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新謎の転校生


 キズキヨーコという名前で僕に近づいたマルチバースの元運営は、半年ほど前、鬼好妖狐という不気味な漢字をあてがって、弟のクラスに転校してきた。名前が不気味なのは、男性に言い寄られないためという口実ができ、運営の心証をよくする効果がある。


 目の覚めるような美人ではないが、アイドルタレントのような童顔で、名前がまともだったら異性にもてるだろう。僕だったら、どんなにかわいくても、そんな名前の女の子は遠慮するが、馬鹿で女好きの弟は、すぐにちょっかいを出した。


 当然、キズキはそこまで計算したはずだ。



 目的を果たしたキズキはこの宇宙を去る前に、自分に関する弟の記憶を全て消し去った。ところが、もともと女好きだった弟は、女の子に対する興味が消え、遊び回ることもなく、魂が抜けたようにぼうっとしていることが多くなった。


 受験を控えていた高校三年だった弟は、キズキと一緒に家出したり、特に理由もなく学校を無断欠席したりして、出席日数が足りず、留年が決まった。


 同じ学年を二回、しかも同じクラスだったので、僕は笑った。



「他の連中は進学や就職でいままでと違う場所に通い、引っ越しする人間も多いのに、おまえは同じ家から同じ教室に通う。うらやましい限りだ」


「そう言うけど、結構休んだから、二年かけて一年分通えば普通になる。つまり、去年休んだ分しか学校行かないからな」


「それはさずがにまずい。また留年することになる」


「世の中、おかしなことばかり起こるのに、学校なんか出ても意味なんかないさ」


 と弟は強がり、またすぐに休むようになった。


 


 ところが久しぶりに学校に行くと、転校生がいた。弟が休んでいたのは一週間程度で、その間に転校生が入ってきたのだ。


 まだゴールデンウィーク前のことで、弟は留年したので、同じ学年どころか、同じクラスの生徒の顔も名前もほとんど知らない。それなのに転校生がいたのに気づいたのは、それだけ相手が目立ったからだ。


 


 竹本清美という普通の名前だが、高校生というより中学生に見える。それでいて人形のように顔立ちが整っていて、大人びた雰囲気もある。一言で言えば絶世の美少女だ。


 ゴールデンウィーク前の四月下旬というのも変だ。そんな時期に転校するなら、少し無理をしてでも新学期が始まる四月頭に来ればいい。


 明らかに怪しい。


 女に興味を無くしたと思われた弟も、彼女の影響で毎日学校に行くようになり、僕はキズキとの関連を疑った。



 そして五月半ば、弟は僕に無茶な頼み事をしてきた。


「そういうわけで、兄さん、頼むよ。お兄さま」


 長髪であっさりした顔立ちの弟は、プライドの低い明るい性格なので、素直に両手を合わせ頭を下げてきた。頼まれた僕のほうはいまいち内容がつかめなかった。


「僕と相手側も参加というのは、合同デートということ?」


「僕らはデートだけど、向こうも兄さんだから、お見合いみたいなものか」



 弟は転校生に言い寄って、デートの約束をこぎつけた。但し、条件がひとつあって、お互いの兄弟を同伴させることだという。それが両方ともに、兄しかいなかったということだ。



「お前に襲われないためなら、向こうの兄さんだけで充分だろう。何でわざわざ僕が行く必要があるんだ?」と僕は聞いた。


「仕方ないだろう? 向こうがそう言ってるんだから」


「二人も邪魔者がいちゃ、デートが台無しだな」


「途中でお見合いみたいに、ここからは若い人同士でってなるから大丈夫」


「すると僕は、その間、赤の他人ときまずい時間を過ごすのか?」


「暇だからいいじゃないか」



 学校をよく休む彼に言われたくないが、非常勤の国連職員で、いざというときのために常に体をあけておけと言われている僕は、傍目から見れば、確かに暇人だろう。



「暇とかそういう問題じゃなくて、知らない相手と何話せばいいかの問題なんだが……」


 待てよ。デートを申し込んだのは弟だが、これはキズキのケースと同じで、向こうは兄である僕に近づくことが狙いだと見抜いた。それならそれで話に乗っかろう。


「いいよ。どうせ暇だから」


 僕は、無茶な頼み事を簡単に了承した。


「ありがとう。恩に着る」



 その日が来た。場所は市内の海浜公園。埋め立て地の工業地帯にあるだだっぴろいが、ろくな施設もない市民憩いの場所だ。工場労働者が草野球をしているのをよくみかける。僕も以前、その辺りの部品工場に勤めていた。作業員ではなく品質管理のホワイトカラーだが、工場では作業服を着ていた。


 僕らは、日本政府から支給された一見普通だが、防弾ガラスのはいった自動車で出かけた。そう言うとすごく聞こえるが、アトランティスで未来仕様の乗り物を見た後では、物足りない旧時代の乗り物だ。



 生命と身体の関係は、ちょうど運転手と車のようだ。


 車が壊れたら、また買い換えて別の車に乗るように、人が死んでもまた生まれ変わる。


 長生きは、いつまでも古い車に乗り続けるのと同じだ。


 三十歳で同級生が亡くなると皆憐れむが、三年のインターバルを経て生まれ変わるとすると、他が六十歳で還暦を迎えたとき、亡くなった同級生は二十七歳。もしも彼が前世の同級生と知ったなら、早く死ねて良かったと思うだろう。


 そのインターバルの時期が幽霊だ。誰でも幽霊になるのだから、それほど怖がることはない。車にたとえるなら、購入資金が足りないか、納車待ちの状態だ。


 


 人は皆計画通りに死んで、計画通りに生まれ変わる。


 スポーツ選手が早死になのは、活性酸素の影響もあるかもしれないが、早く生まれ変わってまた現役選手として活躍したいという願望も影響している。指導者に生き甲斐を感じるなら、長生きする可能性が高い。


 プロレスラーや漫才師などのコンビで同じ年に亡くなるケースを見かけるが、同じ時期に生まれ変わるように調整したからだ。来世もまたコンビを組むには、同い年のほうが気を遣わなくていい。


 たまたま会ってコンビを組んだ相手が、誕生日が一週間しか違わなかったというのは、前世で死ぬ時期を調整したからだ。


 子供が結婚したり、孫が出来たり、孫が成人したタイミングで亡くなるのは、無事見届けたからだ。安心して死んでいったに違いない。


 戦後のベビーブームは、戦争も終わり、生活条件が良くなることを見越した生命が殺到した結果だ。


 人類全体が増えているのも、科学や産業の発展で、地球に生まれることを選ぶ魂が増えたからだ。


 戦争が起きると、男児の誕生比率が上がるのは、戦争で死ぬのは男が多く、また男に生まれ変わるからだ。


 前世と性別が変わると、同性愛者になりやすい。


 ある新婚家庭が子供の誕生を望む一方、病弱な高齢者を抱えた家族はその長寿を願う。高齢者が亡くなり、家族が悲しむ一方、その魂は新婚家庭の家に生まれ、喜びをもたらす。一種の綱引きだ。


 知的生命の数には限りがある。先進国で高齢化と少子化が同時に進むのは、高齢者がなかなか亡くならないので、生まれるべき魂が少ないからだ。長寿と多産を同時に実現するには、外国や他の宇宙から引っ張ってくるしかないが、かなり性質が違うかもしれず、新人類や○○世代などと呼ばれることになる。


 そのとき僕は、そんなことを考えながら運転していた。



 信号待ちの間、後部座席の弟に「あそこに喫茶店なんかあったか?」と尋ねると、


「最近できたみたい」と曖昧な返事だ。


 キズキは、よくそこにないはずの建物を一時的に出現させた。今回もそれと同じケースかもしれない。



 公園は市街地から工業地帯に入る手前にある。この辺り一帯を工業地帯として整備したが、期待したほど工場が来なかったので、余った土地を公園にしたのだ。


 休日なのにがら空きの駐車場に車を駐め、待ち合わせ場所を探した。


「あった、喫茶店だ」


 弟が先に見つけたが、駐車場に隣接する場所にあった。


 平屋建てで、喫茶店にしては随分大きな建物だ。


 赤い洋瓦の切り妻屋根は、ドイツや北欧に多い急勾配タイプだ。勾配が急なほうが雪が落ち安い。



 分厚い木製ドアを押して中に入る。


 席は多いが空いている。弟は店内を見回し、


「まだ来てない。あそこに座ろう」といって、駐車場が見渡せる窓際に座った。 外からみただけで喫茶店にしては面積が広いことがわかるが、中にはいるとより空間の広さを感じる。


 その理由は天井の高さだ。一般の家は外壁の一番上当たりの高さに水平に石膏ボードなどの天井材を張るが、ここは垂木の内側辺りに天井材を張り、屋根の勾配がむき出しになっていて、途中に太い梁が何本も目に付く。


 いわゆる勾配天井だ。シーリングファンはなぜか止まっている。エアコンの稼働している気配もなく、窓は全てしまっているのに、かすかに風を感じる。



 この通気のよさは何だ。厨房の窓あるいはドアが開いているせいかと思ったが、すぐ目の前の窓を見てわかった。


 サッシ枠が木製で、左側にドアのようなレバーがあり、どの窓もレバーの先が右に向いている。


 日本ではほとんど見かけないドレーキップ窓だ。


 よく見ると、窓全体が内側にわずかに倒れ、上の部分に隙間ができている。


 僕はレバーを上に向けた。すると隙間が閉じ窓が閉まった。ただ閉まるというより、こちらから押しつけるような圧力が加わり、窓が完全にふさがったような感じだ。次はレバーを180度向きを変え、先端が下にいくようにした。窓が緩んだ感じが伝わり、そのままレバーを手前に引くと、右枠を軸に窓が内側に開いた。


 内倒しの状態は部屋の通気がとれ、雨もほとんど家の中に降り込まない。その状態では外から開くことができず、レバーを下に向けるには、窓全体を破壊する必要があり、防犯性に優れる。


 閉じれば高気密高断熱住宅が実現する。窓全体を開けることができ、内開きなので、外側にルーバーや面格子をとりつけることもできる。1946年に西ドイツで開発され、今では90%のシェアを誇り、北欧にも広がっている。寒冷地で広まったのも当然だ。



 そういえばキズキは、ドイツ料理店というか、やたら広いイートインコーナーのあるソーセージとチーズの専門店をオープンし、そこを拠点にしていた。


 ここもその類か。


 彼女の作り出した架空のドイツ人が出てきそうだが、


「いらっしゃいませ」


 おしぼりを持ってやってきたのは、ポップなエプロンをつけた、茶髪で化粧の濃いアルバイト風の若い日本人女性だ。


「ここいつ出来たんですか?」


 僕はすかさず聞いた。


「先月オープンしました」


「へえ、アイスお願いします」


 弟のほうを見ると、外を眺めている。


「何注文する?」


 僕が注意を促すと、


「あ、え~と、同じで」と答えた。喫茶店のオーダーのことなど眼中にないようだ。


 まだ、約束の時間まで三十分近くあるので、僕は特別なルートで入手したアトランティス製の携帯電話で、向こうで流行のゲームをプレーした。



 約束の時間になった。弟と二人で外の駐車場とドアを見張っているが、新規の客は入ってこない。


「遅れてるな」


 弟は独り言を言った。


 ところが、すぐに「来た」といって、彼は立ち上がった。


 店内に突然出現するとは、やはり、相手は普通の人間ではないようだ。


 弟の視線の先にいたのは、ねずみ色のタートルネックセーターに、茶色っぽいスカートを履いた中学生くらいの女の子だ。


 これからデートをするには地味なような気がする。


 厨房付近からゆったりとこちらに近づいてくる。


 ぱっと目には、こんな子供の何がいいのだろう、と思った。


 しかし、彼女を近くで見ると、納得した。



 弟から聞いていた以上の顔だ。この世の者とは思えない美しさだ。


 彼女はテーブルの傍に立つと、


「もうすぐ兄が来ます」


「どうぞ」


 僕は、相手に向かい側の席に座るように促した。


 それからすぐに厨房のほうから、坊主頭の小柄な少年が出てきた。



「何で奧から来るの?」


 僕は彼女に聞いた。


「私たち、この家の子供だから」


「そういう設定か……」


 僕は、禁断の一人ごとをつぶやいてしまった。



 竹本清美の兄は妹の隣の席に来て、座らずに僕に向かっておじぎをした。留年したとはいえ、同級生の兄同士なのに、見た目は僕より十歳も若く見える。


 背が低く、顔立ちもこれといって特徴がなく、あまり目立つタイプではなさそうだ。


 妹も立ち上がったので、僕ら兄弟も立って簡単な自己紹介をした。、


 兄の名は清治。年齢は二十三。大学を出たが、就職せず、今は実家の手伝いをしている。やはり僕より年下だが、それ以上に若く見える。坊主頭のせいで甲子園球児のようだ。



 それからほんの少し雑談をしただけで、後は若い人同士でゆっくり、となった。あったばかりの相手と向かい合わせにすごさなければけないが、相手が年下なのでさほど気にならない。適当なことを話して時間をつぶした。


 ところが、ものの五分もすると、


「奧の部屋どうですか?」と清治は提案してきた。


「ここに住んでるの?」


「はい」


 建物は大きく余裕があるのはわかるが、市が運営する公園の商業施設に暮らすのはおかしい。しかし、その設定につきあおう。


 すでにアイスコーヒーは飲み終えていたので、僕は彼に案内されて、厨房経由で奧に向かった。


 プライベートな居住空間かと思ったが、そこも一応客室で、特別な客だけが利用できる「個室」だった。


 といっても八畳ほどの空間にテーブル席が一つあるだけで、内装も特に凝ってはいない。ただ、人に聞かれてはいけない話をするにはもってこいだ。


 僕らはまた向かい合わせに座り、僕は相手から切り出すのを待った。



「妹も僕も、本当はもっと若いんじゃないかと思ってますよね」


 期待どおり向こうから切り出してくれた。


「あなたは高校生、妹さんは中学生に見えます」


「本当はいくつだと思います?」


 清治は、鋭いまなざしを僕にぶつけた。


「その言い方だと、年をごまかしてるように聞こえますね」


 僕はとぼけた。


「ごまかしているというよりも、実は自分の年齢が何歳かわからないんですよ」


「そうですか」


「前回生きていた時、この星の住人ではなかったので、人間に換算すると何歳かなんて答えようがないんです」


 普通なら冗談にとられるだろうが、僕は驚かない。ただものではないことくらい最初からわかっている。



「その姿は、誰かモデルがいるのですか?」


 僕は、普通なら絶対にしない質問をした。


「オリジナルです。かなり前に一度使ったことがあって」と彼は答えた。「そのときと服装はかなり違いますけど。中肉中背で印象に残らない顔でしたが、今では背が低く、坊主頭なのでそれなりに目立ちそうですね」


「そういうことですか」


 僕は納得した。戦前の日本の学生は坊主頭が普通で、当時の平均身長は今では小柄な部類になる。「運営の方ですよね?」


「ええ」


「キズキの元同僚の方?」


「とんでもない。同僚なんて恐れおおくて」



 キズキはマルチバースの運営だった。同僚でない運営ということは、目の前の存在はユニバース、この地球の運営ということだろうか。


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