表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウソツキは優しく微笑む  作者: 忍忍
1/1

崩れた日常

01

 優しい嘘というものが存在するのなら

 きっと現実というのは残酷なのだろう


02

 「お母さんっまた来るね!今度は美味しいケーキ買ってくるっ」


 私はまた笑顔の仮面を被る。

 最近ずっとそうだ。その所為で、自分がどんな顔で笑っていたのかわからなくなってしまう。


 私の母は、二ヶ月前から入院している。

 末期の癌だとお医者さんに言われた。

 そのことは、まだ母には話していない。

 

 母は、いつも優しく笑っていて、自分よりも家族のために生きているような人だった。

 私が落ち込んでいれば、どんなに長くなろうと最後まで話に付き合ってくれて、私が喜んでいれば、それを察して私の好物を夜ご飯に出してくれる。そんな人だった。


 体調を崩しだしたのは、ほんの三ヶ月前。

 咳き込むことが増え、朝起きて来られない日が少しずつ増えてきていた。

 今までそんなことは一度もなかったので、父と相談して病院で検査してもらうことにした。


 私は大学に通ってはいるけれど、自宅から通っていたので、その日はついていくことにした。

 待合室で、母は恥ずかしそうに笑っていた。


 「二人とも大袈裟すぎよぉ、少し休めば平気なのに」


 その言葉が現実であれば、どれだけよかったことか。

 私と父は、二人だけ診察室に呼ばれ、母の状態を知らされた。

 父が泣いているのを初めて見た。


 普段から仲のいい二人ではあるけれど、この時の父を見て、ああこの二人は一緒に生きてきたんだなと痛感した。

 

 「母さんには、まだ言わないでいよう。父さんもできるだけお見舞いに行くから、お前もなるべく母さんに会いに行ってやってくれ」

 「頼まれなくても行くに決まってんじゃん。でも本当にお母さんは助からないのかな」


 父の目には、再び涙が浮かんでいた。

 今年還暦を迎える二人は、三十年以上一緒に生活して、家族として生きてきたのだ。

 比べることではないのだけれど、私よりも父の方が辛いのだろうなと、なんとなく感じた。


 その日から、私はバイトを辞め、家のことを手伝うことにした。

 母の代わりになんてなれないけれど、少しでも母や父の負担を分けてもらいたかったからだと思う。

 毎日お見舞いに行き、想像上の思い出をでっち上げて、母に聞かせる。できるだけ明るい話を、だ。

 母のことだから、私の嘘なんてきっと初めからわかっていたのかもしれない。

 それでも、いつものように笑ってくれる母の顔が、私に希望を抱かせる。


 「お母さん、退院したら何したい?久しぶりにみんなで旅行でも行こうよ」

 「そうねぇ、梨央りおが笑っていてくれると、お母さんも嬉しいわ」


 何度も、何度も、何度も、何度も。

 笑顔の仮面を被って、約束をする。

 それが、母の生きる活力になれば、と。


 しかし、私はそこまで器用な人間ではなかった。

 母に嘘を吐き続けることが、どれだけ残酷なことかわかっていないふりをしていたのに。

 私は、母の笑顔を受け止めることさえ辛くなってしまっていた。


 そして、私は父と喧嘩をした。

 喧嘩にすらなっていなかったかもしれない。

 一方的に、私が怒鳴っていただけだったように思う。


 「もう無理っ!お母さんといろんな約束しても、きっと叶わないって思っちゃう。でも、一日でも長く生きていてほしいから、一秒でも多く笑っていてほしいから。ねえ、お父さんはなんとも思わないの?このままじゃ、お母さん何も知らないままいなくなっちゃうよ」

 「••••••梨央、ごめんな。お前にもこんなに辛い思いをさせてしまって」

 「謝ってどうにかなるものじゃないじゃん、私はお母さんと一緒にいたいよ。でも、病気でそれが叶わないのなら、ちゃんと、••••••ちゃんと、ね。ちゃんと、お別れしたい。ありがとうとかごめんなさいとか、全部伝えたいよ」


 父は黙って下を向いて、涙を堪えていた。

 わかっているのに、この人だってものすごく辛いんだ。

 私だけがやりたいようにやっていい訳がない。

 

 その日のご飯は何の味もしなかった。


 いつか大人になって、結婚して、子どもを産んで。

 母と父に孫の顔を見せて、休日はみんなで旅行したりして。

 そんな未来を当たり前に描いていた。

  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ