第4話 いじめ3
「いってて」
僕はトイレで尻の様子をうかがっていた。慣れっこなんて嘘だった。いつまで経っても辛いものは辛い。
物理的に攻めてくるなんて前時代的な気がするが、いつの時代だって暴力に訴えてくるヤツは年齢も性別も関係なくいるものはいる。
のけ者はこうして、ヒエラルキーのトップに等しく蹂躙されるしかないのかもしれない。
いや、さすがに考え過ぎか。
「はあ」
ため息は尽きない。
この学校で僕ほどケガの多い生徒もいないだろう。運動部の生徒よりもケガをしている自信がある。名誉の負傷じゃないけどね。
しかし、対応に関しては慣れたものだ。学校に入ったばかりの小一の時からいじめられ続ければケガの対処法だって覚えてしまう。
それに、これほどまでに長く続くと、状況が改善するのを諦めてしまう。
だからこそ、もう日向には僕と同じような目には合ってほしくないのだ。こんなのは僕だけで十分だ。
「うわっ!」
バシャッ! っと、上からバケツをひっくり返したような大量の水が降りかかってきた。
いや、形容ではなくバケツがひっくり返っていた。
隣の個室から手だけ出して、僕の頭上にバケツをひっくり返しているヤカラがいた。
トイレに避難したのが裏目に出たようだ。
「ケタケタケタ」
「クックク」
「笑うな。笑うな。ふふ」
すぐ近くから三人の声が漏れてくる。
聞こえてるんだよな。さて、どうしたものか。
僕は仕方なく個室を出た。すると、さも心配していたかの表情でこっちを見ている大神くんたち三人と目が合った。
「トイレ長いから心配したぞ。って、どうしたんだそれ!」
大げさなリアクションで大神くんは僕の肩を掴んできた。
それと同時に、後ろから誰かがぶつかってきた。
不意打ちだった。
左肩に体当たりするとその人物はなにも言わずに走り去ってしまった。
僕は大神くんの支えでなんとか踏みとどまる。悔しい。
「あのやろ!」
僕を離し男子生徒を追いかけようとする大神くんを取り巻き二人がなだめた。
「大神くん。今は影斗くんでしょ」
「そうそう。ここで一人にしたらまた同じ目にあう」
「チッ。それもそうだな」
結局、大神くんたちは走り去った男子を追わず、俺に同情してますとでも言いたげな目を向けてくる。
「水をかけられたのか? ごめんな。すぐに反応できれば取り押さえることもできたんだが」
「仕方ないさ」
僕は心にもないことを返す。
どうせこれも自作自演だ。
トイレにいたのも仕込みだろう。
なにせ、バケツの方向は入り口側、つまり走り去っていった男子生徒の反対側から手が伸びていたのだ。
実行は自分たちでやりたかった。きっとそんなところだ。
「ほら、これでも使え」
そう言って大神くんは何かを投げた。大きめのタオルがふわりとかぶせられる。
いつものことで、僕は反射的に身構えるが、特になにもない。
臭いとか、痛いとか全くない。普通に少し大きめのタオルだった。バスタオルとハンドタオルの中間くらいな。
嘘だろ? 準備不足か?
俺は少し油断しながらも濡れた体を拭いた。ハンカチはもう役に立たないからな。
「描いてあるのはアレだが、ないよりいいだろ。購買にそれしかなかったんだ」
言われて気づく。見てみると、女児向けアニメのキャラクターが描かれたタオルだった。
高校の購買にこんなものは売っていない。下手な嘘だ。わざわざどこかで買ってきたのだろう。僕のことを笑いものにするために。
「さ、出ようぜ。俺たちは影斗くんが遅刻しないように来ただけだからな。今回はあんまり時間もない」
その後、僕は無理やりトイレを出され、クスクスと笑い声が聞こえてくる廊下を歩くことになった。
授業には間に合ったし、いつもと比べればマシだったが、それでも意図せず人に笑われるのは辛いものがある。
放課後。
音が聞こえる。
バシバシといった感じの叩くような音。
僕の体から聞こえてくる。
僕の体を叩く大神くんの手から聞こえてくる。
「お前が悪いんだからな!」
僕を叩く手が握られた。
僕はひたすらにボコボコにされていた。
何度も何度も殴られて、どこが殴られてるのかわからないくらいボコボコにされていた。
「調子に乗ってんなよ?」
「の」
「しゃべんな!」
「うっ!」
反論しようものならすかさず拳が飛んでくる。
舌を噛みそうになるのを危うく回避しながら、僕はとにかく殴られる。蹴られる。
「俺たちがこれだけよくしてやってんだ。今日一日でありがとうございますって一度も言えなかったよな?」
僕が殴られているのは理不尽な理由だ。
いや、暴力に正当な理由もないか。
ボクシングだってルールのうえでやってるじゃないか。
それなのに、僕は二人に動きを封じられ、一方的に殴られている。調子に乗っているのはどっちだ。
「……」
拳が止む。
僕の言葉を待つように、三人が僕の様子をうかがっている。
「あ」
「遅いんだよ!」
僕がなにかを言うより速く、大神くんは僕を殴るのを再開した。
震えることしかできない。立ち上がることも走り出すこともできない。
腕と足を押さえられ、僕はただのサンドバッグ代わりになっていた。
「遠くを見てどうした? ここには誰も来ない。ここは俺たちだけの場所だからな」
と言っても、学校の敷地内。人がほとんど来ないだけで絶対に来ないわけじゃない。
ただ、通りすがるような人はいない。わざわざ来るような理由もない。
学校の使われなくなった別棟とその隣にある建物その間の手入れもされていないような空間。
学校裏で告白なんてそんな素敵な空間じゃない。
「なに笑ってやがんだ!」
大神くんの言葉もあながち間違いじゃないと思っていたらさらに殴られた。
「やっぱりな。お前、調子に乗ってるよな!」
大神くんの怒声。バレてもいいとでも思ってるほど大きな声だが、部活の練習でうるさい校庭までは届くはずもない。
僕は誰かに期待する代わりに心の支えを思い出していた。これがあるから僕はまだ生きていけるのだ。そんな、すがる対象のことを。
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