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シルバーガーデン

「...ヒト!...マヒト!」


数時間は寝たか?珍しくアムに起こされた。額の上に座って、鼻頭をペシペシ叩かれれば誰だって起きる。


「...おお、早いな。」


「遅いのよ!全然眠れなかったわよ。」


アムの目が血走っている。良い加減な下膨れのシュールさに、絶妙なシリアスが加わった表情である。何か気持ち悪い...。


「今、ろくでもない事考えたでしょ?」


アムがグーで鼻頭を殴った!俺は飛び起きてしまった。


「い、痛え!信じらんねえこの女!」


俺は無言で叫んだ。


「フン!失礼な考えの因果応報ね。ほら、今が夜明け前よ!急いで支度をして頂戴!」


お前は俺の母親か!?とか内心突っ込みながら、俺は渋々身支度を始めた。静かに外へ出ると、指定の場所まで移動した。


「おはよう。よく眠れたかな?」


アルタレスが、フォビスと待っていた。既に背中に鞍が着いていて、騎乗している。


「待たせたか?」


「いや、そうでもないさ。さあ、乗ってくれ。直接神殿の前まで案内する。」


アムはポーチの中へ入り、俺は竜の体に初めてまたがった。


フォビスの体は濃い緑色で、ジャコウのような強い匂いがする。鱗がとても硬いので、足をかけても全然感じないみたいだ。


アルタレスの乗っている鞍の後ろにまたがり、落ちないよう両手でしがみついた。


「チチッ!ピューイ!」


アルタレスが音を出すと、ドラゴンは助走もせずに翼の揚力のみで、軽々と飛び上がった。


一回ぐるりとログハウスの上空を旋回し、高度が取れると山の周辺を回りながら上昇した。


そして山頂の街が見えて来た。丁度地平線より生まれたばかりの朝日が昇り、この世界を照らし始める。


鮮やかな紅の光が神殿と思われる塔を染め上げ、顔を出した太陽と重なり、神々しいシルエットを俺の視界に焼き付けた。


「見なさい、あれが大地母神アクリル聖堂塔だ。」


アルタレスは、そう言いながら指差した。そのまま、塔の最上階を目指しているようだ。


「あっ!!あのバルコニーはっ!」


アムが叫んだ。どうやら、以前話してた場所らしい。


「何だお前、結局アクリル様の神殿まで連れて来られたって事じゃんか?」


俺は声に出して言った。


「そ、そうみたいね...で、でも何でフレイヤがあそこにいた訳!?」


「そりゃお前、友人だとか言ってたじゃねえか?」


「でも、神殿が違うじゃない!?アイツならイグニス神殿でしょう?」


「頭が硬えな。同じ場所に祭られている神同士、一緒にいても何ら違和感はないが?」


「いやマヒト、それは違うぞ。」


アルタレスが話に横槍を入れた。


「...もしかして、会話が聞こえているのか?」


「まあな。それより、大地母神と炎神は相反する性質の神々だ。お互いの信者同士、それほど仲が良くはないしな。」


「反する?例えば?」


「炎神は、分離と破壊を司る。対して大地母神は再生と成長を司る。」


「ふうん、そうなんだな。」


「そうだ。そこのお嬢の言葉通り、一緒に居られるのは不自然なのだよ。」


「うーん、俺は宗教に関してはよく知らんのだが、真理の探求分野なら破壊と再生は自然のサイクルでの一対じゃないのかな?何ていうか、2つで1つ、分離不可能なんじゃ?」


「...やはり、お前は只者じゃない。それは高位の司祭たちが長年議論してきた事だ。この世の成り立ちを性質で分けるのか、サイクルとして一体と見るのかと言う議論だ。」


「そうなのかな...いや、人間ごときの小さな視界と頭で処理や理解出来るほど、単純じゃないと思うんだよな、そういう話はさ。ただ、あくまで俺の考えだけど、神々が不仲と言うのは不敬じゃないかな?間違っているかもだけど、協力関係にあると表現した方が相応しくないか?」


アルタレスは、大きく頷いた。


「...そうだな。俺も実はそう思いたい。神を深く想う者ほど、言葉に気をつけるべきだと。」


俺は少し考えた。


「それと、心持ちだな。いくら言葉を意識しても、相手を嫌いな心とかは誤魔化せない。まだ嫌いならマシだけど、無関心なのが1番の不敬な気がするな。」


「嫌いなのがマシだと?」


アルタレスは聞き返した。


「ああ、愛の反対は無感心だからな。憎しみは愛情の一種だと俺は思う。」


アムがポカーンとしながら俺を見ている。気づいたら、アルタレスも口を半開きにして俺を見ていた。


「な、何だよ?」


「...何故君が我が主の御前に呼ばれたのか、今解った気がする。さあ、着いたぞ!ここがシルバーガーデンの由来、シルバーバルコニーだ。」


フォビスは、ゆっくりとベランダ前の広場に舞い降りた。アムの方を見ると、彼女はワナワナ震えている。


「ここよ!ここで私は呪いをかけられたのよ!あの女に!!」


記憶がフラッシュバックしたのだろう、頭を搔きむしりながら、アムは叫んだ。


「アム、落ち着け!呼吸に集中するんだ。お前は間違っていない。そして、今からが本番だぞ。」


俺はアムの小さい背中を擦った。彼女はフウ、フウと呼吸をして、何とか興奮を収めた。


「俺は謁見の邪魔だ。下で待っているからな。終わったら呼んでくれ。」


アルタレスはそう言うと、フォビスと静かに飛び去った。俺とアムは、巨大なバルコニーの脇に階段があるのを見つけ、そこまで歩いた。


「ああ、この景色だ。」


白竜山脈を背景に、アクリルと会話をしたあの日。ルク村のギルド支部で見せられたあのシーン。


今、目の前の景色と、その時の光景が重なって一体となった。


「うふふ、やっと到着ね。いえ、予定より早かったかしらね?現世では時間の経過が曖昧だわ。」


突然背後で喋りかけられて、俺とアムは飛び退いた。すると、俺達のいた場所にアクリルが立っていた。


「だ、大地母神様!!」


アムはアクリルの前まで飛んで行って、地面に跪いた。


「よく来ましたね、呪術師の娘よ。確か500年ぶりです。相変わらずで、安心したわ。」


アクリルはアムの前でしゃがむと、彼女を立たせた。


「...おほほ、あなた達ったら、長年連れ添った夫婦のようね。この旅で随分親しくなったのね。」


アクリルは俺達を交互に見て、穏やかに笑った。


「ようこそ、真理の探求者よ。ここはあなたの愛する神々の分霊が住まうエリアよ。そして、必ず必要になる知識を学ぶ場所でもあるわ。」


アクリルはアムに向き直った。


「...そうねえ、まずは彼女から対処しましょう。さあ、こちらへ。あなたもおいでなさい。」


アクリルは俺達を手招きで誘導した。バルコニーの奥は、大ホールになっている。そして巨大な女神像が立っていた。


円形の部屋の中央は礼拝するためのステージになっていて、周囲の壁際には長椅子が設置されている。


「フン!だいぶ遅くやって来たな。まあピシャーチャ教徒に囲まれては、仕方がないのかもな...。」


女神像の前に、黒ローブの女が立っていた。


「ああ、フレイヤだっけ?この前はどうも。」


俺のあっさりした態度に、アムが引いている。


「あ、アンタねえ!この女が私をあんな目にあわせたのよ!それにこの前は黒焦げにされかかったじゃないの!それをよくも...」


憤慨するアムを俺は手で制した。


「まあまあ、落ち着けって。俺達はまだ生きているだろう?そして苦労させられた分の見返りはもらったとも思うしな。お前だって加護を貰ったんだろ?それに彼女がアクリル様の友人なら、今のは不敬じゃねえのかよ?いい加減、今までの話の流れで理解しろや。」


茹でダコのように真っ赤な顔をして、アムは俺を睨んだ。目が血走って、鬼の形相になっている。只でさえ残念なビジュアルが、完全無欠に...。


その様子をフレイヤと、アクリルが面白そうに見ている。


「まあ、言いたいことは後にしてな。話が進まん...それで、姉さま達はコイツに何をする気なんだい?」


俺はアムを親指で指差した。フレイヤとアクリルは、顔を見合わせて笑った。


「...ふうん、お前は根に持たないタイプなんだな。魔王の身代わりで異世界から召喚された理由、理解した気がする。まあ、話を先に進めるか。」


フレイヤはそう言うと、パチン!と指を鳴らした。と、空中に漂っていたアムがスーッと地面に降り立ち、そのままムクムクッとサイズが大きくなっていった。


「...!!!」


俺は絶句した。何故なら、さっきまで妖精だった者が、人間の姿で目の前に立っているから。


身長は170cm位だろうか。黒髪で背中の中央まで伸びたロングヘア、少し桜色の白い肌が色香を感じさせる。


やや太めの眉、クリッとして強かさを感じるラピスラズリの碧眼、控え目で愛らしい鼻と小さい唇、そして華奢だがしっかりした体幹に、薄手で白のワンピースを着ている。


「はあああっ!?何お前、メッチャ可愛いじゃん!!」


俺は両膝を地面について、頭を両手で抱えた!そう、清楚という表現がピッタリだ!


眉目秀麗、大和撫子みたいな雰囲気ながら、ハーフっぽくブルーアイズと言うエキゾチックな雰囲気。

超どストライクな外見に、俺は度肝を抜かれてメロメロになった。


「フハハハ!お前、少しは本音を隠さんか!...と言うか、こんなのがお前の好みなんだな。」


フレイヤが爆笑した。アクリルも、とても嬉しそうにアムを見ている。


「...あれ?あれ?...あ...。」


アムは自分の手足や前後を確認した。そして俺の方を見て、綺麗な目元からポロポロと涙がこぼれた。


彼女はしゃくりあげるとクシャッと顔を歪めて、うーっと言いながら俺に歩み寄って胸に額をつけて、肩を震わせた。


「元の姿に戻って良かったわね、アムラエル。あなたの理想の男性にめぐり逢った感想はいかが?」 


ニコニコしながら、アクリルはアムに尋ねた。鼻水をグシグシ言わせながら、涙目でアクリルを見た彼女は、ニカッと笑った。


「アクリル様、ありがとうございます...時間が経っていたので、まさか昔のままの自分だとは思いませんでした。でも...。」


「そう、ごめんなさいね。でもあの時は、詳しく事情を話せなかったの。それに、今あなたの住んでいた村は消滅していて、跡形も無くなっているのよ。実は、姿をこんな風に変えた直後に、あの村の住人は全滅したわ。」


アムは驚きながらアクリルの話に聞き入っている。俺は話がよく飲み込めなかったので質問をした。


「あの、アムが俺と出会うのが目的で呪いをかけられていたとして、その村の事件も関係があるって事だよね?もしかして村が無くなったのは俺のせい?」


フレイヤとアクリルは同時に頷いた。


「そうだ。正確にはお前がアムラエルと出会う事を阻止しようとした、魔王の仕業だ。」


フレイヤが、そう答えた。俺はさらに質問を続けた。


「魔王って、俺が身代わりになった奴だよね?」


「ええ、そうよ。灰の魔王と呼ばれていたわ。あなたがアムラエルと出会う事が、彼にとって一番の脅威だったのよ。」


アクリルが、そう答えた。


「わ、私ですか!?」


アムは絶句した。2人の女神は頷いた。


「マヒト、お前この娘と別れて、元の世界に戻る気になるか?」


「えーいや、今まではどうだろう。でも、こうなった以上、帰るのがもったいない気がするな。」


「そうであろう?出会いとはな、単に物理的現象にあらず。」


フレイヤがそう言うと、今度はアクリルが説明を始めた。


「つまりね、マヒトとアムラエルは、霊的に因縁があるのよ。ちなみに、前世では夫婦だったのね。男女が入れ替わっていたけど。」


「えっ...俺が女だった!?」


「そうよ。アムラエルはとても良い旦那さんで、相思相愛の関係だった。そして、2人は突然殺されたのよ。その殺人者、誰だと思う?」


「ま、まさか...灰の魔王!?」


「そうよ!あなた達と魔王の前世、その当時は人間だったけど、その男との因縁を、この世界で解消しなくてはならないの。その為にあなた達は出会う宿命を背負っていたのよ。」


俺とアムは言葉が出なかった。彼女は俺の後ろに隠れるようにして、話を聞いていた。


「じ、じゃあ、私のお父さんとお母さんを殺したのは、魔王なんですか!?」


「その通り。しかし我がその直前に、竜の呪いでお前を妖精呪縛の状態に変えた影響で、魔王の奴はお前の存在を見失った。この呪いは、対象を私有物として秘匿する副次的効能があるのだ。この世界で看破できる存在は竜の血脈以外おらぬ。」


フレイヤが、ここぞと理由を述べた。なるほど、アムは魔王に命を狙われていたんだな。んで、妖精になる呪いのお陰で発見されなかったと。


...ん?じゃあ俺が異世界で生まれた事って...?


「そう、それです!マヒトと魔王を殺し合わせたくなかった全能神の采配で、あなたの今世は異世界に転生しました。でも、魔王は何故か自分の過去世を知ってしまい、あなたが日本で暮らしていたのを何故か発見してしまった。」


俺の考えを読めるんだな。流石っていうか...。


「マヒトの存在を知った魔王は、異世界に渡る為のゲートを新しく魔法創造したのよ。それを使って、あなたを亡きものにしようとしたわ。でも、私達はその魔法の使用中に、魔法陣の術式を書き換えた。こちらの世界に入れ違いで呼ぶ術式に書き換える事が出来たという訳ね。後はマヒトが知っている通りよ。」


アクリルは、そう言い終わると深くため息をついた。


「なるほど、俺を保護してくれたんだな。それなら、あんた達に今はとても感謝してる...ん?待てよ?えーっと、これってもしかして、その魔王があちらの世界からこちらに戻って来れるかもって事あるかな?」


「ふむ、お前は理解が早いな。その通り、奴はお前のいた世界で、異世界へのゲートを開く装置を、科学と呼ばれる知恵で創り上げようとしておる。」


フレイヤは頷いた。


「それって不味いですよね!?」


アムが焦ったように尋ねた。


「ええ、その通りよ。そこで、今ここに来てもらった事が意味を持ってくるの。」


「ああ、魔法を覚えるって事かあ。でも、魔法戦で魔王に勝てるの?」


アクリルがフレイヤの方を見た。ああ、魔法の先生はフレイヤなのかな?


「方法はある。だがシンプルなやり方ではだめだ。お前は、その娘を守りながら戦わなくてはならん。」


「えっちょっと待って。一緒にって事?」


「そうだ。魔王はお前を攻撃すると同時に、娘も抹殺しようとするだろう。我々イモータルにも、お前らの災難に手出しは出来んのだ。因果律は己で改変する必要がある。出来るとすれば、援助的な事のみだな。」


「うん、それは仕方がないんだね。了解した...でもさ、俺を抹殺しようと言うだけなら、そこまでアムの抹殺は必要なんだろうかね?」


「私も、同じ意見です。何故執着されるの?」


アムも不思議そうに、アクリルに尋ねた。


「...ごめんなさいね、今はまだ言えないの。確かにあなた達の疑問は的確よ。そのうち時が来たら、私が必ず教えましょう。」


「はい、御心のままに。」


アムも了承した。フレイヤとアクリルは頷き合うと、「こちらへ」と言って俺とアムを祭壇のようなモニュメントの場所まで案内してくれた。


すると、目の前に突然火柱が噴き上がり、中から炎の人型が出現した。イグニスだった。


「我は待っておった。よくぞここまで辿り着いた!お主等の所業をつぶさに見てきたが、見事である。そこで永遠の命を授かった我ら同胞を祝して、ここに特別な能力を付与する。」


同胞!?ああ、イグニスの眷属って事かな?と俺は思ったが、イグニスはそれを読み取って否定した。


「眷属などと言う立場ではない。お前はもう、今日この時から我々イモータルの一員という事だ。娘よ、何故500年の時を経て姿が変わらぬと思うか?」


「えっ...私、不老なの!?」


「そうだ。そしてマヒトよ、お前も同等だ。異世界から召喚された際に、お前は魔王の入れ替わりとして同等の存在にすると、全能神が決めたのだ。光か闇かは、その存在が自覚する事で変わる。魔王は闇と認識しておった。」


「つまり、俺の存在は自覚で決まる訳か、そうだよなあ。光も闇も、分極出来るものは幻だもんなあ。」


「マヒト、どういう事?」


アムが心配そうに尋ねた。


「うん。前世界でな、真理の探求をしていたんだが、ある聖典に書かれていた言葉なんだ。この世は物質的2元性の世界で、上と下、暑いと寒いと言う様に、多くの事象が陰陽分かれるんだけど、霊的には1つという事さ。生と死も、物質の肉体を基準にすれば成り立つけど、魂は死なないからな。要はこの世で見えている物は霊の修行に必要な道具で、壮大なまぼろしという事さ。」


「ふうん...確かにそうね。価値観が物質依存だと生死別れちゃうのね。」


「娘よ、その通りだ。お主等は、より霊的な存在なのだ。マヒトも異世界から霊魂だけトレードされ、月光丘で現在の肉体に憑依した。あの場所を、太古の人々は創生の祭壇と呼んだ。」


何と!?あそこって祭壇なんだな!てっきりただのダンジョンかと思ってた。


「さて仲間が待っている頃だろう、先に要件を済ませてしまおう。今から授ける能力は、魔導クラフトと言う。物理クラフトの上位互換で、通常ありえない魔法機構を備えた道具を創造出来るようになると言う、キワモノだ。」


何かすごい名前の能力がキタ!


「...えーっと、もしかして魔力を動力源にして動かせる機械を創る能力ってこと?」


「その通りだ。創造物を設計し、クラフトモードの承認を受ければ、この世で唯一の魔道具が誕生すると言う訳だ。お前はどんな物を創造するのだろう?」


「今ここで、その能力を受けるか決めなければダメなんだろ?」


強大な力には、それに見合うリスクが生じるものだ。俺は一瞬戸惑った。


「そうだな。他でチャンスはない。」


「なら、それで対魔王特化の魔道具とかも創れという事だよな...断る理由は無いね。」


「分かった。では今から魔導クラフトの能力を授ける。」


イグニスは片手を高く挙げた。すると俺の体表が強く輝き、マジックブレインの物理クラフトの能力表示が「魔導クラフト」に変化した。


「これで終わった。魔導クラフトは、自己学習出来る仕組みになっている。後で起動して確認するが良いぞ。」


いきなり神から、とんでもない能力を授かってしまった。そもそも使いこなせるのか?俺の想像力の限界を試されるスキルだ。


むしろこれ持ってて、大した作品が出来なかったら無能の極地ってことじゃねえか?


いやむしろ、そういう能力を持てる存在だと神々に認められたんだ、と思うことにしよう。


「よし、少し待て...今時間を止めた。次は御主に究極の能力をひとつだけ創造する権利を与えよう。イモータルの特権である。」


横を見ると、アムの動きが完全に止まっている。ああ、彼女には知られたくないんだな...え!?今何て!?能力創造とか言ったな?


「おお、言ったぞ。これはな、全能神がお前唯一人の秘密として、対魔王の最後の切り札を授けよとの仰せからだ。」


「えっそうなんだな!?...あれ?そんなに凄いスキルをくれるって事は、魔王も同じな感じになっているのかな?」


そう言うと、神達が渋い顔をした。


「...まあ、そういう事だ。相手は科学を用いた兵器を携えて、帰還するつもりらしい。あちらの世界では、お主が居た時代より200年ほど未来からになるな。」


イグニスの言葉に、俺は驚愕した。


「わああ、魔法の使えない魔王でも、超ヤバイ戦力な件。あの世界では、核撃やプラズマみたいな兵器利用できる技術が、俺の居た時代でもあったからなあ...と言うか、あっちでは200年も経っているのか?」


「そうですよ、あなたの居た時代に転位したからこそ、魔王はその様な技術を長年の研究で習得するに至ったのです。あなたとの入れ違いなので、あの時代しか選択肢が無かったのよ。」


アクリルも、残念そうに言った。


「...その件はどうにもならなそうだし、俺の出来る事をやることにするよ。それで、本当にどんなスキルでも可能なのか?」


俺の質問に、イグニスは頷いた。


「そうだ。但し、この惑星を破壊するレベルの魔法には、制限がかかる。なにがしかの安全機能を追加することになるな。」


「マジかよ。それって相手もそのレベルって事じゃねえか...うーん、その破壊力を無効化出来るとか...ああ、それだと相手を倒す事は出来ないなあ...。」


俺はここぞとばかりに脳と直感をフル回転させた。相手の切り札的な物が、どんなジャンルか判らない兵器と言う事しか情報がないしな。


攻撃系だと、先に相手を滅ぼせれば良いのだろうけど、そう上手く行く気がしないんだよなあ。


...そうか、何も直接相手を倒さなくったって良いんだな。大体、そんな事をしたら、来世で自分が倒される繰り返しになる。


「...うん、決めた。俺の周囲全てを自然の状態へ整合して戻すスキル、ってのはどうかな?」


三神は顔を見合わせた。そしてイグニスが笑い出した。


「ふふ...フハハハ!!面白いなお主、そういう手もあったか!分かった、望むとおりにしよう。ちなみに、この能力の名前はどうする?」


「ああ、名前かあ...じゃあ「元に戻す」とかでいいや。」


フレイヤとイグニスが笑った。


「あははは!お前、そういう所はいい加減なんだな!面白い男だ。」


フレイヤがメッチャ笑っていた件。


「マヒト、もう少しちゃんと考えましょ。魔王にも笑われてしまいますよ。」


アクリルも困った顔をしていた。この女神にこんな顔をさせたのは、俺が人類初なんじゃないだろうか?


「何でみんないきなり笑ったの?」


時間が動き出したようだ。横から声がして、振り向くとアムが怪訝そうな顔をしている。どうやら今までのシーンが飛んでいるみたいだ。


「君の時間が止まっている間にね、新しい能力を創って名付けしろと言われたから「元に戻す」とかにしたら笑われた。」


「ああああ、アクリル様!このバカが申し訳ありません!大変な失礼を...ホラ!マヒトも頭を下げなさい!なんでそこは頑固なのよ、相手を見なさいよ!」


俺とアムが夫婦コントをやっているみたいで、ギャラリーがニヤニヤ笑っている件。神にもお笑いが通じるって言う。


「いや、案外そんなものだぞ。神界は平和すぎてつまらぬ。お前たちのような道化役が居ないのは、静かで良いがつまらぬ。」


イグニスはそう言うと、再びウハハと笑った。そして一瞬ボッと炎が体中から吹き出して、燃え尽きるように消えた。神から道化認定されるという。


「もーしょうがないわね!今からでも良いから魔法の名前だけでも変えてよ!」


アムが俺に詰め寄った。そんなこと言われてもな...。


「うーん、じゃあシンプルに「ナチュラルリストア」ってのはどうかな。あっ中2みたいだなあ...。」


アクリルとフレイヤは、顔を見合わせて頷いた。この世界で究極スキルの新ジャンルが誕生した瞬間だった。


「ふむ、面白い。中2...と言うのは知らんが...能力系の新しいジャンルだな。我も習得してみたいものだ。」


フレイヤがうらやましそうな顔をした。アクリルも、結構感心しているようだ。


「そして今後ね、約束通りマヒトへ無属性魔法の極意を教えましょう。この世に平和貢献すると良いわね。私達も、あなたの独創性に期待しているわ。」


アクリルは意味深に笑った。そして、白竜山が朝日で白く輝くのを、眩しそうに眺めた。


「さあ、時間が押しているわね。アルタレス!」


アクリルがそう呼ぶと、バルコニーの階段を彼が昇ってきた。


「主様、ここに。」


「ええ、ありがとう。今から下に行って、月光の皆をここまで連れて来てください。」


「御心のままに。」


アルタレスが皆を迎えに行っている間、俺とアムはアクリルが出してくれたお茶を一緒に楽しんだ。


朝食がまだだったが、お茶菓子が濃厚なバターの焼き菓子だったので、結構満足できた。


いつの間にか、フレイヤは消えていた。イグニスと同じで用が済んだのだろう。


「そう言えば、アムの事は皆に何て説明しようかな...イザベラが絶対ヤキモチ焼くよな。ああ、ドロシーもかあ。」


「きっとラピもよ。フン、今まで散々私に見せつけてくれちゃってさ!それくらい自分で何とかしたら?」


アムが辛辣だった件。まあ、惚れた弱みだなあ...。宿命の相手でもあるんだが。


「そう言えば、アムは魔法とか呪術とかで恩恵はなかったのかな?」


俺は思い出して、アムに質問した。


「ほら、アレよ。あんたが時間を止めてもらったのと同じね。私は、絶対呪詛系を授かっているわよ。師匠でも、この技は知らなかったみたいね。」


「へえ、どんな感じ?」


「うふふ、ヒ・ミ・ツ。」


「なにそれイケズぅ!!」


その会話を聞いていたアクリルも、下を向いている。多分笑っているな、あれ。


「ふ...はあはあ。ま、まあ私からあなた方の仲間達に説明すれば、納得してくれるでしょう...でも、あなたの恋路の言い訳には付き合えないわ。」


アクリルはそう言い終わると、また後ろを向いて肩を震わせている。なにせ相手が神様だから、突っ込んでいいものかどうか悩む。


「アクリル様、俺達は一体どれくらいの寿命になったのかな?」


俺の質問に、彼女は悩ましそうに答えた。


「あなたにとっては残念ながら、使命が終わるまで、と言っておきます。」


「使命?」


アムも不思議そうな表情だ。


「それこそあなたの得意分野でしょう?そんなに高い能力を身に着けた存在が、喜怒哀楽を命数分だけ体験するのに、一体何年かかるのやら。私も、早くお役御免になりたいものだわね。」


つまり、マジで神並みの長さなんだな。おい、それじゃあ...。


「月光の皆とは、いつかお別れね。私達よりずうっと先に死んでしまうわ。」


アムが、何故か寂しそうに言った。ああそうかあ、コイツは500年の孤独に耐えたんだよな。当然いくらかは死別を体験しているんだろうし。


「アム、最悪俺がいるから。」


俺はアムの白くて細長い指先を握った。


「ふふっ、最悪なんて言わないで。私にとっては最高なのよ?」


アムはそう言うと、恥ずかしそうに下を向いた。あの下膨れの妖精が、こんな風になるなんてなあ。


ある意味究極スキルより、こっちの方が衝撃的だな。


しばらくすると、フォビスが飛んで来るのがみえた。そして、女性達がバルコニーまで登って来た。


彼女達は、俺達の座っているテーブルまで走って来た。そして、畏れで跪いた。


「アルタレス殿に聞きました。アクリル様とお会いできるなど、光栄の極みです。」


イザベラが、他の女性達と跪きながら言った。アクリルは立ち上がると、彼女等を優しく促して立たせた。


「ようこそ、シルバーガーデンへ。そして、我が息子と娘の為に尽力してくれた事、とても嬉しく思っているわ。」


女性達の視線が、アクリルから俺に流れ、そしてアムでピタッと止まった。


「...マヒト、その人は神官様なの?」


ああそうか、今のアムの格好なら、女神官だと思われても不思議じゃないな。


「ええと、紹介するよ。俺の伴侶だった人、と言うか...アムラエルって言うんだ。実はうちのパーティーの事は、俺がルク村に来た時から知っているんだ。」


イザベラが、俺を凝視した。


「伴侶、だった...?何でパーティーの事を?」


「突然のことで混乱すると思うけど、アムは君達が見えなかっただけで、ずーっと旅に同行していたんだ。俺とは、この世界に召喚された時からの付き合いでね...まあ、この話はジェイド達が来たら、皆に話すよ。」


「...そう、それもそうね。アクリル様の御前で2人揃っている時点で、普通の関係ではないと思ったけど。」


ドロシーとラピも、頷いた。そして、アムを含めた女性同士の間で、何やら微妙な空気が醸し出されていた。


おいおい、これは俺が針のむしろ状態じゃないの。


「...私はアムラエルって言うわ。いまさっきこう言う格好に戻ったばかりで、500年間も妖精の格好だった。あなた達とは、ルク村からずっと一緒だったわ。」


アムは軽く自己紹介した。イザベラが、今度はアムを凝視している。まあ、これはもう仕方がない。有り体に話をするしかないだろう。


10分もすると、男性達もバルコニーに登って来た。さっきと同じシュチエーションになり、挨拶を済ませ、全員がテーブルを囲んで座った。


「月光の皆さん、揃いましたね。改めて、マヒトとアムラエルの旅に協力してくれた事、感謝します。」


アクリルは立ち上がると、全員を見回した。


「...それで?マヒト、さっきの話をもう一度してよ。アムラエル?の事情もね。」


「それについては、この一連の出来事を計画した私から説明します。」


アクリルはそう言うと、魔王と俺とアムの関係や過去世の事、異世界から召喚された事、魔王の再来の事、アムは妖精化されて常に俺の傍らにいた事、そしてさっき元の人間の姿に戻った事、魔王を倒せるのは同じ宿命を背負った俺とアムだと言う事を、簡潔に説明した。


「...マヒトにとって、私は浮気相手なの?」


イザベラは憤慨しているようだ。まあ、そう思うよなあ。


「うーん、アムはアクリル様が言った通り、さっきまで人間じゃなかったのな。いや、元人間だってのは知ってたんだが、こうなったのはついさっきなんだよ。俺とコイツの前世の話も、今さっき聞いた。だからイザベラ、君の事は本気だ。そして申し訳ない事をしたけど、ドロシーやラピの事は、ケジメであえて距離を置いていたんだ。」


「...うん、分かってる。今までの行動があるから、私はあなたを信じられたわ。」


イザベラは、涙ぐんだ。それを見たアムは、複雑ながらも彼女に偽りのない気持ちを吐露した。


「...私ね、マヒトとは月光丘の森で出会った。その時は呪いで妖精体に変えられていて、私を認識できる人間と出会えたのが500年ぶりだったわ。あなたも彼の事を愛しているなら、この気持ちを理解できるでしょう?私は恋人としては相手にされなかったし、でも妖精の姿では仕方がない事だし、あなたとマヒトが仲良くしているのを羨ましく見ていたの。私が最初に知り合った友人で、私の宿命の人なのにも関わらず、傍観しているしかなかった。」


イザベラの手を取って、アムは彼女を抱擁した。


「ごめんなさい、私は彼を愛しているわ。でも、あなたの気持ちが本当だっていうのも知っている。今まで側で見てきたから。マヒトは、私から見ても品行方正だったわ。だから、こうなったのは本当に運命のいたずらとしか言えない。それでもあなたは、この事を受け止められる?」


アムは真剣にイザベラの目を見つめた。つまり、アムは俺の事をイザベラと分かち合うと腹を括ったのだと思った。


一夫多妻が認められる世界だけに、こういう展開になるんだなあ。


「イザベラ、マヒトのあなたへの愛は本物よ。ただ、今はまだ詳しく言えないのだけど、アムラエルとマヒトが前世で夫婦だった事と、今世で魔王に対する共闘関係なのは全能神の計らいなの。それ無しで、この世界の未来は成り立たないわ。時間がかかっても、彼の事を愛しているなら受け止めてください。」


アクリルも、フォローしてくれた。イザベラは、涙をこぼしながら頷いた。


「マヒト、あなたはそれでも私を愛してくれる?アムラエルと同じくらいに。」


イザベラは、俺とアムの目を交互に見た。俺はこの場の全員の顔を、見回した。


男性達は、複雑ながらも温かい眼差しで頷いた。ドロシーとラピは、超複雑そうに下を向いている。


「ああ、任せろ。精一杯、力を尽くす事を約束する。」


イザベラとアムは、対象的な様子ながらも嬉しそうに頷いた。アムは力強く目を輝かせて、イザベラは安堵と嬉し涙で、俺のそれぞれの手を握った。


「マヒト、あなたは異世界の風習で馴れないでしょうけど、二人と真剣に向き合いなさい。」


アクリルが、話をまとめた。これは時間をかけるしかないだろう。俺は他のメンバーに色々な意味で謝罪した。


「...皆、いきなりすまなかった。俺が異世界人で魔王の身代わりと知られたら、どうなるか不安だったから。こんな奴だが、これからも俺は月光のメンバーで居たいんだ。許してもらえるなら嬉しい。」


「馬鹿だな、お前は!」


ビンセントがちょっと怒った風に叫んだ。


「そんなもん、些細なことだろ!?今まで俺達は何度となく助けられて来た。お前はもう、月光の一員なんだ。嫌と言っても、俺達が許さんからな!」


「ビンセント...。」


「そうだぞ、お前はパーティーの関係とかを気にしているんだろうが、それは当人同士の問題だ。魔王の事はこの世界全員の問題だから、俺達の問題でもあるしな。月光の絆は揺るがない、そうだろ?」


ジェイドも、変わらない笑顔で頷いた。グレッグは興奮しながら叫んだ。


「そうですとも!私もあなたの話をいろいろ聞いて、やっと理解しましたよ。やはり神の采配だったのですね!そして月光は、アクリル様の庇護下に入った稀有なパーティーとなった訳ですよ!これもマヒトのお陰です。」


「皆、ありがとう。迷惑をかけるかもだが、これからもよろしくな。」


俺は頭を下げた。ラピとドロシーも、パーティーの件に関しては一緒に頷いてくれた。


「ところで皆さんはシルバーガーデンへ修行に来たのでしょう?これからどうしますか?」


アクリルが話題を変えた。皆が顔を見合わせた後、ジェイドがリーダーらしい発言をした。


「アクリル様、俺達はマヒトに刺激されてここまで来ました。今後パーティー活動の中で、彼の足を引っ張るような事はしたくない。ここにいる全員...いや、アムラエルはまだ聞いてないが、全員の想いです。」


「えーっと...私も、月光だと思っていたんだけど...だめかしら?」


アムが手を挙げて、ジェイドに尋ねた。


「どうだろうな...アムラエルは、一緒に居たのなら知っているだろう?俺達のポリシーや、信条を。」


「ええ、もちろん。実は私の師匠は呪術師だったわ。汚泥沼の畔で魔族の監視をしながら、一緒に魔の研究をしていた。これって公共の利益になるわよね?そして、私もそれなりの呪術師よ。でも、すぐに認めろなんて言わない。これからも一緒に活動しながら、役に立つか判断してね。」


ジェイドは皆の顔を見回した。全員が頷いている。まあアクリルの威光もあるんだろうけど。


「...そう言う訳で、我ら月光は自分の実力を伸ばしたいです。」


皆の意思に、アクリルは嬉しそうに笑いながら頷いた。


「分かりました。私で良ければ、皆さんの適性や潜在能力を判断して、選択肢を教えられると思うわ。ここシルバーガーデンでの滞在は、私の聖護印を提示することで各施設を安く利用できます。スキルマスター達も、同じく優遇してくれるでしょう。」


俺達は、アクリルの案内で自分の適性ジョブを判定し、各々が師を得た。


ジェイドはアクリル神殿のホーリーナイト、グレッグはイグニス神のハイプリースト、ビンセントとドロシーはレンジャーギルド、ラピは鍛冶工房のマスタースミス、イザベラはハイエルフのマスターウィザードに、それぞれ師事をする事になった。


アムは、呪術師としては既にマスタークラスを会得しているから、苦手な近接戦闘術を学ぼうとアクリル教の神官長へ師事する事になった。


何でもホーリーファイターと言うジョブらしい。元々信者だから、スムーズに受け入れられた。何より神官長が手放しで喜んでくれた。


アクリルが娘と言い切った女だから、それを手塩にかけられるのは教団トップとしても魅力的なのだろう。


俺に関しては、魔法の研究開発者だった。無属性魔法の極意を習得する目的で、スキル「マギカ・クレアトーラ」をアクリルより与えられた。


何時やって来るかわからないが、魔王の襲来に備えて少しでも準備を進めよと言われてしまった。


スキル名の意味は「魔法創造」らしい。極意を教わる事が、何故そんなスキル名になるんだろう?


「今日は皆さんの生活拠点を決めるのと、長期滞在用の必需品を買い物して下さい。明日の昼までに、マヒトが報告に来てくださいね。明日の正午からは、各ギルドマスターへ挨拶に行って下さい。あなた達のことは、既に連絡済みよ。」


アクリルは微笑むと、では解散と言いながらフッと消えてしまった。気付いたら、そばに神官長が立っていた。彼女は街までの道順を教えてくれた。


「それとアムラエル、あなたはちょっとここへ残って下さい。あなたは仮の入信者の様ですから、教団の正式な手続きをこれから行います。」


「はい、分かりました...マヒト、宿泊先が決まったら塔の入り口まで迎えに来てね。」


「分かった。アム、頑張れよ。」


アムは頷くと、神官長に着いて行ってしまった。俺達は、教えてもらった下り階段を30階分降りながら、色々な話をした。


「...しかしなあ、お前も隅に置けない男だな。早朝から居なくなったと思ったら、あんな別品な女が嫁候補とか言ってるんだもんな。」


ビンセントがニヤニヤしながら言った。


「うーん、ある意味不本意ながら、だな。アムの事は妖精の友人だと思っていたのさ。それがあんな姿になって、お前の嫁だったとか言われる身にもなってくれよ。」


イザベラが頬を膨らませ、そして大きなため息をついた。


「はあ、何かこうなるんじゃないかと思っていたわよ。せっかく女同士で話し合っていたのに、競合が増えるなんて心外だわよ...まあ、マヒトがちゃんとしてくれれば、私は何も言わないけど。」


俺はイザベラに軽く耳打ちした。


「なあ、後で2人で話せないかな?大事な事なんだ。」


「分かったわ。宿が決まってからね。」


イザベラは嬉しそうに頷いた。


「...先生、私とラピから、話があります...。」


ドロシーが、俺に小声で言った。


「分かった。じゃあ買い物が終わってからな。」


彼女は頷いた。ラピもこちらを見て頷いている。


「おいマヒト、それでこれからどうする?」


ジェイドが今後の予定を尋ねた。


「そうだな、まずはアムを迎えに行かなくてはだから、先に宿だな。それから買い物と行こうかね?」


全員が頷いた。塔から出ると、正面がメインストリートになっていた。左右に露店が並び、色々な物品が売っている。


俺は近くの店に寄って、親父に宿の場所を尋ねた。何かジュウジュウと美味そうな匂いと音がする。


「...美味そうだな、親父。これは何ていう食べ物だい?」


「へいらっしゃい!シルバーガーデン名物、親子サンドだよっ!」


「変わった名前だな。何で親子なんだ?」


「そりゃ兄さん、親子が中身に入っているからで。鶏肉と卵の甘辛煮を衣で包んで揚げてあるよっ!どうだい、買って行くかい?」


まんま親子丼のイメージだった件。本当にこの自動翻訳ってどうなってるんだ?


「おお、じゃあ8人分くれ。」


「毎度っ!今日は兄さんにアクリル様の加護があるよっ!」


親父は手早く調理すると、人数分を紙に包んでくれた。


「ところで親父、神々の祝福亭とか言う宿を知っているかい?」


「ああ、そりゃあ、あれだ。あそこに大きな看板が出ているでしょ?」


親父が指差した先の路面に、確かに看板が立っている。神殿の塔から500m先だった。


「ああ、あれか。親父、また来るよ。」


「兄さん、待ってますよ!」


俺は店を出ると、全員に親子サンドを配った。


「おっ、丁度腹が減ってたんだよ。マヒト、いくらだった?」


ジェイドが嬉しそうに包みを開いた。途端に美味そうな香りがしてきた。


「んなもん、奢るよ。俺も腹が減ってたし。」


「もう、ジェイドったら!私もお腹が空いちゃったじゃない!」


イザベラが笑いながら、包みを開けた。結局全員がそこで立ち止まり、ジューシーな甘辛揚げパンをほおばった。


味は揚げパンの中に、甘辛い親子丼の具が入っている感じで、想像通りの味だったが結構美味かった。


「マヒト、ご馳走様。これ当たりでしたね。」


グレッグが満足そうに、そう言った。他のメンバーも、各々がお礼を言った。結構量があって、腹が膨れた。


「ああ、美味かったな。」


アムの分も買ってある。宿を取って、迎えに行かないと。


「んじゃあ、行こうか。」


ジェイドの号令で、神々の祝福亭へ向かった。到着すると結構大きな宿で、客の出入りが盛んだ。


アクリルが言うには、神殿への寄進が多い宿で融通が利くとか。店主もアクリル教徒らしい。


宿については、3件ほど紹介されていたが、どこにするかは決めていなかった。俺達が到着したら、色々優遇されると聞いた。


中へ入ると、この世界では見たことがない、でっぷり太った女性が受付のカウンターに立っていた。アクリルが言っていた店主の風貌通りだな。


しかし神の言ってた「体格の大きい人」と言うのも間違ってはいないが、モノは言い様だな。欧米なら自己管理を疑われるレベルだろう。


「あんたが女将かい?部屋は空いているかな?」


「いらっしゃい。ええ、空いてますよ。何人のお泊りですか?」


「実はアクリル神殿からの紹介なんだ。俺達は月光ってパーティーなんだがね。聞いてないかな?」


「ああ!あなた達が。話は聞いていますよ!何でもアクリル様の公認冒険者パーティーだとかで。確か8名様だったわね?」


「ああ。一人は遅れて来る。とりあえず部屋だけ取りたいのだが。」


「ええ、大丈夫よ。さあ、こちらへ。」


台帳に氏名を記入し終わると、女将は嬉しそうに笑いながら俺達を3階のいちばん大きな部屋に案内した。


「こちらは大部屋で、寝室はあの通り個別のベッドです。食事は朝晩2回よ。それと、あなた達は修行に来たと聞いているけど、宿の変更がある場合は早目に申請してね。用がある時は、呼び鈴を鳴らして。」


女将はそう言うと、下へ行ってしまった。


「何で宿の変更って話になるんだ?」


ビンセントが怪訝そうに言った。


「ああ、それは多分、修行者用の宿泊所があるギルドとかが多いからです。私の修行先、イグニス神殿でも神官用の宿泊所があります。」


グレッグがそう答えた。


「ほう、お前はそっちへ行くのか?」


「いえいえ、皆さんがここへ泊まる時は、一緒ですよ。ただ、泊まり込みで早朝から深夜までみっちり修行させられる事も、ジョブによってはありますからね。」


ジェイドは全員を見回して、


「よし、ここからは自由時間だな。各自で必需品を買い揃えよう。夕方にここへ集合して、一緒に夕食にしよう。異論はあるかな?」


と提案した。全員がOKだった。2段ベッドが壁際に並んでいて、各々が自分の寝床を決めて荷物を置くと、大半が外出してしまった。


イザベラは、俺の確保したベッドに座った。


「マヒト、アムラエルの件でしょう?」


「...まあ、それもあるんだが。」


俺はそう言うと、優しくイザベラを抱きしめて口づけを交わした。


「...ん、待って。嬉しいけど、アムの件はどうするの?」


頬を赤くしながら、イザベラは俺をやんわり突き放した。


「うん、ごめん。最近こう言うのが無かったもんでね。とりあえず我慢できなかった。」


「そうねえ、ピシャーチャ教徒に追い回されて、寝る暇も無かったわね。」


「2人の時間もな。なあイザベラ、アムは俺の家族みたいな感覚なんだ。いずれ彼女ともどう言う関係にするか決めなくてはなんだけど、今から話す理由で君を優先したい。」


「...どんな理由?」


イザベラの潤んだ視線が、俺の目を見つめている。


「実は、皆に話していない事がある。俺とアムな、寿命がエルフより長いらしい。」


イザベラは驚きの表情になった。


「...そう、そうなのね。」


「そもそも魔王が前世界からこちらへ来る時期が、いつかさえ分からない。1000年後かも知れないし、明日かも知れない。その時、俺とアムが生き残れるか分からない。」


イザベラは頷いた。


「俺は、君となら子供を残せると思っている。君が長く生きられれば、万が一俺が死んでも君が守れるだろう。長命種だったとしても、いつ死んでしまうか判らないのは同じだしな。その場合は不可抗力だと思うけど。」


「そうね。でも、短命種とでは子供は作れない。エルフは妊娠期間が30年以上だから。私はハーフだけど、それでも10年はかかると思う。でも、今あなたとは可能だと判ったわ。」


「魔王と戦う時、アムも一緒に戦うことになるとアクリル様は言っていた。俺とアムの事は、その後になるだろう。妊娠中や産まれてすぐに戦う羽目になったら、まずいだろう?」


「そうね。戦いに不利な事は出来なさそうね。」


「ああ、本当にアムが気の毒としか。もし俺達が死んでしまったらと考えると、アムとの事はそれを解決後になる訳さ。だから、先に君と子供を残す道しか無さそうなんだ。実は前世界では独身だったから...。」


それを聞いたイザベラは、無言で俺を抱きしめた。そして熱く口づけを交わした。


「...愛している。あなたの望みは、私の願望だから。ねえ、この修行期間中なら、お互い時間が作れそうね。」


「ああ、チャンスはいくらでもある。今日はこれからアムを迎えに行かなくてはだから、後で都合を合わせて2人で会おう。」


俺とイザベラは、これ以上は我慢できなくなるとお互いに感じて、軽いキスで済ませた。


それから一緒に外へ出て、彼女は魔法書を探す為に別行動になった。俺は神殿の塔へ逆戻りした。


「あっ、こっちこっち!」


塔に着くと、アムが入り口から走って来た。俺の右腕を両腕でガッチリ抱えて、頭を軽く寄りかからせる。


イザベラとの情事のあとで不謹慎かもだが、これはこれで可愛い。


「結局、最初に紹介された宿で決まったよ。」


「アレでしょう?神々のなんちゃら。」


「神々の祝福亭な。なあお前、2人きりの時は良いけどさ、皆の前では節度を守ってくれよな。知っているだろう?」


「はいはい、分かってますよーだ。」


「なんだよ、この前まで500年のババアとか言ってたのに。」


「いいじゃないの!こうやって当時の姿に戻れた訳だし。これって若返りに近いわよね?それに妖精体の時と違って、心にメリハリって言うか、シャッキリするのよね。前は普段からボーッとしている感じだったけど。」


「うーん、そうかもなあ。お前、朝が弱かったしな。」


「ちょ、それは今も一緒よ!と言うか子供の頃からの体質なの!」


「ああ、そうなんだな。てっきり呪いの影響かなと。」


「ねえ、それより皆は?」


「ああ、今は全員が買い物に出ているな。アムは俺の荷物を共有すればいいか。」


「そうね。今までと変わりないわね...ああでも、ちょっと買い物したいかな。」


「じゃ、女将に面通ししたら、一緒に行こう。」


「ねえ、それが終わったら?」


「夕飯まではフリーだそうだ。アムは何かあるのかな?」


「ふふーん、それはホラ、2人きりだしゴニョゴニョ...。」


「...さっきな、イザベラと話したんだけど...ああ、この話は宿を済ませてからな。」


宿に到着したので、俺とアムは女将に挨拶した。女将は彼女を見ると、


「んまあ、黒髪の聖女様ね!昨夜アクリル様からスピリチュアルメッセージを貰った時の見たまんまね!」


と、感動していた。なんだ、アムってそう言う売り込みになっているのかあ?アクリルは何を考えているんだろう?


「やだ女将さん、そんなんじゃないわよ。でも、神殿には朝から夕方まで毎日通うから。朝食とかは、早朝でも大丈夫かしら?」


「ええ、大丈夫よ。何だかあなたとは話しやすくて、安心したわ。アクリル様のイメージでは、近づき難い雰囲気だったから。」


「やーね、そんなに真面目じゃないわよ。それにあたし、呪術師だから。アクリル教ではあるんだけど。」


「珍しいわね!でも神殿へは神官の訓練に行くのでしょう?」


「そう、まあそんなものね。みっちりしごくって神官長に言われたわよ。」


「まあまあ、あの方も張り切っていらっしゃるのね。今晩の夕食、楽しみにしていて頂戴ね。腕によりをかけるから。」


意外にもアムは気さくな奴だった。前は引きこもり系だと思ってたのにな。ノリの良さそうな雰囲気だぞ!?


「夕食が楽しみ!ああ女将さん、この人と買い物に行ってくるわね。留守を宜しく。」


「ええ、行ってらっしゃい。」


女将は超機嫌良さそうだ。アクリルのお気に入りってだけで、こんなにも違うんだな。宗教の威力を目の当たりにした気分だ。俺は御免だが。


外に出ると、まず生活用品を購入した。アムは着替え等を持っていないので、彼女自身の買い物を諸々済ませた。


「そう言えば、イザベラとの話は?」


街中を物色しながら、アムがさっきの話題を振った。


「ああ、忘れてた。明日アクリル様に面会した時に確認しようかと思ってたんだが、まずは俺とお前で子供を残せるか、と言う話な。」


「...ああ、そう言う事ね。ま、当然そうなるには魔王討伐後、よね。ああ、それでかあ。」


「うん。妊娠中とかで襲撃とか、洒落になんねえ。」


「出産後もね。数年?は手が離せなくなるわね...。」


「いや分からんぞ?俺達の寿命って、下手するとエルフより長いんだろう?子供が普通の人間なら、俺達より先に死んじゃうだろう?逆なら、色々な可能性があるよな?」


「あっそうねえ...。」


「さっきイザベラに聞いたら、ハーフでも10年以上、エルフなら30年の妊娠期間だってさ。」


「ふうん、エルフってそんなに長いのね...あーっ!アンタそれ聞いたって事は!?」


「おお、寿命の事を話したぞ?」


「何で私に一言、言ってくれないのよ!」


「俺自身の話をするのに、何でお前の許可が要るんだ?まあお前の事も話したけど。」


「馬鹿!それじゃあイザベラは、もうその気って事じゃない!?」


「うん、彼女に俺からお願いした。」


アムはワナワナ震えている。まあ、コイツは前から感情的なんだよな。気持ちは理解できるが。


「あのなあ、例えば俺達の子供が成長の遅い方だったら、そのタイミングで魔王が襲来して負けた場合に、下手をすると孤児になるよな?


「...考えてなかったわね。ああそうかあ、いつ来るかわかんないしね。これって詰んでいるじゃないの?」


「な?まあ明日確認を取ってからだけど、俺とお前はそんな感じさ。お互い気の長い付き合いなんだから、焦らなくても良い訳だ。不慮で死んでしまうのは仕方ないしな。」


「...一難去って、またって言う。私とアンタって、そういう宿命なのかなあ...。」


「ま、明日聞いてみよう。それでさ、俺達はそうだとして、イザベラはそうは行かないよな?」


「うーん、認めたくないわね。でもそうね、私としてはあんたがちゃんとしてくれれば、目を瞑るしかないじゃない。」


「何だろうな、運命のいたずらって言うか...単純じゃねえよな、人生って奴はよ。」


「...ま、落ち込んでも仕方ないわ。私達に時間はたっぷりあるんだし。」


「まあな。実りがあるかは別にして、関係はこれからも続けられるだろうよ。だからこんな時に何だが、正式に結婚してくれ。せめて、俺の誠意だけは、お前のものにして欲しいんだ。」


アムは立ち止まり、俺の顔をまじまじと見た。


「...はあ、ムード無いわね。あんたの事を知らないと、本気にされない状況よ、これ。」


「2人の時間は、これからいくらでも有りそうだし。まあ、それで色々考えている事があるのさ。その機会を増やせる様にするよ。」


「...約束よ?せっかく元に戻ったのだし、私だって人並みに楽しみたいわ。」


俺とアムはお互い見つめ合い、それから口づけを交わした。


アムは欲求不満だったのか、人目をはばからずに大胆なディープ・キスを楽しんでいるようだった。


さっきの親子サンドをアムに差し出し、それを彼女は食べながら、シルバーガーデンの街中を散歩した。


すれ違う人々が、アムを見て皆振り返る。誰が見ても類稀なる美貌を持っている奴だと、俺は再認識した。


                ♤


夕方になり、皆が神々の祝福亭に集まった。俺達の部屋で、アムはけじめだからと言って挨拶をした。


「...今まで一緒だったから皆の事は何となく知っているんだけど、改めて挨拶をね。私はアムラエル。アムって呼んでね。マヒトと月光丘の森で出会い、ずーっと側にくっつていた元妖精ね。」


アムは場を和ませようとしているのか、ちょっとおどけていた。それを男性陣は温かい目で、女性陣は生暖かい目で見ている感じだ。


まあ、女同士だと難しいんだろうな。彼女の話は続いた。


「でも、急に仲間って言われても違和感しかないでしょうから、今朝も言った通り仮のメンバーとして行動させてもらいたいわ。異論はあるかしら?」


誰も何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。アムはそれを見て、話を続けた。


「私がもしも皆の前で自分の存在意義を証明できるとしたら、それは冒険以外ないと思うわ。月光に相応しい、誰かのために何かを成すための冒険、私にも手伝わせて。」


この言葉に、最初に反応したのがグレッグだ。


「そうですね。私も冒険者としての勘が鈍るのは好ましくないですね。どうです、皆も修行の成果を確かめる為にも、そのうち一緒にギルドの依頼を受けてみるのは?」


イザベラも、頷いた。


「そうね...魔法だって、実戦で使ってなんぼのものね。アムがどう役立つかも知らないとだし、いいアイディアじゃないの?」


他のメンバーも頷いた。


「よし、そうだな...じゃあ1週間はちょっときつそうだから、2週に1回でどうだろう?とりあえず軽い依頼からでも受けてみるかい?」


ジェイドの提案に全員が頷いた。そして食堂へ行こうと皆が立ち上がるのを、アムが制止した。


「待って。もう一つ話があるわ。ピシャーチャ教の事なんだけど。」


「何でそれを...ああそうか、一緒に着いてきたんだもんな。」


ビンセントが、後ろ頭を掻いた。そう、まだ皆の認識が追い付いて来ないのだ。パーティーを知っていると言われても、って感じだろう。


「ごめんなさいね、時間は取らせないわ。この宿の客に、ピシャーチャ教徒が混じっていると私は思う。だから、結界を張りたいのよ。皆、良いかしら?」


「何故それを?」


ラピが怪訝そうに尋ねた。アムはラピに向き直ると、


「呪術師はね、相手に怨念で呪力をかけるから、お互いの敵意に敏感になる。そういう能力も、初歩の段階で会得するわ。」


「ほう、それはすごいですね!アクリル教徒が使う、イービル・センスと同等でしょうか?」


グレッグが感心している。


「アレは呪文でしょ?私のは、常時発動スキルで直感的に感じるわね。」


「なるほど。それで、今はどんな感じですか?」


「すぐ下の階の、右端の方からね。アクリル教徒の宿に忍び込むなんて、大胆だわ。」


「アム、それでどんな事をするんだ?」


ジェイドが尋ねた。


「宿から追い出すわ。もう、この宿に入る前に準備しているから、これから見ていればすぐ判るわよ?」


俺達は顔を見合わせた。確かにアムは、宿に入る前に俺を待たせて、空中に文字を刻む様な動作を数秒間していたな。


「それはありがたいけど、他の客には迷惑かからないんだろう?」


ジェイドは心配そうに言った。


「もちろん!悪意を持った存在に幻覚を見せて、結界内から外に誘導する効果があるわ。」


「...食堂に行けば判りますよね?行きましょう。」


ラピがそう言うと、ジェイドも頷いた。


「それもそうだな。じゃあ、頼めるかな?」


アムは頷くと、精神集中して何かを呟いた。


「これで大丈夫よ。さあ、急いで。」


俺達は急いで階段を降りた。すると、人相が悪い3人組の男達が、階段のすぐ脇の部屋から出てくる所とかち合った。


そして一目散に走って部屋を出て行ってしまった。唖然とする俺達を他所に、アムは扉が空いたままの部屋に入って行った。


「おい、アム...」


何を勝手にと言おうとしたが、アムは部屋の中で掴んでいる紫色の上衣を前に突き出した。間違いなくピシャーチャ教徒の上衣だろう。


「これを女将さんに渡せば、今夜の夕食にサービスが付くかもね?」


と言って、アムはニシシと笑った。


「フハハハ!あんた面白い奴だな!ピシャーチャ教徒の心配より、夕飯のサービス狙いって言う。」


ビンセントが、爆笑した。それに釣られて、全員が笑った。すると、騒ぎを聞きつけた女将が階段を登って来た。


「今何かお客さんが、急いで飛び出して行ったみたいだけど...。」


「女将さん、これを見て!」


アムは紫の上衣を渡した。


「...ピシャーチャ教!」


女将の顔色がみるみる青くなった。そして「これは大変!」と叫ぶと、巨体を揺すりながら何処かへ走って行ってしまった。


「...サービスどころか、飯抜き!?」


俺がそう突っ込むと、全員が苦笑した。


「ああ、でもこれでアムの有能さが証明出来たよな?さすがマヒトの因縁の相手だな。これからの冒険で、ピシャーチャ教徒の奇襲を減らせるのは大きなメリットだな。」


ジェイドは感心しているようだ。それを聞いて、全員が頷いた。


「しかし、何でピシャーチャの連中が...やっぱ俺達の所在確認かなあ?」


そう呟いた俺に、アムは頷いた。


「そうね。敵意を感じたという事は、直近で襲撃するつもりだったのでしょ。あちら側に、私達の居場所がバレているのは確実ね。」


「ええーっ!折角安心できると思ってたのに...。」


イザベラがそう叫び、不安そうな顔をした。ドロシーとラピも同様に表情が暗い。邪教徒の大軍に囲まれた恐怖心は、いまだに拭えていないらしい。


「ふん、何よそれくらい。少なくとも、この宿に今後邪教徒は入ってこれないし。シルバーガーデンに軍事侵攻なんて出来るわけ無いわよ。何なら街の周囲に結界を張って置くわ。」


自信あり気なアムの勢いに、全員が「お、おう...」と一応納得した。きっと皆の不安を払拭したかったんだろうな。


ネガティブな思考は、同等の波長の出来事や人間を呼び寄せる。それをコイツも解っているんだろう。


食堂へ降りると、カウンターに若い男性が立っていた。


「ああ、月光の皆さんですね。私はこの宿の息子です。女将は今、アクリル神殿へ走っています。皆さんの食事は、すぐに用意できますよ。どうされます?」


「ああ、よろしく頼む。」


ジェイドの返事を聞いて、息子は厨房へ入って行った。俺達が空いているテーブルに着くと、店の親父と思われる中年の男性と息子が、豪勢な料理を運んで来た。


「ホラ来た。」


アムが小さく言うと、ラピがくすくす笑っている。イザベラも口をムニュムニュさせているから面白いんだろう。


「いやこれは、聖女様効果だろうよ。流石にさっきの今で、こうはならんだろう。」


俺が突っ込むと、アムは笑った。


「アハハ、あっそうかあ。でもホラ、私のおかげって言う。」


「まあそうだけどなあ。何ていうか、こう素直に喜べないのは何故だろう?」


「聖女様?」


ドロシーの問いに、昼の受付での会話の話をした。


「聖女...っぽく無いわね。」


イザベラが鋭いツッコミを。これにはアムも笑った。


「いやほらあれよ、自称はしてないから!」


グレッグが珍しく笑っている。


「あはは、この場合は見た目とのギャップなんでしょう。黙っていれば聖女って言う。」


「普通、それ言うかな!?」


アムは憤慨したが、概ね女性達にはウケていた。男性陣は、流石に顔を明後日の方向へ逸した。イザベラがジト目をして、グレッグに突っ込んだ。


「ね!?グレッグって、こう言う所がアレなのよ。」


「何ですか、その目は!?指示語が多くてよくわかりませんね...。」


全員が笑った。今日の夕食は、親父の話だとニューフェイス歓迎と言う名目だそうだ。


そう言うだけあって、目の前に出された巨大な肉塊が猛烈に食欲をそそる香りを漂わせている。


「親父さん、これは何の肉なんだい?」


親父が料理の大皿を運んできたので、俺は肉塊を指差した。


「おおん、そりゃミノタウロスだ。この前、白銀の迷宮で冒険者が倒したっちゅう代物だな。おらなんぞ、出会った瞬間に瞬殺だべ。おっがねえ話だよう。」


この世界も方言ってあるんだな。女将や息子は標準語を喋っていたが。


「へえー、ミノタウロスって初めて食べるな。」


俺はどんな感じか想像がつかなかった。アムは怪訝そうな顔をした。


「牛肉の最上級と言われてるわね。ただ...あの形態は魔族種なのよね。比較的、掛け合わされている生物の種類が少ないので、安定しているけど。」


「アム、後学のために何をかけ合わせているのか教えてくれ。」


因みに、この世界には牛や豚や鶏がいる。ただ前世界とは形が少々違うのだが。俺が懇願すると、アムは質問に質問を返した。


「ふふん、何だと思う?マヒト。」


「うーん、まあ牛だよな...そんで人間?」


「残念!リトルジャイアントと牛ね。」


「確かにサイズが人間よりでかいな。2mくらい?」


「大きいと3mはある。汚泥沼の畔では、比較的食料として狩られるわね。」


アムは得意そうに言った。


「アムって汚泥沼にいたの?」


イザベラが尋ねた。アムは嬉しそうに答えた。


「うん。師匠がね、そこに住んでたんだ。」


「師匠?」


「呪術師のね。実はマヒトと同じで異世界人。」


全員がアムと俺の方を交互に見た。これは因縁とか思うんだろうな。


「いや、多分関係ないと思うがな...まあ、アムが俺の出身を聞いても引かなかったのは、その師匠のおかげかもだが。」


「そうかもね。深く考えた事なかったわね。」


アムはサラッと流した。ま、今はチームの親睦を深めたいのかもな。俺の話題をスルーまでは行かないが、長くしない配慮が見えた気がした。


「アムさんて、出身は何処なんですかぁ?」


ドロシーが尋ねた。


「パウ村と言ってね、魔王に滅ぼされたんだけど、ムビン帝国の外れね。小さな港町で、海が綺麗だったわ。」


「その地名、聞いたことがないですぅ。」


「そりゃそうよ。500年前くらいの話だから。」


「アムさんの見た目で、つい最近の話かと思っちゃいました。そうですよねえ、私達よりも全然お姉さまなんですよぅ。」


何気に年齢の部分をこするドロシー。ラピに服の裾をチョイチョイ引っ張られている。コイツも天然な...。


「ま、イザベラよりも生きているかもね。老化していなかったのは僥倖だったわ。」


「そうね、私はそれよりは後輩ね。」


イザベラが気を遣っている。年齢で表現しなかったのは評価したい。


「そうなのね。イザベラって、何歳なのよ?」


アムは折角の配慮を意に介さず、イザベラに尋ねた。まあ、1番の年長者だから出来ることなんだろうが。


「ええーっ、ここで言うのはちょっと...。」


「何言っちゃってるの!?今更お互い年齢を気にする空気じゃないわよ...ホラホラ恥ずかしがらずに、お姉さまに言ってごらん?」


流石にグレッグがツッコミを入れた。


「...やっぱり、黙っていれば聖女ですな。」


全員が笑った。酒に酔っている訳でもないのに、イザベラの肩をつかんで絡むアムがオヤジ気質だった件。あの外見にして、このギャップと言う。


「ちょ、マヒトぉ!」


イザベラが苦笑しながら、助けを求めて手を伸ばしかけたが、アムに引き寄せられてしまった件。何か2人で抱き合って、親密そうに笑っている。


ドカドカドカ!!


入り口で足音がして、衛兵っぽい男達が女将と食堂に入って来た。俺達を見つけると、一緒に近くへ寄ってきた。


「食事中、失礼する。私はアクリル神殿聖騎士団長、ランドハルトという者だ。貴殿らが月光で間違いないか?」


「ああ、俺達だ。」


ジェイドが立ち上がった。おふざけの雰囲気が、一気に引き締まってしまった。


食堂内の客も、何事かとこちらを見ている。それを気にしてか、ランドハルトは声を抑えつつジェイドに尋ねた。


「お前が、ジェイドか?明日より我がランド隊の見習い訓練生扱いになっている。ここへ到着早々、ひと悶着あったようだが。」


ランドハルトは爽やかな笑い顔でそう言うと、ジェイドと固く握手をした。


アングロサクソンの様な白い肌、青い瞳、ブロンドの短髪、2mくらいの身長で、イケメンだ。白銀のプレートメイルを着ている。見紛う事なき聖騎士だな。


「そうなんだな。明日アクリル様に挨拶をしろと言われていたんだ。よろしく頼む。」


ジェイドも、ランドハルトの雰囲気に安心したようだ。ちょっと早かったが、初顔合わせになってしまった。


「ピシャーチャ教徒の件で、女将から報告を受けた。すまんが事情聴取をするから、ジェイドとアムラエル嬢は詰所まで同行してくれないか?」


俺は立ち上がると、ランドハルトに懇願した。


「今、食べ始めたばかりなんだ。2人共、ここ数日の強行で疲労している。聴取は明日では駄目かな?」


ランドハルトは、俺に向き直った。


「...ああ、お前が拳精だな。会えて光栄だ。」


彼は俺にも手を差し出し、握手を交わした。


「すまんが、逃げた輩の人相等を聞かなければ。すぐに追跡隊を組む予定なのだよ。」


「あたしが行くわ!メンバーは、疲労しきっているのよ。逃げた連中の人相は、私の目の前を横切ったから覚えているわ。」


「複数の目撃情報を総合するのが、うちのやり方なのだ。すまんが、頼む。」


「...あなた達の食事は、後ほど温め直して部屋に持って行くわね。聴取なら、1時間もかからないでしょう?お願い、ここの決まりなのよ。」


女将も懇願した。アムはため息をつくと、


「女将さんにそう言われたら、行くしかないわね。ジェイド、お願い出来る?」


と、彼に尋ねた。


「ああ、俺は構わない。マヒト、それでいいか?」


「リーダーが良いなら、異論はないな。」


全員が頷いた。2人は、ランドハルトに着いて行ってしまった。仕方なく、俺達は部屋まで戻ろうとした。


「先生、ちょっといいですか?」


ドロシーが小声でそう言い、腕の裾を引っ張った。ラピも頷いている。


「ビンセント、ちょっと外へ出てくるよ。すぐ戻るから。」


「おう、飯は一緒に食おうな。」


俺は2人を連れて外へ出た。今は日没寸前で、今日は薄桃色の月が既に空へ昇っていた。


俺達は宿の裏に回り込んだ。すると路地裏が空き地になっていて、井戸が中央に設置されていた。


「ここなら大丈夫そうかな。それで、なんだい?」


「...先生、いえ、マヒトさん、私はあなたの事が好きなんです。」


「私もです。うちの父からも、是非婿に迎えたいと言われています。」


ドロシーとラピは、俺に詰め寄った。イザベラが黙っていたところを考えると、彼女もこうなる事は知っているのだろう。


「2人の気持ちはありがたい...君達は、真剣に俺を好いてくれたから、今からある秘密を言わなければならない。」


ドロシーとラピは、それぞれ戸惑いながらも頷いた。


「実はアクリル様からの話でね。アムはその時そばで聞いていたし、イザベラには話してあるんだが...俺の寿命な、エルフより長いらしい。」


「え...」


2人は、固まってしまった。ま、普通こういう反応になるだろうな。


「俺は知っての通り異世界人なんだが、この体は神々に用意された物で、俺の魂をそれに憑依させているんだ。それで寿命が普通ではないらしい。」


なお固まっている2人に、話を続けた。


「そもそも、魔王がいつ襲来するかすら不明だし、この体で子孫が残せるかも判らない。出来たとしても下手をすると、人間とエルフとのハーフみたいな行く末になるんだよ。俺や子供を残して君達は先に死んでしまう可能性がある。」


ドロシーが、下を向いてしまった。ラピは腕組みして、考え込んでいる。


「すまない、俺も知ったのは今朝なんだ。子供を残せるかは、明日アクリル様に直接聞いて来るけど...仮に俺が魔王に殺されなかったとしても、恐らく子供が自立する前に、君たちの方が先に寿命を迎える可能性が高い。この事をよく考えて欲しい。」


ラピは俺の目を見て、こう尋ねた。


「...魔王が襲来する時期を特定できないのですね?数百年後と言う場合もあるのね...。」


「そう言う事だな。だから、二人共それは不毛だと俺は思う。君たちの事は嫌いではないし、ドロシーは弟子だし、ラピは鎧の共同製作という事業があるからね。その縁は切れないだろう。だが、結婚や子孫が残せる可能性が1番高いのは、長寿種のイザベラになってしまう。だから彼女には秘密を最初に打ち明けた。」


2人は頷いた。ドロシーは顔を上げたが、泣き腫らしていた。ラピは案外冷静に、話を聞いている。これが現実だから。


「むしろ、アムは魔王と一緒に戦わなくてはならない立場だ。アクリル様には、魔王と対峙する時はアムもそばに居ないと殺されると言っていた。アムは魔王に殺されなければ、寿命は長いらしい。しかし、いつ襲来するか判らないものを、下手をすると数百年とか待たなくてはならない。俺とアムは、それが終わってからの事になる。解るかな?」


2人は頷いた。彼女等が思っていたより、現実は残酷だった。俺はその様子を見て、こう言った。


「そういう訳だから、後は君達に任せる。俺は明日アクリル様に確認したら、その事を君達にも教えるよ。2人共、よく考えてくれ。俺の秘密は、こんなところだ。」


しばらく2人は黙っていた。俺は特に話がなければと、宿に戻ろうとした。すると、ドロシーが後ろからスッと抱きついてきた。


そして背中に額をつけて体を震わせて、しばらくそのままで声を殺して泣いているようだった。数分後、彼女の表情は晴々としていた。


「...先生、ありがとうございます。でも、私が先生の事を好きなのは変わらないです。許してもらえるなら、そう想い続けても良いですか?」


ドロシーは、弱々しく笑いながら懇願した。


「いいよ。君の心のままに。」


俺がそう言うと、ドロシーはクシャっと半べそ笑いで手を振って宿へ戻った。すると、ラピが真面目な表情で俺の前に立った。


「けじめです。私はドロシーの様にはなれません。でも、あなたと完成形の作品を残したいのは確かよ。これからも、仕事でお付き合いして下さい。」


「ああ、もちろんだとも。君は賢明な選択をしていると俺は思う。」


ラピは微笑むと、同じく宿へ戻って行った。すると、入れ違いにイザベラがやって来た。心配したのだろうか。


「ドロシーが、目を泣き腫らして戻って来たわ。あなた、喋ったでしょう?」


「うん。こう言う話は彼女達の時間を無駄にするからね。早目にしないと。」


「...運命は私に傾いたのね...いえ、違うわね。これが役目って事かしらね。これで幸せかどうかも、今後にかかっている。あなたとの未来は、不確定すぎるから。」


「俺は君を愛している。だけど、君が未来を望めないなら、引き止める事は出来ない。よく考えてくれ、意見は尊重する。」


「いえ、間違った選択はしていないわ。うまく言えないけど、もう一人の私?が、そう言っているもの。それに、最近あなたと赤ん坊と自分が3人で小さな家に居る夢を見たもの。あれは現実夢だったと思う。」


イザベラはそう言うと、俺の肩に両手を回して口づけをせがんだ。そして2人で部屋に戻ると、皆は何事も無かったかのように振舞ってくれた。


俺は自分のベッドに座ると、気疲れしたので目を瞑った。早く気分を切り替えたかったので、魔導クラフトでもチェックしようと思った。


ふと気づくと、視界のモニターに新しい表示が追加されていた。例のマギカ・クレアトーラだ。どんなスキルなんだろう?詳細を調べてみた。


「無属性魔法の奥義習得講座へようこそ。この学習中は、体外の時間の流れが遅くなります。」


ポン!と電子音がして、アクリルの様な声で自動音声が流れた。へえ、今なら時間がありそうだから、やってみるかな。


それはそうと、質問とかあったらどうするんだろう?


「はい、今の様に疑問を思い浮かべれば、マジックブレインが回答します。」


おお、対話形式になっているんだな?とりあえず、このスキルの説明からお願いする。


「了解です。それを理解するためには、あなたはまず無属性魔法というものについて学ぶ必要があります。無属性とは、この世界の6大精霊(光、闇、火、水、風、土)のどれにも属さない魔法の総称ですが、実は隠された秘密があります。」


秘密!?どんな?


「一般的に使用される魔法は、マスターウィザード達が弟子に自分の感覚やイメージを伝授することで広められています。この様な感覚を体現すれば、魔法が発動すると言った具合です。ここまでは、各種魔法での共通認識です。」


確かに、イザベラに教えてもらった時もそうだったな。


「属性魔法については、この世界の物理的限界を超えないようにリミッターがあります。しかし、無属性については定義が曖昧なものが多いので、制限が定めにくいのです。」


...例えば?


「火属性なら、太陽そのものを地上で実現させたら、さすがに自然界のバランスが崩れます。対して、無属性の身体強化に関しては、相当強化してもそこまで影響はありません。」


なるほど、そう言う事か。そもそも俺は、無属性魔法でどんな事が出来るかを把握できていない。


「それは、一般の人々の共通認識です。皆が、無属性は生活魔法の延長と思っています。しかし、それはあえて不足した知識が広められているのです。」


不足?何故そんな事をしているんだ?


「術者が危険な上に、完全な知識を知っても、それを検証できないからです。実は、無属性は魔法の原型なのです。あなたは火球の魔法を不思議に思った事はありませんか?」


なんだろう、魔法の無い世界から来たのでピンと来ないな。


「火属性とは、指定の場所に強力な火を発生させるだけなのです。では、それを球状にして飛ばせるのは、何の影響でしょうか?」


...ああ!!つまり、それが無属性魔法って事か!?


「そうです。つまり攻撃魔法や防御魔法には、無属性魔法が併用されているのです。これが無属性の秘密です。属性魔法使いが無属性を使用できる理由も、ここにあります。」


なるほど!そう言う事なんだな...ああ、つまり自然現象に近い属性魔法を、無属性魔法で攻撃や防御のスタイルにしている訳だな。


「その通りです。そしてもう1つの秘密があります。魔法は、発動させるのにイメージを使います。ミラーオブジェなら、鏡の形をイメージしますよね?」


ああ、そうだな。


「イメージを変えてみた事はありますか?」


おん?違う形の鏡って事か?いや、やった事ないな。


「違う形をイメージすれば、近い形状になります。これは無属性魔法の自由度を表します。」


...ああそうか、他の属性は自然現象が基準だから、それに近い形式になるんだな。無属性は自然現象とは関係ないものもあるな。


「はい。形を整え、規模を抑制し、疑似物質化、効果時間、空間固定など、ミラーオブジェや身体強化には多数の制御項目が関わっています。この事から判るのは...」


ん!?もしかして、それも自由に設定できるのか?


「はい、その通りです。皆が気付いていないのは、魔法の規模や難易度に応じて相応の魔力量が必要になるから、キャストに失敗するので気づいた人が少ないのです。無属性で魔力消費∞のあなたなら、話は別ですが。そして、人体はマナ切れに陥ると魔力欠乏症になります。無属性を自由に設定して、自分のマナ容量を大幅に超えた消費をした場合、最悪廃人になってしまいます。」


安全にために不足した知識をね...なるほどな!そしてマギカ・クレアトーラとは、それが自由に設定できるスキルと言う事かな?


「それもありますが、同時にアンバランスを抑制もします。その上あなたに限っては、属性を絡めなければ魔力消費がほぼなしで、想像し得るあらゆる無属性魔法を生み出せます。」


おおっ!それは凄いな。早速試してみたいんだが、使い方を説明してくれ。


「承知いたしました。」


マジックブレインは、視界に動画で使用マニュアルを掲示してくれた。


それによると、頭に浮かんだアイディアを脳内でビジュアライズして視界の画面に投射すると、マジックブレインが補正をかけて現実化する仕組みらしい。


その作った魔法に市場販売向けか個人用かを決めると、適切に消費魔力や効果範囲等が決められる。


これは、制作した魔法による物理改変が、この世の摂理に反しないかを自動で判定する機能らしい。


早い話、作ってみて制限がかかり過ぎて、使い物にならなければあきらめろ、と言う事だ。


だが、その範囲内では自由に出来るとも言える。ミスマッチしない為に、自動でリミッターをかけてくれるのだ。


俺は最初に、亜空間部屋と言う魔法を作った。名前の通り、亜空間に多目的のスペースを作る魔法で、一度作ったら消すまで残り続ける。


これを利用して、対象を閉じ込めたり自分用の生活スペースを作る。


部屋を発生させる際に魔力が必要だが、維持には要らない。消去にも魔力消費する。俺の場合、無属性魔法∞なので、あまり影響はない。


そして、実験を兼ねて自分の部屋を亜空間に作ってみた。10m四方で高さが3mの空間が、亜空間に出来たようだ。後で中に入って確認しよう。


部屋のドアは任意で開閉が出来て、閉まっているときはこの次元から消滅している。


亜空間は新しく作られた順でナンバー管理され、マジックブレインに紐付けされている。


開閉時に自動で部屋のある亜空間を選択する仕組みだ。もしくは空間ごと消滅させる事も出来る。


ドアは多種な形があり、どの角度や場所でも開閉できる。対象の足元で開閉して、亜空間に落とす事も可能だ。


そしてもう1つ、定番の転移ゲートと言う魔法を作った。現在地から、記憶にある風景の場所へ、転移門を開く魔法だ。


イメージが難しかったが、現在と転移先のゲートをイメージして、その間に長いトンネルを想像した。


そして短時間だけ、そのトンネルが縮んで圧縮され、距離が短くなるイメージだ。


脳内でスムーズにイメージ展開出来るまでは、マジックブレインが補助してくれる。魔力操作もだ。


この2種類の新作魔法は、即時に神々へ伝達される。そして、あちらで禁則等が付与された。


これで、移動時間や生活スペースの確保が効率的になったと思う。


「マヒト、何しているの?」


イザベラが、心配して声をかけた。俺は目を開くと、インナーサイトから意識を現実へ戻した。


「いや、ちょっと作業をね。」


「え?」


「いや、瞑想だよ。気にしないで。」


脳内に、男性の自動音声が聞こえてきた。


「承認完了。魔法名、ゲートと亜空間部屋が、リストに加わりました。即時使用可能。」


よし、これで明日はアクリルの所まですぐに行ける。そして自分の部屋をカスタマイズできるぞ。超楽しい!


「もう、やあねえ。何ニヤニヤしているのよ!」


アムがジェイドと部屋に入って来た。俺を見るなり、厳しいツッコミが。


「あ、残念聖女だ。」


全員がプッと噴いた。アムが何か叫びながら俺の背中をポコポコ叩いているが、気にしないでおこう。


イザベラも、下を向いて震えている。喜んでもらえて、何よりだ。


「さあ、夕食を再開しよう。マヒト、女将に伝えて来てくれ。」


「あいよ。」


俺は部屋の呼び鈴を鳴らした。シルバーガーデンの長い初日は、こうやって終わったのだった。

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