第53話 怜への返事
「昨日の返事、ってことでいいの?」
「ああ」
僕は怜を呼び出した。教室ではなく校舎裏に。
今回は僕が怜を呼び出した。あくまで主導権を握るために。
「これ」
「え!?」
驚く怜。それもそうだろう。僕は怜にキララのグッズを渡した。
しかし、完成品ではない。いわゆるプロトタイプだ。
怜に提案されてからだいぶかかってしまったが、参謀役なら渡しておくのが吉だろう。
「じゃあ!」
期待のまなざしを向けてくる怜に対し、僕はチッチッチと舌を鳴らしながら指を振る。
今回くらいは僕だって怜を超えたいのだ。今回だけは僕が怜をいいようにする。
「僕がここで終わる男だと?」
僕はスマホを取り出し、再生する。
「こんにちは! 河原アイリーンです!」
「……」
突然流された音声に、なにが起きたのかわからない。そんな表情で怜は固まった。
しかし、すぐにニヤリと笑うとなんでもないように口を開く。
「ふふっ。それがどうしたのかしら? それ、キララちゃんがコラボした相手の河原アイリーンさんの声よね? 急なことで驚いたけど、それがいったいどうしたって言うの?」
「その通り」
ここまでは計画通り。
僕が脅された時のように怜が早口になっていることも含めて計画通り。
声が似てる。それだけなら、言い逃れができてしまう。
僕だって、あんなにしっかり名乗ってなかったら、あらかじめ対処法を考えていたら声真似だって言えたかもしれない。
だからこその次の弾。
「そして、これが動画だ」
「こんにちは! 河原アイリーンです!」
先ほどと同じ音声。加えて、同時に流れる映像。初めて見た時は驚いたが、キララの自作グッズが大量に置かれた怜の自室。そこで河原アイリーンとして配信している怜の姿が映っている。
「……それ……」
「さっきと同じ声、ちょっと戻せば発声練習がある。しかも、このあとにはキララのことで悶えているところまで」
「ちょ、ちょっとこれどういうこと? プライバシーの侵害よ! そんな、そんなのどこで……どこでそれを? キララちゃんだからってやっていいことと悪いことがあるわよ? 盗撮? いつの間に私の部屋にカメラをしかけてたの?」
「その反応。どうやら本当に怜みたいだな。やっと確信できた」
「やっと? ……確かに、そもそも部屋にカメラなんて……」
「この角度に見覚えはないか?」
「え?」
僕は改めて怜にスマホを突きつける。
目を細めてじっと見つめる怜の顔が驚愕に様変わりする。
どうやらわかってきたらしい。
「怜のお母さんに頼んだら快く引き受けてくれたよ。男友達なんてめずらしいってね。しかも、約束通り秘密にしてくれたみたいだし」
「お、お母様が?」
「ああ」
怜はなんだか僕の母親をうらやましがってたし、仲悪いのかと思っていたが、普通にいいお母さんだった。
「怜を送ったあとで、少し話をしたんだ。怜のことを聞いたら嬉しそうに話してくれたよ。自慢の娘だって。やっぱりいい人じゃないか。うまく接してあげられないことも悩んでるって逆に相談されたし」
勉強の成績を維持しながら他のことにまで手を出したことを知った時は子どものように舞い上がっていた。単に親バカが空回りしているだけのお母さんなのだろう。
「お、お母様が!? そんな……」
少し照れたようにほほを染めている。
怜の行動原理はここにあったのだろう。
「そ、それで、どうしようって言うの? 私はてっきり告白の答えだと思ってたのだけど、そもそも忘れてないでしょうね? 私にも影斗の」
「ああ。そうだ。どっちも忘れてない。そこで、僕からの提案だ。取引しないか?」
「取引……?」
疑うような視線に僕はあくまで上位者としての態度を貫く。
これは参謀役庄司怜が生まれた日の意趣返しでもあるのだから。
「そう。僕もこれを消す。それで怜も僕の音声データを消してくれ」
「そんなの。やれると思う?」
「もちろん。今ここで一緒に消そう。スマホに入ってるんだろ?」
「それじゃ、今の関係は……今の関係も……」
さみしそうに、怜は顔を見上げてきた。
僕はそんな怜を見て、思わずほほをかく。
「恥ずかしい話だけど、この関係は続けたい。僕はあくまで怜、参謀役である庄司怜と、ずっとファンだった冷や水さんと対等な関係でありたいんだ。そして、ともにキララを高め、切磋琢磨し合えるライバルのようになりたい」
「……」
「だめ、かな?」
「……ふふっ」
こらえられない。そんな感じで怜は笑いを漏らした。
「ダメなわけないでしょ。願ってもない申し出よ……でも、私はフラれたのね」
「ごめんな」
「いいえ。わかっていたことよ」
少しの間沈黙が流れた。
しかし、どちらからともなく笑いが漏れた。
「わかったわ。消しましょう」
「そうこなくっちゃな。いくぞ」
「ええ」
僕は動画の、怜は音声の削除マークに指を乗せる。
「「せーの!」」
僕たちは同時にお互いの脅しのネタを消した。
「ふっ」
画面の表示が先ほどまで写っていた動画から別の画像に置き換わった。今、この瞬間、僕のスマホから怜を脅せるデータは消えた。
確認しなくても怜のスマホからはデータが消えていることくらいわかる。
そんな無粋な真似は必要ない。
これまで一緒にやってきた仲なのだから。
互いに背中を向け合い、新しい関係として旅立つのだ。
「怜」
「私はここに残るわ。まだやることがあるなら場所を移してくれないかしら」
「わかった。ありがとな」
「私は参謀役だもの」
すすり泣くような声が聞こえていた。
やはり、怜は強い。
僕だったら耐えられるかどうかわからない。
だが、怜との関係はこれでいい。これがいいんだ。
怜視点
「……なんてね」
影斗が離れたところで声を漏らす。
スマホに入ってるデータだけが全てじゃないのよ。
PCにバックアップをとってるに決まってるでしょ。
フラれたことで、私は影斗のしてない経験をした。
これでいいのよ。これで。
影斗のファンが影斗の声を簡単に消すはずないでしょ。
影斗視点
「なーんてな」
データはちゃんと家のパソコンにも入ってる。
僕だって河原アイリーンさんの個人的なファンだ。
それに、な、なんだってー。って展開もやってみたい。
「これで、対等、かな?」
わからない。だけど、怜はこれからも参謀役でいてくれる。それは心強い。
あとは、日向だ。
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