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成長と冒険の日々

シルバーガーデンに到着してから、早くも1年が過ぎた。俺達は修行に自分の生活スタイルを順応させながら、日々の成長を遂げていった...。



〜ドロシーとビンセント〜


ビンセントは弓の特化型を志望し、ドロシーは短剣の専門家が戦士職に居なかったので、2人ともレンジャーギルドのマスターに師事した。


ビンセントは、年齢が24歳と、修行に耐えられる年齢としては後半になる。


ワイヤートラップの専門家で、ブービーから狩猟用のワイヤーまで、幅広い守備範囲を持っている。


そして長弓の名手だ。剛弓を使い、長距離の狙撃を可能にしている。有効射程は1kmと、驚異的なレンジを誇る。


生来からの天眼スキルを持ち、遠視能力、相手のステイタス確認、弱点の看破と、隙のない能力持ちだ。


彼の師事しているマスターは、エルフかと思いきや人間で、しかも女性だった。


レンジャーギルドマスターにして、超遠距離狙撃手のモーリンと言う名前だ。


噂ではサイズの小さいハーフリングを、剛弓で2500mヘッドショットで80%成功させる怪物とか。


彼女の弓術は独創的で、そもそも相手を点で狙わないらしい。


長距離狙撃は、環境の影響をモロに受ける。その日の風向き、温度や湿度、狙撃対象と自分の高低差、光の加減等で、様々な調整を要求される。


どうやらモーリンの弓術は、対象から自分の矢先までの弾道ルートが、光のラインで見えるらしい。


弓術の最高スキル、必殺弾道の能力なのだが、これを習得しているのがモーリン唯一人なのだ。


そして、美人ではないけど人を惹き付けるカリスマの持ち主らしい。


今まで数多くの男達と浮世を流し、裏のあだ名が「マンイーター」と呼ばれているらしい。当然これを口にした奴は、一両日中に狙撃されるという。


そしてまたこれが、ビンセントも子供の麻疹のごとく恋の病に落ちたそうだ。あれ?ロリだった気が...?


何でも、入隊の洗礼で彼が500m先の的の中央を射抜き、意気揚々と矢を回収に行ったら、その矢筈(やはず、羽側の最後部)にモーリンの矢が刺さっていたとか。


その反動なのだろう、喰らいつくように、モーリンの指示や仕事を無言でこなし、彼女の動作をつぶさに観察、分析、研究しているそうだ。


因みに、好物は新鮮な果実らしい。花より団子と言う訳だ。案外趣味は悪くないと思う...。


一方ドロシーは、これまた難有りのマスターに師事した。俺と違う格闘術の使い手で、両手短剣の名手でもあるガディと言う名のマスターだ。


盗賊あがりの手癖の悪さが有名で、細かい物なら女性が身に着けているイヤリングから、大物だとアクリル神殿の高位女官をまるっとハンドテクニックでモノにしたと言う、稀代の盗賊で女たらしだ。


コイツはその悪行を風神ヴァーユに咎められ、手淫煉獄呪縛という呪いをかけられてしまった。名前の通り女性に手を出せなくなるそうだ。


そのヴァーユ自身がアクリルからのマジギレ説教を長々と食らい、ガディは自分の信仰する神から制裁されたという感じらしい。


そもそもヴァーユの教義は、「鳶に油揚げをかっ拐われるのは間抜け」とでも言うようなものらしい。


自由を尊び、それこそ風の如く素早く鋭く生き抜く。


社会的価値観は流動的な思想で、スピードと乗りで局面を乗り切った者勝ちと言うのが、教義らしからぬ教えだ。何か理解できる気もするが。


だから盗賊にメッチャウケているそうだ。そのヴァーユを説教出来るアクリルとは一体?


因みに、俺がアクリルに「それ、邪神のカテゴリーじゃねえの?」って聞いたら、「私に言わないで」って言ってて笑った。


全能神界という次元では、邪神に抵抗した側だからと言う理由らしい。何て言うか、人間臭い判断基準だなあ。


...と言う訳で、根が真面目なドロシーとの関係は最悪らしい。


ガディはドロシーを見た瞬間にカモネギ状態だったらしく、色々搦手からめてを使ってきたが、アクリルのお墨付きと知ると泡を食ったそうだ。


そして人参をぶら下げた馬のようになっているらしい。ドロシーの話だと、最近は何と贈り物攻めに変わったそうだ。


奇抜なプレゼントとかで気を惹いて来ているのがバレバレなので、元からだがギルメンにせせら笑われているんだと。


まあそれでも、実績と技術と情報の速さは折り紙付きで、見習う所が多々あるから師事しているとか。


先日はため息をつきながら、俺とイザベラの前で悩みを吐露していた。まあ相手は神に呪いをかけられているんだし、心配はないと思うけどな。


そして、そんな感じなのに彼女の体格や身のこなしが、時間の経過とともに目を見張るスピードで育っている。


利発な娘だけに、今後化ける可能性がありそうだ。さすが我が弟子、やっぱり筋が良かったんだな。


ドロシーとビンセントは、そんな感じでレンジャーギルドのニューカマーとして認められたらしい。


同じパーティーにレンジャー2人とは、贅沢な構成だと誰もが思うだろう。


                       ♤


〜ジェイド〜


ランドハルトの聖騎士部隊に新人として入隊したジェイドは、翌日から地獄のような訓練の日々だったらしい。


俺もちょっと聞いただけで吐き気がした。彼は今、早朝訓練の影響で聖騎士の宿舎に寝泊まりしている。


日々20kmの朝ランニング、午前中は戦技訓練、午後は神学の勉強と回復魔法の訓練、夜は神への瞑想を繰り返し行うらしい。


竜騎士と違う役割を兼ねる部隊なので、騎士と神官の両ジョブの完璧さが要求される。


そして3日に一度の特化訓練が、腰に頑丈なロープを結び、城壁を普通にフリークライミングで登り、上まで行ったら同じルートを降りる。次は逆立ち状態で城壁を昇降すると言う具合だ。


と言うか逆立ちで登坂とか何気に怖い。彼の話だと、1週間は昼飯が全部口から出たそうだ。そして握力がボロボロになるとか。


アクリルの話では、聖騎士はバランスの体現なのだそうだ。隙のない安定的な強さが要求されるらしい。これって特化するより難しいと思う。


周囲が一芸に突き抜けているからこそ、バランスを取る部隊の功が光るとか。なるほど、よく練られた戦略だな。


少し前に手合わせをお願いされ、シルバーバルコニーでアクリルとランドハルトが見ている前で試合った時は、結構ヤバかった。


居合抜きの速度が単純に跳ね上がっていて、切っ先が目で追えなかった。


だから直感で剣筋を見切り、それでもドラゴンスキンの表面が軽く真空裂傷になった。


既にトップスピードが音速を超えていると言う。結局見切り後に懐へ入って、手首の経絡に手刀を入れて武器を落とさせて終わった。


「...ふん、でも今度はお前も無傷では無かったな。」


「ああ、全くだよ。ジェイド、このままで行けばソニックブームとか出来るんじゃね?」


「ソニック...何?」


「こう言う戦技だよ。」


ランドハルトが、居合の構えから横薙ぎ一閃した!俺は体捌きで躱したが、着ていた上着の胸の部分がざっくり裂けた。


そして、背後のベランダの手すりが横一文字にひしゃげて飛んだ!


呆然とするジェイドに目もくれず、ランドハルトは俺の前に歩いて来て謝罪した。


「いきなりすまない、君の実力を測りたかった。真空烈波を見切れるとは、恐ろしい技能です。そこまでの実力者であっても、魔法も学ばなければならない相手が魔王なんですね...。」


「いやいや、さっきは行くぞってサインを出してたと思うんだけど。あんなの避けてねって言っているよね?」


そう言いながら、俺は物理クラフトで手すりを修復した。その様子を見ていたランドハルトは、フッと笑った。


「アクリル様、今ここで彼と正式に試合って見たいと思います。許可をいただけますか?」


困った顔をしていたアクリルだったが、俺は快諾した。


「ああ、是非にも。ランドハルト氏の剣技は、聖剣技だよね?本気でやろうじゃないの。」


「...好戦的だね。」


「単純に、あなたの技量に感動しているんだ。実力を試し合うのが好きなだけ。殺し合いと試合は目的が違うと思う。後者なら、アクリル様も奨励できるよね?」


アクリルは頷いた。


「マヒトの拳精という称号は、人の身でありながら超越した拳法家に贈られる称号だと、全能神は仰有ってました。ランドハルト、心して挑みなさい。相手が自分と同等だと思ってはいけません。」


それを聞いたジェイドが、驚嘆している。


「おいおい、隊長よりもマヒトが上だって!?なんの冗談だ、そりゃあ!?」


「...ジェイドの教育にもなるわね。ランド、今からマヒトと立ち会いなさい。」


アクリルは許可を出した。ランドハルトは、リラックスした表情で俺の5m前に立った。


お互い礼をすると、アクリルがジェイドに審判を務めるように促した。


「ジェイド、一瞬ですからね。2人の闘いを、目に焼付けなさい。それがあなたの目標になるわ。」


ジェイドはアクリルの言葉に驚きながらも、俺とランドハルトの間に立った。


「じ、じゃあ俺が審判を。両者、準備はいいな?お互い行動不能か、降参の宣言で試合終了だ。いざ、尋常に!勝負!!」


ジェイドが飛び退いたのと同時に、ランドハルトがソニックブームを一閃した!


バウッ!!!


体を左に捌き、袈裟状の衝撃波を見切った。俺は接近せず、5m間隔を維持して対峙した。余裕を見て回避したので、衝撃波はかすりもしない。


ランドハルトはソニックブームの後に突進しようとしていたが、俺が距離を取っているので迂闊に間合いに入れない。


すると、剣を両手で構えて1歩前に踏み込みつつ、超速で2回素振りし、十字型にソニックブームを飛ばした!!


「であっ!!!」


✕状の衝撃波が迫って来た!素振りがさっきより早いので、速度も倍くらいだ!!


が、この攻撃も俺は先に見切り、大きく側面に飛んで回避した!その着地の硬直を狙っていたランドハルトが、高速で肉迫して来た!!


左下から右上に斬り上げようとしている剣筋を勘で読み、俺は間合いを外し見切りつつカウンターを決める為に、剣を斬り上げて隙の生まれた彼の懐へ飛び込んだ!


「フン!!!」


密着した間合いなので、剣の柄で俺を殴ろうと両手を振り下ろす直前のランドハルトを、俺は彼の胴を軸にして両手でしがみつき、勢いでグルンと後ろへ回り込んだ!


次の一瞬で勝負は決まった。俺は裏投バックドロップで彼を後方へ投げた!!


グキッ!!!


「グッ!!」


ランドハルトが小さく声を漏らした。無理もない、今のは脳震盪レベルだろう。


そして、そのまま地面に仰向けに倒れ込んだ彼のマウントポジションを取り、水月に軽く掌打を決めた。


ドスン!


「ぐはっ!!」


それでも彼の体は衝撃で弾み、10cmくらい浮き上がった。慌ててジェイドが試合を止めた。


「1本!勝負あった!!」


俺は急いで回復ポーションを飲ませた。ランドハルトは苦痛で顔を歪ませながら、


「す、すまない。だが楽になった。」


と、苦笑いをした。水月の衝撃で動けそうになかったので、彼を背負いながらアクリルの元へ運んだ。


「...マヒト、手加減したわね?」


アクリルはちょっと怒っているみたいだった。彼女が左手をかざすと、彼の体がまばゆく光り、元気になった。


「主よ、感謝します...先程の格闘が、手加減されていたのですね!?」


アクリルは頷くと、俺に向かって指示を出した。


「マヒト、説明してくれるわね?」


「えーと、さっきの裏投げは殺傷しない方のパターンで、本当は脇腹レバーに掌打を入れながらすり抜けるんだよ。でもアクリル様、それやっちゃうと隊長が死んじゃうけど?」


「そう...それなら仕方ないですね。」


身体強化やドラゴンスキンを加えれば、手刀で脇腹の横隔膜の境をえぐれたりもする。


「それに、懐に飛び込んだ時点で勝負は決まっているんだ。同じくらいのリーチ(間合い)では絶対負けないから。彼の勝ち筋は、間合いを取りつつ衝撃波で倒すか、内に闘気をためて逆袈裟に切り込む時に爆発させれば、剣速で間に合わせられる。もしくは、相手の出方を待って後のカウンターだな。」


それを聞いていたランドハルトが、俺に頭を下げた。


「...私は自惚れていたのかも知れない。もっと主の仰られた事を真剣に受け止め、クリティカルを狙うべきだった。今日は良い勉強になりました。」


彼はそう言うとアクリルと俺に一礼し、踵を返して去った。その後を、ジェイドが追いかけて行った。


「...アクリル様も厳しいね。ジェイドは頭脳明晰なので、この程度で先生を見誤る男ではないと思うけど。今は最低限、ランドハルト氏の聖剣技を身につけさせる方向なんだよね?」


アクリルは真剣な顔をして頷いた。


「これからの近い未来、シルバーガーデンを中心としたアクリル連邦、コルネリア王国周辺は、厄災に見舞われる。ピシャーチャ教徒の出現が兆しね。邪神は魔王の到来に応じて、共闘しながら勢力を拡大するわ。」


「俺と入れ違いの魔王の時は、同じだった?」


「いいえ、灰の魔王は他所の勢力を嫌ったわ。邪神達も、あまりの強大さに手出しできなかった。」


「ふうん、灰の魔王って根性あるんだなあ。じゃあ、それは俺とアムが対処するとして、便乗で勢力拡大しそうな輩に対抗する戦力が月光と言う感じなんだね。」


「それもあるわ。今は人類が一丸となって、多くの民から「奪い去っていく者たち」を駆逐しなければ。私達人類全体の総合レベルを上げないと。」


「アクリル様って、そんな風に考えてたんだね。何ていうか俺は...。」


「もっといい加減だと思っていました?」


「うーん、それは酷い表現だよ。良い加減だと思ったよ。適切な、ね。あはは。」


「じゃあ、思ったよりも厳しいかしら?」


「仕方なく、ね。あなたの本意ではないと思えるよ。俺がこんな事を言える立場か判らんけど、真理に1番忠実なのはアクリル様だと思うんだ。だから気休めだけど安心して。」


「...マヒト、感謝します。」


俺の気持ちを理解してくれたのか、アクリルは表情を緩め微笑んだ。彼等の成長の事も色々考えてくれているのが、よく理解できた一件だった。


そんなこんなで、ジェイドは目下ランドハルトから聖剣技を学んでいる。


そして、聖騎士達も自分の技量や信仰に磨きをかけようと訓練を厳しくしたらしい。


「何かお前との試合の話が隊員に漏れて、隊長も毎日鍛錬しているらしいぞ。あれより化物になるって、部下としては勘弁だな。」


ある日、夕食を一緒に食べた時、そう言いながらジェイドは苦笑した。彼の修行の日々は、厳しくも充実しているらしい。


                       ♤


〜グレッグ〜


イグニス神殿で修行しているグレッグは主神の覚えも良く、色々な能力を体得しているらしい。


以前ガズ山でイグニスに体を乗っ取られた因縁で、神力のパスがつながり易くなったみたいだ。


「これも、マヒトのおかげです。この旅が私にもたらした恩恵は計り知れません。以前は主神と直接コンタクトなど考えられませんでしたよ。」


アムと俺と3人で食事をした時、グレッグはそう言っていた。どうやらイグニスに直接、俺達の事を聞きまくったらしい。


「まあ、あんたが宗教上の事象を探求しているのは知っているさ。でも、あくまで他人の人生は程々にな。まずは自分からだろう?」


俺は、興味と好奇心と探究心で質問の止まらないグレッグをたしなめた。彼は後ろ頭を掻きながら、頷いた。


「すみません。つい尋ねたくなってしまいますよ。あなたは異世界の事も含めて、私が欲しい情報の宝庫ですよ。」


アムが眉をしかめながらも苦笑して、グレッグに冗談を言った。


「マヒトはあたしの旦那よ!安くないんだからねっ!」


「あはは、アムは嫌味がありませんね。こんな事を言っていても、不快になりませんな。」


グレッグは、楽しそうに笑った。


「おいアム、仮にも坊さんなんだぞ?そんな事言っちゃだめだよ。」


「ふんだ、マヒトなんてアクリル様にタメ口じゃないの。そっちをどうにかしろって言う。」


「アクリル様がそれでいいって言ってるんだもの、良いんだよ。」


「ひねくれてるわねえ...そんなだとイザベラに嫌われちゃうから。」


「うーん、彼女にそう言う話はしないからなあ。忙しそうだし。」


「じゃあ、私は暇な訳?」


「誰もお前の事は言ってねえよ。そう絡むんじゃねえ。」


俺とアムの夫婦コントを見て、グレッグは笑っている。


「あはははは...はあ、はあ。いや本当に、あなた達とお付き合いしていると、リラックス出来ますね。イグニスから聞かされる色々を思い出すと、不安にしかなりませんからね。」


「アクリル様も言ってたよ。ここいら辺はヤバイってさ。だから人類の再強化が必要らしいよ。」


「ええ、主もそう言ってました。今はそう言う時代の流れなんですね。」


「...マヒト、私等も責任を取らないとね。ある意味引っ掻き回しているのは私達の因縁なんだから。」


「まあ、言っている事は間違っていない気がするけど、どちらかと言えばそれを組み込まれたこの世界全体としての宿命なのかなと思うね。全能神が何故俺達をここへ送り込んだか?多分意味があるんだよ。」


「ええ、マヒトの意見に賛成です。あなた達だけが重責を背負う事はないと思いますよ?アクリル様も、それを仰られているのですよ、きっと。」


「そう言えばさ、話は変わるけど、グレッグはイグニスの愛人って言うクチなのか?噂ではイグニス神殿内での婚姻とか普通らしいが?」


グレッグは意外そうな顔をした。


「私自身の心配を誰かにされるとは思いませんでしたよ。今の所、そんな予定はありませんね。私は確かに主の愛人ですけど、子孫を残す事も奨励されています。この世界の人口なんて、モンスターから見ればマイノリティですよ。」


「えー、勿体無いわね。グレッグって、女性にモテそうなんだけど。」


アムの言葉に、彼は複雑な顔をした。褒め言葉のつもりなんだろうが、彼女の欠点は言い方だな。


「グレッグ、すまん。何分小娘の時からコミュニケーションして無かったからね。こいつには、後で良く言っておくよ。」


「いえいえ、気にしていません。アムの言葉はストレートさ故の良し悪しがありますからね。」


アムは頬を膨らませた。


「マヒトだって、言い方はともかく喋りの印象は雑じゃないのよ...」


グレッグは、そんなアムの様子を微笑みながら見ている。


「そうですね...でも、マヒトさんが神への雑な言動を許されているのは、内面が真っ当だからでしょう。霊的存在は、表面上のことはどうでもいいのですよ。本心からの言動は、強い生き方だと思いますね。」


グレッグの言葉に、アムは小さいため息をついた。


「分かっているわよ...そうね、本音で生きるのは難しいわ。ま、アンタがいまさら敬語とか使われても違和感しかないわね。」


そうかあ?お前いつも本音しか言わないじゃないの...。


「アムの本音以外の言動を見たことがないんだが。ついでに感情も剥き出しだけど。」


アムが笑いながら眉を釣り上げた。


「言行一致いいい!」


と言いながら俺の首を両手で締めるアム。止めてください死んでしまいます。珍しくグレッグも爆笑している。


「あはは!全くあなた方は楽しいですね。ほら、マヒトの顔が真っ赤ですからお止めなさいな。」


茹でダコになった俺の顔を見て、2人が笑った。


「まあ、ご心配ありがとうございます。その内、アムのような楽しい人が身近に現れたら、考えましょうかね。」


グレッグの春は遠いのかもしれない。大きなお世話なのは分かっているのだが。俺とアムは少し心配になった。


「そう言えば、グレッグは最近神殿内で噂になっているわね。イグニス神殿にメキメキ成長している新人神官がいるってね。」


アムが似たような話題を振った。するとグレッグは嬉しそうな表情になった。


「おかげさまで。主との交信がスムーズになったので、体得出来た御業が増えましてね。ま、次のギルド依頼を楽しみにしていてください。」


「へえ、自信があるんだな。まあそれでこそグレッグ、って感じかな。」


彼は微笑んだ。実はアクリルからの指示で、パーティの総合的な摺り合せの為に冒険者ギルドの依頼を、近々受ける事になっている。


全員の成長をお互いが確かめられるだろう。


その日は、3人で夕方まで楽しんだ。1年くらいの付き合いだが、グレッグは秘密主義的な所があって、自分について肝心な話はしない。


だが冒険には少なからず貢献している。


自己主張しないグレッグの自信は、きっと順調以上の成長を遂げているんだろうと俺は思った。結果を確かめられる日が楽しみだ。


                      ♤


〜ラピ〜


マスタースミスに師事したラピだが、あの性格と独創性でたちまち工房のマスコットに昇格した。


バスクスという名のマスターで、シルバーガーデン内の全ての金属製品を手がけている。


その理念は「より実用、より革新」で、機能性を重視したもので溢れている。デザインはシンプルだが、決してダサくない。


制作、修理、機能美、コストを徹底的に問い詰めた、ある意味完成形の「ストレート・エッジ」と言うシリーズを持っている。


何より革新と言う言葉通り、常に新しい技術を求めているし、作品にも取り入れている。


そんなバスクスだからこそ、かのトランスフォームアーマーをラピが工房へ持ち込んだ時には両手を挙げて称賛したそうだ。


ラピからはシルバーガーデン到着直後に、旅の最中に改良を加え続けたトランスフォームアーマーを数着受注した。


俺が物理クラフトで外形を完成させると、自分で仕上げてホクホク顔でそれを工房へ持って行ったらしい。


ここから、シルバーガーデンの歴史に転換期が訪れた。


鎧のデザインを考慮せずに機能性とコストだけを追求すれば、変形後の個性的なデザインと防御力に優れた鎧になる訳だ。革新と言って良いだろう。


ラピが遺跡から取り入れたスライム状の遺物は「アーマーゲル」と正式に命名された。実は、今度の冒険者ギルドからの依頼は、それと関係する。


つまり、ラピの故郷のギブリス地下遺跡に眠っている遺物を確保する、と言う依頼だ。


マスタースミスからすれば、マンネリの進んだ鍛冶業界に新しい息吹を取り入れる布石なのだ。


ジェイドとの共同開発で、実践的なアイディアも取り込めた。ほぼ完成された技術体型が、弟子からの提供で手に入った訳だ。


勿論、製造拠点の話も順調に進んだ。ギブリスの地下遺跡は未踏破区域が全体の80%にもなるそうで、未発見のテクノロジーの宝庫なのだ。


発掘された遺物をギブリスで研究し、基礎加工技術を確立する。


それをシルバーガーデンを中心として各国に広め、高性能武具の一大生産地を目指す。


バスクスの野望は、武具生産の特権化を目指した「シルバーウェポン構想」と言うプロジェクトを立ち上げる事だった。


そして意外にも、このプロジェクトにアクリルが賛同した。勿論、特権化する理由があるのだ。


全能神の未来予知で、周辺国家の中に邪神へ加担する勢力が発生するという話があるらしい。


そして、その勢力の侵略最終目標が、ここシルバーガーデンと言う訳だ。


神々の物質界本部な訳だから、当然ここを狙うだろう。それを抑制するための計画なのだ。


この計画の発動により、ギブリス〜シルバーガーデン間の交流と技術提携が進み、ラピは町長の娘という肩書もあって、現在バスクスから鍛冶技術をみっちり仕込まれている。


将来的にはラピがプロジェクトの頭目となり、後から語る流通インフラの革新によって、ギブリスとシルバーガーデンは姉妹都市となる予定だ。


ラピの存在価値は、シルバーガーデンを訪ねた事で跳ね上がった。


今は修行に専念するとラピは嬉しそうに言っていた。彼女を中心とした時代の潮流が、近い将来にやってくるだろう。


                       ♤


〜イザベラ〜


イザベラが師事したマスターウィザードは、ハイエルフだった。通常エルフ種はハーフを嫌うらしい。


彼等からすれば、他種族との間の子は不良品になるそうだ。血統主義のダメな奴だな。


だが、幸運にもこのマスターは差別意識が全くない変わり者らしく、アクリルから色々信頼されている。


本名も実年齢も秘密主義らしいが、噂では数千歳らしい。


そして魔術に関しては有無を言わせぬ実力を持っている。


攻撃、防御、補助、回復と隙がなく、彼女一人でどこぞの巨大地下迷宮を踏破したと言う記録の持ち主だ。ちなみに俺と同じで無属性持ちらしい。


イザベラは土の属性持ちなので、それを中心に補助と回復系の魔法も習得する予定だとか。


攻撃魔法で強力なのが、ボルケーノと言う魔法だ。これを習得するのが、当面の目標らしい。


ボルケーノは指定の大地を火山のように噴火させる魔法だ。地下でも発動するが、下手をするとダンジョンが倒壊する。従って、基本は地上専用になる。


地面の一点に魔力をこめると、大地の強力な振動による地割れや津波、火山弾と火砕流、溶岩による災害級カタストロフを引き起こす大魔法だ。


毎日マスターの元へ、イザベラは通っている。本当はマナの容量を増やす瞑想修行がメインで、これは自宅でも出来るらしい。馬歩と同じだ。


それと魔法書に載ってないものも教えてもらう予定だそうだ。ボルケーノも、その種の類に当たるらしい。


だから、毎日通う必要が無さそうなのだが...イザベラの話だと、雑用(主に部屋の掃除と整理整頓)が壊滅的にダメな人らしく、彼女のきめ細かい身辺の世話焼きがマスターは気に入ったそうだ。


つまり、家政婦やる代わりに魔法を教えるという事らしい。


アクリルも、彼女のそういう所は黙認しているそうで、俺とアムとイザベラの前で愚痴っぽい事を言っていた。


そういった事に目を瞑っても、絶大な戦力だから許しているとか。


何で絶大かと言うと、前に述べた能力に加えて彼女の生来からの特殊能力が超強力で、マナ・ゲインと言うらしい。


これは使用する魔法の出力が、何故か通常の数倍になる能力で、その結果少ない魔力で通常の魔法を行使できる。


最大出力を出すと、大概オーバークラッシュになるそうだ。周囲の魔術師の間では、彼女を畏敬の念から「デストロイヤー」と呼んでいるそうだ。


ちなみに爆烈の魔法をうっかり普通に使うと、巨大なクレーターが出来るらしい。


規模がどれくらいなのか想像できないが、イザベラが考えたくないと言っていた時点でお察しだろう。


以前、俺がドロシーと朝練している時、イザベラとマスターが近くを通りがかり、ふと俺を見た途端にガバッ!と首ったけに抱きついて来た。


「...ん、超好み!!」


長い耳、白い肌、白銀のショートヘアで赤い瞳、秀麗な顔、背丈はイザベラと同じくらいの160cm前後で、華奢だけどフェミニンな女性だ。


見たままだと、容姿は完璧だと思った。妖精の生まれ変わりか?


イザベラとドロシーの前で、彼女は両手足で俺にしがみついている。流石にこれは彼女達が黙っていなかった。


「マスター、だめです!その人は私の旦那様!」


イザベラはそう叫びながら、ハイエルフを背後から抱えて引き剥がそうとした。そしてドロシーは馬歩の最中だったが、たまらずに俺の腕を引っ張った。


「うーん、るーちゃん離さない!!」


マスターはそう叫びながら、タコのように引っ付いていた。


アクリル神殿の前で壮絶な綱引きをしたせいで、聖騎士と女神官達が駆けつけてきて、終いにはアクリル本人が、マスターを何かの不思議パワーで引き剥がした。


「...マヒト、ごめんなさいね。この子、いい子なんだけど好みがうるさ過ぎて3000年の行かず後家になっているのよ!」


何か三十路の行かず後家みたいな話になっている件。つかそれほぼ独身なんだろ...。他の綱引き協力者全員が、肩でゼイゼイ息をしている。


「やだあ、るーちゃんのお!!」


メチャクチャ暴れている「るーちゃん」の襟首を、アクリルとイザベラが引っ張って行ってしまった。


あれがマスターウィザード...なんちゅうか、俺のストーカーになりそうで恐い。


ハイエルフは3000歳超えで幼児なのか?きっとそうなんだな、うん。


「せ、先生、帰りましょうか...。」


「だな...鍛錬やるなら、次から宿の裏庭でやろうな...。」


俺とドロシーは、やる気を削がれてその日は宿へ帰った。その夜、イザベラが申し訳なさそうに俺達の前で謝罪した。


「今朝はごめんなさい!マスターと生活品の買い物をしていたのよ。まさかあんな事になるなんて...。」


彼女は部屋に入って来るなり、俺とドロシーに頭を下げた。


「いやいや、君は悪くないじゃないの。俺は怒ってないよ?」


「私もですぅ。」


やや不満そうにしながらも、ドロシーはイザベラを許した。


「おいマヒト、何の話なんだ?」


ジェイドに尋ねられたので、俺はドロシーと有り体に事情を話した。


「あはは、イザベラも苦労しているんだなあ。なあ、普通ハイエルフって何歳から成人扱いなんだ?」


ジェイドが俺と同じ事を考えていた件。イザベラは珍しく後ろ頭を掻きながら、


「...多分2000歳くらい。あの種族だけは、エルフの中でも常識とかが通じないのよ。それの変わり者扱いだから...。」


「一周しちゃって、マトモになっている、と。」


アムが、からかい半分で突っ込んだ。その場の全員が苦笑した。


この日は丁度、皆が宿を引き払って各ギルドや施設の部屋へ引っ越しを済ませた後の打ち上げだった。


やはり、全員の修行が佳境に入った事で、各修行場に住み込みしないとスケジュールがきつくなっていたのだ。


「あのさ、それは良いとして、るーちゃんって何?何か自分の事を言っていたみたいだけど。」


「...それは聞かないで。」


両目を瞑って顔を真っ赤にしているイザベラを見て、俺達は「お、おう...」としか言えなかった。よしアイツは今度から、るーちゃんって呼ぼう。


その後日、イザベラと会った時に修行の事を尋ねると、案外笑顔で答えた。


「ええ、順調ね。あの人ね、素行がああなんだけど、仕事や先生としては優秀なのよ。私は尊敬出来ると思うわ。」


「へえ、そうなんだな。あれでかあ。」


「ええ、ウィザードギルドでも、あなたのような扱いよね。でも、彼女の実力を見た人は少ないわね...私ね、ちょっと見たことがあるのよ。」


「ほう、それで?」


「あの人ね...超級と言われている魔法を、ごく小規模で発動してみせたのよ!普通、そのクラスの魔法は一定以下の魔力では発動しないのよ。それなのに、掌の上でいきなりサンバースト(核融合魔法、プラズマ魔法。)を30cmくらいの規模で出して見せたわ。」


「そんな魔法、聞いたことないな。」


「でしょう!?私も同じだわ。各属性の超級を、手のひらサイズに制御するって凄くない?」


「うん、すげえな。」


「私は土属性だから、あの魔法は無理だけど。でも、彼女に教わった知識を使いこなせれば、月光にとって戦力になる。マヒト、見ていなさいね!きっと、この修行が終わった後に驚くから。」


イザベラは、目を輝かせた。それを見た俺は安心した。将来、後衛の要になるだろうと、彼女の可能性を確信した時だった。


                        ♤


〜アムラエル〜


アムの朝は早い。4時半には起床して、アクリル神殿へ向かう。塔の入り口から脇を見ると、大概ジェイドが朝練をやっているそうだ。


それを見流しつつ、階段を登る。


30階を登り切ると、まず最初に聖堂内の清掃を神官総出で行うのが日課だ。それが終わると、神官長に座学を教えてもらう。


アクリル教の真理と務めを覚え、それを日々の生活等に反映させる。


座学の後はホーリーファイターとしての訓練で、メイスと盾で戦闘訓練をする。流石に魔王には通じないだろうが、いざという時に体力の増強は頼りになる。


それが終わると瞑想を女神官達と数時間行い、神通力を多く感受出来るチャンネルを確立する。


スピリチュアルなエナジーを体に宿し、行使して仲間を補助する。その後、フレイヤに竜語によるドラゴンカースと言う呪術を教わっている。


これは、アムが前に言っていた絶対呪詛を発動する為の言語で、他にも強力な竜族の呪いを教えられているそうだ。


フレイヤは父親のイグニスの勧めもあって、元優秀な呪術師のアムに特別に教えてくれているそうだ。


やはりアクリルの願いとは言え、アムの人生を奪った罪悪感は拭えていないらしい。


ま、罪滅ぼしみたいな感じなのかな。アムに一度その絶対呪詛とやらを見せてくれと頼んだら、やはり断られてしまった。


対魔王殲滅の切り札らしい。そう簡単には見せてはならんと、アクリルに言われたそうだ。


そしてフレイヤの授業が終わると、最後に俺と武術の乱取りをする。いつも俺は夕方になると、ゲートで塔の最上階まで行き、アムと戦ってから2人で帰る。


アクリルの話では、灰の魔王は戦うスタイルが俺と似ているらしい。


それで、彼女の体力と戦闘センスを磨きつつ、俺を魔王に見立てて絶対呪詛を撃ち込むチャンスを見出す訓練だそうだ。


「魔王には、基本的に呪術は効きません。大元が呪われている存在ですから。唯一効果があるのは、竜語のドラゴンカースしかありません。」


と、アクリルは断言した。一体どんな呪法なんだろう。もしかしたら、そのうち拝めるかもしれないな。


                        ♤


〜マヒト〜


俺は修行というより、研究開発をしている。前にも言った通り、マギカ・クレアトーラと魔導クラフトを使う事で、この1年を費やした。


大陸の各地で、灰の魔王が残した爪痕は未だに癒えていない。


強大な魔力で地形を変える程の魔法攻撃を行い、無限の生命力で不死身、勇者に勝るパワーで全てを捻り潰す。


そんな規格外の人型生物を倒すには、たかが超級魔法とかではダメだろう。何しろその超級を、湯水のように垂れ流すのが魔王なのだから。


「いいですか、マヒト。結果的に魔王は異世界から手出しが出来ていません。つまり、時空を超えてまでは影響を及ぼせないのです。あなたに授けた無属性魔法で、かの者を亜空間に封じなさい。恐らく1番効果的な方法でしょう。」


ある日、アムとの訓練を終えた後に呼ばれ、バルコニーでお茶をしながらアクリルはそう言った。


「なるほどな。だけど俺が対魔王用に考えている魔法は、亜空間部屋だけではないよ。実はもう1つあるんだ。」


「...分かりますよ。その魔法は、短時間でないとこの惑星が持ちませんね?」


「流石だね。その通りで、これはもう個では抗えない力だ。ある意味、神の御業だな。」


アクリルは頷いた。


「でも、よくもまあ、こんなアイディアを許したよね。それくらいヤバい相手なんだろうね。」


「ええ、そうですね。」


「ねえ、どんな魔法なの?そもそも、ナチュラルリストアとか言う能力もあるんでしょ?」


アムが尋ねた。だが、アクリルがそれをたしなめた。


「アム、あなたの絶対呪詛も、秘匿していますよね?ちゃんと理由があるのです。魔王は異世界にいるマヒトに危害は加えられませんでしたが、情報を知っていました。次元を超えて、特定の人物の情報を把握できる。今でも同じだと思いませんか?」


「...ああ、そうでした。でもどんな手段なのかしら?」


「私にも解りません。でも、不用意に切り札は見せない方が良いわね。」


「そうだよ、アム。俺の格闘や君の陰陽術は見られていると思ったほうがいいね。仕方なく秘匿技を出すときは、よほどの覚悟をしないとね。それにさっきの魔法は、使った後の悪影響を考えると簡単には使えないんだけどね。」


「そうなのね...。私も自分に出来る事を、後悔しないようにやっておきますね。」


アムは素直な女だ。口は悪いが、裏表なく自分を表現している故の事だ。


会話は本音で喋る。それがアクリルにとって心地よいのだろう。今もニコニコしながら頷いている。


「そう言えばマヒト、例の準備は?」


「ぬかりなく。今ここでも始められる。」


「そう、明日が楽しみだわ。」


明日とは...実はラピのトランスフォームアーマー絡みで、マスタースミスのシルバーウェポン構想の中核を担うプロジェクトが始動する日なのだ。


今日はその話もあって、お茶に呼ばれているのだ。


「ああ、丁度来たわね。」


アクリルの視線の先に、バスクスとラピが並んで歩いてくるのが見えた。2人共に彼女の前で跪いた。


「ご機嫌麗しゅうございます。バスクス、参上致しました。」


「見習いのラピ、同じく参上致しました。」


「いらっしゃい。ラピ、あなたには感謝しています。自分の新技術を、世に広める貢献、とても有意義な事です。」


アクリルは満面の笑みで2人を迎えた。


「さあ、席について。今お茶を用意します。」


「アクリル様、私が。」


アムは立ち上がると、神殿の方へ走って行った。


「バスクス、こちらがマヒトよ。拳精にして無属性魔法の研究者です。」


「マスタースミス、うちのラピが世話になっている。俺はマヒトって言うんだ、よろしく。」


「いや、こちらこそ。俺はバスクスと言う者だ。よしなに。」


俺は立ち上がると、バスクスと握手をした。2人共テーブルに腰を落ち着けると、丁度アムがお茶のお代わりを運んで来た。


「今日ここへ呼んだのは、言うまでもないですが明日の式典の事です。」


アクリルは嬉しそうに言った。


「ええ、承知しております。これは私の野望と言うか...でして、マヒト氏の協力が無ければ計画の遅延は免れなかったでしょう。」


「いやいや。俺もピシャーチャ教徒達に追い回されながら移動するのには、困っていたからね。」


「ははは、何でも一個師団に追い回されたとか。剛胆な話です。」


「迂回路が見つかったから良かったものの、あの様な幸運はそうないからね。」


バスクスは、微笑みながら頷いた。


「それも、主のご加護の賜物ですよ。ところで、肝心な件ですが...ラピ、設計図を。」


「マヒトさん、これです。」


ラピはA3サイズほどのスクロールを手渡した。それを開くと、オブジェの設計図が書かれていた。製品名は「転移ポータル」となっている。


巨大な門が、円形のステージの上に乗っている形状で、装飾が細かく、繊細な芸術品のようだ。そして門の周囲に、巨大な魔石が設置されている。


「これは、マスターが?」


俺はバスクスに尋ねた。


「そうです。流石に処女作は私が手掛けないと。」


俺は頷いた。アクリルやアムも、設計図を覗き込んだ。


「あら、素敵なデザインですね!あなたらしくないけど。」


アクリルは解っていて、バスクスにそう言った。


「いえいえ、こう言った物は公共性がありますからね。見栄えも意識しています。武具は個人使用なので、オーダーが無ければシンプルなデザインにします。まあトランスフォームアーマーになると、それを省略できますけどね。」


バスクスは、ある意味で合理的な判断をしている。外見的なデザインとは、武具に限れば虚飾でしかない。


芸術品で人を殺すなど美学ではないと、彼は考えているのだ。


「わあ、綺麗なデザインね!アクリル様、これが世界各地に?」


アムが質問すると、彼女は頷いた。


「ええ、シルバーガーデンの思想とシルバーウェポン構想に賛同してくれるコミュニティーなら、何処でも無償で提供するわ。」


そう、この計画の骨子は人類が団結し、一丸となって魔王を始めとする「奪い去る者達」を撃滅するための布石だ。


悲しいが、敵味方を識別する手段でもある。このやり方を拒否したら、敵と認定するという表明でもある訳だ。


強引な手段だが、そもそも新型の武具を有償とはいえ技術漏洩込みで提供し、画期的な移動手段を無償で提供という破額なサービスだ。


それを拒否する時点で、疑われても仕方がないだろう。武具の利権化が嫌だという理由なら、ポータルの設置だけでも受け入れてくれればOKらしい。


「マヒト、これからバスクスの資材倉庫まで同行して、必要な物資を魔法のバックパックへ収納してください。明日はギブリスでも設置作業がありますからね。その分の資材、よろしくお願いね、バスクス。」


「仰せのままに。」


彼はそう言って胸に手を当てて一礼した。ラピも右に習った。


その後、俺とアム、バスクスとラピは、シルバーガーデンからゲートを使って鍛冶工房へ移動した。


「ほう、これがゲートと言う魔法ですか。これは革新的ですな!」


「そうだな。空間を超える訳だからな。世界の流通手段がごっそり入れ替わる。」


「ええ、いきなり文明が飛躍する瞬間です。各国の為政者は度肝を抜かれるでしょうな。」


「だな。しかしまあ、よくこんな魔法をアクリル様が許したもんだ。」


「それだけ今後やって来る危機が深刻なのでしょう...ああ、こちらに。」


バスクスは、資材倉庫まで歩くと入り口前に積まれている資材を指差した。


「あれです。ポータル2基分があるはずです。」


「了解。」


俺は資材の下に、バックパックと直結するゲートを開いた。物資は床に開いたゲートに落下して行った。


「今の落下の衝撃で、資材が傷んだりしないのでしょうか?」


バスクスがそう言うと、ラピが答えた。


「マスター、マヒトさんのゲートは魔法の容器に直結できます。ご心配なく。」


「ふむ、中に入れた物を保護する機能が自動で働くからな。ラピ、応接室に2人をご案内しろ。」


「はい、マスター。」


「バスクスさん、ちょっと良いかな?」


俺は立ち去ろうとするバスクスを引き止めた。


「何でしょう?」


「今のラピに使っていた言葉遣いが普通なら、俺とも普通に話してくれると助かる。敬語とか苦手だし、そうされるほどの者でもないから。」


バスクスは俺の顔をしげしげと眺めると、ひと言「分かった。」と言って笑った。


そこから打ち解けたのか、バスクスは俺達と色々喋った。やっぱこう言う無骨な男に敬語は似合わないな。


「マヒト、酒は行けるクチかな?」


バスクスがいかにも好きそうに尋ねた。


「俺、アクリル様の加護持ちだから。酒がもったいないな。」


「ありゃ、難儀だな。」


「まあ、助かってもいるんだけど。ラピにも聞かれたことがあるけど、ある意味酒で楽しめないんだよな。」


「勿体ねえな。まあでも、飲めない訳じゃないなら1杯付き合えや。アムラエルさんも、どうだね?」


「いいけど、私もマヒトと同じ加護持ちよ。それでも良いなら。」


バスクスは笑うと、お茶を持ってきたラピに酒を持ってくるように言った。


「そういや、あんたらがトランスフォームシリーズの広報役だってな?ジェイドって人の変形は見たんだが、そっちはどうだった?」


「何か人間離れした外見になって、ギャラリーに引かれた。」


「ガッハッハ!そりゃ災難だな。ちなみにどんな形なんだ?」


「リザードマンとかドラゴンニュート?っぽい格好かな。顔が面長になって、外装がまるっとドラゴンスケイルになった。」


「...そりゃ、引かれたってよりも感動されたんじゃないか?」


「どうなんだろうな。一般人からしたら恐かったのかも?」


「うーん、でも戦場なら有効だよなあ。ハッタリでは意味がないがね。」


「そうだよなあ。ま、その内に着る人の実力と変形する形みたいな比較を多数で行ったら、面白い傾向が出るかもな。」


「それだ!」とバスクスは叫んだ。


ラピがショットグラスのような透明な素材のカップを持ってきた。


ちゃっかり4人分あったが、バスクスはそんな細かい事を気にする男ではなかった。


出された酒は火酒で、芳醇な香りのする酒精が強いものだった。


それをチビチビやりつつ、ラピが一緒に持ってきた木の実のバターローストをつまんだ。


「もしかして、鎧の外見でそいつの実力が判るかもな。確かに良い着眼点だな!」


バスクスは、子供みたいにはしゃいだ。こう言う話が好きなんだろう。


「ああ、そうかもな。聖騎士隊にでも支給して、試させれば良いかもな。」


「聖騎士だけでなく、戦士職全ての傾向が知りたいです。」


ラピが横から口を挟んだ。


「まずはその鎧を量産してからの話だな。ギブリスの件、宜しく頼む。」


バスクスは、本音で頭を下げたようだ。今回のイベントには、もう1つの目玉がある。


ギブリスの地下迷宮を、俺達月光ができる限り下層まで踏破する事だ。


これにはラピとバスクスが同行する。迷宮内で使えそうな素材や技術を持ち帰るのが目的だ。


冒険者ギルドからの依頼も正式に出ている。何より、アクリルが行けと言っている。と言う事は、何かがあるのだろう。


「お互い様だ。マスターも新しい技術や素材を出来るだけ多く発見してくれよ。人類の未来の為に。」


俺はどうもドワーフと親和性が高いようだ。バスクスともすぐにうち解け、肩を組みながら酒を飲んだ。


いい加減酒が勿体無いので、適当な所でお暇する事にした。部屋の入口で、帰りの挨拶を交わした。


「ラピ、明日は帰郷できるな。」


「ええ、一年ぶりです。手紙を送ってあるので、向こうでの手筈は整っています。」


「ラピ、上出来ね。月光も久々の活動だものね。」


アムは感心しながらラピを称賛し、彼女は嬉しそうに微笑んでいる。


「アムは1ヶ月ぶりの活動だっけ?」


「ええ、そうね。ここ最近は討伐ばかりだったから。私が加わってからの迷宮は初めてでしょ?」


最近アムの月光での活躍は目覚ましく、イザベラが舌を巻く実力だった。


この前、簡単な討伐依頼を受けた時は、陰陽術で攻撃を防ぎ、敵の装備を無効化していた。


彼女の呪詛は、相手を無害化し自滅させたり、大きく隙を作ったりするのに貢献した。


「俺も月光では初めてだけどな。」


「まあ、アンタの場合余裕じゃない!?不安要素なんて無いでしょ?」


「何それ酷い...。」


お互いを横目でヤブ睨みし合う夫婦漫才を見て、ラピはくすくす笑った。


「2人共、明日はマスターをお願いします。」


ラピは頭を下げた。バスクスとラピは、最近付き合っているらしい。やはり色々な利害や方向性が一致したのだろう。同族でもあるし。


「皆で攻略しような!」


俺はそう言うと、ゲートを開いた。そして、直接自分の部屋に移動した。


ここ最近は、亜空間部屋に住んでいる。そしてゲートを行きたい場所に開けば、楽に移動できる。


「あら?今日イザベラはいないの?」


ゲートが閉じた後、アムが部屋を見渡して尋ねた。


「ああ、るーちゃんの所らしい。」


「マスターウィザードのところね。あの娘面白いわよね。」


「やだよアイツ、やたら抱きついて来るんだよな。」


「イザベラの先生なんだから、もう少し加減してあげたら?」


アムは余裕だ。まあ俺がるーちゃんに全く気がないので安心しているらしい。


何ていうか、彼女は良く分からない性格なので、目的が判らんのだ。他の女と違い、付き合いたいとかでは無いらしい。


クマのぬいぐるみにでも抱きついているつもりなんだろうか...。


「ねえマヒト、こっち。」


アムは俺をベッドへ誘った。隣りに座ると、しばらく2人でそのまま黙っていた。


「ねえ...ああ、もうね...。」


何かを言おうとして、アムは黙ってしまった。髪を結って、俺と体をくっつけると、頭を肩に寄りかからせた。


俺は優しく彼女の腰に手を回した。隣を見ると、アムが俺の目を物欲しそうに見つめている。


「そう言えば、今の時点では俺達の子供は出来ないってアクリル様が言ってたな。」


俺は数ヶ月前の事を思い出した。うちのパーティーの女性たちにけじめをつけた翌日、俺はアクリルにパーティーの宿と予定を報告しに行った。


そこで、赤裸々に自分の本音を彼女に吐露した。正直アムとの関係が色々な意味で俺のメインだが、イザベラの事は可愛くて大好きだ。


だから今のうちに彼女とは子供を作ろうと言う事も、全て話した。


「...そうねえ、アムラエルとの事は、焦らなくていいわ。子供ってね、親を選んで生まれてくるのよ。今のあなた達を選ぶ子は居ないわね。逆にイザベラには、来たがっている女の子が見えるわ。」


アクリルはそう言って、俺の肩に手を置いた。


「マヒト、アムラエルも元人間だから色々あるでしょうけど、彼女とは先が長いのよ。死ぬときは一緒でしょうし、離れられないわ。だから、あなたの思った通りになさい。」


「アクリル様、ありがとう。」


俺はこの時、初めてこの神に心の底からの感謝を捧げた。それ以来、イザベラとアムは、タイミングが重ならないように俺の部屋へやって来る。


と言うか、ゲートで迎えに行くのだが。


「...アクリル様の仰る通りだと思いましょ。それに私達は夫婦なのだし。」


アムはそう言うと俺の首に手を回し、深く口づけを交わした。いつもこんなパターンで、俺とアムはスキンシップを楽しんでいる。


俺達は一緒にシャワーを浴びて、夜を楽しんだ。


毎朝、早朝に俺は起きて、瞑想に入る。そして少し寝ぼけつつも魔法の開発を行う。


体が半睡眠状態だと、雑念なくインスピレーションが降りてくる事が多い。それを狙っての事なのだ。ここ1年は、そんなサイクルで生活していた。


時々冒険者ギルドの依頼を受けて、月光全員で活動する時が月に2回ほどあるので、イレギュラーはあるけど。


午前は早朝の魔法開発、アムの送り迎え、それからイザベラの所に顔出ししてスケジュール調整、ラピからの受注品生産、フィジカルの鍛錬、買い物等、そして夕方以降は月光全員で食事会。


で、その日によってアムやイザベラと部屋に帰って、色々楽しむ。そんな毎日だった。


魔法開発で、俺はここ最近思いついた新作を完成させようとしていた。魔法名は「リバースシールド」で、アクリルにも許可を取った。


効果としては、害意を持って攻撃して来た者に、そっくりそれを返す魔法だ。


無属性の空間魔法で、体表に攻撃が当たる寸前に発動し、その部位に相手の同じ部位へ通じる亜空間ゲートが一瞬だけ出現する。


つまり、敵が俺の頭に攻撃して来た瞬間、こちらは無事で相手の頭にダメージが入るという。


そしてここがポイントなんだが、敵意があると視覚情報(光情報)とかも返される。


要はスパイしようとして俺の部屋を覗こうとすると、自分の部屋が見えるという。呪詛も、魔法も、精神系も、どんなエネルギーでも同じだ。


敵意がスイッチの、完全攻防一体シールド。これも究極魔法の内だろうなあ。


「よし、完成っと...うん、登録完了。」


アクリルには事前に話を通してあったが、登録完了して5秒で承認が通った件。


「登録魔法が承認されました。無属性魔法リバースシールド、即時使用可能。」


自動音声で、魔法が完成した事を告げた。ホクホク顔になっているところを、寝起きのアムに見られてしまった。


「ん...おはよう。朝からいい笑顔ねえ、何で?」


「ん?ああ、ちょっとね。」


アムは眠そうに頭を掻きながら、いきなりムッとして俺の背中をバシッと平手で叩いた。痛いんですがそれは。


「何すんのさ!痛いじゃないか。」


「素直に教えなさいよ...あー!もしかして女絡み!?」


「違うって。新しい魔法が出来ただけだよ。」


「ふーん、ああそうか、今時間はいつもそう言う作業しているものね。それで?どんな魔法?」


「うーん、これに限っては教えてもいいかな。えーとね、魔王が俺達を監視しているとか言う話だったじゃない?あれを無効化する魔法だね。」


「へえ!そんな魔法があるのね?」


「うん、これは俺個人にしか効果がないんだけど、魔王以外の相手でも害意や諜報する気がある奴は、無効化されるね。」


「えーと?あー!それじゃあ、あなたは魔王を気にせずに色々出来るって事じゃない!」


「そうだけど、それが何か?」


「ずるいわ!私にも効果がある魔法を作って!!」


「...それ、アクリル様の前で同じ事が言える?」


眉毛を吊り上げながら、アムは黙ってしまった。マギカ・クレアトーラは俺の固有能力だし、リバースフィールドには秘密のデメリットも存在する。


それに、一応パーティー全員に効果があるリバースフィールドを先に創ろうとしたが、承認されなかった。


「...ちぇっ、つまんないの。」


子供みたいに拗ねてしまったアムを、俺は後ろから優しく抱きしめた。


「ほら、いじけないで。今日は式典の日なんだし。それに、これは君の役に立つ魔法だからね?」


「...分かってる。」


俺とアムは向き直ると、口づけを交わした。着替えをして、昨日旅支度を済ませた魔法のバックパックを背負った。


そしてゲートを開いて、イザベラを迎えに魔術ギルドへ向かった。彼女は今、俺の部屋と魔術師ギルドの宿舎を行き来しているのだ。


俺達の修行は佳境を迎えた。月光の各々が充実した実力を身に着けて、今日の冒険に出発する。

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