完了。フレーム形成...完了。制御ボックス形成...完了。制御用魔石バッテリー形成...完了。敵性判別回路形成...完了。音声認識システム形成...完了。製作完了。」
地下鉄の駅内放送みたいな男性の声の案内で、眼の前の空間に人間の倍くらいのサイズのポータルが、徐々に形成されて行くのを全員が見ていた。
そして俺はゲート魔法で、ラピと一緒にギブリスの南門へ転移した。
すると、町長夫妻と他の町役達が待っていた。ラピは1年ぶりに両親と再開した。
「お父様!お母様!」
「おお、ラピ!!元気そうで良かった。」
「マヒトさん、待っていましたわ。」
町長たちは、満面の笑みだ。これからシルバーガーデンと言う、お得意先兼姉妹提携する聖域との流通が、画期的な方法で実現するのだからな。
「しばらくぶりだね。さあ、神様達を待たせているから。どこへ設置を?」
「こちらです。」
町役の1人が、設置場所まで案内した。南門のすぐ前に、ロープで囲ってあるエリアがみえた。
「ここだね?では設置。」
ポータルを設置すると、俺は制御ボックスを開いて命令を出した。
「アクセス。」
「音声自動認識。使用者をマスター登録しますか?」
制御ボックスが、自動音声を発したのを聞いて、周囲がどよめいた。
「イエス。」
「許可を音声確認。オートドライブへ移行。登録ポータルを指示してください。」
「ポータル1。」
「了解。当ポータルは自動制御状態にはいります。魔力節約モードへ移行。」
ヴーン...と言う唸り音と同時に、ポータルの門の内側に光の膜が出現した。そして、シルバーバルコニーの景色がぼやけながらも見えた。
「おおーっ!!」
ドワーフ達から、感嘆の声があがった。
「さあ、皆でポータルへ。シルバーガーデンでパーティーだ!」
ウオーッ!と、歓声があがった。シルバーガーデン側の制御ボックスが自動音声で、
「ポータル2からのアクセスを確認。臨時で自動制御状態へ移行。」
と音声が聞こえ、ギャラリーがどよめいているのがギブリス側からも聞こえた。俺とドワーフ達は、集団でゲートを通過した。
「ギブリスの皆さん、シルバーガーデンへようこそ。マヒト、ご苦労さま。」
アクリルが、満面の笑みで迎えた。ドワーフ達は、初めての体験に興奮しながらも、彼女の前で跪いた。
そして招いて頂いてと、お約束の挨拶をしている。長くなりそうなので、手筈通りポータルの設置作業を続けた。
俺は制御ボックスに正規登録を済ますと、音声ガイダンスを停止して、バルコニーへ向かおうと立ち上がった。
すでに多くの者達が、記念パーティーの会場である神殿内に移動している。
「マヒト!」
後ろを振り向くと、月光の全員が待っていた。
「おめでとう、やったわね!!」
イザベラが、俺に飛びついてきた。俺は彼女の頭を優しく撫でた。
「おかげさまで。皆、待っていてくれてありがとう。」
全員が照れ臭そうに微笑んでいる。
「当たり前だろう、俺達は月光だからな!」
ジェイドが俺の背中をポンと叩いた。以前にも増して、精悍さと屈強さが伺える風貌になった。
他の面々も、信じられないくらいに変化を感じられる。
「マァァアーヒィィイートォォオ!!!」
どこからともなく叫び声が聞こえ、いきなり横から人影が飛びかかってきた!
「ゲッ、るーちゃん!」
俺は咄嗟に避けようとした。イザベラがしまったと言う顔で、俺とるーちゃんの間に割って入り、ガッシリ抱きつかれている件。
「ううーん、るーちゃん幸せぇ!!」
彼女の胸に頬ずりしているのが笑う。どうやら俺と勘違いしているらしい。
イザベラが困り果てた顔をしながら、顎であっちへ行けと指示を出している。仕方なく、るーちゃんを邪魔しないように、バルコニーへ移動した。
すると豪華な料理が並んだテーブルが多数あり、奥の席からアクリルが隣りに座れと俺達を呼んだ。
皆が着席して落ち着いた頃、テラスの方から叫びが。
「何!?マヒトはどこよぉ!!」
同席している神々が苦笑しているという。アクリルはフッと消えて、数十秒後には隣に戻った。
るーちゃんの叫びが同時に消えた気がするが、気にしないでおこう。
「...さあ、祝賀&激励会を始めましょう。皆さん、グラスに飲み物は注いでありますね?では、ギブリスとシルバーガーデンの繁栄と存続を願って。乾杯!!」
アクリルの音頭で、全員が乾杯!とグラスを掲げた。そして一気に飲み干した。これがこの世界のシキタリらしい。何か普通な件。
「マヒト!ホレホレ、それじゃあ足らねえだろう!」
バスクスが早速酒瓶を抱えてきた。お互いに酒をグラスに注ぎ、改めて飲み干した。
「おおっと、お前と飲んでいるときりがないからな。」
「全くだ。まあ俺はバスクスと居れば、楽しいから。」
それを聞いた彼は、嬉しそうに笑った。
「マヒトよ、昨夜も言ったが、今回は頼むぜ。」
地下迷宮探索の件だな。それは勿論なのだが...。
「おお、任せろ。そういや、あんたは装備とかはどうしたんだ?」
月光は、この激励会の直後にギブリスへ転移するので、全員が荷物を俺のバックパックに収納している。現地で装備する手筈なのだが。
「それはあれだ、ラピのに入れてあるよ。」
「ほほう、2人共熱いねえ。」
「よせやい、お前らこそお似合いだぜ。ガハハハ!」
俺の左隣がアクリルで、右にアムが座った状態で手を繋いでいる。そう言えばイザベラは、るーちゃんの件から姿が見えないが。
「アクリル様、イザベラはどうしました?」
アムが尋ねた。アクリルは悩ましそうな表情をした。
「ああ、今ウィザードギルドにマスターを送っています。」
「...ああ、もしかして強制的に、ですか?」
アクリルはハアとため息をついて、小さく頷いた。こんだけ神を困らす、るーちゃんが酷すぎて笑う。
「マヒトとやら、話を聞きたいのだがよいか?」
後ろで声がかかったので振り向くと、ネルメトが立っていた。
「ああ、大丈夫だ。」
「お前は異世界人らしいが、あちらはどんな世界だったのか?差し支えなければ教えてたもれ。」
「どんな、ね...」
周囲の全員が、こちらに注目している。まあ、異世界の話なんて普通聞けないだろうから、理解はするけど。
「うーん、非常にバランスのよろしくない世界だった。人口は数十億人もいたのに、ほとんどが真に神を信じないし、物質依存している世界だったね。」
「何と!そんなに人類が多いのか。」
「うん、そして魔法は極端に発動しない世界だったな。相当な制約付きで限定的に発動する事もあったようだけど。」
神々はどよめいた。特に物質依存という話には、かなり反応があった。
「それでは、お前は例外だったという事か。見る限りでは、この世界の人間より信仰が厚いようだが。」
「俺は、あちらの神というか、霊に助けられた事が何度もあるから。体験があるので、信じざるを得なくなった。」
「うむ、そうであろう。それに関しては、天晴な男じゃ。」
「世話になったのなら、当然だと思っている。それが人として当たり前かなと。そんな偉そうな事言えないけど。」
「ふむ、面白い。それで、あちらでは人間同士は仲良くやっていたのかえ?」
「うーん、そこはこっちと変わらないかなあ。一応平等主義の政治形態はあったけど結局独裁になったし、民主主義は民衆が愚民化して成り立たなくなっていたしなあ。」
「ふむ、お前の記憶から辿ると、多数決の社会と言う感じだな。そして3つの権力で均衡を保とうとしていた。やれ、無駄なことを。」
「まあ結果そうだったが、俺は無駄とは思えない。」
「それは何故じゃ?」
「人間は同じ過ちを繰り返しているように見えて、徐々に霊的進化を遂げて来た。物質依存なだけに、経験と歴史の積み重ね、つまり「愚者の選択」で進化をしてきた感じだ。数千年前は大地を走り回っていたのが、俺がいた時代は宇宙へ飛翔していた。神の事も、情報化された社会で個人が学べるようになっていた。」
「ふうむ。」
「まあここと同じで独裁者が各国を支配し、民衆が学べる環境に居るくせに政治や経済を学ぶ気がないと言うのは同じかな。」
「それはそうであろう。様々な霊的進化具合の個が混在しているのが世の常じゃ。統一しようとか、平和を維持しようとか、誰もが考える訳がなかろう。」
「まあそうかな。俺にはそれ以上難しい事は判らない。だが、社会を形成しているのは自分と同類だと見られない人々が、暴力集団となって他の人々を従わせている、そんな国もあった。」
「何と!?正にこの世界と同じじゃな。」
「うん。そういう意味では、どこも変わらないのかもね。」
「ふうむ、お前は面白い。まるで我々の視座に立っているようじゃな。」
「そうかなあ...俺にとっては普通の考えだと思っていたけど。」
厳つい体格の男神が、いつの間にかネルメトと逆の背後に立っていた。
「ネルメト、話は終わったか?私からも話を聞きたい。」
「相変わらずせっかちじゃな、デウス。まあ、マヒトの在り方は理解できたのじゃ。」
そう言うと、ネルメトはフッと消えた。アクリルから精神感応で「光神デウスです。」と教えてもらった。
「マヒト、お前は邪神と魔王についてどう思っている?例えばこの世にとって有害か?とかだ。」
「それは俺に聞くのが適切なんだろうか?狭い人間の視座で語れると?」
「いいや、むしろお前だから意味がある。」
「そうなのか...じゃあ、邪神の話で言えば、有益かは判らない。だが必要だから全能神は存在を許しているのかなと思う。」
「そう思うのか...」
「俺が思うには、自分の誠を捧げる主が、意味の無い事はしないと思っている。」
「では、魔王については?」
「歪んだ霊ではあるが、この世界の構成物のひとつだと思う。これも意味なく存在しないだろう。」
「お前には迷いがないな。それはどこから確信を得たのか?」
「以前の世界で、優秀な霊能力者に2回出会ったことがあった。両者が異口同音に俺の輪廻の数に驚き、今生で覚醒すると言われた。そう言った霊的経験の蓄積からだな。今生だけではなく、過去世からの真理探求の結実かな。」
同じテーブルに居る月光のメンバーは、目が点になっている。俺はこういう話をほぼしないからな。だがグレッグだけは、目を爛々と輝かせていた。
「デウス、私が何故マヒトを選んだのか、理解してもらえたかしら?」
アクリルが、微笑みながらデウスへ尋ねた。デウスは真顔で頷いた。
「魔王との因縁で対峙する者など、古今東西で希少中の希少。私は我々の願いを託す人間がどのような存在なのかを直接確かめたかった。あなたの選択に疑問など持っていない。」
デウスはそう言うと、俺の頭に手を置いた。
「私に出来る事はこれ位しかないが、この世界を託す者に、せめてもの応援を贈りたい。」
俺の体が一瞬眩い光で包まれ、体に吸収される様に消えた。
「マヒト、君に邪気無効と精神干渉無効を付与した。これで、万が一にも邪神に取り込まれる事は無くなるだろう。」
「デウス、感謝する。嬉しい物をもらったよ。」
俺は立ち上がり、デウスと固く握手をした。彼は爽快に笑うと、踵を返した。
「マヒト、彼はあなたに最初から加護を与えるつもりでした。ただ、確認をしたくて先程のような会話をしたのでしょう。神の成す事は、表面以上の深慮があります。」
アクリルが説明してくれた。俺は頷いた。
「ありがたい手配だよ。」
この一言で、アクリルはとても嬉しそうに笑った。そう、これはかの御方からの手配だと、俺には判っているから。
「...マヒトの話が、よく分からなかったわ。」
アムがムッとしている。俺はどこまで説明しようかと悩んだが、アクリルがフォローしてくれた。
「マヒトと神の会話は、そのうち理解できます。早ければ良いと言うものではないわ。各々がそれを心に留めてくださいね。」
お、おう...と言う感じで、その場は一応落ち着いた。まだアムは納得行かなそうな顔だが。
「あー、やってるわね!」
イザベラが戻ってきた。アクリルが気を利かせて、彼女と俺の間に椅子を出現させた。
「もーあの人は、仕方がないんだから!」
アクリルに礼を言いながら椅子に座ったイザベラは、眉間にシワを寄せた。
「るーちゃんはどうなった?」
俺が彼女に尋ねると、月光の全員が「ウッ」と言って下を向いて肩を震わせた。メッチャ笑っている件。
「...マヒト、その呼び方はお止めなさい。」
アクリルが苦笑しながらたしなめた。
「いや、自称しているし...名前は知らないし。」
「あの子は色々あって、名を捨てたのよ。ま、その内に向こうから何か聞けると思うわよ。」
そう言うと、アクリルは少し悲しそうな表情になった。
「えー、マスターウィザードとか呼び名が長いよ...でも、マスター呼びだと、俺のじゃないしなあ。」
「いいえ、それでお呼びなさい。彼女もそれで慣れていますから。」
「分かったよ。んで、どうなったの?」
イザベラは、腕組みして答えた。
「ああ、もうね。アクリル様の術で、明日まで眠っているそうよ。」
「ああ、そう...」
俺が言葉に詰まると、また皆が「ウッ」と言って他所を向いた。まあ、道化としか言えないな。俺も真面目に接したいのは山々なんだが。
「さあ時間もあるから、宴会を楽しもう!」
バスクスはそう言うと、大きな肉塊をナイフで切り分けた。全員がパーティーを楽しみ、色々交流を深めた。
俺を挟んで、イザベラとアムに両脇を抱えられて居るので、微妙に居心地がよろしくなかった。仕方ないのだが。
2人の勧める料理を交互に食べさせられているのを、他の面子が笑いながら見ている。女難だなあ、これ。
やがて、全員がほろ酔いになり、時刻も昼過ぎになった。
出席者の何人かはポータルを試しており、ギブリス側からも酒や食事を運んで来る人で、多数の往来があった。
「...これが、あなたの創った未来なのね。」
イザベラが、ポータルを眺めながら感想を言った。
「まだまだ、これは序の口だよ。世界中に、これが展開されるんだ。遠くへ危険な旅をせずとも人間は集い、結束出来るのさ。人口を増やす事も、期待できる。」
「まあ、アンタは最初から普通じゃない感じだったわよね。このひと時でさえも日常では絶対体験できない事をさせてくれるわ。」
アムが俺の顔を下から覗き込みつつ、そう言った。
「いつかはこれが日常になるんだよ。俺にだってネタ切れはあるだろうから、過剰に期待するなよな。」
アムとイザベラが、フフッと同時に笑った。
久々に集まった月光は、ポータルで行き交う人々を各々が遠巻きに見ながら、人類の未来に想いを馳せるのだった。
「皆さん、今日は月光の激励に集まって下さり、感謝します。時間も迫って来たので、ここでパーティーは終了とします。最後に、我々の希望を全員で見守りながら、大迷宮へ送り出したいと思います。」
パーティー開始から2時間後、アクリルが音頭を取って、全員をポータルの周囲に集めた。俺達はギブリスのドワーフ達と一緒に、ポータルの前に並んだ。
「彼らの未来に、希望あれ。」
アクリルが片手を挙げて祝福すると、その場の全員が胸に手を当てて、一斉に跪いた。
それが終わると、俺達は手を振りながらポータルを通り抜けた。振り返ると、神々やマスター達が手を振っているのが見えた。
♤
ギブリスに一瞬で到着すると、月光は町の宿で一泊する為に部屋を取った。と言うか、既に1部屋確保されてた。
「おおー、久々のギブリスだな!」
ジェイドが、部屋内で大きく背伸びをした。シルバーガーデンは、彼にとっては窮屈なんだろう。
「本当だな。しかしまあ以前来た時には、こんな展開になるなんて、想像すらしてなかったなあ。」
ビンセントも、しみじみと感想を述べた。
「そうですねえ。ここでゴブリンやピシャーチャ教徒と戦っていなかったら、こんな風にはなってないですぅ...。」
ドロシーも、ビンセントの言葉に頷いた。以前は素人同然だった彼女も、今は1人前の戦闘要員だ。
「皆さんは、これからどうしますか?」
バスクスが尋ねた。一応、俺以外の面子もいるので、言葉に気を遣っているらしい。
「マスター、俺達にそんな丁寧な言葉使いは要らない。マヒトと同じように接してくれないか?」
ジェイドがそう言うと、バスクスは嬉しそうに笑った。
「...それなら、遠慮なく。」
ジェイドは頷くと、
「そうだな...今日は装備点検して英気を養おう。それに、今回の攻略は油断禁物だが、マヒトがいるお陰でかなり楽なはずだ。」
と、返事をした。その言葉に全員が頷いた。
「ふふふ、ゲートがあれば、ダンジョンの下層からでも地上へ帰ってこれるわね。それが不可能でも、亜空間部屋があるわ。」
アムが得意満面に笑った。イザベラも頷いた。
「ええ、本当にね。無属性魔法に、こんな可能性があるなんてね。」
「...私、先生の亜空間部屋を見た事がないですぅ。」
ドロシーがそう言うと、全員が俺の方に注目した。ああん、今やれってか?
「ほれ。」
俺は目の前に入り口を出現させた。高さが1.5m、幅が1mくらいだろうか。全員が中へ入って、その広さに驚いた。
「な、何だこりゃあ!」
バスクスが驚嘆している。ここはNo.2の部屋だが、俺は「工房」と呼んでいる。
その名の通り、各種工具や鍛冶工房一式、巨大なハンガー、大型の収納棚が並んでおり、内部は100m四方の巨大な空間だ。
「ここで、全員が安全に寝泊まり出来る。装備も修理や加工ができるし、大物の遺物も収納できる。」
「...改めて、お前はスゲエ奴だ!!こりゃダンジョン攻略が温くなっちまうなあ。ウハハハ!」
バスクスは、俺の肩をバシバシ叩いた。他のメンバーも、中を覗いて驚愕している。
「この中に、一個大隊を収容できますな。何なら、月光の皆さんで中に入ったままマヒトさんが移動すれば、労力がかかりません。」
同席していた町長が、顎髭をなでながら言った。
「俺が万が一ダンジョン内で死んだら、全員が亜空間から出られなくなるんだけど。」
「あっ!そうですな...余計な事を言いました。」
町長は恐縮した。いや、実は俺が死ぬと亜空間の入り口が開放される仕組みなんだが。俺1人だけ歩かされて、全員を運ぶなんて勘弁してくれ。
もっとも、その方が色々面倒ではないとも思えるが。まあ状況によるかな。
「工房を使わなくても、ゲートでシルバーガーデンやここに一瞬で来れるからな。この部屋を使うとすれば、主に緊急避難とかの時だな。」
「...便利すぎて、非常識に感じますね。」
ラピがため息をついた。グレッグやビンセントも、頷いている。
「ま、色々やれる事が増えたと言う訳だな。俺達にとっては圧倒的にメリットが多い。これからも使い方を研究して行かないと。」
そう言うと、全員が頷いた。一通り工房の見学が終わると、予定通り装備や荷物をチェックし、町長から迷宮の地図を写させてもらった。
地下迷宮は、現在12階層の途中まで踏破されている。何でも、途中で床が無い深淵のエリアがあるそうで、そこから先に進めないらしい。
「へえ、このエリアは巨大な空間なんだな...。」
手書きで複写した地図を見ながら、ビンセントが悩ましそうにしている。足場がないと言う事は、カムフラージュ&ギミックの可能性もある。
古代文明の遺物らしいから、そんな事もあるかもしれない。
「ま、現地まで行くしかないな。俺も探索に協力するから。」
バスクスが、真剣な表情で言った。彼は遺物の技術等を持ち帰りたいので、そう言ったギミックも調査したいのだろう。
「しかし、階層によってはトラップが多いな。ダンジョンを造った連中、こんな構造で使うのに困らなかったのかな?」
ビンセントが、つぶさにマップを見ている。彼は哨戒も兼ねているので、真剣なのだ。
確かに各通路にこれでもか、と言う程に仕掛けられているようだ。
「そうねえ...例えばだけど、トラップを無効にするアイテムを装備する事で、普通に使用できるなんて事もあるらしいわ。」
イザベラが、地図を見ながらそう言った。
「それは、マスターから聞いたんですか?」
グレッグが彼女に尋ねた。
「ええ、そうね。彼女の話だと、白銀の迷宮と言うダンジョンが、シルバーガーデンの地下にあるらしいわ。そこがそんな仕組みだったって。一度単独で踏破したらしいわね。」
「そうですか...あの性格からは、ちょっと信じられない話です。」
グレッグが嫌な事を忘れようとしているかのように、軽く頭を振った。るーちゃんってば凄いのね。
「ま、伊達に3000年も生きている訳じゃないわよ。記憶も明確だし、つい昨日の事みたいに詳細を教えてもらったわ。先生としては優秀すぎるのよね...素行とのギャップがね。」
るーちゃんの意外な一面を垣間見た気分だ。アイテムを持ってないと快適に進めないという話、覚えておかないとな。
そう言った意味でも、ダンジョンをしらみ潰しに探索する事になるだろう。
いや、それは他の連中でも行けるか。要は俺達でないと対応できない敵やトラップ、遺物の回収と言う感じか。
そして12階層以下の大まかなマッピングだな。まずはその、12階層を踏破だな。
宿で夕食を食べて、一泊した次の日から地下迷宮に降りた。
♤
ギブリス町の南門からの道は裏山へ通じており、だんだん登り坂になり、やがて山の中腹に地下迷宮の入り口が見えた。
一見するとただの洞穴なのだが、中へ入ると人工の床や壁になり、石の両開きの扉が見えた。
「待ってください。今鍵を使います。」
ラピが懐から真鍮の様な色の鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んでひねると、重厚な扉がゆっくりと開いた。
この扉はギブリスの職人が作ったもので、この遺跡を発見当時に設置したそうだ。
何でも定期的に魔物があふれて来るそうで、それもかなり大量らしい。
以前ここいら辺はモンスターの巣窟だったらしく、ギブリスの初代町長だった人が若い時に、それ等を討伐して町を興したとか。
そして発生源をこの遺跡と特定して、扉で封印した。それ以来、魔物の襲撃はなかったそうなのだが。
以前ピシャーチャ教徒がゴブリンを従えて来た際は、てっきり迷宮由来と思ったとかラピは言った。
扉をくぐり、通路に全員が入ったら勝手に扉が閉まって鍵のかかる音がした。平らな通路が真っ直ぐ続いているのが見える。
ダンジョン内は真っ暗だったが、以前月光丘のダンジョンで入手した指輪を装着すると、俺を中心に一気に明るくなった。
扉が閉まった音で、不安そうに後ろを振り向いたビンセントに、ラピが説明した。
「万が一にも、扉の締め忘れで魔物が漏れ出ないようにするギミックです。」
「ああ、そうなんだな。まあ確かに閉め忘れると徘徊している連中が外へ出そうだな。」
「ええ、それで大昔は被害が出たそうです。この扉のお陰で、ギブリスは大した事件も起こりませんでした。つい1年前までは。」
ラピの表情が曇った。人が2人並んで歩けるくらいの幅の人工の通路が真っ直ぐ続いている。ラピと並んで歩いているバスクスが、彼女を慰めた。
「そりゃ外敵だから仕方がない。この扉のせいじゃないな...それはそうと、何故ピシャーチャの連中はこの町を襲ったんだろう?まさか装備目当てとかだろうか?」
全員が唸った。そう、俺も以前から考えていた事だ。
「そう言えばそうだな。深く考えた事がなかった。」
ジェイドが歩きながら腕組みして考え込んだ。
「私はマスターと同じ考えよ。ドワーフ製の装備は優秀ですもの。」
イザベラがバスクスに同意した。アムは少し考えて、
「あのとき私も一緒に居たのよね...でも、あそこの出来事は不可解な事が多い気がするわ。」
と言った。アムと一緒にパーティーの中衛を任されている俺は、一緒に歩きながら首を傾げた。
「ああ、そうだな。フレイヤも居たのが気になる。それに、ギブリスは今まで襲撃された事は無かったんだよな?」
俺はラピに尋ねた。すぐ後ろを歩いていたラピは、頷いた。
「って言うことはさ、何故今になって襲撃したかだな。ここ最近になってその理由が出来たと考えるほうが自然だな。」
敵の気配がないのだろう、先頭で哨戒をしているビンセントが、こっちを振り向いて同意した。
「マヒトの考えに一理あると思うな。大体連中はよ、それなりの装備とか持っていたじゃねえか。」
「そ、そうね...何か違う目的だとして、何を狙ってたのかしら?」
イザベラの表情が曇った。彼女も中衛で、俺の前を歩いている。
「...もしかして、アクリル様がこのダンジョン探索を依頼したのと関係が?そう考えれば色々辻褄が合います。」
しんがりを努めているグレッグが、後方を警戒しながら言った。
「うん、それだな!つまり、敵の目的は装備を入手する方がついでで、メインは扉の鍵と考えれば話がつながるな。」
俺はグレッグに親指を立てた。
「...それなら、フレイヤさんがここに居た理由も解りますぅ。危機を察知して来てみたら、討伐後だったのでは?」
ドロシーがグレッグの隣を歩きながら、そう言った。
彼女はレンジャーギルドでメキメキと実力を上げ、両手短剣と体術で攻防一体のスタイルを確立した。安心してしんがりを任せられる。
「それはどうかな。むしろ最初からここの扉を防衛してて、終わったので町の方へ来たのかも知れんな。」
バスクスの意見に、全員が唸った。フレイヤ本人に聞いてみないと何とも判らないが、いずれにしてもここが目的だった可能性は高いだろう。
「アム、何か気配を感じるかな?」
話を変えて、俺は彼女に尋ねた。
「いいえ、何も。最初の階層でいきなり強力なガーディアンとかは出ないでしょう?ビンセントだって、あんだけ大声で会話に加わっているし。そんなに警戒しなくても良いんじゃない?」
「うーん、それもそうかな。」
俺は頷いた。アムは敵意を感知するスキルを常時発動している。呪術は相手の敵意や害意(怨念)に対して発動させるのがポピュラーらしい。
「お、道が別れている。こっちだな。」
ビンセントが、マップを開いて確認している。彼の先導は、状況判断と敵の発見が迅速なので助かる。トラップの発見も俺並みに早い。
複雑な迷路を進み、やがて2階層へ降りる階段が見えた。ここまで1時間ほどで来れた。何だろう、階下から異様な臭気が昇ってくる。
「む、これは死臭だな。」
ジェイドが鼻をつまんだ。螺旋階段を降りるに従って、超臭くなって来た。
「うっ、臭えな。」
ビンセントが手で鼻と口を押さえながら、最初に2階層を見回した。このフロアは壁が無く、上下のフロア間を支える柱のみだった。
見渡す限り広い空間が続いている。ひどい悪臭で、女性達は呼吸するのが苦しそうだ。
「アンデッドかな?」
俺がそう言うと、グレッグが首を横に振った。
「いいえ、邪悪な雰囲気は無いですね。恐らく生物の死骸が近くにあるだけなのでしょう。」
俺は頷いた。ビンセントがこちらに振り向いた。
「皆、ここからはトラップ地獄だ。俺の歩いたタイルを辿ってくれ。」
彼は足下を注意深く観察しながら、地図を確認している。罠の位置とかも書き込まれているのだ。
この階層からは、視界良好になった代わりにトラップ地獄だった。いくつかの罠は発動したまま放置されていた。
だから、死臭が落とし穴式のトラップから漂って来るという事が判った。
「...あれ見ろよ。」
ビンセントが指さした方向を見ると、巨大な落とし穴の中に大量の死体が串刺しになっているのが見えた。
穴の底から無数の槍が上方向に突き出ている。
「あれ?何か思ったより死体の状態が悪くないな?もしかして最近のかな?」
俺は首を傾げた。ビンセントも頷いた。
「ああ、そうみたいだな。」
ラピが思い出したらしく、相槌を打った。
「ああ、そうでした!確か迷宮探索が決定した時に、ギブリスの有志で浅い階層の手入れをしたとか言ってました。我々が行動し易い様な状態にするとかで...。」
確かに、ドワーフっぽい小柄な死体だな。何だか無駄に死んでいる気が。
「うーん、何か悪い事しちゃったかな。別に頼んではいないけど、これって気を利かせてくれたんだよな?」
「ええ、まあ...でも彼等の意思ですから。」
ラピが素っ気なく答えた。何でもドワーフは根は優しくてお人好しなのだが、一度言い出すと頑固らしい。説得も通じないとか。
後は自己責任という思想なのだろう。
俺との恋愛もそうだったが、理性的に見切れる能力は見上げたものだ。情に訴える人間のやり方とは対象的だと思った。
「そうか...それならいいけど。」
ラピにそう答えて、落とし穴から離れた。迷宮内は快適な温度と湿度で、これに関しては助かっている。だが腐敗のスピードも早いようだ。
相変わらず猛烈な臭気に悩まされつつ、俺達は探索を続けた。
「ああもう、堪らないわね!マヒト、どうにかならない!?」
アムが鼻をつまみながら訴え出た。そんな事言われても...待てよ?もしかして...。
「ちょっと試してみる。」
落とし穴や見える限りのフロア全体をイメージして、清潔化の魔法をかけた。この術は無属性魔法だが、消費魔力∞の俺には容易い事だった。
「うそ...全然臭わなくなったわね!!アンタ凄いわ!」
皆の表情がほころんだ。イザベラが驚きながらも感心している。
「ああ、そう言う事ね!マヒトなら広範囲で魔法をかけても消費が∞だから。」
「そういう事。魔法ってアイディア次第なんだなあ。」
俺は我ながら感心した。常に困った事などに対して、どう工夫するかを思考し続ける事は楽しい作業だ。無属性魔法の奥深さを垣間見た気分だな。
「マヒト、グッジョブ!」
ビンセントが親指を立てた。それを見て全員が同じく右に習った。
「それは良かった。さあ、先に進もう。」
再びトラップの位置を確認しながら移動を始めた。俺の視界上では、無数に表示が出ていて見え辛い。
困っていると、身近な罠以外の表示がカットされた。マジックブレイン、さすがだぜ。
そして、何気に魔導クラフトで作れるトラップの数が鰻登りになっていると言う。ビンセント以上に、罠職人になっている件。
「マヒト、何だか嬉しそうじゃない?」
アムが俺の顔を見ながらツッコミを。お前もっと重要な事に集中しろよな...。
「なんでもねえよ、それより周囲に気を配りなよ。」
ムッとすると、アムは黙って意識を周囲に向けた。
そう言えば、こいつがこうなる前には無言で会話できたはずだが...今はどうなんだろう?気になったので試してみた。
「アム、これ聞こえてる?」
彼女の集中が途切れて、驚いているのを感じられた。何だこれ、前より以心伝心がすごいぞ!?
「なんだ、今でもこの会話、使えるんじゃない。」
アムも俺の目を見ながら無言で返事した。
「ほら、意識が途切れているよ。君は索敵の要なんだから。」
「フフン、解っているじゃない。はいはい、やれば良いのでしょう?」
再び意識を外へ向けつつ、アムはウィンクした。全くこいつは...まあ、可愛いから許しちゃう。
大体500m四方の支柱だけの階層を、トラップ回避しながら進み、1時間後には次の階層への階段が見えた。
この間、徘徊している敵は見当たらなかった。まあ、こんな罠まみれの場所をうろつく奴もそう居ないだろうけど。
「よし、ここで休憩しよう。マヒト、頼む。」
ジェイドが指示を出した。俺は頷くと、工房の扉を出現させた。全員で中へ入り、汗を拭いたり水分を補給した。
「マヒト、お前は以前からオフェンスだったが、魔法を使えるようになってからはどうなんだ?」
ジェイドが思い出したように尋ねた。まあ、俺の研究成果は見えないからなあ。
シルバーガーデンの冒険者ギルドからのクエスト攻略時でも、他の連中から見れば普段と変わらない動きだっただろう。
「ああ、そうだな...見えないように使っていたんだけどな。例えば...ジェイド、俺を軽く殴ってみてくれ。」
彼は怪訝そうに首を傾げると、軽くジャブを俺の顔面に撃ち込んだ。
グニャリ。
「わああ、何だこれ!?気持ち悪い感触だな!」
殴った手を逆の掌で押さえながら、ジェイドは顔をしかめた。
「歪空間と言って、あらゆる攻撃を緩和して逸らし、無効化するんだ。魔王には通用しなさそうだけど、それ以外ならまずダメージを食らわないのさ。これを常時展開しているんだよ。」
「...なるほどな。見えないようにとは、こういう事か。」
「うん。まあこれだけじゃないけど、一例だね。」
「でもこれ、前衛向きの魔法だな。お前は隠密からのバックアタックとかだろう?」
「何言ってんだよ、俺以外の仲間専用に決まってるじゃない。因みに今でも常時発動中だよ。」
「お、おう...ありがとう。ああそうか、敵が不意打ち出来なくなるのな。」
「あくまで普通のダメージ程度ならね。落下して来た天井ごと圧し潰されるとか、究極魔法の直撃とかは保証外だからね。」
「まあ、そうだよな...じゃあ、お前専用とかはないのか?」
「あるよ。そんなに見たければ、次の戦闘があったら一部見せるよ?」
ジェイドは頷いた。うーん、でもそれを見せるとヤル気が失せると思うんだが...まあいいか。
♤
一時間後に休憩が終わり、次の階層へ下った。すると、降り口から森林が見えた。
「ほう、これは...」
バスクスが驚いている。上を見上げると青空が見える。視界一帯が樹木で覆われ、細いケモノ道っぽいのが奥へ続いている。
「皆、気をつけてくれ。ここはモンスターの巣らしい。」
ビンセントが地図を片手に、周囲を警戒している。
「左斜め前方向、敵意が接近して来る!」
アムはそう言うと、ボソッと何かの文言を呟いた。すると、森の中が急に騒がしくなった。
左方向からガサガサと茂みを掻き分けてくる音が聞こえ、巨大な蛾のようなモンスターが出現した。何故か地面を這いずって来た。
「ジャイアント・モスだ!鱗粉が毒性だぞ!!」
ビンセントが叫びながら後衛へ下がった。メチャクチャでかい蛾だ。体長は5m前後だろうか?俺は約束通り、無属性魔法を使った。
「ゲート!」
巨大な蛾の足下に急に穴が空き、蛾はそのまま落下して行った。そしてすぐにゲートは閉じた。
と、次の瞬間には3体のジャイアント・モスが、左方向の茂みから出て来た。これも同様に、亜空間の穴へ落ちて行った。
「...オイオイ、ありがたいけど出番がなかったなあ。と言うか、こんな事が出来るなら、お前一人でダンジョン攻略出来るんじゃないか?」
ジェイドが苦笑しながら俺に言った。
「いいや、そうでもないさ。これは敵の数が少ない場合にできると言うだけだね。単独だと周囲を囲まれたりしたらアウトだろう?基本マジックユーザーは、ジェイドみたいな前衛ありきだしな。」
まあ、実はそれでも何とかなるんだがな。リバースシールドを使えば余裕だ。だがこれは魔王討伐以外で使いたくないのが本音だ。
「それに不意打ちを防ぐにはアムやイザベラやビンセントの能力だって必要だし、俺は鍛冶が出来ない。新品は作れるけど修理は無理だ。まあ、俺に関しては装備要らずなんだが、パーティーの維持には必要だし。」
アムやイザベラが頷いた。ビンセントは照れくさそうに鼻先を掻いている。バスクスとラピも、大いに頷いた。
「それに、ここぞという時にグレッグも活躍しているしな。ガズ山の時は、グレッグの機転でクリア出来たじゃないか。これも戦力だよな。」
グレッグも、嬉しそうに頷いた。
「そうですよ!何故アクリル様が、そんなマヒトと一緒にダンジョンを攻略せよと仰ったか?私には、そこに意味があるとしか思えません。」
彼の言葉に、全員が頷いた。
「今のだって、ジャイアント・モスが地面を這ってなければ上手く行かなかった。あれってアムだろう?」
「そうよ!呪術で一時的に飛ぶ事を禁じたのよ。その代わり私達も同じになるけど。まあ飛んでないから問題ないけど。」
アムは笑った。イザベラが感心しながら、
「へえ、あんな術は初めて見たわ!結構使えるじゃない!私の土属性は、守りの方が得意だから。でも、周囲を囲まれたり以前の様な爆烈とかの魔法には、有効な盾になるわ。」
と、アムに親指を立てた。それを見たアムはニッと笑った。
「お、おう。そんなに真面目に答えられると、俺が悪者みたいじゃないか。」
ジェイドが、バツが悪そうに肩をすくめた。それを見て全員が苦笑した。
「まあ、ジェイドの気持ちも解るけど。あたしもコイツの事を見ていると、同じ気分になる事もあるわよ。」
アムが親指で俺を指しながら言った。
「まあ何だ、諸君が余計と思うなら魔法は使わないけど?」
俺の言葉に、全員が即座に反応した。
「いや、楽だから是非使ってくれ!!」
異口同音に同じ事を口走って、お互い顔を見合わせて笑った。
「お前ら、リラックスし過ぎだぞ?まだ先は長いんだから。」
ビンセントに促されて、全員の顔が真剣に戻った。細いケモノ道を掻き分けながら、俺達は森林を進んだ。
このエリアでは、おおよそ森を棲家にしているモンスターで溢れていた。他にもジャイアント・スパイダー、ゴブリン、オーク、コボルド、ジャイアント・ビーなどと連戦した。
だが、流石シルバーガーデンで鍛えられただけあって、全員が一糸乱れることなく連携を取りつつ、各々の役目を果たしていた。
この一年は、月光にとって実りある時間だったと、誰もが体感できた。
ゴブリン300体以上に囲まれた時は、グレッグが「聖なる炎の嵐」と言う法術を披露した。
これは、浄化の炎を神より賜り、術者を中心に周囲一帯を焼き祓うのだが、神からの視点で邪悪な存在だけを滅ぼせるらしい。
「これで、ピシャーチャの連中に囲まれても対処できますよ。期待してくださいね!」
グレッグがやや疲労しながらも、嬉しそうに笑った。
教徒達の軍団を避けて迂回した時は、自分の非力さに打ちのめされたとか、後から聞いたら言っていたしなあ。
この術の仕上がりを見るに、余程悔しかったんだろうな。俺やイザベラと同等以上の、広範囲殲滅要員が増えた訳だ。
「ああ、こんな事も出来るんだな!グレッグって高位神官並なんじゃあ...?」
ジェイドが、驚きながら称賛した。確かに、俺もそう思った。イザベラも頷いている。
「うちのパーティーにレンジャーが2人とマジックユーザーが5人!かなり贅沢な構成よ。そして魔力の節約にもなるわね。」
実はジェイドなんだが、中級の回復魔法を聖騎士団で習得済みなんだよな。俺とイザベラ、アム、グレッグ、ジェイドで5人って事だ。
と言うか何気に、全員がヒーロークラス並みの実力者じゃないのか?月光の実力を高めると言う当初の目的など、はるかに凌駕しているな。
森林を進むと、やがて木の無いエリアへ出た。やけに開けたなと思ったら、急激に足元が砂地になって木々が極端に少なくなった。
「おいおい、何でも有りだなこりゃあ。」
俺は、環境の目まぐるしい変化に困惑した。大森林と砂漠が隣接など、見たことがない。
「本当ね。この変化こそ、ダンジョンが自然の産物とは明らかに違う証ね。」
森から抜けてしまったイザベラが、残念そうに言った。彼女はハーフエルフだから、森林の方が動けるのだ。
「ここからは、サンドワームの営巣地を迂回して進む事になるらしいぜ。」
ビンセントが地図を見ながら注意を促した。
「サンドワームは、音と振動に敏感よ。金属音や連続的な足音には特に集まってくるわ。」
イザベラも予習して来たらしい。行動に直結する情報を調べているようだな。
「大丈夫。任せて。」
アムが目の前で印を結び、何かを呟いた。
「何をしたんだ?」
ジェイドがアムに尋ねた。アムはニヤッと笑うと、
「一時的に私達の周囲限定で、膝から下の振動を禁じたわ。これで大丈夫なはずよ。」
なるほど、音波も振動だからな。伝達限定で禁じるなら、消費魔力も抑えられるだろう。
「よし、じゃあ皆も出来るだけ音をたてないようにな。アム、効果範囲はどれくらいなんだ?」
「そうね、私を中心に半径20mくらいかしらね。その範囲なら、転んだりしても大丈夫よ。」
「助かるよ。さあ、効果時間を有効に使おう。」
ジェイドはそう言うと、ビンセントと先頭を歩き出した。全員が沈黙して、広大な砂場を横断した。
数時間歩き続けると、砂丘の上から遺跡が見えた。そして、その前に巨大な人型のシルエットが見える。
砂塵が視界を遮って正確に目視出来ない。だが、大きさが遺跡と比べて明らかに不自然なのは判る。
「...おい、ありゃゴーレムだぞ。」
前方で哨戒していたビンセントが、本隊に戻って来た。彼は生来のスキルで「天眼」持ちだ。相当視界が悪くてもターゲットを見誤らない。
まあ詳細なモンスターの情報は他人任せなんだが。ジェイドは一旦砂丘の陰に全員を移動させた。
「あのゴーレムだが、戦闘になればサンドワームもやって来ると言う罠だろうな。皆、意見を聞かせてくれ。」
アムがため息をついた。
「うーん、ちょっとアイディアが思いつかないわね。あのサイズだと、音はともかく振動は抑えきれないかも。」
「...多分10m以上の大きさね。この地図を作った人は、どうやったのかしら?」
イザベラがもっともな疑問を。ビンセントが地図を見ながら、
「ああ、何でも大周りで遺跡の裏へ周り込んで、隠密で侵入したそうだな。」
と、書いてあった注釈を読み上げた。
「しかし、マヒトやビンセントならともかく、俺達だと発見されると思う。」
バスクスが渋い顔をした。
「いや、多分大丈夫だよ。俺のアイディアで何とかできると思う。」
俺はそう言うと、完全隠密でゴーレムを目視できる距離まで移動し、足下にゲートを使った。
すると金属製のゴーレムがフッと下に沈み、次の瞬間には森林の方角から「ドーン!」という音が遠巻きに聞こえた。
すると地中から地響きのような振動音が聞こえ始めた。
それは次第に大音響になった。ズズズズ!!!と俺達の20m圏外が振動し、砂丘が崩れたりしているのが見える。
多分地中をサンドワームが集団で移動しているんだろうな。
「...よし、一難去ったな。」
俺は隠密を解除すると、皆の元に戻った。が、全員の目が点になっている件。
「おい、まさかあの音は...」
ジェイドの言葉に、俺は頷いた。
「ああ、ゴーレムをゲートで強制移動させて、森林の入口付近に上空から落下させた。」
「...何かもう、戦闘はマヒトさんに任せれば良い気がしますけど。」
ラピが鋭いツッコミを突き刺してきた。アイタタ、まあ実際そうなんだけどな。
「で、でもそれだと私達の戦闘経験は積めないですぅ...。」
ドロシーが、小さく手を上げながら言った。それを見て、バスクスも頷いた。
「そうだぞ。これからの事を考えれば、各自の戦力増強は必須だ。邪神の侵攻を食い止めるのに、2正面や3正面の戦略を取られた場合、我々も戦力分割して対処せざるを得ない場合もあるだろう。各々の実力を高めておかないと。」
穏やかだが、しっかりした口調でラピを諭すバスクスが、優しい表情をしている。ここのカップルは上手く行っているのだなあ。
「...はい、マスター。」
しぼんだラピを見て、アムがフォローを入れた。
「全くもう、マヒトはしょうがないわね!私達の経験を返しなさいよね!」
「...何か理不尽なんだけどそれは。」
流石にアムがフォローしているのは判ったので、あえて厳しく突っ込まない事にした。全員が苦笑している。
「まあまあ、とにかく先を急ぎましょう。折角マヒトがチャンスを作ったのですから。」
グレッグに促されて、俺達は遺跡へ入った。すると地下への下り階段になっていた。次は3階層目だな。