第8話 いじめ解消?
「おっはよー」
「うっ」
いつものように日向は僕のことを突き飛ばしてきた。
普段なら踏みとどまるところを、そのままよろめく僕を心配そうに見上げてきた。
「って、ごめん。ケガ大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫」
「よかったー。わたしがケガを悪化させちゃ意味ないもんね」
やけに安心しているところを見ると、かなり心配してくれたみたいだ。
僕がもっと強ければ、こんなことにならなかったのだが、起きたことは仕方ないか。
「それより、本当にいいのか? 学校まで一緒に行くってことで」
「もちろん。影斗が反対しないならいいに決まってるじゃん!」
「まあ、確かに昨日あんなことがあれば、もう手遅れかもしれないけど」
「それもそうかー」
昨日、僕は日向たちの話を盗み聞きして盛大に注目を集めてしまった。
その時、日向に呼び捨てにされたり、なんのためらいもなく手を握られたりしていた。
「日向は昨日のことどう思う?」
「キララちゃんのファンだって知って嬉しかった」
「なるほど」
僕は結構、手を握られたことを気にしていたのだが、日向の方はそうでもないらしい。
なんだか複雑だな。
「楽しいねー」
「え、そう?」
急に言われてとまどってしまう。
「そうだよー。影斗が周りを警戒してないのはわたしも気がラクだし」
「そうだよな」
だからこそ、僕が日向の家から帰る時、やけに元気に返事をしていたのだろう。単に話しながら学校に行けるから。
その後の提案で明日は一緒に、ということの真意を知ったが、まあ、関係がバレないように一緒に行っていなかったのだから、バレてしまった今は一緒でもいいってことか。
僕は勝手に日向を守ろうとしていたが、日向にも心配かけてたんだもんな。
そもそも、バレてなかったというのも本当は僕の勘違いだったのかもな。
でも、もしかしたら、なにか考えがあるってことも。
「今日はどうして僕と行こうと思ったの?」
「いつもじゃん。まあ、強いていうなら、昨日あんなことがあれば学校で一緒にいてもおかしくないから、かな。そうでしょ?」
「あ、ああ」
この感じだとゴリ押しするだけみたいだな。
「それとも、昨日は話を合わせてくれただけだった? キララちゃんのことも知らない?」
「い、いや。そんなわけないだろ」
僕はキララだし、自分が一番のファンってやつだ。
異論は認める。
「じゃあ大丈夫! 行こ! あんまりゆっくりだと遅刻しちゃうよ? ……まあ、できれば本当はもっとゆっくり行きたいんだけど……」
初めの威勢はどこへやら、急にモジモジし出した日向。
「わかったけど、手をつないだままってのはなにか違うんじゃないかな?」
恥ずかしい。というのが本音だ。
結構意識せずつないでくるが、僕の方は意識してしまう。
昨日なんてじっくり見つめられてしまったし。
そもそも、なんかやたらと距離感が近くないか?
それに、いつもよりもテンションが高いような。まあ、それはいいんだけど」
「あ、そ、そうだね……」
少し残念そうにしながら手を離すと、日向は歩き出した。
僕もぎこちなくなりながら日向の隣を歩いて学校を目指した。
何事もなく教室まで来れた。
もしかしたら初めてかもしれない。
ドアに黒板消しがしかけられていない。いや、ここは感動ポイントじゃないな。普通はないから。
しかし、教室の中はざわざわとしているのが外にいてもわかる。
なんだか自分をバカにされている気がしてしまうのは、おそらく幻聴のように染みついた自分の体質なのだろう。
「あ、開けるぞ?」
「大丈夫だってー。みんなーおはよー」
「あっ」
日向は僕のことなど無視して勢いよく教室のドアを開けた。
そこはしんと静まり返っていた。誰も僕と目を合わせようとはしない。
「あ、あれー?」
なにか予定と違うとばかりに首をかしげる日向。
いつもはあいさつを返してくれるのかもしれないが、僕と一緒ならこうなるのも当たり前か。
「お、おはよう」
僕も声だけかけて自分の席まで歩こうとした。そこで、目の前に一人のクラスメイトが道をふさいできた。
これまでにほとんど面識はない。
なにかを言いにくそうに、口をモゴモゴと動かしている。
嫌だなぁ。
「木高くん。ごめん」
「え?」
「俺も、大神くんが怖くて言いなりになってただけなんだ。本当にごめん」
「俺も」
「私も」
立て続けにみんなが僕に謝ってくる。頭を下げてくる。
まるで昨日までとは人が変わってしまったかのように僕に話しかけてくる。
どれもがこれまでの謝罪の言葉だった。
そして、ひととおり言い終わると、みんなが僕のことを見ていた。なにか返事を期待しているような目だ。
「え、えーと。仕方ないよ。僕だって同じ立場だったら同じようにすると思うし」
すぐに反応はない。
だが、一人の男子生徒が僕の肩に腕を乗せてくる。
「ありがてぇー。俺たちの仕打ちを受けてなお、そんなふうに言えるなんて。人ができてるな。本当にすまねぇ」
「そんなことないよ」
「ある、あるさ」
「いやいや、っていいからわかったから離れて。熱い」
「わ、わりぃ」
泣くほど申し訳ないと思っていたのか。鼻水をすすりながら言ってきた。
他にも、ところどころに目元を押さえてしゃがみ込んでいる影もちらほら見える。
それもそうか。同じようにすると言ったように、同じようにやっていたら、きっと僕も同じように罪悪感にさいなまれていたのだろう。
「そうだ。木高くんってキララちゃん好きなんでしょ?」
「え、うん」
「俺も俺も。と言うか、このクラスでキララちゃん好きじゃない人、いないっしょ」
「そ、そんなに?」
僕の疑問に答えるように、日向が胸を張って前に出てきた。
「わたしは前から知ってたけどね。でも、怜ちゃんがみんなに広めてたんだよ」
日向はなぜか自分のことのように誇っている。
日向がキララを好きなのは知らなかった。あんまりそういう話はしてこなかったから。
でも、こんな身近にファンがいたとは、驚きだ。
というより、身近で布教みたいなことしている人がいるのはなんだか嬉しいような、なんとも言葉にしにくいような。複雑な気持ちだ。
しかし、その庄司さんの姿が見えない。
「だから、影斗が昨日キララちゃんのファンだって言ったのは大きな意味があったんだよ」
庄司さんを探す僕の視界に日向が割り込んできた。
「そうかな?」
「そうだって。ほら」
クラスを見回してみると、僕の視線に気づいてうなずくクラスメイトたちが見える。
みんな笑顔で僕を受け入れてくれているように感じる。
慣れてないせいか、少し気持ち悪い気もする。
「失礼。通してもらえるかしら」
声の方を見ると、学級委員であり、このことを画策したのだろう張本人、庄司さんだった。
庄司さんは人ごみをかき分けて僕の前までやってきた。
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