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追われる者

それからも、プージ山中で複数のモンスターに襲撃された。自分の縄張りを侵略されている認識なんだろうが、こっちも黙って殺されるわけには行かない。


幸いピシャーチャ教徒レベルの強者はいなかった。それと、この地域で有名なオーガは、いるはずなのだが出会わなかった。


これにはジェイドも怪しんでいた。


「うーん、おかしいな...あの戦闘狂のオーガが出て来ないなんて、今日は雪でも降るのかな。」


と、晴天の空を見上げた。この世界にも、そう言う言い回しがあるんだな。


と言うか今更だが、これ自動翻訳なんだろうけど、どう言う仕組みなんだろう?確かマジックブレインの能力とか書いてあったな。


翻訳が日本語の言い回しで理解しやすいが、本当にそんな表現とかがあるんだろうか?「今日は雪でも〜」なんて表現、異世界にあったんだな...。


うーん、確かにジェイドは空を仰いで発言していたしな。そう言えば時間経過や春夏秋冬も同じみたいだし、何気にお辞儀してたりもしたなあ。


まだまだ、この世界の事は知らない事だらけだ。だが俺にとっては、前世界と同じ感じで馴染みやすい。これもアクリルの手配なのだろうか?


5時間ほど移動して、山を迂回する谷沿いの道が終わり、いよいよプージ山エリアを抜けられる、と全員の表情が明るくなってきた時だった。


丁度、道が急な坂道になっている地形で、左側は切り立った岩壁、右側は谷で5m下が川になっている。


俺は完全隠密で前方を哨戒していたのだが、坂の向こうの風景を見た瞬間、紫一色なのを見て絶句した。


急いで来た道を戻り、隠密を解いて走りながら、両腕で✕印のポーズを出した。


この合図のときは、パーティーの移動を一時停止にする取り決めだ。そして、足を止めているパーティーの元へ駆けつけた。


「おいマヒト、どうしたんだ!?」


「ハァ、ハァ...こ、この坂の向こうが峠の出口みたいなんだが、開けた場所が見えて、一個連隊規模のピシャーチャ教徒が待ち構えているぞ!!」


「何ィ!!そんな馬鹿な!」


ジェイドは、後方で哨戒をしているビンセントを呼び戻すように俺に指示を出し、自分は坂上まで確認をする為に走った。


やがて各々が集合すると、事態は深刻になった事を全員が認識した。


「...問題は、この状況をどうやって乗り切るか、だな。」


ジェイドはため息をついた。無理もない、状況は最悪だろう。相手方は全員が紫の上衣を羽織っている。間違いなくピシャーチャ教徒の手勢だ。


「あれを見ると、教団員が統一の意思を持っているという説も納得いくよな。」


俺の言葉に、全員が頷いた。流石に皆の顔色が暗い。特に女性陣は泣きそうな表情だ。


「数千人をたった7人で殺るのか...無理だろこれ。」


ビンセントが頭を抱えた。グレッグは、


「他のルートはどうでしょう?」


と、周辺地域の地図を出した。しかし、プージ山の迂回ルートは他にない。


俺は戦略を考えたが、圧倒的な物量差がある事実の前には、選択の余地はなかった。


「今はまだ、俺達の正確な位置までは敵に知られてないはずだ。この山中で新たな迂回ルートを見つけるしかないと思う。駄目なら、その時にまた何か考えるとしよう。」


俺の意見に、ビンセントが頷いた。


「そうだな。まず最小限の労力で解決することを考えないとな。」


ジェイドも頷いた。そしてしばらく腕組みしながら考えると、


「...よし、では一旦戻って、この下の川原を探索しよう。何か発見できるかもしれない。谷底のルートは危険かもしれないが、仕方がないな。」


全員が頷いた。俺達は一旦来た道を探索しながら戻り、やがて中間地点辺りで川原へ降りるケモノ道を発見した。


そこを下ると険しい足場になり、岩にしがみつきながら降りて行った。さっきまで散々討伐していたせいか、敵とは遭遇しなかった。


やがて急流の幅が狭い川が見えて、俺達の降りている崖側に細いケモノ道が続いている。どうやら川沿いを往復する生物がいるようだ。


「...これなら、先に進めそうね。とりあえず上流へ向かいましょ。」


イザベラは森歩きが得意なので、先導して歩き易い足場を選んでいる。皆で彼女の後について行った。やがて高さが10mくらいの滝が見えた。


「おっ?行き止まりかな?」


俺はイザベラの隣で、周囲を観察した。


「...いいえ、多分こう言う地形だと抜け道があるわね。今来たルートね、ケモノの足跡があったわ。」


「へえ、気付かなかった。」


「周囲を調べましょう。多分何かがあるはずよ。」


俺はジェイドの方を振り向いた。すると彼も頷いている。全員で周囲を探索すると、滝の裏側に道が続いていて、川の対岸に渡れた。


そこから更にケモノ道が川沿いに続き、やがて開けた場所に大きな洞窟の入り口が見えた。


「...ジェイド、これを見て。」


イザベラに呼ばれて、ジェイドが彼女の指差した地面を観察した。


「でかい足跡だな。しかも人型生物だろうな。」


他の足跡は、洞窟を避けて深い森の中へ続いている。彼はビンセントを呼んだ。他の連中も皆集まった。


「...こりゃ、トロールだな。と言うことは、この洞窟はケイブトロールのねぐらと言う事だな。」


ビンセントは悩ましい表情になった。トロールは厳密には巨人族の一種になる。人間の3倍はある体格で、知能はお馬鹿な人間並みにはある。


読み書きは出来ないが、たまに人語を話せる奴もいるらしい。


そして強靭な肉体と剛力、リジェネレーション(自動回復)で軽い怪我なら数秒で完治し、高い各耐性を備えている。


魔法や精神攻撃には弱いらしい。頭がアレなせいか、混乱や恐怖系の魔法が弱点とか。ちなみに精神系魔法は闇属性になるらしい。


「洞窟が他への抜け道になっているかもな。調べる価値はある。ビンセントとマヒト、探索を頼めるかな?」


「おう!」


2人が同時に答えた。俺は完全隠密して洞窟内部へ先行し、少し遅れてビンセントが後を着いてきた。


内部は結構広く、天井も15mくらいの高さはある。


入ってから50mくらいで、結構広い空間が見えた。周囲には光る苔が生えていて、視界は悪くない。更に進むと巨大な空間だとわかった。


ざっと見で幅が50m以上、先は見渡せないほどに続いている。


「おいマヒト、先を見てきてくれ。俺は皆を呼んでくるから。」


ビンセントが近づいて来て、俺の居そうな位置に小声で言った。俺は隠密解除して頷くと、再び姿を消して下りの洞窟を先に進んだ。


更に100mくらい進むと、2体のトロールが座っているのが見えた。


接近してみると、ジャイアントディアーの死体が横たわっていて、それの生肉を食べていた。


まだ血が滴っているので、新鮮なのだろう。2体とも夢中になっているので、ちょっとくらいの気配では気付かないだろう。


その横をすり抜けて行くと、更に奥はねぐらになっていた。


ケモノの毛皮が数枚乱雑に敷いてあり、1体のトロールが横になっている。寝ているようだ。


「うーん、トロールが3体かあ。ま、処理しちゃおうかね。」


たとえ巨体だろうと、俺の崩術には関係ない。ただ経絡の交わる場所に掌打を入れて通すだけで、例え巨人でも倒せるだろう。


格闘なら負けないのだ。人型である以上、恐らく経絡の位置は、ほぼ同じだろう。俺は完全隠密で、食事中のトロールへ接近した。


ドシッ!!!


背後から、心臓の真裏に掌打で一撃した!


「バアアアアアアアアッ!!!」


食べたものや体液を全身から吹き出させつつ、トロールは絶命した。恐らく心臓が止まっている。


いかに強靭な体でも、血流が止まったら再生は出来ないだろう。


もう一体は立ち上がって棍棒を手に取ろうとした!しかし次の瞬間、後ろに回り込んだ俺は、同じく心臓の真裏を掌打した!!


ズン!!!


「ゲエエエエエエエッ!!!」


全身の穴から体液を噴き出しながら、行動不能になった。まだ生きているかも知れないが、二度と動けないだろう。


もう一体は、あれだけ騒いだのに大いびきをかいて寝続けている。他の敵がやって来る気配はなさそうだ。俺は来た道をもとに戻った。


すると、ビンセントが全員を誘導して待っていた。


「マヒト、どうだった?」


ジェイドが小声で尋ねた。


「トロールが3体いて、2体は仕留めたよ。残り1体は寝ていて起きないから、素通り出来るんじゃないかな?」


俺はそう答えた。


「ええっ!?お前一人でトロールを2体も?」


ジェイドの言葉で、皆が俺を見ている。ああまあ、そういう反応になるよなあ。


「食事をしている所を不意打ちした。ホラ、俺って相手の大小は関係ないから。」


「す、すごいな。まあ、お前の掌打なら倒せるのだろうが...。」


最近、さすがに慣れて来たらしい。みんな驚いたようだが、説明すると一応信じてくれるのがありがたい。まあ、結果を見れば一目瞭然なんだがな。


ジェイドは道案内してくれと要請した。巨大な空間に出て、寝ているトロールや死体を遠巻きに見つつ、離れた場所を通過して更に奥へ進んだ。


やがて洞窟内は狭くなり、鍾乳洞のような地形の急な下り坂が続いた。1時間くらい降りると、再び徐々に道幅が広くなり、やがて巨大な地底湖の空間が広がった。


水深が足首くらいで、歩くのには問題なさそうだ。


「よし、ここで休憩だ。その間に今後の方針を考えよう。」


ジェイドの意見に、皆が賛成した。湖の手前の岸辺に腰を下ろし、全員で食事や水分の補給をした。


「あーもう!クタクタよ。お腹も空いたわ...。」


イザベラが安堵感からか、その場にへたり込んだ。ドロシーとラピも、疲労の色が濃い。


それを見た俺達男性陣は、褒めそやしたり励ましたりしながら休憩をしている。


そして俺が保存食を簡単に調理して、以前狩ったジャイアントディアーの燻製をメインにサンドイッチを作った。


今後の体力がつくように、きのこ類のスープも作り置きを魔法のバックパックから出した。


不思議とバッグの中でも中身がこぼれないし、温かいまま取り出せる。見張りは他の男達が担当した。まあ、特に敵の気配は感じないのだが。


そして女性達には軽く昼寝を勧めた。やはり体力勝負が堪えたのだろう、すぐ熟睡してしまった。


それを見た男達は、目元を緩ませながら見つめている。


この世界は人間にとって実に厳しい。簡単に人が死ぬし、昨日の友人が朝には地面に転がっている事など茶飯事と言っていいだろう。


だからだろうか、男達が優しくて、皆強い。ジェイドのように純粋に強い奴もいるし、グレッグのように絶対の信仰を内に秘めていたりもする。


ビンセントだって、冷静沈着だけど嫌味ではないし頼もしい一面がある。


人の命が脆く儚く、季節の花のごとく散っていく様子が、悲しく愛おしいのだと俺は思った。


男も女も、今一緒にいる時間を精一杯生きているんだなと、こんな時だからこそ思うんだ。俺は、色々な意味で異世界を味わっていた。


                        ♤


洞窟内は風通しがそれなりに良好だ。天井が高いし、何処かに空気が抜けているらしく、焚き火をしても煙がこもらなかった。


俺は食事後に、他の戦術やアイディアを得るため、イグニスからもらったスキルの把握をしていた。


何しろ結構な項目があったので、視界の表示の一覧から各スキルの説明を読み込むのに、結構時間がかかった


他にも色々なスキルがある。ドラゴンスキンと言うスキルも見つけた。どうやら今まで鎧なしで居られたのも、このスキルのお陰らしい。


自分の皮膚が戦闘時に、ドラゴン並みに硬くなるらしい。唯一刺突には難がある程度だと、視界の表示には書かれていた。自動で発動するスキルだ。


「ふうん、アクリル様もそうだが、色々恩恵を受けているな。まあアムの場合は、その呪い自体が俺と出会うための処置なんだろう。そういう事なら、むしろプラスなんじゃね?」


「フン、呪いさえなければ最高なのに。あーあ、元の姿に戻りたいわあ。」


「おい...その格好のまんま大きくなるのか?今の方が小さくて可愛いと言う説も。」


「何よ失礼ね!!この姿とは全然別物だわよ!こう見えても、実家の近所じゃ花嫁候補で人気だったわね...それに当時は若かったし。」


「そうなんだな!なんか勿体ない...」


「言わないで!自分でもそう思っているわよ。」


アムはムッとむくれて、ポーチに入ってしまった。自称別物とか、どうなんだろう?まあ元人間がこうなっているのだし、外見は違うのかもな。


1時間ほどで休憩が終わり、俺達は準備を始めた。


「ビンセント、この地底湖をどう見る?」


ジェイドが尋ねた。ビンセントはちょっと考えて、


「...希望的観測も入るが、多分どこか地上に抜けていると思う。空気の流れがあるからな。そして、それが事実なら新しい迂回ルートを発見した事になる。地図屋に情報提供すれば、良いビジネスだぜ!」


確かにラピの持っている松明の炎が揺れている。出口があるかは不明だが、地上と空間がつながっているのだろう。


小一時間も休憩すると、再び移動を始めた。バシャバシャと水音が広大な空間に響き、それでもモンスターは現れなかった。


「...今、どの辺りですかねえ。」


ドロシーがため息をついた。流石にこの変化のない景色を歩いていると、気が滅入ってくる。


「ええと、多分ピシャーチャ教徒の集団がいた場所よりも、かなり南のはずだね。」


俺は断言を避けた。自動マップ機能があるので確実なのだが、そんな事皆には言えない。


能ある鷹は爪を隠すべきだ。そうしないと何かとトラブルの元だから。


「...すごいです。それってマヒトさんの直感ですか?」


ラピが感動している。俺は頷いた。


「うん。直感には自信があるんだ。」


イザベラがそれを聞いて、思い出したように言った。


「ドワーフって、マッピングしなくても地下迷宮とかを記憶出来るらしいわよね。」


「ええ、そうなんです。そして、この地底湖は外界とつながっています。」


ラピの発言に、ビンセントが怪訝そうに尋ねた。


「その理由は?」


「水は停滞していると腐敗したり濁りますが、ここは透明度が高いです。緩やかでも水流がある証拠ですね。」


「...なるほどな。すると、上手く行けば外に抜けられるな。」


「ええ。でも期待すると、あてが外れた時が恐いです。」


「そうだよなあ。ま、そう言う話もあるって程度で聞いておくのが得策かなあ。」


全員が頷いた。30分も歩くと、水深が太腿くらいになって来た。足が冷えるらしく、皆がすぐに疲れ始めた。


「おい、流石にきびしいな。一度引き返して、何か対策でも考えるかな?」


ビンセントが寒そうにしている。湧き水なのか、大分冷たそうだ。


俺は物理クラフトで何か出来ないかを調べてみた。すると、丸太のイカダが視界に表示された。しかも製作可能だ。


「なあ、今気づいたんだけど、イカダを作れそうだぞ。全員が乗るのは無理そうだから、疲れている奴から乗れば行けるんじゃね?」


「本当か!?そう言えば丸太とかもバックパック内にあるって、以前言ってたよな?」


ジェイドが反応した。そう、結構前から魔法のバックパックに、軍事物資になるものを少しずつ集めていたんだよなあ。


「ちょっと待って。えーと...物理クラフト、イカダ製作開始。」


水面の少し上の空中に、立体的な青写真が表示された。


うちのパーティーは今までの旅路で、俺の物理クラフトの事をある程度知っている。だから驚きはしないが、皆立ち止まって様子を見ている。


空中にパーツが出現し、すごいスピードで勝手に組み上がっていく!


やがて、タールによってコーキングされたイカダが完成した。ドプン!と音がして、水面に落下した。


「いいよ。休憩組とイカダを運び組で交代しながら行こう。」


イザベラ、ジェイド、ドロシー、ビンセントが休憩した。


俺とグレッグはイグニスの加護で冷気耐性持ちなので、まだ全然平気だ。むしろぬるく感じる。


意外だったのは、ラピが案外大丈夫だと言う事だ。彼女は身長が低いので、胸まで浸かっているにも関わらず、全然余裕らしい。


「ラピ、大丈夫かい?」


ビンセントが申し訳なさそうに尋ねた。ラピはニッコリ笑うと、


「ドワーフは生まれつき火の精霊との契約が約束されています。鍛冶師には必須なんですよー。」


得意そうに説明をするラピの言葉を、全員が楽しそうに微笑みながら聞いている。種族特性ってやつかな?


イカダはグレッグが前を引っ張り、俺が後ろから押して進んだ。ラピは流石に無理そうなので、単に重量軽減で歩いてもらっている。


1時間ほど歩き続けると、広い地底湖は徐々に狭くなって来た。


この頃には交代し、ラピやグレッグがドロシーやイザベラと一緒に、イカダで休憩している。冷えが堪えたのか、イザベラは体力が戻らないらしい。


ドロシーも同じくだ。そして一応鍛えてはいるものの、彼女も新米冒険者なのだ。こう言う環境的なストレスに弱いのだろう。


俺はイグニスの加護が強いのか、温水プールでウォーキングしているみたいに汗ばんできた。調子が良いので、引き続きイカダを押している。


ジェイドも回復したようで、ビンセントと前を歩いている。そして更に1時間ほど歩き続けた頃だった。


「...おっ!!お前ら岸辺が見えるぞ!」


ジェイドが嬉しそうに叫んだ。全員でイカダを降りて、岸まで走り寄った。


「おお、こりゃあいいな!道が続いていて登り坂になっている。どうやら地上へ出られそうだぞ!」


空気の流れがはっきり感じられ、確かに坂道の方から流れてくる。俺達は嬉しくなってしまい、皆が明るい表情だ。


「待て待て、喜ぶのはまだ早いぜ!これで出口に辿り着いたら、ひと休憩だな。」


ビンセントが年長者らしく、皆をたしなめた。とにかく足取り軽く坂を登って行くと、そこから2時間ほどで洞窟の出口にたどり着いた。


外は夜で、緑色の月光が明るく周囲を照らしている。


「...よしマヒト、外の偵察を頼む。危険がなければ、とりあえず休憩しよう。」


ジェイドの指示に俺は頷くと、完全隠密して洞窟を出た。


周囲はまだ山中で、険しい傾斜の山腹に刺さっている大岩の陰に、大人が1人ギリギリ通れるくらいの大きさで、洞窟の出口があった。


「...ああ、丁度岩の陰になっているんだな。これじゃあ誰も気付かない訳だ。」


俺は周囲を確認しながら、急斜面を南西の方向へ移動した。


幸運な事に、20分くらいで広い道へ辿り着いた。それを確認してから逆戻りして、さっきの洞窟まで走った。


「危険はなさそうだよ。それと幅の広い道を見つけた。現在位置確認が必要だね。」


俺は洞窟へ滑り込むなり、ジェイドに報告した。


「よくやった。そうだな、一旦ここで休憩しよう。火は使わず、保存食で補給しよう。ピシャーチャ教徒の追手を遠ざける為にも、今夜は強行するしかない。」


何か言いた気な雰囲気のやつもいたが、誰も反論出来なかった。わざわざ迂回までして、追いつかれたら意味がない。


その晩は、ほとんど小走りに近い速度で移動した。地図上ではこの道をひたすら進めば、白竜山脈のふもとに辿り着くはずだ。


とは言え周囲は平地なので、馬とかならすぐに追いつかれるだろう。いつ追手がかかるか不明なので、時間的余裕は無いだろう。


邪教徒共が俺達の行方に気づかない内に、シルバーガーデンへたどり着かなくては。疲れてはいたが、全員沈黙して歩き続けた。


やがて早朝になった。今休憩で座り込むと動けなくなりそうなので、歩きながら干し肉を食べ、俺が身体強化を使って疲労軽減した。


「ふう、マヒトがいて本当に良かった。この旅全般で、お前の無属性魔法がどれだけ役に立ったか...。」


ビンセントが率直な意見を口にした。


「...皆の頑張りのおかげさ。ここまで誰も文句一つ言わずに来られた。パーティー内の精神的疲労が少ないのは、何よりの貢献だと俺は思う。」


そう言うと、ジェイドが嬉しそうに俺の肩を叩いた。


「おっ、マヒトがいい事言った!もちろんお前の事もそうだが、全員一丸になれるのが月光の強味だぞ。」


彼の言葉で、全員の表情がほころんだ。気分を変える事ができたのが良かったのか、そこから白竜山脈までの道中でアクシデントはなかった。


                       ♤


そして2日ほどの強行をした結果、俺達は辛くも白竜山脈に辿り着いた。ルク村を出発して1か月半かかったが、やっとここまで来た。


今は夕方で、山のふもとに何やら鉄柵に囲まれた検問所のようなゲートが見える。


「マヒト、あそこ!」


イザベラが、この旅の中で1番の笑顔を見せた。他のメンバーからも、笑いがこぼれた。


「何だろう、検問所かな?」


俺がそう言うと、グレッグが頷いた。


「そうですね。シルバーガーデンは、アクリル連邦国家群との国境に位置しています。丁度山頂を境にして、街自体が国境線の中央にあると言う、特殊な地域なんです。」


「ふえー、そりゃ政治が面倒臭そうだな。」


「いいえ、そうでもありませんよ。ここは自治区になっているんです。何しろ大地母神アクリルが住まうとされるこの地は、有史以来から存続している最古のコミュニティーなんです。つまり、周辺の国家より以前からここに存在します。」


「ああ、そうなんだな。じゃあ、あの検問?は...」


「そうです。あそこから先が昔からのシルバーガーデンの領域なんですよ。さすがのコルネリア国王も、手出しはできません。」


「ふうん。そのさ、領土紛争とかあるんかな?」


「裏では、ね。表立っては、どこの国もそんな様子は見せないでしょう。とは言え、国家と違いアクリル教徒に領土は関係ありませんからね。敵に回したら、国内紛争が勃発するでしょう。」


「ヤダヤダ、おっかないねえ。そうならない事を願うよ。」


「あはは、マヒトは現実主義なんですね。あなたから政治とかの言葉が出てくるとは思いませんでしたよ。」


「今まで余裕がなかったからな。月光丘に召喚されてからこっち、現状把握で手一杯だった。」


「そうでしたね...そう言えば、あなたは政治とか宗教の事をどう思っているのですか?」


「なんか俺こそ意外だな。グレッグがそんな話をするとはな。」


「それ、私もそう思ったわ。」


イザベラが横槍を入れてきた。彼女は何かにつけて、グレッグに絡んでいる。宗教者が嫌いなんだろうか?


「イザベラ、それこそ心外ですよ。あなたには旅の憩い亭で散々...。」


安心したのか、久しぶりに2人の言い合いが始まった。それを生温い目で他のメンバーは見つつ、検問所前まで来た。


「止まれ!ここから先はシルバーガーデンの領域だ。お前達は何者で、何の目的でここまで来たのか?」


ポールアックスを片手に持った、いかつい体格の戦士が2人、門の前に立ちはだかった。


「俺達は月光だ。ここへは各自の修行の為に来た。」


ジェイドがそう言うと、戦士達の表情がほころんだ。鼻頭が真っ赤で顎髭をたくわえた、如何にも酒好きそうな面構えの男が、一歩前に出た。


「ほう、王国の有名なパーティーだな。だが、お前らが本当に月光なのかを証明するものはない。それにここでは、生半可の実力では修行の相手にさえならん。」


冒険者証には、パーティー名は記載しないのが通常なのだ。通り名の扱いで、自称するのが通常だ。


万が一メンバー以外が月光の名を語った場合、罪にはならないがパーティーを組む相手が居なくなる。


不誠実な処世は、人に知れると嫌われるのはどこの世界でも同じだが、この世界では特に厳しいのだ。


「じゃあどうすれば良いんだ?」


「フッ、知れた事。俺と腕比べだな。誰でも良いから、そこで試合うのはどうだ?」


皆は顔を見合わせた。そして、そのまま視線が俺に集まった。


「おい!!」


俺は焦った。しかし、戦士はそれを見て、ニヤリと笑った。


「よし、お前に決めた!そこの空き地で試合おうではないか!」


戦士は意気揚々と武器を担いで、広場へ歩いて行った。俺はパーティーの方を睨んだのだが、全員が視線を逸らした。


「...なんだよ酷えな。」


俺はそう吐き捨てると、渋々戦士の後を追った。さっきまでの仲は何処へ行ったやら。


ま、全員寝不足でヘロヘロだったのは間違いない。一番元気そうだから、と言う事なのだろう。


俺と戦士は、広場で相向かいに対峙した。


「それで、ルールとかは?」


俺がそう尋ねると、戦士は結構な上から目線で返事をした。


「ナニィ!そんなもん無いに決まってるだろうが!お前は戦場で相手にルールを確認しなければ戦えんのか!?」


どちらかと言えば、この男の為に言ったつもりなんだが。俺が何か言い返そうとしたら、もう一人の方の戦士が笑っている。


こっちはヒゲも剃ってあって、清潔感がある。それに、かなりの実力者っぽい。


「バッハッハ...!グロド、そいつはな、どうもお前の事を心配しているんだよ!」


それを聞いたグロド?は、顔を真っ赤にした。


「フン!余計なお世話だ!!ゴタクは良いから行くぞ!!」


そう言うと、かなりの重量があるポールアックスを軽々と振り回して、突進してきた!!


ブォン!!!


横一閃!柄の長い斧は、俺の間合いの外から繰り出され、頭を掠めた!!


その勢いのまま、グロドは体を水平方向に回転させながら、もう一度横薙ぎ一閃!今度は足首を狙って来た!!


俺は剣筋を読んで、体捌きで躱した。左足を狙った攻撃は、見事に空を切った!その隙を、俺は見逃さなかった!!


「フッ!!」


ポールアックスが逆袈裟に左下から右上に振り抜かれたその瞬間、俺は懐に飛び込んだ!!勢いのついた武器を振りかぶったのだから、当然男の懐はがら空きだ!


「かかったな!!フンッ!!!」


そこへ、武器の勢いを乗せた後ろ回し蹴りを食らわそうとしている!!俺は中段位の蹴りを食らう前に、グロドの胴へ両手でしがみついた!!


その流れのまま、柔道の小外刈りをしつつ前倒しにタックルを食らわせた!!


「ヘアアッ!!!」


ゴギン!!!


ものすごい音がして、グロドは後頭部から地面に叩きつけられた!!


頭を強打して仰向けに倒れたグロドに馬乗りになり、水月へ軽く掌打をキメた!!


ドシッ!


「ぐはあっ!」


そのまま両手を大の字に広げて、動かなくなった。どうやら失神してしまったらしい。


俺は脈をとったが、まだ生きている。それを確認した時、後ろで拍手が聞こえた。


「大見事、大見事!!グロドを素手で黙らせるとは、見上げた根性だな!!俺はお前さんが気に入ったぞ!」


もう一人の戦士が近づいて来た。立ち上がろうとする俺に、手を差し伸べた。それを素直に取ると、そのまま力強く引っ張られてハグをされた。


「うんうん、良い体をしている!これは相当な達人だぞ!フハハハ!!」


何か超痛いんですがそれは。背中をバンバン平手で叩かれている俺を、他のメンバーが笑いながら見ている。この男からは、悪気を感じられないな。


ある意味メッチャ良い奴なんだと俺は思った。


「ゲホッ...そりゃどうも。試験は合格でいいのか?」


男は俺を開放すると、まるで息子のように馴れ馴れしく両肩に手をかけて、嬉しそうに頷いた。


が、その後にちょっと困惑した表情になった。どうやら嘘がつけない性格なのだろう。


「ああ、もちろんだとも...だが、お前ほどの男が修行となると、相手がいないと思うがなあ...。」


まるで大事な愛刀を愛でるような表情だな。そんなに俺の事を買ってくれるのは素直に嬉しい。


「いや、俺は魔法を教わりに来たんだ。武術は間に合っているんだよ。」


「何だと!?...いや、さもありなん。その実力は、うちのマスターモンクと同等か、それ以上だ...それで、一体お前は誰に魔法を教わるつもりなんだ?」


「すまん、それよりアレは放っておいて良いのか?」


俺は後ろで倒れているグロドを親指で指差した。


「...そうだな。日も暮れたし、上は門限の時間だ。そいつを運ぶのを手伝ってくれないか?そこに監視小屋があるんだ。お前らも良ければ、今晩は泊まっていけ。」


男はジェイド達の方を向いて、そう言った。結局、その夜は監視小屋で一泊する事になった。俺と男でグロドを担ぐと、全員で鉄柵の内側へ入った。


門は強固なスチール製で、鍵がかかっていた。男が何やらブツブツ言うと、自動で門が開いた!


「魔法錠!初めて見ました。」


ラピが感動している。イザベラも興味津々だが、とりあえず中へ入った。すると、また自動で扉が閉まり、鍵がかかった音がした。


門を通り過ぎてすぐ目の前に、丸太で組まれた家があった。大きいログハウス風だ。


全員で中へ入ると、大部屋にテーブルと椅子が置いてあり、部屋の隅にベッドが2つ置いてあった。


グロドをベッドへ寝かすと、男は全員に椅子を勧めた。


「改めて、ようこそシルバーガーデンへ!俺は王国側の守衛をしている、アルタレスと言う者だ。月光の諸君、何もない所だが今晩はくつろいでくれ。ええと、リーダーは...」


「俺だ。一応リーダーのジェイドと言う。」


立ち上がると、アルタレスと握手を交わした。


「ほう、お前も中々の手練だ。だが、方向性に迷いがあるようだな。」


俺は驚いた。アルタレスはこの短い時間で、ジェイドの1番の弱味を言い当てた。


そう、ジェイドは戦士として、どう鍛えるかを決めかねていたのだ。シルバーガーデンで色々見てからと思っているらしい。


「...で、そこの君は?」


向き直った彼に、俺も立ち上がって握手で答えた。


「俺はマヒトって言うんだ。見ての通り、ただの馬鹿野郎だ。」


「フフ...確かにな。俺も時々思うんだが、なぜ素手で戦うのか?とね。だが、さっきその考えは吹き飛んだ!お前はグロドのような戦士を相手に、余裕で勝利した。マスターモンクでさえ、ヒーラーがメインで戦闘は宗教上の戒律から武器を持たない、と言う縦前なのにな。」


「じゃあ、モンクの実際は武器を持たないと弱いのか?」


ビンセントの質問に、アルタレスは頷いた。


「そうだ。実戦では後方要員だからな。お互い素手なら強い、と言う程度だな。」


なるほど、そういう事か。少林寺拳法みたいなんだろうな。まあそんな感じだろうとは思っていたんだが。


アクリルも、体術は稀有だとか言ってたしな。


その後、全員が自己紹介をした。その頃にはグロドも復活して、なんやかんや負け惜しみを言った。


が、アルタレスに促されて、少し恥ずかしそうに全員と握手をした。


「マヒト!今度俺が1番上等な酒場に連れて行ってやる。お前には試合で負けたが、酒の方はどうかな?」


「すまん、止めたほうがいいぜ。俺はアクリル様の加護持ちだからな。」


「ヒエッ!!そうなんだな!ヤバイヤバイ、こっちでも勝てないのかよ...。」


ガッカリしているグロドを見て、全員が笑った。これに懲りて、二度と挑戦して来ないで欲しいんだが。


その晩は、泊めてもらう代わりに食材を提供した。ラピが料理をすると、2人の戦士は泣くほど喜んだ。まあ男所帯だしなあ...。


「マヒト、そう言えばさっきの続きだが、君は誰に教わるつもりなんだ?」


アルタレスが、食事をしながら俺に尋ねた。


「うーん、それがちょっと複雑でな...誰かは知らんのだが、どこに行けば良いかは見当はついているんだ。」


「ほう、それで?」


「多分、アクリル様の神殿?だと思う。」


全員が俺の方に注目した。


「...という事は、お前は神官にでもなるつもりなのか?」


「いや、違うんだ。これは俺個人の事で、あまり話せない内容なんだよ。だけど、とにかく神殿に来いと言われているんだよ。」


「ほう、それはどなたに?」


「それも言えないんだ...なあ、あんたは戦士なんだろう?そんな事を聞いてどうするのさ?」


「う、うむ...そうだな、じゃあこうしよう。俺がここでお前に秘密を喋ったら、マヒトも俺に教えてくれるか?」


「うーん、どうだろう...分かった、じゃあ外に出るか。」


「ああ、そうしよう。」


イザベラが心配そうな顔をしたが、俺は大丈夫だよと囁いて外に出た。アルタレスは10分ほど山の方へ歩くと、何やら口で音を鳴らしている。


「チッ!チチッ!」


歯の隙間に空気を通すような音がした。すると、いきなり風がふき始め、やがて山の頂上方向から巨大な飛行物体が静かに迫って来た。


「おおっ、ドラゴン!」


全長10mはある巨体が、風以外の音もなく静かに着地した。アルタレスが差し出した手に、頭をこすりつけて戯れている。


「あんた、竜騎士なのか!?」


彼は頷いた。


「これが俺の秘密だ。アクリル神殿直轄、ハイランダー隊長を任されている。」


アルタレスは、竜の首筋の鱗を爪で引っ掻いている。竜は気持ち良さそうにしていたが、俺の方を興味深そうに見つめて、近寄ってきた。


「お、おい...」


彼が唖然としている。ドラゴンが首を低くして、お辞儀をしているように見える。


「アルタレス、これって...?」


「信じられない!君は一体何者だ!?フォビスが俺以外の人間を敬うなど、前代未聞だ...ハッ!まさか君を呼んだ御方とは...」


「多分、その考えで合っていると思う。俺はア...」


そこまで言いかけたが、アルタレスは両手を振って遮った。


「いやいやいや、それは言わないでくれ!畏れ多くて言の葉に登らせる事自体不敬に値する!」


彼は焦った顔で、慌てて会話を中断した。


「いや、でも不公平だよ。あんたが秘密を言ったのなら、俺も...」


「いや、すまんことをした。秘密と言っても、さっきの肩書くらいのものさ。明日山頂まで行くのに、彼女に乗せてもらうつもりだったしな。」


「ああ、フォビス?は女性なんだな。」


「ああ、基本ドラゴンは雌雄同体だ。だが、ドラグナイツの騎乗する竜は全て雌性体だ。」


「ふうん、そう言うものなのだな。」


「そうだ。そして、一度ペアリングすると彼女等の敬意は、騎乗を許された騎士にのみ捧げられるのが通常なのだ。それなのに...いや、これ以上は言うまい。これは人智を超えた次元の事なのだろうから。」


アルタレスは、再び俺と握手を交わした。


「明日は、早起きしてくれ...実はな、最近我が主からの霊的なメッセージを受け取ったのだよ。君とそこのお嬢の様な人相の者を、先に神殿へ連れてくるように、とね。」


「...見えるのか?コイツが?」


アムが俺の肩の上で衝撃を受けている。


「ああ、ドラグナイツは霊的な存在や精霊が見えるんだよ。ドラゴンと視界を共有しているんだ。夜明け前に、ここへ来てくれ。他のメンバーには、グロドから説明させる。」


俺とアムは頷いた。アルタレスはフォビスを帰すと、一緒にログハウスまで戻った。


「おっ!男同士で愛し合ってきたのかあ!?お似合いだぜ、お前ら!」


グロドが既に出来上がっていた件。結構呂律が回らなくなっているな。


他のメンバーは、付き合い程度に軽く飲んでいるようだ。寝酒のつもりなのだろう。


その晩、アルタレスの敷いてくれたワイルド・ボアの巨大で分厚い毛皮の上で、俺達は眠った。


いよいよ明日、全てが明らかになる。本当は興奮すると眠れなくなる体質なのだが、さすがの2日強行でどっぷり寝てしまったのだった...。

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