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Mk.14  作者: 菅原やくも
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往路

一九二四年に開発されたMk.14(マークフォーティーン)魚雷は従来のものと異なり、近接信管という最新の装置を備えていた。

 一九四一年、日本軍による真珠湾奇襲によって太平洋戦争が勃発した。パールハーバーのアメリカ太平洋艦隊、マレー沖ではイギリスの戦艦プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを航空攻撃によって撃破した日本軍は、破竹の勢いで進撃した。だが、珊瑚海海戦で日米空母同士の接戦が行われ、翌四二年の夏にミッドウェイ海戦で大敗すると、その勢いにはブレーキがかかった様子だった。


 合衆国西海岸にある海軍基地の一角、停泊している数隻のガトー級潜水艦の周囲では兵士や作業員が忙しそうに動き回っていた。いまや守勢から一転、日本に対して攻勢に出るときだった。とりわけ、その中の一隻は出撃を間近にひかえていた。

 艦長であるヨセフ・ベイカーは、潜水艦の司令塔の上から前方の甲板での作業を静かに眺めていた。魚雷がちょうどクレーンで吊るされ、ハッチが斜め上を向いて開いている搬入口へ運ばれるところだった。その魚雷は外観を見ただけではこれまでと変わらない代物に思われた。スペックとしても、短胴型で炸薬量は二五〇キロ、推進には圧搾空気とアルコールの混合燃料を用いるという、ごく平凡なものだった。しかしながら、これまでの着発信管とは全く異なる近接信管というものを備えた新鋭の魚雷だと聞かされていた。それは鉄製船体による磁気の変化を利用したもので、直接命中させなくとも敵船の下を通過させるだけで起爆するというものだった。それに船底は、舷側に比べれば防御の弱いところでもあった。まさに弱点を突く兵器だった。一九二四年に開発されたその魚雷は各部隊に配備され、Mk.14(マークフォーティーン)魚雷と呼ばれていた。

「ここにいらしたのですね、ベイカー艦長」

 後ろから声が聞こえて、艦長は振り返った。副長のルーク・ハーモンがハッチから頭を出していた。「もうじき、魚雷の積み込みが終わります」それから副長はハッチから出ると艦長の横に並んだ。

「ちょうど作業を見ていたとこだよ。それより、艦内の方はどうだ?」

「ええ、機関の方は最終チェックをしています。その後に燃料の搭載。食料は缶詰類はすでに必要分を。最後に野菜と果物、パンといったものを積めば完了です」

「よし」艦長は手すりに軽くもたれ、視線を海の方へ移した。

 まるで、水平線の向こうを見つめるかのようだった。

「日本海軍はミッドウェーで大惨敗したと聞いたが、だからといって油断はできない。それに長期の作戦航行となるから、準備にはぬかりのないようにしないとな」

「はい、艦長」

 ベイカー艦長は以前にも実戦に出向いたことがあった。しかし今回の乗員たちは、訓練は終えたものの実戦は初めてという新参者の割合も多かった。彼は多少の不安を感じていたが、日本軍の対潜能力が劣っていることは事実であったし、なにより新型魚雷も備えていた。日本の商船を何隻か沈めたのちに戻るだけであった。もしかすると、軍艦に攻撃するチャンスもあるかもしれないと思っていた。

 それから艦長は、今一度自分の目で各部署を確認してまわるため、副長とともに艦の中へ降りていった。


 潜水艦後部の機械室では会話不能なほどの轟音が満ちていた。艦に強力な推進力をもたらす二基のディーゼルエンジンの試運転をしていたのだった。

 機関長のオーウェン・ハリスは他の機関員とともに、グリスやオイルまみれになりながら作業にあたっていた。

「よし! オーケーだ。一旦止めよう」彼は身振りを交えて大声で怒鳴った。

 エンジンが動きを止めて静かになった直後、機関室の入り口に艦長の姿が現れた。

「機関長、ディーゼルの調子はどうだね?」

「これは、ベイカー艦長」機関長はオイルで汚れた手を雑巾で拭って、小さく敬礼をした。

「ええ、ちょうど一段落したところです。なかなか上々です。訓練中はじゃじゃ馬でしたが、修理も終えてからはすっかりいい子になりやしたよ」

「それはよかった。出航して、作戦終了のときまでその状態が続くと助かるな」

「大丈夫でしょう。保証しますよ」

 それからしばらくののち、潜水艦は派手な見送りもないなかで静かに出港した。途中、ハワイの海軍基地では再び燃料及び食料の補給を行ない、真っすぐと日本本土近海へと向かった。

 日本軍の勢いが衰えたとはいえ、相手を過小評価するのは厳禁だった。慎重さが肝心だと、艦長はいつも思っていた。それに、標的のいる作戦海域に近づくということは、それだけ敵の駆逐艦や航空機の行動範囲に近づくということでもあった。


 その日も穏やかな一日の始まりだった。しかし、朝食を終えるころに急展開を迎えた。

 艦橋に立っていた見張り員の一人は、船影に気が付くと伝声管に向かって声を張り上げた。

「警報っ!」

 艦内各所に伝声管を伝わって警報が出され、見張り員は急いでハッチに飛び込み艦内に降りた。

「急速潜航!」

「電動機切換え!」

 トリムタンクに海水が取り込まれ、艦は深みを目指した。さながら海底に向かって急降下していくかのようだった。

「なにごとだね?」艦長は降りてきた見張り員の一人に聞いた。航海士とともに海図を見ていた艦長は海図台にしがみついていた。

「艦長、敵艦です!」

「連中はこちらに気づいていたか?」いたって落ち着いた様子だった。

「わかりません」

「どのみち、エンジン音が聞こえているかもしれない」

 いずれにせよ、潜るだけ潜って身を隠すまでであった。

「まあ、聴音に任せようじゃないか」それから機関長のに向かって言った。「深度六〇で水平に」

 しばらくして艦は水平状態に戻ると、相手の位置を探った。

 通信兵の一人が聴音でスクリュー二基、タービン駆動の音を聞き取ると、駆逐艦で間違いないと判断した。そして相手はこちらに向かって来る様子だった。

 艦長は小声で話し合いを終えると、艦を再び海面へ向かわせた。

「潜望鏡深度です」

 潜水艦全体は海の中だったが、潜望鏡だけは海面にぽつりと姿を現していた。

 艦長は覗き口に顔を当てたままグリップをゆっくりと動かし、あたりの様子をうかがた。

「確かに……日本の駆逐艦だ。あれはシラツユ型か? だいぶ近づいてきたな」

「駆逐艦、移動しています」通信兵が小声で報告した。

「ああ、こっちでも見えてる」

「相手はこちらの位置に気づいたでしょうか?」副長がささやき声で聞いた。

「どうだろうな。レーダーが無ければこちらを見つけるのは一苦労だろう」

 だが艦長は思った。日本軍は優秀だ。それは、パールハーバーにおいて、航空攻撃だけで戦艦を沈めたことが証明していた。その一方ではレーダーを備えた軍艦が少ないなどといった、装備面で劣っている点があるというのも周知の事実だった。

「よし、攻撃体勢に移る」

 各員は静かに、かつ迅速に持ち場へとついた。艦長は潜望鏡に映る駆逐艦を凝視したまま指示を出した。

「一番管と二番管、注水」

「一番、二番、注水」

「一番二番、同時に発射だ」

「魚雷発射用意」

 束の間の沈黙があったのち、艦長は言った。

「よし、魚雷発射!」

 艦首の発射管から二発の魚雷が放たれて、まっすぐと海中を進んだ。

 しかし、魚雷の音に気づいたのか、あるいは航跡を見つけたのか駆逐艦は急速に反転の動きをみせた。ほんのわずかのところで、魚雷を巧みにかわした。

「ほう、相手の聴音はよほど優秀らしい」

「駆逐艦近づいてきます!」聴音機で聴いていた通信兵が上ずったような声を出した。

「相手は、全速で近づいてきます!」

「なに?」艦長は、駆逐艦はこちらの位置に気づいていて攻撃にかかると直感した。「急速潜航! 深度一五〇!」

「深度一五〇、電動機全速!」機関長も続けて指示をだした。

 艦はまたしても前方に傾斜して深みを目指した。

 次第に、聴音でなくとも駆逐艦のスクリューの音が聞こえるほど近づいてきた。機関車が橋の上を通過す時のような、威圧的な雰囲気だった。

「取り舵一杯!」

 いずれにせよ、ここまできたら駆逐艦相手では対応策は限られた。潜水艦は爆雷が当たらぬよう、深みで耐えるしかなかった。しかし、深みで耐えるのも容易な話ではなかった。海中では水圧というものがあるからだ。艦の耐圧殻はそれだけでも負担となっていた。その状態で爆雷がもし、直撃でなくとも至近で爆発すればそれだけで潜水艦は致命的なダメージを被ることになるはずだった。そして、助かるかどうかは爆雷の起爆深度次第だった。

 駆逐艦がすぐ近くまで来たとき、潜水艦と駆逐艦の進路は直交するかたちになっていた。

「よし、電動機全速」

 潜水艦は駆逐艦の進路から少しでも遠ざかろうともがいていた。そしてスクリューが海水をかき混ぜる轟音が頭上を通過した。

「踏ん張り時だ」

「爆雷来ます!」

 一瞬の沈黙の後、艦の頭上で爆発が起きた。衝撃が艦を襲い、激しく左右に揺さぶられた。乗員はともかく、食料の缶詰や食器、固定されてないものは全部、置いてあった位置から跳ね上がると、あたりを転げまわった。さらには各所で電球が割れた。隔壁や配管が軋み、艦はまるで悲鳴を上げているかのようだった。艦のどこかで、シュッーという不吉な音が聞こえた。

「艦尾で浸水!」「補修急げ!」

 叫び声と怒号がとんだ。

 ごくわずかな間だったが艦長含め乗員は皆、生きた心地がしなかった。いつまでも続くように思えた爆雷の嵐は、あっという間に過ぎ去った。

 艦尾では機関員たちがくさびと角材をあてて、浸水もすぐに収まった。誰もがほっとしたときだった。

「駆逐艦、再び近づいてきます!」

 またしても緊張が走った。それから間もなく、頭上を駆逐艦が通過すると間髪入れずに爆雷が水中に投げ込まれた。潜水艦は再び海中を転げまわった。だが、幸運にも爆雷はどれも致命的なところには落ちてこなかった。全員、三度目の攻撃が来るかと構えたが、駆逐艦はあきらめたのか、あるいはこれだけの攻撃に満足したのか、とにかく遠ざかっていった。

 事態が落ち着くと艦長は副長に尋ねた。

「状況は?」

「はい。浸水が生じましたが、処置しました。航行に影響はありません」

「バッテリーは大丈夫か?」

「まだ、充分に余裕があります」

「そうか」艦長は向きを変えた。「通信兵、駆逐艦はどうなった?」

「スクリュー音は遠ざかりつつあります」

「よし」艦長はため息をついた。「だが、用心しよう。あと一時間ほど様子を見てから浮上だ。それまでに艦内の片付け、用のない乗員は休憩を取らせておけ」

 艦長は、新参者にはいい腕試しになったかもしれないなと思った。

「やれやれ、手ごわい日本海軍も場所によっては、まだ健在のようだ」

 それから一時間後、潜水艦は再び海上に姿を現して順調な航海に戻った。

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