そして
湯船から上がり、ミラさんに手を取られてさっきの部屋に戻る。
柔らかなタオルでと水気を拭き取ると、真っ白なタンクトップと短パンに着替えた。
備え付けられた棚の前で、ミラさんがルンルンと何かを選んでいる。
「これは少しやり過ぎかしら……まだ少し肌寒いから、こっちの……」
フリルの沢山ついたドレスや薄手のワンピースなどを、出してはしまい出してはしまい。
「あぁ、これはいいわね!これにしましょう!……あら、ふふふ」
漸く決まったのかこちらを向くと、思わずといった感じに笑みをこぼした。
「シャルロッテお嬢様、髪のお色は旦那様そっくりなのに、質は奥様に似たのですねぇ」
しつ?
奥様って、あの奥様?
すっかり乾いた頭に触れると、さらりと指通りの良い髪は、ぴょんぴょんと毛先が外に跳ねている。
そうだわ!と何かを思い付いたミラさんは、手にしていた服を手早くわたしに着せ、若草色のリボンを取り出し髪をいじる。
「まぁまぁ!よくお似合いですこと!」
満面の笑みでわたしを鏡の前に立たせる。
その中には、見た事のない女の子が立っていた。
身に纏ったベージュのワンピースは胸の下で少し絞られ、ふわりと広がっている。
裾に向かうにつれ濃い茶色にグラデーションがかかり、膝を隠す裾の先は白いレースが花びらのように縁取る。
ふんわりと膨らんだ袖は手首辺りで絞られ、袖口と襟は裾と同じ濃い茶で、可愛らしい花の刺繍が施されていた。
鮮やかな橙色の髪は、前髪を少しだけ残し、サイドを編み込み後ろで纏められている。若草色のリボンが髪によく映えていた。
ぺたりと自分の頬に触れると、鏡の中の少女も同じように動いた。
ほんとにわたしだ……
服もチクチクしない。ひらひら。
その場でくるりと一周してみると、ふわりとワンピースが広がる。
「シャルロッテお嬢様、とってもお可愛いですよ!」
ミラさんがそう言うと、何だか恥ずかしくなってきた。
鏡の中の少女が頬を染めた。
ピカピカに磨かれた靴を履き、部屋から出ると、じーじに似た人が待っていた。
くるりとこちらを向く。
「じーじ……、!」
ぱっと口を押さえる。
その面影に、思わずそう呼んでしまった。
少し目を見張り、じーじに似た人はわたしの前にしゃがみ込む。
「そういえば、まだ名を申し上げておりませんでしたな。私はクロエールと申します。ラウール様に仕える執事に御座います。そして、シャルロッテお嬢様の執事でもあります。どうぞ、お好きにお呼びくだされ」
微笑みながらそう言われ、少し目を泳がせ、ちらりと窺うように見る。
「じーじ……?」
「はい、シャルロッテお嬢様」
ぽ、と顔を赤らめる。
「まぁ、クロエール様ばかりおずるいですわ。シャルロッテお嬢様、私のことも、どうぞミラとお呼びくださいませ」
「ミラ……」
「はい、シャルロッテお嬢様」
ぽぽぽ。
胸の奥がムズムズする。ほっぺがあつい!
名前を呼んで、返事がくる。ただそれだけの事が、こんなにも嬉しいのかと驚く。
「部屋から向日葵の妖精が現れたと思ったが、林檎の妖精でしたかな」
そう揶揄われ、最早湯気が出そうなくらい真っ赤になった顔を両手で隠す。
くすくすと笑い声が聞こえる。
むむむ……
「それにしても、こうして見るとシャルロッテお嬢様は奥様に瓜二つですな」
「そうでしょう、私も何だか、懐かしく感じます」
また、奥様……
そんなに似ているのかな、あの人に。
あんまり、嬉しくないな。
そんな事を考えていると、ふわりとじーじに抱き抱えられる。
「ナターシャ様にも、このシャルロッテお嬢様のお姿を見て頂きたかった」
じーじは少し、泣きそうな顔をして、わたしを見つめる。
「ナターシャ、様……?」
「奥様、ナターシャ様は、シャルロッテお嬢様のお母様にございます」
「おかーさま……!」
わたしの、おかーさま!
「ナターシャ様は、皆に優しく、誰もが振り返る程美しく、そして…………」
長い、長い、沈黙。
「そして?」
先を促すと、サッと視線を逸らすじーじ。
「さ、お腹が空いておいででしょう」
「そし……」
「旦那様もじきお戻りになられます」
「そ……」
「ご一緒にお食事にいたしましょう」
言うやいなやスタスタを歩き始める。
「クロエール様、逃げましたわね」
ぼそりと、後ろを歩くミラさんの呟く声が聞こえた。
「そしてーー?」
結局、食堂に着くまでの間、じーじからそしての先は聞き出せなかった。
ゆるやかにコメディ路線へ乗せたい願望。