なにかはつながっている
三分程度で読めると思います。
主人公が人間じゃないので、考え方が変わっているかもしれません。
地球に来てから3日ほどたった。重力や時間感覚にもすぐになれ、地球基地での調査も滞りなく行えていた。
「おつかれさん。進捗はどんな感じよ。」
仕事の合間のコーヒーを飲んでいると、同僚のバフが隣に座り、ヒトのよさそうな顔をこちらに向ける。
「ああ、お疲れ。進捗と言われても、そんなにやることもないだろ。」
地球の環境調査に派遣されたのはいいものの、こんな砂漠地帯じゃ、やれることだって限られてくる。正直なところ、自分にこの場所は性に合っていないと感じていた。
「実は調査場所を変えようと思っているんだ。こう何もないっていうのも息が詰まる。」
「ずいぶんせっかちだな。お前、ここに来てまだ七〇時間ぐらいだろ? オレはその倍の倍はここにいるぜ。」
「バフは案外、研究者の方がむいているんだよ。オレは、そうゆうのがむいてないから調査員になったわけだし。」
「ふうん、そんなもんか。」
「そんなもんだ。」
「んじゃ、七〇時間のよしみだ。いいもんやるよ。」
そういってバフはシルバーのカードを手渡してきた。今時、アナログだなと思いつつ、渡されたそれを受け取った。
「お前の倉庫のカギじゃないか」
「オレの倉庫から気に入ったもんがあったら持ってけよ。もう会えないかもしれないし、俺からの出所祝いみたいなもんだ」
「いいのか? 趣味でいろいろコレクションしたものなんだろ。」
バフは変わった物を好んで集めては、使い余している基地の倉庫を勝手に私有していた。はじめ、その倉庫を自慢げに紹介されたときは、コレクションの種類と量に目を見張ったものだ。自慢するだけあって、奇怪な形の置物やら、貴重な鉱石など、なかなか目にすることのないものが置かれていた。珍しい食料なんかも保存されていたので、もらえるのであれば素直にありがたい。
「なあに、気にすんなって。また仕入れればいいだけの話だからよ。」
えくぼをつくり、気さくな笑みを浮かべるバフに礼を述べ、さっそく倉庫へと足を運ぶことにした。
バフはオレの隣のそれを見て、目を丸くさせながら指をさした。
「えっと、そいつ誰だ?」
「は?」
オレはその言葉に眉を寄せる。
「お前の倉庫にあったんじゃないか。」
同じように眉を寄せたバフは、奇怪そうに隣のそれを凝視する。
「さすがにオレでも人間を収集する趣味はねえよ。」
「じゃあどうして倉庫にいたんだよ。」
「オレにもさっぱり。」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。思い返してみれば不自然な点はいくつもあった。最初に倉庫を見せてもらった時は目にすることのなかった人間がおり、あろうことか倉庫内を徘徊していたのだ。いくらコレクションといっても、知的生命体であり、地球の管理種でもある人間を入手するのは表上ご法度である。仮に、バフがペットとして集めたものだったとしても、倉庫内に放置するのは衛生管理上よくない。
とにかく、この人間はどこからか倉庫に侵入してきた不審物ということになる。
改めてみると、見れば見るほど、知性のかけらも感じない、貧相で不格好な人間の雄である。
「まあ、何にせよ、これをオレがもらっても問題はなさそうだ。」
「おいおい、それ本気で言ってるのか?」
「基地に置いておくわけにもいかないなら、有効活用したほうがこの人間も本望だろ。こちらに危害を加えるそぶりもないし、連れて行くことにするよ」
「人間なんてどうするつもりだよ。旅のお供か? 向こうの基地までわざわざ歩いていくんだろ。」
「どうするって、非常食にするんだよ。」
眉間にしわをよせてこちらを見るバフに、オレは説明を加えた。
人間は勝手に歩いてくれるから自分の荷物にもならないし、人間からは水分も肉も摂取することができる。人間分の食料は必要になるが、それは人間に持たせればいい。その食料がつきる前に人間を食べてしまえば人間が運んでいた分の食料も自分の分にできる。
「利用価値としては十分だろう。」
オレが一通り話すと、今度は眉を下げて、バフは困ったように口角を上げる。
「お前らしいんじゃねえの? そいつも逃げねぇみたいだし、まあ、仕方ねえのかもな。」
バフが人間に再度、視線を向ける。オレもそれに合わせて、なんとなく人間を見た。すると人間は、まぬけな顔をさらにまぬけに緩め、おそらく人間の母国語だろう言葉をつらつらと並べた。普通、こういう時は、言語通訳機を使うものなのだが、人間はそれを持ち合わせていないようだ。
『よくわかんないけど、食料を分けてくれて助かったよ。その上、こんな砂漠の中を案内してくれるんだろ、あんたらほど親切な外来人は初めてだ。ありがとう!』
人間は従順にオレについてきた。思っていたより手間もかからず、ここまではすべて順調に旅が進んでいる。ただ一つのことを除いて。
『知ってるか? この無限に続くように広がる砂漠の砂は、神様の肌から剥がれ落ちたもんなんだよ。つまり垢みたいなもんだな。そう考えると、風情があるだろ?』
人間は、何を言っているのか理解していない相手に、この調子でずっとしゃべり続けるのだ。もちろんオレは、それに返答しない。
太陽が体を焦がすように照りつけて、喉は渇き、足は疲れてしびれ始めていた。そんななか人間は、隣を歩くオレに、平然とした口ぶりで何かを語りかけ続ける。あたかも、鳥が不規則に鳴き続けるようで、神経に触る声だ。
『俺はこれから###へ行くんだ。###ってどこだかわからないだろ? そう! 俺はそこに行くんだ!』
まあ、何にせよ知恵の足らないやつであるのは間違いない。
「なんでそんなに楽しそうなんだ? 砂の上をひたすらに歩くのがそんなに楽しいか? 無駄にしゃべって体力を消耗させるな。と言っても、お前は今の状況を理解できていないんだろうな。だからオレみたいなやつに食われるんだろうよ。」
もっと賢く生きろと言ったところで伝わらない。
馬鹿にしたつもりで言ったのに、人間は反応を返したオレを見て、脳内に花でも咲いているのかと言わんばかりの顔をする。それがさらに滑稽に見えて、オレは皮肉を込めて薄ら笑いを浮かべた。
従順なのはいいが、オツムが弱すぎるのも考えものだ。
「…………」
オレの様子を見て何かを思ったのか、人間はこちらの顔をうかがうようにしてのぞき込んでくる。
『どうした、だいぶ疲れてるみたいだけど。さっきから元気もなさそうだし、きっと人間より体が軟弱なんだろうな。もともと人相も悪いし、よけいひ弱そうに見える。』
どうせ会話などできない。しかしオレは言葉を続けた。
「水はまだあるが、無くなったらお前の血をもらうことになる。」
『ううん?もう歩くのが辛いって? おいおい、もう少しがんばれよ。このペースじゃ、先に食料がつきちまうぜ。そこまで考えが及んでないんかな。』
「夜は冷えるし、お前の皮を使うことになるかもしれない。」
『俺さ、二一世紀物のゲームやったことあるんだよ。へへ、いいだろ? んで、それに出てくるキャラにお前、そっくりなんだよなぁ。まあそいつ、化け物にカラダ真っ二つにされて死ぬんだけどさ。』
「のんきにしていられるのも、何も知らないでいられるからだ。そうやって死んでいくのは、家畜のようで哀れなものだがな。」
『砂漠には獰猛な生き物もいるし、お前は気をつけろよ。』
「せいぜいオレの機嫌を損なわないよう気を付けることだ。」
笑みを浮かべる人間を鼻で笑い返す。まったく馬鹿なやつだ。しかし、こう長い旅にはこれぐらい滑稽なやつがいた方が、逆に退屈しなくていいのかもしれない。そう考えれば、多少、自分のストレスも和らぐだろう。
食料も尽きはじめ、そろそろこの可笑しな旅も終わるかと思っていた矢先に、人間がオアシスを見つけた。運だけはいいやつだ。こんなところでオアシスが見つかるなんて思っていなかったし、このタイミングというのも本当に運が良かったとしか言いようがない。やっと食ってやれると思っていたのに、残念な気もするし、少しばかり拍子抜けだった。
『何年も旅を続けてきたんだけどさ、運にはすこぶる恵まれてるんだよな。ハハ、お前、俺がいなかったら死んでたぜ。』
のんきにオアシスに喜んでいる人間を、単純で分かりやすいやつだと思いながら、オレは鼻を鳴らす。
「命拾いしたな。オレから言わせてみれば、無駄な延命しすぎないが。」
オレは改めてオアシスを見わたす。コバルトブルーの小ぶりな空が陽に照らされてきらきらと笑っている。
喉がごくりと上下した。ああは言ったものの、これは自分にとってもうれしい誤算であった。近づきひとつその空をすくってのどに流し込む。すると、肌色に変わった透明が体内の焦燥をベールで包み込み、じんわりと滲んでいった。オレは安堵するように息を吐き、人間に視線を移す。人間も同じように乾いたのどを潤すと、こちらを見て目を細めた。
『知ってるか? 水はガイアの涙なんだ。こんなに透明で純粋な涙を誰のために流したんだろう。俺らの命は、母の悲しみの上に成り立っている。それってなんだか神秘的だろ。』
水を補給したことで心に余裕が出てきたかもしれない、どうしてか、人間の言葉をすんなりと受け取ることができた。
知性には欠けるが、人間の言葉や表情に敵意がないというのも、この存在を少しは受け入れられた理由のひとつだろう。
言葉がわからないからこそ、気を使う必要もなく、今この瞬間は、人間が隣にいることに悪い気はしなかった。
食料として手間もかからなかったことだし、ここはひとつ、こいつを褒めてやってもいい。言葉は通じずとも、地球にはもうひとつ意思疎通を図る方法がある。それは、手で形作ったジェスチャーに、共通の意味合いを持たせることで、意思を伝えるというものだ。
以前、読んだ文献を思い返してみる。確かそのジェスチャーは幅広い意味を持っており、誰しもが好感を抱く万能の非言語コミュニケーション。一番に先立つ指を天高く指し示すことで神の恩恵に感謝し、残りの指を握りしめることで、大地の恵みをかみしめているらしい。
「たとえお前が食料であろうとも、その命に感謝できない自分じゃない。オアシスを見つけたことぐらいには礼を言おうじゃないか、よくやった人間。」
改めて人間に向き直ると、オレは両手を突き出し、敬意をこめて中指を天に掲げた。
それからも旅は続いた。
まだ人間は隣を歩いている。あと幾日、こうしていられるのだろうか。
出会った時と変わらない鬱陶しさを横目に、オレは空を見上げる。
「……………………」
美しい夜だと思った。よくは知らないが、地球では何百年に一度みられる流星群らしい。
「地球では星が降るんだな。」
母星では見ることのない光景だった。
まるで小さな宇宙が呼吸しているようだ。流れる星たちが生命を燃やして、自分たちの存在を知らしめている、そう思えて仕方がない。
メラメラと小さなカケラが胸の小瓶を詰めてゆく感覚がした。それぐらいには、この光景に感動していた。やわくてつよいホワイトライトは、暖かさを内包している。
どういうわけか、オレは無性に人間が気になりだした。らしくもないと思いつつ、横に立つそいつをのぞいてみる。それに気づいた人間もこちらを見つめた。
『きれいだな。』
人間はひどく懐かしい表情をしていた。
人間の瞳に星は降りつづける。自分の胸の小瓶は、いつの間にかいっぱいになっていて、この秘めた小瓶が自分に似ているものだからびっくりする。この宇宙が何なのかなんて知らないはずなんだが、やはり懐かしかった。
「ああ、そうだな。」
目の前に広がった瞳の星々が、銀の糸を結んではじけ飛んだ。
『知ってるか? 星が降るのは、我々の主が、笑みをこぼしておられるからなんだ。今夜、俺たち生命は、神から祝福されているらしい。じゃなきゃこんなにも愛おしく思えることは無いだろう。』
何を言っているのかわからない。だけど、今ばかりは、そのすべてがわかる気がした。
「……気に食わない奴だ。」
でも、またこんな夜があってもいい。
「いずれは食ってやるさ。」
それまで利用してやらないこともない。
「本当に間抜けな顔をする。」
それも見慣れてしまったものだが。
『なんだよ、今日に限っては、お前もこの空によく似ているじゃないか。』
読んでくださりありがとうございます。