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空襲コンダクター



 相手はこちらの心を読みとったかのように、


「僕は地球の運営の一人です」と自分から白状した。キズキクラスなら容易に他人の心を読みとれるが、地球の運営レベルでも可能なのかもしれない。


 そう思った瞬間、「可能です」と清治は答えた。



「僕の考えてることがわかるんですね?」


「ええ、まあ」


「でもさすがに、僕が考えることを操ったりできないですよね」


「できますよ」


「ええ? キズキもアンドリューもそれはしなかったのに」


 それができるなら、僕の心を操り、うんと言わせれば済む話だ。


「それはあなたが特別な立場だからです。下手な扱いはできません」


 キズキが勝手に決めたとはいえ、僕は地球全権大使だ。彼はそのことをすでに知っている。



「あなたはこれまで人の心を操ったことがあるんですね?」


「はい」


「たとえばどんな具合です?」


 僕は具体例を尋ねた。


「第二次大戦のとき、兵士の心を操り、こちらの狙った場所に爆弾を命中させました」


「へえ」


 僕は感心した。


「そう言うと凄く聞こえますが、兵士の心を操らないと、ターゲットの場所を爆発できないのです。これがキズキ様なら、爆弾も使わずに、その場所を爆発できるでしょう」


 たしかに彼女ならその程度は朝飯前だ。それがユニバースとマルチバースの能力差か。



「ということは、この建物はイメージを物質化したものではなく、本当に建てたということですね」


「お恥ずかしい話ですが、一級建築士の事務所に発注し、建築士のマインドを操作し、こちらが考えた通りに設計させ、2×4の経験のある地元の工務店に建ててもらいました」


「そうですか……建築費は?」


「実際に支払いました。費用のほうは国際金融機関がいくらでも融通してくれるので、問題はありません」


「ご自身が考えた通りに設計させたということは、建築の知識を持っておられるということですね?」


 キズキなら物理法則を無視した違法建築を創造できるが、彼の場合、法規上の問題や耐震性、耐久性なども考慮しないといけない。


「まあ、ある程度は」


 ただでさえ知能が高い生命が運営になる。老化もなく、転生もしないので、知識はどんどん蓄積される。複数のジャンルにわたって、専門家レベルの知識を持っていてもおかしくない。



 話を本題に戻す。


「さきほどの爆撃の件ですが、日本の本土空襲ですか?」


「ええ。普段は現場に行かずに、マップやリストで判断していましたが、最後のほうは今と同じ姿で東京にいきました。もちろん当時の学生服は着てました。服は本物です」


「どうして? 被災者の気持ちを理解するためですか?」


 相手は無表情のまま、首を振った。


「第二次大戦の最大の目的は、英国を没落させ、代わりに米国一人勝ちの世界を実現させる事でした。英国のような小さな国が、広大な植民地を統治し、世界をリードするというやり方は永続的でなく、リスクが大きすぎます。


 植民地が発展すれば、宗主国に対する反発が起き、混乱は必至です。米国のような広大な国土があれば、植民地に依存する必要はありません。


 日本には米国を参戦させる役目がありました。最初から敗戦はきまっていました。数十発の原爆を落とされ、歴史の表舞台から消え、三流の農業国に落ちぶれ果てるはずでした。それが、終戦が近づくと、共産主義陣営と資本主義陣営が争う冷戦構造に、運営の方針が切り替わりました。


 日本は資本主義陣営のモデルケースとして、復興、発展させる必要があり、完全に破壊しないよう、慎重に攻撃をしなくてはいけません。特に首都東京は細心の注意が必要です。文化財や重要人物など、現場に行かなくてはわからないことも多く、私は中学生の姿をとり、地上に降りました。旧制だから今の高校生くらいです」


 戦争中の混乱ならなんでもありだろう。 


「姿は中学生でも、実際に中学に通う必要はないから楽ですね。当時は混乱してるから学校に行っていない子供がいても、別に怪しまれないし」


「いえ、一週間くらいの間ですが中学に通いました」



「え?」元祖、謎の転校生だ。「どうしてそんなことを。疎開で生徒が減ってる東京に突然、転校生が来て、一週間でいなくなったら、クラスの人間にあやしまれ、後々やっかいになりそうなのに」


「記憶は消しておきました」


 そうか。人の心が操れるから、その程度のことは簡単だろう。「ある程度は」


「完全には消してないんですね」


「はい。当時使っていた名前や私が何を話したかなどは覚えていないはずです。転校生がいたという記憶は残してありますが」


「消す記憶と残す記憶を選択できるとは」


 キズキも弟の記憶を完全に消してはいないのでは? という疑問が浮かんだ。



「今の妹、清美も一緒でした」


「やはり妹という設定?」


「いえ。普段は地上における私の行動をチェックしていて、問題が起きそうな時に限り、出現してもらっていました」


「問題とは?」


「クラスメートと随分話し込んだことがあります。二十分近くも話していたので、忠告のため彼女が現れ、その生徒と離れました」


「へえ」


「実はその生徒、戦後、結構有名になりました」


「芸能人?」


「小説家です」


「名前は?」


「光瀬龍というペンネームです」


「どんな小説を書いているの?」


「SFです。明日への追跡という小説の後書きに、私たちのことが書いてあります。小説はその体験をもとに作られました。中学に謎の転校生がやってきて騒動を起こすという内容です」


「運営の存在がすでに、記されていたとは」過去の話はもういい。「で、その運営が何の目的で、地球代表の僕に近づいたんでしょうか?」


 僕は、無表情な元中学生の顔を見つめた。



「どうしてもお願いしたい件があって、こちらまでご足労いただきました」


「地球の運営なら地球代表の承認なんかいらないはずでしょう。その代表と言うのも、キズキが勝手に決めたわけで、そちらの頼みに役立てるとは思えないんですが」


「今の運営は一枚岩ではなく、アトランティス派と旧世界派に別れています。旧世界派のほうが人数が多いですが、劣勢です。我々旧世界派に加えて、地球代表様のご承認がいただければ、キズキ様に動いていただけるのです」


「また、あの女が絡んでいるのか」 僕は急に機嫌が悪くなった。「もう地球には関わらないんじゃなかったのか」


 キズキ様と敬称をつけるのは、自分の発言内容が彼女に知られることを前提にしていたからだ。



「今回は私のほうから、キズキ様にアクセスさせていただいたのでして、キズキ様のほうから地球の事に首を突っ込んだのではありません」


 アクセス? 異なる天体の運営同士は、普通に会ったりできず、特殊な方法で情報のやりとりをするのだろうか。



 そのとき、部屋の扉が開いて、パーマ頭の中年の女性が盆を下げて入ってきて、テーブルの上にレモンスカッシュを二つ置いた。


「母です」清治はそう紹介したが似ていない。まして、絶世の美少女の母親には到底思えない。


「お世話になっています」彼女は頭を下げた。


「こちらこそ」


 どうせ無関係な人間の記憶を書き換え、家族に仕立てたのだろうが、僕はこの場の雰囲気に合わせた。


 母親はすぐに出ていった。


 


 僕はストロー経由でレモンスカッシュをゆっくりと飲んでいく。


 元祖謎の転校生も、僕の真似をするように飲む。ストローの使用経験がないのだろう。


「すいません。順を追って話します。現在、温暖化が問題になっていることは言うまでもないでしょう」


 地球温暖化とは、二酸化炭素の増加によって地球表面の温度が上昇しているとする説である。温暖化なんか嘘だ、という陰謀説や、二酸化炭素の増加ではなく、太陽活動の活発化など他の理由とする意見もあるが、北極圏や南極の氷が減っているのは紛れもない事実である。



「このまま温暖化が進めば大変な状況になることは、もちろん私達運営は承知しております。ですが、温暖化が起きることはかなり前から把握していて、解決のプランも用意してあり、半世紀後には話題にすらならなくなる予定でした。それが計画に狂いが生じる事態が発生したのです」


「キズキだな……」


 あの女が地球に来てから、ありとあらゆるプランがご破算か、大幅に修正するはめになった。


「お察しがよろしいですね。キズキ様のご計画により、旧世界とアトランティスはひとつになりました。旧世界と異なり、人口が少なく、科学の進んだアトランティス側には温暖化問題は存在せず、合併したことによって、アトランティス側も温暖化問題に巻き込まれることになったのです」


「科学の進んだアトランティスなら、温暖化くらい簡単に解決できるのでは?」


 普通ならそう考えるだろう。


「科学が進んでいるイコール知能が高いということではありません。アトランティスの科学は、長い年月をかけて発達し、ようやくあそこまでのレベルになったのです。旧世界に較べ陸地面積も人口もはるかに少なく、人間の活動が気象に影響を及ぼすような問題が存在しなかったのです。


 そこに急に、二酸化炭素が増えるからなんとかしないといけないというような状況になっても、対処できないのです。それは科学技術の面だけではなく、政治的にも、市民感情の面においても、アトランティスに解決を期待することはできません。


 問題を起こしているのは、全て旧世界です。アトランティスは被害者なのです。そこでアトランティスの為政者達は、旧世界の壊滅を画策しています」


「壊滅?」


「大量破壊兵器で都市部のほとんどを破壊します。残った人間は原始時代へ逆戻りです」


「たしかにそれで温暖化は解決できそうだ。でも、人の心を操る運営がいるから大丈夫だ」


「それがそんなに簡単な問題ではないのです」


「?」



「以前のプランは、アマゾンや北米の乾燥地域などの大規模緑化によって、危険ゾーンから脱出するというものでした。それが大西洋に巨大な大陸が出現し、地球全体の気象条件が変わり、計画通りの緑化が困難になったのです」


「なるほど」


 よくわからなかったが、僕はそう言った。たぶん、雨の降り具合が変わってしまったのだろう。今では北米とアトランティスとの間には、狭い海しかないので、フロリダのハリケーンも無くなり、雨も少なくなったのではないだろうか。


 アトランティスにしたって、広い海に囲まれた時代に較べ、東西に大陸のある状況では雨が減っているに違いない。


「地球の運営では解決困難で、原因を作ったキズキに頼んだのか……」


 地球をゴールドに変えたことのある彼女の能力なら、陸地を全てジャングルにできるし、大気中の二酸化炭素の比率を直接変更できる。簡単な話だ。



「それで彼女は、次は僕に何を認めろと言ったんだ?」僕は無力な地球の運営を責めるように言った。「もう合併は済んだのに、いまさら何をしろと言うんだ」


「それがその……また新たな合併を提案されました」


「新たな? 今度は太平洋にムー大陸出現か。実は数万年前に別の宇宙に別れていました。住人は魔術を使うので、ムーの民の悪口は決して言わぬこと」


「ムー大陸はただの伝説です。合併先は、小さな星がひとつあるだけの小さな宇宙です」


「そこと合併したら、地球を緑の星に戻してもらえるのか?」


 僕は、キズキの能力で直接緑化を実現する意味で発言したのだが、


「はい。その星には一種類の液体しかありません。その液体を半透明な膜で包んだような生き物がいて、動物というよりは植物です。藻やコケというより、お菓子のグミのような感じです。


 光を受けることでその星の負の大気を正の大気に変換しています。そのまま地球に持ち込むわけにはいかないので、液体を水にし、地球の大気で光合成を行わせます。繁殖力が旺盛で、陸上の至るところで繁茂し、二酸化炭素の増加を抑制することができます」


 そのどこかの宇宙にある星にも、大気のようなものがあり、植物のような生物がいて、光合成的なことをしている。地球との合併時に、大気を地球の空気、生物のジャンルを地球の植物、その働きを光合成に置き換え、新種の植物として繁殖させ、温暖化を阻止する。


 相手側がこちらに合わせている。これは考えようによっては、地球主導の合併だ。大企業が零細企業を飲み込むようなものだ。これならこちらの影響は少ない。だが、安心は早い。


「他にどんな生き物がいる?」


「ウサギに似た動物はいます」


「その植物が餌か?」


「はい」


「他には」


「それだけです」


「二種類しかいないのか?」


「小さな星ですから」


「細菌、ウイルスの類は?」


「存在しません。植物を動物が食べ、動物の死骸に正の大気に触れると負の大気に変化し、そのとき植物になります。動物に雌雄はありませんが、交尾のような方法で子孫を残します」


「なんと単純な世界だこと」


「天体全体のデータ処理能力がかなり低いですから」



 それでも僕は不満だ。


「よその星の植物を地球のものに置き換えるなんて面倒なことしなくても、キズキが直接二酸化炭素を減らせばいいのに」


「やはり合併をするのに大義名分が必要ですから」


 彼の言いたいこともわかる。合併件数を増やしたいキズキが、合併を受け入させることを条件に、データ処理能力の高さを生かして、ユニバースの問題を解決する。そんなことが許されたら、どこもかしこも合併だらけだ。命の危険も省みず、アトランティスとの合併を拒んだ僕の立場はどうなるというのだ?



「それでも、温暖化程度のことで、わざわざ合併する必要があるとは思えないな。宇宙同士の合併などしなくても、その生き物だけ持ってくればいい。それに、光合成的なことをしている生き物など、他の宇宙にもいるんじゃないだろうか。それ以前に地球の生物が突然変異して、そういう生き物が誕生すればいいじゃないか」


 納得がいかない僕は、そう感想を漏らした。


「お察しの通り、二酸化炭素を減らすため、絶対にそこの宇宙と合併しないといけないというほどの理由はありません。ただ、そこはかなりというかすごく合併しやすいのです」


「生態系が単純で小さい星だから?」


「もちろん、それもあります。それに加えて、その宇宙には専任の運営がいないことも理由に挙げられます」


「専任って? どこかと掛け持ちしてるってこと?」


「はい。変化のほとんどない簡単なシステムの宇宙ではよくあることです。そのようなタイプでは、運用が起動に乗れば、運営の仕事はあまりありません」


 逆にいえば、地球のように何が起こるかわからないところでは、運営が常に監視していないといけないということだ。


「専任がいないから、合併に反対されないか」


 キズキがそこを推してくるのもわかる気がする。



 まとめると、前回の合併の影響で温暖化が解決不可能になり、困り果てた地球の運営は、原因を作った張本人に相談したところ、地球側の受ける影響が少なく、手っ取り早くできる合併を提案された。合併以外の方法もありそうだが、自分が原因のくせして、相手の足下を見た張本人は、合併しか受け入れない。


 これは、金貸しに金をだまし取られた被害者が、金に困って、またその金貸しから金を借りるときに、高い利息を要求されるようなものだ。


 汚いやり方だが、他に手段がなければ、その要求を飲むしかないのだろう。僕は、目の前にいる立場の弱いローカルな運営に同情した。


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