覚醒
プロローグ
俺は自分を過大評価していないつもりだ。格闘技のおかげで、人よりちょっと強いくらいだと思っていた。
頭が良いわけでも、勉強ができる訳でも無かった。
ただ無心に、興味の赴くままに、日々の生活を過ごし、金を稼ぎ、美味いものをたらふく食い、そして寝る。そんな毎日だった。
幸せの終わりは突然来る。それは分かっていた。そしてそれは、その出来事は、目覚めた瞬間から始まった...。
ある日、目が覚めた俺は真っ暗で冷たい石?みたいな床の上で仰向けに寝そべっていた。
遥か上方に小さく光る点が見える。上半身だけ起き上がり周囲を見渡すが、一寸先は墨汁のごとき暗闇なのだ。
「こ、これは...」
と呟き、暗がりとは別の違和感に気付く。胸や腕の感触が何だか違う。手で触れてみると硬い素材の何かを身に着けているようだ。
「!?」
パジャマパンツのポケットのあたりに違和感を感じ、手を入れようとするとゴツい感触が伝わってきた。どうやら硬い革のようだ。
適当に探っていると、やがて腰に装着されていると思われるポーチ?の入り口に手を差し込むことができた。
指先に何かが触れたのでつまみ出した。
「...なんだこれ。」
指輪の様な感触だ。しばらく形状を確かめたが、やはり指輪だ。そうなると、当然指を通したくなった。
取り敢えず暗闇の中で中指に装着した。すると自分の体がポウっと光り、周囲を照らした。これは...新手の照明器具か何かかな?
「な、何だこりゃ。」
さっきから背中や尻が冷たいと思っていたが、石床の窪みに5cmくらいの深さで水に浸かっていた。
周囲は、見える範囲で床と同じ質感の石壁で囲まれ、正面から背後へ一直線に、幅が5mほどの通路が伸びている様だ。
どうやら天井に穴が空いている通路のど真ん中に、誰かによって運ばれて寝ていたらしい。
もしくは寝ている間に深い井戸?に投げ込まれたかだな。だが、怪我はなさそうだが...。て言うか、いくら何でもそんなに鈍感じゃねえぞ。
そして何より、就寝前まで着ていたパジャマが、ゴツい感じの鎧?に変わっていた。
体表が薄青く光っているので色は判別し辛いが、硬い質感の革素材だ。全身が同じ素材の防具?で覆われている様だ。
「...俺、何でこんな所に寝そべっているんだ?確か昨夜はあいつ等と酒を飲んで...それからアパートの部屋に帰って横になったよな?」
腕組みして考えたが、今の状況にはつながらない記憶ばかりだ。
「ま、考えても仕方ないな。」
立ち上がり再び上を見上げると、3mくらいの高さの天井に大穴が空き、見た感じで100m上方くらいで地上につながっているようだ。
まるで井戸の底みたいだ。当然よじ登れそうな足場等は見当たらない。
「こりゃあ夢じゃないのは確かだ。とにかくここを出ないとだな。」
半ば夢であっても、ここは寒くて暗い。長くは居たくない場所だ。取り敢えず、他の出口を見つけようと思った。
人工の通路があるって事は、出口があるはずだ。不本意ではあるが、探索してみるしか無さそうだ。
「参ったな、この状況が理解できないぞ。そもそもこんな鎧?とか買った事ないし。どうしてこうなった...。」
ブツブツ言いながら、前後の通路の先をそれぞれ見たが、片方は通路が一直線に続いていて先が見えない。
もう片方は10m位先が突き当りになっている様だ。
と、湿った体がスースー冷たく感じた。風が吹き込んでいる?どっちから?
「...多分あっちだな。」
行き止まりの方へ歩くと、足がジャブジャブする。足元を見ると同じような革素材のブーツを履いていた。中に水が入っている。
「冷たい。ああもう、酷いな。」
文句を言いながら脱ごうとするが、丈夫そうな革紐で括られていて無理だ。
ふくらはぎ側で、蝶結びで結んであるのを見つけて解こうとすると、結構しっかり縛ってあった。
丁度、通路の先に浸水していないエリアが見える。
そこまで移動して、座ってから紐を解いた。両足のブーツ内の水を捨てると、幾らかマシになった。
再び紐を締め直して、俺は通路を歩いた。突き当りだと思っていた通路は、T字路になっていた。風が微弱に左側から吹いて来る。
そちらへ向かって歩くと、通路はすぐに右へ折れていた。更に直進すると5m程前方に扉が見え、行く手を遮っていた。
獅子と虎が互いに絡み合い戦っている構図の彫刻が素晴らしく、明るい黄土色の扉だ。素材は木製だろうか。
取手が付いているので開けようとするが、鍵がかかっている様だ。顔面の高さに窓枠があり、同じ素材らしい格子が付いている。
両手で持って揺すってみたが、見た目以上に頑丈でびくともしない。やはり素材は木だと思う。手触りが荒い木目に感じる。
中を覗くと明るく、温風が漏れ出てきた。テーブルや、その上の食器?等も見える。
「参ったね。やっぱ鍵が必要という事かな。」
諦めて違う道を行こうとしたが、何と言うか後ろ髪を引かれる。こう言う直感には、以前から結構自信があるし結果が伴っている。
これは行くなと言う意味だ。
扉をよく調べると、横開き式ドアの取手のすぐ下に凹みが見えた。指で触ると、この部分だけは滑らかな感触だ。
「カチッ!」
いきなり触っていた辺りから音がした。同時に扉が五ミリ程右側へズレた。取っ手を持って右へスライドさせると、簡単に扉が開いた。
中を覗くと部屋になっている。広さは約5m四方で、結構凝った古風な装飾の部屋だ。
暖炉があり、薪がくべてあって燃えている。暖かい空気が顔面をホッとさせた。部屋内には誰も居ない。
「スミマセン!!誰かいますか!?」
大声をかけた瞬間、ビーッ!と言う警報の様な音が遠くから聞こえた。
「あれ!?何か不味かったかな?」
部屋を出て、来た道を引き返そうとしたら、複数の金属音と足音?が聞こえた。何だか地響きもする。まずいまずい、これはヤバい感じがする!
咄嗟に部屋へ入り、扉を閉めた。すると再び「カチッ」と音がして、ロックされてしまった。足音が近付いて来て、扉の前で止まった様だ。
「♪&?/*+<})\~&"^_)~~+!!」
全く知らない言葉が聞こえる。早口で喋っているようだ。
扉の格子からコッソリ外を覗くと、何か見たことがある人型生物が3体、通路の角で会話しているのが見えた。
「...あれ、オークだよな?」
以前RPGとかの本で見たやつだ。猪の様な顔面で、口から短い牙が飛び出ている。
金属っぽい鎧からむき出しの部位は毛むくじゃらで、結構体格が大きい。
片手に槍を持っている。目つきは鋭く、凶暴そうな感じに見えた。周囲を見回した後に、こちらへ近付いて来たので部屋の奥へ避難した。
部屋の中央にテーブルがあり、その下へ咄嗟に身を隠した。
しばらく意味不明な言葉で何やら会話をしていたが、ドアを動かそうとして扉を揺すっている。
結構な力らしく、さっき自分が動かそうとしても微動だにしなかった扉が、ガタンガタンと音をたてている。
「!!?a/*&{"_☆○▽▲■▽◇◎♀♤」
会話が遠ざかり、扉の向こうが騒々しくなったので、用心しながら近付いた。
この音は、どうやら通路の向こうで何かと戦っているっぽい。再度格子から覗くと、小さい人型とオークが戦っているのが見える。
小さい方は、直毛を全身に生やした犬が直立歩行している感じの奴だ。5匹程見える。動きが素早く、オークとは対象的な戦い方だ。
「...あれってコボルドかな?」
オークは想像通りパワーでゴリ押しする戦い方だ。コボルド?を突き刺そうとして槍を投げ、回避されている。その槍が、通路の壁に突き刺さった。
相当なパワーでないと、この質感の岩には刺さらないのでは?何あれマジヤバイ!
一方、コボルドの方は素早い動きで攻撃を回避しつつ、ナイフのような武器で相手の足に攻撃をしている。
だが、全身金属鎧を着ているので中々ダメージが入らないらしい。
10分程戦闘は続いたが、やがてコボルドが後退りしながら逃走を始めた。それを追いかけてオークも走り去った。
「おーお、何かスゲえ。本場物を見ちゃった。」
通路に出ようと思いロックされた扉を調べたが、同じく取手の凹みに触ると解錠された。
どうやら急場しのぎの安全地帯?が見つかった様だ。と言うかそうであって欲しい。
あんな危ない奴が居る訳だし、非常時の逃げ場が無いとね...って、今更だけど何だあれ!?オーク?コボルド?
「...やっぱこれ、悪い夢なんだな。ファンタジーの夢なんて、ヤキが回ったな...。」
ボリボリ後ろ頭を掻きながら、俺は近くにあった椅子に座った。
この椅子も、見事な装飾のテーブルも、暖炉の上に飾られている油絵も、凄く現実味があって本物にしか見えない。
ふと気づいたら、テーブルの上にいつの間にか一枚の紙?が置かれていた。これは羊皮紙だろうか。
「何か書いてあるぞ。何々...」
これも全く読めない。楔形文字っぽいのは何かわかる。だが俺の専門外だ...。しかし、次の瞬間理解不能な事が起きた。
読めないし見たことない様な文字なのに、文を目で追うと頭の中で日本語の文字が思い浮かんでくるのだ!
「おいおい、何だこれ?読めないんだが読めるな。ええと...私が悪いのは百も承知だが、君には犠牲になってもらった。かの世界で幸せだったのかも知れないが、残念ながらここはそうではないだろう...?何だこれ、何を言ってるんだ?」
どうやら置き手紙らしい...って、さっきは置いてなかったと思うんだが!?文の続きはこうだ。
「君の住んでいた世界には、君とトレードした魔王が送り込まれた。凶悪なやつで、この世界を滅ぼそうと画策していたが、我々の計画で何とか別次元へ転移させる事に成功した訳だ。安心してくれ、君の居た世界では魔法という現象自体がほとんど発生しないから、魔王は只の人になっている筈だ。この世界の平和の為に、君を犠牲にしたのは我々にとって不本意だったが、ああするしか無かったのだ。これからはこうやって、出来るだけ君のサポートをする事にする。だから、精一杯この世界で生き抜いて欲しい。」
何々、何だって...そもそも文章長過ぎ。この手紙の「君」が俺の事として...もしかしてこれって、異世界うんたらとか言うやつなのか?
全く俺の脳も困ったものだ、こんな悪夢を見るなんてな...更に手紙は続いた。
「この世界で生き延びる為の最初の知識は、この手紙に込められている。私と紙面上の契約を交わせば、君に必要なものを分け与えよう。体術は今の君の実力ならこの世界でも稀有な才能だ。恐らく武器も要らないだろう。そこで、契約後に私の居る所まで来れたら魔法を伝授しよう。この世界で最高の宝は「知識」だ。この手紙の裏側に、血判を拇印する円が書かれているので、暖炉の上にある針を使って押印して欲しい。話の続きはそれからにしよう。」
手紙を裏返すと、確かに手書きで掌大の丸印があった。
「うーん、ま、どうせ夢なんだろうし。ここまで来たら、いっそどんな夢なのか確かめるのも手かな?」
暖炉の上を確認すると、確かに縫い針の様な細い針が置いてあった。暖炉の火で炙り、消毒をして親指に刺した。
赤い血の一滴を貯めて、手紙裏に押印した。
すると、一瞬眼の前がフラッシュのように光り、同時に以前まで無かった記憶を得ている事を知覚した。同時に、頭の中で若い女性の声が聞こえた。
「ふふ、契約してくれたわね...ああ、これって夢ではないのよ、残念ながら。とりあえずその能力があれば、大概の危険や仕事は難なくこなせると思うわ。私の住む場所は遠いから、この世界を体験しながら来て頂戴ね。」
「あのー、あんた誰?」
返事は無かった。一方的に見知らぬ場所へ連れて来られ、理不尽とも思える扱いを受けている訳で、俺は声の主にメチャクチャ怒りを覚えた。
「...まあ、この不満は当人にぶつけるしかないな。と言うか、マジで異世界なのか?おいおい...」
ここが俺の知っているゲームの世界なら、リアル日本人には辛すぎる。
と言うか、ひょっとして外の世界はこの場所以上に厳しいんじゃないか?サバイバルとかは経験があるので、何とかなるとは思うが...。
「そう言えば、さっき何かの記憶が。」
そう気付いて思い出そうとしたら、視界にさっきの物と同じに見える楔形文字と数字が、PCの画面みたいに並んで見えた。
「何だこれ...ああ、ステイタスってやつか。何々...あーこれ、異世界学習用でもあるんだな。」
視界の左側に、読める限界レベルで小さい文字と数字が並び、右にゲームの様なゲージが並んでいる。
テーブルを注視すると、視界を遮らない様に吹き出しで説明が付く様だ。
「ええと、高級テーブル、素材はオークウッド、価格は銀貨1000?へえー、価値まで判るのかあ。いやこれって鑑定能力かな?」
便利な機能だ。でもまあ、これ位して貰わないと割に合わない。と言うかまだ全然不満なのだが。
「ええと、他の情報は...」
そう思った瞬間、視界が切り替わって違う文字が出現した。
「魔法スキル?完全隠密?物理クラフト?へえ...」
俺は頭の中に思い浮かんだ通りに、声を出さずに「隠密」と言ってみた。フッと視界から自分の体のパーツが消えた。
「おおー、凄え!姿が消えるんだな。ああ、視界に表示された通りなら、臭いも音も消えるのかあ。何々...ええっ!?体重も感知されなくなる?何だこりゃあ。」
これって多分、物凄いスキルだ。戦闘でこれを使えば、有利どころではない。これで遠距離狙撃を覚えれば、ほぼ無敵なのでは?
「ふうん、凄いじゃない。ああ、えーと、物理クラフト?とかってのは...」
製作物の構造さえ知っていれば、異世界の必要素材をリストアップしてくれる上に、素材を用意すれば自動で製作してくれる魔法らしい。
更に視界が切り替わり、前世界で見た全てのものを脳から参照できるようだ。ネットの動画で観た、ミサイルや銃の構造まで視界に表示される。
設計図並みの記憶があれば寸分違わぬ物が出来て、大まかな外観や構造の原理さえ知っていれば性能の近い物を作れるらしい。
「ふうん、これも凄いスキルだな。と言う事は、大まかな物品は簡単に入手できるって事かあ...ん?もしかしてお金もかな?」
そう考えたら、視界に各通貨の必要素材がリストアップされた。
どうやら思考を先読みして、必要な情報を表示してくれるらしい。金貨、銀貨、銅貨の素材が表示された。
「素材を集めないとなら、仕事して稼いだって大して労力は変わらないな。まあインゴットでも入手したら考えればいいか。」
他のスキルも確認しようとして、さっきから表示されている常駐魔法?と言う項目に気がついた。
「...ああ、このマジックブレインと言う魔法が、常時発動しているんだな。さっきまでは何だかよく解らなかったけど。」
この魔法が契約時に発動したので、色々なスキルが使えると言う事らしい。
考えてみれば大層なスキルを簡単に使える様になるなど、美味い話は無いんじゃなかろうか。
マジックブレインの説明文を要約すると、自分の脳内に副次的なメモリーと、人工知能の様な機能を両立させた魔法球を常駐させるらしい。
そしてスキルや魔法を、見たり覚えた時点で即使える様になるそうだ。
その後、繰り返し生身の脳や肉体に覚え込ませた後、副次記憶内の同じスキルは消去されると説明書きが表示された。
「ふうん、常駐型AI魔法かあ。これがあれば知識や技術を覚えて、すぐに使用できる訳だ。至れり尽くせりだなあ。」
この辺まで理解して、女性の声の言っていた事を実感できるようになった。
まあ、そもそも前世界で平和に暮らしている方が幸せだったのだが、こんな感じで面白そうにしてくれている事に関しては、素直に嬉しい。
早速スキルを試してみたくなったし、この井戸の底から早く脱出してみたい欲求がわいた。ようし、早速行ってみますかね。
部屋内を調べて、使えそうな物資を入手した。
金貨が3枚、銀貨が12枚、鉄製のよく研がれた短剣、さっきの縫い針、前腕部位に分厚い金属のプレート保護板が付いたハードレザー製の魔法篭手(防御力増強付与)、魔法のバックパックだ。
バックパックは内容量が視界内に重量表示され、50トンまで入るらしい。オーバーテクノロジーだなこりゃ。
それ等を装備したり収納した後に部屋を出て、すかさず隠密行動に移行すると、全身が瞬時に透明化した。何だか急に面白くなって来たぞ!
通路を戻り、さっきのT字路の右側を確認した。すると左右対称で同じように通路の先が続いている。
「...性能チェックも兼ねて、ダンジョン探索と行くかあ。」
通路を歩いていると、視界内で5m先に何か表示が出た。どうやら罠らしい。
「...圧力版トラップ?解除はスイッチ方式か。ああ、あそこかな?」
圧力版の設置されている床の、5m前方の横壁に突起が見える。そして視界に、突起は解除スイッチと表示されている。
床に体重をかけると、背後から強力な火炎放射を食らうトラップだ。回避は不可能らしい。
「うーん、どうするかな。でも完全隠密は体重軽減で床のトラップを発動させないんだよな?」
だからと言って、ここでいきなりテストする度胸はないから慎重に行こう。
諦めて通路を戻ると、ドラゴンブレスの仕掛けてある壁の前まで来た。右は元のT字路だ。
「...何々、フレアートラップ...構造コピー可能!?」
どうやら物理クラフトの能力らしい。大概の構造物の原理を魔法でスキャンし、コピー出来るそうだ。
「んなもん、するに決まってらあ!よしコピーしたぞ!」
すかさずコピーすると、視界内に何か表示が出た。
「ん?魔法篭手の掌側へコピーしたトラップを発動条件付きで付与?何これ凄い。」
考えてみればドラゴンブレスって、RPGでは超強力な魔法カテゴリーのはずだが、何故物理クラフトで再現できるのだろう?
まあこの世界では何か違うのかも知れないが。出来るんだから、やっちゃうと言う。
うーん、発動条件はどうしようかな...掌打でファイヤーでは、二重のダメージだからオーバーキルになりそうだけど、格好良さそう。
説明書き通り、目の前の床に左右の篭手を置いて、モード発動した。
「よし、じゃあ...発動条件は掌打時、魔法篭手の手掌側にドラゴンブレストラップを物理クラフト!」
ヴーン...低い唸り音と共に、篭手が空中に浮かび上がった。すると胸の高さで止まり、四角いキューブ状の青い光に包まれた。
「物理クラフト開始します。魔法篭手にアクティベート。オーダーに従い掌側へトラップ移植。造形開始...完了。掌打の衝撃感知ギミック構築...完了。ドラゴンブレス耐性フィールド展開...完了。作業終了。クラフト成功。」
自分の脳内で自動音声?が聞こえ、クラフトは無事終了した様だ。静かに魔法篭手が床へ着地した。
拾い上げて装着してみると、確かに手掌に魔法陣が描かれている。
「よっしゃ、試してみるか!」
いつもやっている様に、掌打を近くの壁に当ててみた。その瞬間、
「ドォン!!ヒィィィンズゴーオオオオオオオオオオオオオッ!!」
当ててからコンマ数秒の間が空いて、金色で凄まじい勢いの炎が壁を直撃した!そして、その後の惨状に俺は言葉を失った。
「....!!!」
壁が真っ赤に焼けて、直径2m位で深さ5m位の横穴が空いている!周囲は高温の為か陽炎のように視界がユラユラして見える。
何だこれ、オーバーキルなんてもんじゃないな!
この世界の常識がどうだかは知らないが、普通岩壁がいきなり空洞になる温度なんて、尋常ではないだろう。
と言うかドラゴンブレスって、プラズマ並みの温度なのか!?いきなり穴ということは、溶岩は蒸発したのだろう。
「ヤベエ、これ人に見られたら普通に引かれちゃうな。イザという時の切り札的に使わんとな。」
と言うか、このダンジョンを作った奴は頭イカれている。あんな強力なトラップを普通仕掛けないだろ?落とし穴とかで充分ではないだろうか?
視界の表示に大きな赤文字が表示され、「間もなくドラゴンブレス耐性時間切れ、高温注意!」と書いてある。ああ、熱くないのは耐性のお陰か?
隠密で足早に通路を戻り、最初寝ていた井戸の底の地点まで戻り、逆方向の通路へ歩いた。
50m程進むと、通路の左右の壁に扉が付いていて、それが5m置きに連なっている。
そして色々調べてみたが、どれも開かなかった。最初の扉と同じかと思ったが、違ったらしい。視界の表示にもアンロック方法不明となっている。
「ふうん、まあいいか。この篭手があれば近接最強じゃね?それに脱出が目的だもんな。」
まだ確認してない扉もあったが、無視して歩き去った。視界の表示もアラートは出ず、俺は直線の長い通路をひたすら歩き続けた。
500m程歩くと、かなり前方に人型が複数立っているのが見えた。
「ああ、あれがさっきのコボルドかあ。」
遠くで視認し辛いが、視界の表示がそうなっている。前方200m先で、七匹(人?)だ。
俺は隠密の性能を試してみた。今の姿が消えた状態で、普通に歩いて接近した。しかしコボルド達は気付いていない様だ。
やがて至近距離まで来たが、それでも気付いていない。
俺のハードレザーアーマーは指輪の影響?でそれなりに光っているが、接近しても彼等は気付かなかった。これも隠密の効果なのだろう。
試しにその場から全速力で走ってみたが、コボルド達は何かお喋りをしながら、笑っているみたいに体を震わせて口を開けている。
表情が動かないのは仕様なんだろうか?なんか気持ち悪い。何にせよ凄い隠密能力という事は判った。
まあ無益に殺生するのも気が引けるし、ここのガーディアンなんだろうからノータッチにしよう。相当ケモノ臭い連中を追い越し、更に歩いた。
やがて先が真っ暗な階段が見え、それを昇ると急に明るくなり、冷たい外気に顔面がこわばった。どうやら外へ出られたらしい。
吐き出す息が白く、乾燥している。空を仰げば満天の星空だ。
驚いた事に3つの月が夜空に見え、そのせいかダンジョンより格段に明るい。それぞれ青、緑、薄桃色で、淡くて綺麗なオーラを醸している。
日本は夏終わりだったが、こちらは真冬みたいだ。青は真上に、薄桃は地平線と真上の中間くらい、緑は半分ほど地平線に隠れている。
「うう〜っ、寒い!」
俺は寒気で震えながら、朝までダンジョン内で待とうか考えた。
取り敢えず中へ戻って階段を降りると、ここの方が温かい。少なくとも外よりはだいぶマシだ。
ここからだと100m後方に、さっきのコボルド達が居る。流石に隠密が何時まで続くか判らないし、気を抜けば発見されるだろうな。
仕方なく野外でビバーク出来る場所を探す事にした。物理クラフトで検索したら、キャンプ用品の一式をこちらの素材で作れる事が判った。
渋々外へ出ると、震えながら周囲を探索した。
「ひいい、寒いなあ!ええと、大型動物の毛皮、植物の蔓ね...」
ダンジョン入り口の周囲を隠密状態で探し回る事にした。最悪、ダンジョン内の例の部屋に逃げ込めば、何かに襲われても助かるだろう。
しかし何となくだが、あそこへは戻らない方が良い気がした...。
ダンジョンの出入り口は、森の中の木々が開けたエリアに丘があり、そこの麓に人工の下り階段があった。俺は周囲の森を探索し始めた。
寒さに震えながら1時間位探し回ったら、木々の間をどでかい鹿が単独で歩いているのが見えた。
「おいおい、何だありゃあ...。」
蹄から背までの高さが2m以上あり、顔から尻までの体長が4m弱の巨大な鹿だ。
木の皮を食べている様で、口をモグモグさせていて、近くの樹木が全般的に裸になっている。
持っている装備では仕留められそうにないのだが...ふと、視界に緑色の文字が出た。
「うん?ああ、クラフト適合素材ってことかあ。凄いな、そんな表示まで出るんだな。」
どうやら適合素材が入手できる対象は緑で表示される様だ。本当にゲームの様な感じだな。問題はどうやってコイツを倒すかだけど...。
「あんだけデカイと、こんな短剣で致命傷は無理だろうしな。どうしようかなあ。」
悩んでいると、また文字が出た。「格闘可能」と書いてある。
「そうは言っても、俺のは対人専用だからなあ...通じるんだろうか?」
やってみない事にはな。この世界初の対動物戦闘をする羽目になった。