第2話 いじめ
下駄箱に来るなり、大神くんたちは僕のことをニヤニヤとした笑いで見てきている。
きっと、いつものように下駄箱に何かしかけているのだろう。
ほとんどの場合は上履きの中だ。さすがにサソリが入っていることはないだろうが。
僕は警戒しながら自然な動きで上履きの中を確認した。
すぐにキラリと光るものがのぞいた。
「……画びょうだ」
僕は聞こえないほどの声を漏らしてしまった。
しかし、大神くんたちに聞こえた様子はない。
大丈夫。
僕は自分にそう言い聞かせ、あくまで中のほこりでも出すかのように、かがんで上履きの中身を外に出そうとして。
「おっと、大丈夫か? 履かせるの手伝ってやるよ!」
「は?」
すっとんきょうな声を漏らす僕を無視して、大神くんは僕の腕を掴んだ。
口元は完全に笑顔なのだが、目が笑っていない。
怖い。
「な、お前ら!」
「おうともさ!」
「いや、いいって」
「やらせてくれよ。俺たち友だちだろ? 気にすることはないから」
「大丈夫だから、自分で履けるから」
「遠慮すんなって!」
無駄に身体能力の三人組は僕の言うことを聞くつもりはないらしい。
「あっ」
中身を出そうとしていた上履きは両方とも大神くんに奪われてしまう。
「じっとしてないと履かせられないだろ?」
「俺たちだって動いてる人間に靴を履かせられるほど器用じゃないんだ」
「そういうこと。さ、お前らちょっと影斗くんを押さえといてくれ」
「任せてください」
「はい!」
「やめ、離して」
大神くんの取り巻きは僕を押さえるように、腕と足に掴みかかった。
「う、動けない」
「動かないでくれって言っても動いちゃうから仕方ないだろ?」
「だから、自分で履けるって」
「だから、遠慮すんなって!」
全力の抵抗もむなしく、僕は二人に動きを封じられてしまった。
そして、無理やり画びょうが入ったままの上履きを履かされてしまう。
一人では受け流される気づいていたから、今日は直々にやってきたのだろう。
「……くっ」
つま先の方で画びょうが刺さった。
声が漏れないようにこらえるが、少しばかり息が出てしまう。
表情は歪むし、動揺が表に出てきそうだ。
最初はチクッとしてかゆみがあるだけだったが、それが次第に強くなり、針が刺さり痛がゆくなって段々と熱くなってくる。
「ほら、かかとに合わせないとな!」
「うっ!」
勢いよく足を叩きつけられ、かかとの方にあった画びょうが足に突き刺さり反射的にうめき声を漏らしてしまう。
周りは明らかに僕の異変に気づいている様子だが、それでも助けに入ってくるような人は一人としていない。きっと一緒にいじめられるのが嫌なのだろう。
みながみな見て見ぬフリをしている。そりゃそうだ。今この場所には教師の目がない。僕だって同じ立場だったらそうする。
「さぁて、もう片方も!」
「うあっ」
痛みから気をそらすための考えが裏目に出た。
不意打ちのように痛みにおそわれ、考えを吹き飛ばした。
左足は勢いよく上履きの中に滑り込んでいた。
同じように、画びょうが僕の左足を突き刺す。
痛みに耐えているうちに両足ともを履かせられてしまったわけだ。
「さて、これで校内を歩けるな」
画びょうの痛みは少しだが、ジンジンと続きまともに考えることすらできない。
額に汗が浮かび、意識を保つのでやっとだ。
だが、大神くんたちは少し満足したのか、座り込む僕を見下ろしながら立ち上がった。
やっと解放された僕だったが動けない。痛みにうずくまっている僕を上から笑う声が聞こえてくる。
「大丈夫か? 感動で泣いてるのか?」
「……」
「そーかそーか! 声も出ないか!」
「そりゃそうだよ! なにせこんなことシンデレラでしか起こらないもんな!」
「さすが大神くん! 育ちが違う!」
「んなことも、あるか? あーはっはっは!」
クスクス程度だった笑い声は響きわたるほどの大きな声に変わる。
ここまでできてしまうのは、基本は優等生と認識されている自覚があるからだろう。
そう、きっと僕以外からは嫌われていない。
「ま、いいや」
僕がいつまでも声を出さないでいると、大神くんは僕の目線までしゃがみ込んで肩にぽんと手を置いた。
そして、僕の耳元まで顔を近づけると。
「ホームルームまでまだまだ時間がある。こっからも仲良くやろうぜ?」
そう言って口元だけ笑って立ち上がった。
「ゆっくり泣いてから来るといいさ。先行ってるよ。行くぞ」
「「はい!」」
取り巻き二人を従えて、大神くんは下駄箱を去っていった。
「く、くそ」
僕はかすれた声を漏らすことしかできなかった。
いまだに痛みで立ち上がれない。
慣れたはずだったが、やっぱりダメだ。対処できると思ったらすぐこれだ。
画びょうのせいで涙がにじみそうだった。
今日は結構痛かった。
「はあ、はあ」
実は優しいところもあるのかな? なんて、思わせるような態度を取るのが厄介だ。
周りは疑うそぶりも見せない。
いつぞや相談した時はあんなに木高を思ってるやつはいないぞ。と悪く言った僕の方がしかられたくらいだ。
「急がないと」
それに、ゆっくりしていろってのは優しさでもなんでもない。
遅くなれば遅くなるほど次の準備に時間を使えるってことだ。
ゆっくりしていいってのは、してほしいってことのはずだ。
僕はなんとか上履きを脱いで応急処置を済ませると立ち上がった。
まともに歩けないが、引きずるように、でも一歩一歩前に進んでいった。
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