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王の鈴  作者: とおこ
断章 春
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3

4月下旬、内陸寄りため少し遅い春を迎える王都シャーンでは一斉に花々が芽吹く。

1年で一番美しく、待ちわびた季節の訪れに人々の表情も明るくなる。

ゲオルグ王の第4王子ジークヴァルトが15回目の誕生日を迎えたのは、そんな春のよく晴れた日のことだった。



この国の貴族の子らにとって、15歳というのは1つの区切りの時期である。

学院生活の前半を終え、翌年からは皆が入寮することとなる。

王族であろうとも例外はなく、卒業までの3年間は学院において集団生活が課せられているのだ。

特に高位貴族の子供達は4年生に入る頃に婚約者を決定することが多い。もちろん、それより前に内約束を交わしている場合もあるが、正式な取り交わしはもっぱらこの頃だ。

この時、未だ正式な婚約者を発表していなかったジークヴァルトの誕生祝いはとても華やかなものとなった。

兄達からは大きく年の離れた末王子、更には貴族社会の頂点に君臨するリッカ公爵家出身の継妃が産んだ唯一の王子である。

王位を継ぐ可能性こそ低いものの、公爵位と豊かな領地を賜ることを約束されていると言ってもいい。

そんなジークヴァルトとの見合い、ではなく誕生祝いのため、年頃の令嬢とその母親達がこぞってやってきたのだ。



誕生日祝いは、ガーデンパーティーの形で催された。

真っ白なクロスが広げられたテーブルには色とりどりの春の花と食事やデザートが並ぶ。そんなテーブルが5台ほどあって、どのテーブルにも令嬢とその母親が集まっている。

この日集まった令嬢が15人。通常王子妃であれば伯爵家以上の家柄が求められるが、よい娘ならばとカテリーナは子爵家、男爵家の参加も許した、らしい。

母カテリーナに連れられテーブルを回るジークヴァルトは若干心が折れかけていた。

令嬢達と挨拶を交わす。誕生祝いの言葉の後には、どのような女性がお好きですか、休日の日はどのように過ごされているのですか、と言った質問が繰り返される。それらに答えながら、自分が品定めをされているような感覚に陥る。

いや、実際に品定めなのだろう。

彼女達には自分が王家とリッカ公爵家の威光を背負っただけの「何か」にしか見えてないだろうとさえ思えてくる。

王子に自由は多くない。が、今日参加する令嬢の中であれば好きな娘を選んでもよいわよというカテリーナの言葉にほんの少しだけ期待をしていたのだ。

お互いを大切に思えるような相手に出会えたらいい、と。

が、前のめりになった令嬢達は、質問の次は自己アピールを続ける。

更にはその匂いだ。

化粧と香水の洪水に息が詰まりそうになる。

「私、殿下を十分のお支えできると思いますの」

そう胸を張った令嬢は確か3人目だったか。今日の参加者の中では一番高位の侯爵令嬢は、自分が選ばれるの当然という視線を向けてきた。

ジークヴァルトは笑みを貼り付けそれらをかわし、カテリーナに従う。

果たして、母はどのような令嬢を求めているのだろうか。時折横顔を覗き見るが、浮かべた笑みはまったく崩れない。

今年中に婚約者を決めなければならないことはジークヴァルトもよく理解していた。

来年からは寮生活となり学生同士の交流はより活発となる。中低位の貴族では、寧ろ寮生活の3年を通して自身に合った相手見つけるといったことも多いらしいが、高位貴族にそのような自由はなく、その前に家に相応しい相手を決めるのが専らである。

更には、高位貴族の令息さえ少ない年代であることから、圧倒的な優良物件として期待されていることもよく、分かっている。

が、これぞといった令嬢はまだいないどころか、会えば会うほど気分は沈んでいく。

誰にも気づかれないようそっと小さくため息をつき、次に向かうテーブルへと視線を向ける。

「殿下、殿下」

その時、不意に、知った声に呼び掛けられた。

「ノエル?」

マティアス侯爵家の次男、ノエルだ。

ジークヴァルトより2歳下で、今年学院に入学したばかりのノエルは、国王自らが侯爵を口説き、ジークヴァルトの学友に望まれた。対面の当初の日こそ緊張していたものの、元来人懐っこく明るいノエルをジークヴァルトはすぐに好きになった。以来、学年が違うため学院で会う機会は少ないものの、週に何度かは王宮にやってきて、一緒に勉強したり、剣の稽古をしたりしている。軍志望の彼は特に剣の稽古には熱心で、一緒に彼の大叔父でもある軍団長エリーク=マティアスに剣を手ほどきを受けることもある。

気づけばカテリーナがすぐ近くに来ていて、ノエルの母であるマティアス侯爵夫人と話していた。今までよりも少し声が弾んでいるように思える。

それもそのはず、マティアス侯爵夫人テレーゼはレノ公爵家の出身で、カテリーナとは学院の同級生である。同じ公爵家の令嬢という立場であり、学院での6年間をずっと同じクラスで過ごした2人は仲がよく、ノエルとともに彼女が王宮を訪れることも度々である。

よく知った2人に、つい力が抜け、笑みがこぼれる。細められた青の双眸に取り巻いていた令嬢があっと声を上げるが、気づかないまま、ノエルの頭をくしゃりと撫でる。

「殿下」

「あぁ、…ごめん」

きちんと整えられた頭を乱してしまったと謝りつつ、令嬢ではない彼が何故テレーゼと2人でここにいるのだろうと改めて首を傾げる。

すると、ジークヴァルトの困惑が伝わったのだろう、誕生祝いは明日言うつもりだったのですがと、予定外の参加であることをほのめかし、げっそりとした表情を見せた。

いつも元気なノエルも、令嬢達の勢いに押されているらしい。

そう言えば、こいつは侯爵令息だったなと思い出し、仲間意識を抱く。

「ジーク様!」

「あぁ、うん、お疲れ」

「顔が引きつっていますよ、ジーク様」

「それはまぁ、見逃してくれ」

2人は同時に息を吐き出す。

圧倒的な女性陣の中にあって、ノエルのような男の子もちらほらと参加している。

令嬢の兄妹達だ。

令嬢の保護者として来ている者や、おそらく多くの貴族令嬢が集まる機会に、ついでに相手も見つけられたらいいと、一緒に連れてこられた者達だろう。

カテリーナは令息達の相手探しにも一役買おうと、彼らの参加も許容し、多くの令嬢を集めたのである。

一応今日の主役はジークヴァルトだが、ノエルもかなり有望視されている。

だから連れてこられたのだろうなと状況を受け入れつつ、けれどと違和感を覚える。

ノエルとテレーゼは同じテーブルにいたが、2人だけで令嬢がいない。さすがに今日は花嫁探しだけをしにくる家は珍しいし、跡取りではないノエルがこの年で必死に相手を探さなければならない必要もないだろう。

「2人で、来てくれたのか」

「え」

少し探るような声で尋ねると、一瞬ぽかんとしたノエルは、慌てて違う違うと首を振った。

「妹が一緒です、俺はおまけですから」

「妹?」

「はい、多分庭の方に行ったと思います」

連れて行っちゃったんですよね、と盛大にため息をつく。

ジークヴァルトはノエルの妹、マティアス侯爵令嬢には会ったことがない。が、妹にめろめろなノエルがかわいいかわいいと言うのをよく聞いている。

「ノエルの妹か、会ってみたいな」

「ジーク様?」

「いつもかわいいって言っているじゃないか、見てみたい」

「そりゃあ、うちの妹はすっごくかわいいですが」

ノエルはうーんとうなった後、じゃあ抜け出しましょうかとつぶやく。

ジークヴァルトとノエルは、互いの母親が話しこんでいるのを確認し、うなずく。

視界に入らないよう気配を消し、静かにその場から離れる。ジークヴァルトと同様、テレーゼの隣で人形にようになっていたらしいノエルは、ずっと逃げ出す機会をうかがっていたとのことだった。



脱走が成功し、ぷはぁと息をつく。

「大体、母上も連れ回すなら俺じゃなくて妹でしょう!」

ぶすりと訴えるノエルに思わず笑いが込み上げる。

少し肩が軽くなったような気がして、つい足取りも軽くなる。

テーブルから離れ、花咲く庭を楽しむ母娘も少ないながらもいる。

ジークヴァルトに気づき、挨拶とともに祝いの言葉をかけてくれるものの、テーブルに集まる母娘ほどの気負いはないのだろう。むしろ、せっかくの機会だからと城を楽しんでいる様子に、母上自慢の庭を楽しんでくださいと声をかけ、通り抜けていく。

ノエルはよく知る庭をずんずんと横切っていく。

そして、四阿の前で立ち止まった。

「ノエル?」

ここに妹がいるのかとジークヴァルトは目をこらす。

四阿の長椅子には、文官の長衣を纏った男性が1人、くつろいでいる。

影となり顔までは確認出来ないが、カテリーナの住まう青の宮殿でこれほど堂々と寛げる文官など1人しかいないだろう。

フェルディナンド=マティアス。

マティアス侯爵にして、この国の宰相である。



「あ…」



いつも仕事漬けの彼は、王妃の四阿にも書類を持ち込んでいた。

もちろん機密書類ではないだろう。数冊書物が積み上げられ、その中の一つに視線を落としている。

そして、そんなフェルディナンドの前には令嬢が立つ。

「お父様、昨夜も徹夜と聞きました」

「仕方があるまい」

「少しはお休みください」

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