第1話 いじめの巣窟へ
「おっはよー!」
元気よく僕の背中を叩きながら声をかけてくる女の子。
その後もポカポカ僕の背中を叩き続けてくるのは僕の幼なじみの入間日向。
肩まである栗色の髪に、ピンッ! と重力を無視した髪束が生えた少女。どうして僕と仲良くしてくれるのかわからないくらい、自他共に認めるかわいい女の子だ。
普通ならこんなにかわいい女の子が、朝からあいさつしてくれるなんて嬉しいことだろうが、僕はつい癖で周囲を警戒してしまう。
近くに同級生が見当たらないことを確認して、僕はほっと息を吐き出した。
「大丈夫だって。高校では中学以前が同じなのって私たちだけじゃん? 気づく人いないって」
まぶしいくらいの笑顔であくまでも、気楽な感じで言う日向。
「そうは言うけど、こんなところ見られたらどうなるかわかってるだろ? その時はどうするつもりなんだよ」
もちろん。付き合ってるとかうわさになるだけなら僕だって別に嫌な気はしない。なんだかんだ付き合いも長いし、気を許せる相手は日向くらいだ。
だが、そんなことになれば日向に迷惑をかけることになる。
僕はぞくに言ういじめられっ子。今までも僕と親しくしてくれた人はみな等しくいじめられた。中学までの日向もそうだった。
高校に入ってからはまだ知られていないせいか、日向はいじめられていない。しかし、もし日向がいじめられるようになったら僕が耐えられない。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、それとも何か考えているのか日向は少しうつむいてしまった。
「……影斗となら別にうわさになってもいいけど」
「なんて?」
ボソボソと話す声を聞き取れず、思わず聞き漏らしてしまった。
そんな僕に対して、日向は首を横に振りながら「なんでもなーい」と言ってのける。
それならいいんだが、じゃっかん顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。
「なあ、実は無理してないか?」
「え?」
やけに裏返った声で日向は動きを止めた。
「いや、顔が赤いから熱でもあるんじゃないかって。別に気のせいならいいんだけど」
「熱なんてないよー。やだなー。変なこと言ってー。あー、暑い暑い」
「やっぱり熱が?」
「違うよ。急に影斗が変なこと言い出すからだよー」
パタパタと顔をあおいでいる日向はやはり赤くなっている気がする。
「まあ、無理してないならいいさ。でも、いつでも離れられるようにしれーっとしといてほしい。あくまでたまたま同じ方角なんですって感じでさ」
「ねぇ」
「ん?」
今度は僕が裏返った声を出す番だった。
何か変なこと言っただろうか。
少し低い声で日向は言ってきたのだ。
「わたしと一緒に教室まで行かない? わたしなら別に影斗といじめられても」
「ダメだ。いや、ダメというか。やめてほしい。日向を危険な目に合わせたくない。僕だけがいじめられるのは耐えられるけど、日向がいじめられるのは耐えられない。今耐えられるのだって日向が無事に学校へ行けてるからだ。それがなくなったら耐えられないって知ってるだろ?」
僕が必死に笑顔を作ると、またも日向はうつむいてしまった。
無理をかけているのはわかっている。僕の一方的な偽善だってことも。
あくまで矛先が僕に向くように、日向に向かないようになんて僕にコントロールできることではない。
でも、日向は名前のように、人の日向になって優しくあっためてくれるようないいやつだ。それに、僕が小さい頃からいじめられていても仲良くしてくれるような変わったやつでもある。
だからこそ、優しさが空回りしてほしくないのだ。中学以前の時のように。
「……そういうところだよ。わたしが影斗を好きなのは」
「すまん。寝ぼけてるらしい。もう一回言ってくれないか?」
またも聞き漏らしてしまった。さっきから小さい声をうまく聞き取れない。
しかし、日向は目を見開いて僕の顔を真っ直ぐ見ると、みるみるうちに顔を真っ赤にして。
「お先!」
と言って学校に向かって走っていってしまった。
もしかしたら朝からあいさつを返さなかったから怒っていたのかもしれない。
あの反応だと、さすがに我慢の限界まで怒らせてしまったのだろう。
しかし、これで一人。周りには僕一人。誰にも見られていない。
「今日もきっと日向は無事に過ごせるだろうさ」
僕は自分に言い聞かせるように空を見上げながらつぶやいた。
「よぉ! かーげーとーくーん?」
「お、おはよう。大神くん」
あたかも仲良しみたいな感じで大神くんは僕と肩を組んできた。
大神ヒロタカくんは僕の高校でのクラスメイトで僕をいじめる主犯だ。身長が高く、身体能力も高いため僕では力で敵わない。
学校ではイケメンだと話題の生徒で、僕以外からの好感度はかなり高そうに見える。
才能も見た目も持ってるヤツって感じだ。
「今日も一日仲良くしようぜぇ?」
「あ、ああ。よろしく」
「おいおい。よそよそしいじゃねぇかよ! 朝なんだしもっと元気出せよ!」
「うん」
「ギャハハハハハ! まあ、いいや。おい、お前らもあいさつしろよ」
「おはよう。影斗くん」
「おはよ。影斗くん」
「うん。おはよう。山原田くん。五反田くん。
そして、取り巻き二人もやってくる。
みながニヤニヤとした笑い顔をくっつけて、僕を取り囲むように立っている。
まるで逃げ道を奪うかのように。
「よそよそしいなぁ! 俺たち友だちだろ? もっと仲良くやろうぜ! だろ? お前ら」
「そうだよ影斗くん! もっと気さくにさ」
「そうそう。俺らを頼る感じでいいんだよ」
「あ、ありがと」
「「「ギャハハハハハハ!」」」
やけに大きな声で笑うから、周りから冷たい目線で見られる。
そして、誰も僕を気にかけるようにはしてくれない。
誰も、大神くんたちを止めようとはしない。
きっと関わりたくないのだろう。僕だって本当なら関わりたくない。
「ほら、ここにいたら邪魔だろ? 中入ろうぜ」
僕はそうして抵抗もできずに、校舎に向けて無理矢理歩かされていた。
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