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「うわ、これはまた派手にやられたね」
痛ましげに顔をしかめ、私の腕に包帯を巻くのは、友人の桂木菜緒だ。
ここは高校の保健室。あの後全ての後始末を行った私は、始業時間ギリギリに校門に駆け込み、痛む腕を抱えながら午前中の授業を乗り切り、昼休みが始まると同時に保健室に駆け込んだ。
そこで待ちかまえていたのが菜緒だ。彼女は私とは別のクラスだが、保健委員で保健室を自由に使える。しかも中学校からの友人で、私の家庭の事情も知っているというありがたい人物だった。
「他人の家のことだからあんまり口出しできないけどさ……マジでちゃんとした人に言った方がよくない? 児童相談所とかさ……。中学よりひどくなってるよ」
中学時代から私の怪我の手当てをしてきた菜緒は、真摯な眼差しを私に向ける。真っ白な包帯の巻かれた腕を見つめ、私はため息をついた。
「私もそうしたいけど、無理よ。花恋は鬼の花嫁だから。鬼の花嫁の家族に問題があるなんて、誰も信じたくないでしょう」
「まさか揉み消されるってこと? 鬼ってそこまでするの?」
「彼らはする」
私は中学卒業と同時に、児童相談所に駆け込んだことがある。だが、初め親切に対応してくれた職員さんは、私の名前を聞くと同時に青ざめ、どこかに電話をかけた。
そして数分後、百目鬼家の鬼が私を迎えに来たのだ。眼鏡をかけ、理知的な顔立ちをしていた。瓏樹の従者をしているというその鬼は、美しい顔に壮絶な笑みを浮かべ、私に語りかけた。
──どうか瓏樹様の花嫁に、要らぬ傷を付けないでくださいね、と。
「鬼ってのは、ほんっっとにどうしようもない奴らの集まり! クズの中のゴミ! 長く生きててやることがそれ!? もっと世の役に立つことをしろっての!」
奈緒が吼える。世間では畏れられ、敬われる鬼をここまでくさすことができる女子高生は、世界で菜緒だけだろう。
「ねえ深春、本当にマズくなったらあたしの家に来てよね。狭いけど、深春一人くらいならなんとでもなるし、遠慮しなくていいから」
手当てを終えた菜緒が私の顔を覗き込む。私は眩しさに目を逸らしながら、薄く笑った。
「大丈夫。私、体は頑丈だし。それにそんな迷惑かけられないわ。高校卒業したら家を出るって決めてるもの、あと一年ちょっと、生き延びられる」
今は高校二年の三月。私が待ちに待った高校卒業が見えてきた。私は絶対に奨学金で県外の大学へ進学すると決めている。生活費はアルバイトで稼ぐ。そして就職し、二度と家には帰らない。これが私の完璧な人生計画だ。
菜緒が私の肩に手を置く。その手が震えているのを感じて、そっと手に手を重ねた。
「菜緒?」
「お願いだよ。絶対一緒に卒業しようね。大学はバラバラになっちゃうかもしれないけどさ、あたしが深春のところに行くから。部屋に泊めてよね。それで、就職したら、年に何回か会って、一緒に旅行したり、愚痴を言いあったりしようね。そうやって一緒に年を取ろうね」
肩に置かれた手に力が入る。痛いほどだったけれど、不思議と不快ではなかった。
「約束する。私は菜緒と一緒に人生をやっていくわ。私の部屋でお泊まり会をやろう、二人でお酒を飲もう、辛いことがあったら慰め合おう。──絶対に」
家では絶対に出ない笑顔が溢れた。目頭が熱かったけれど、奈緒を心配させたくなかったから、少し上を向いて鼻をすすった。菜緒も笑って、私を抱きしめてくれた。
菜緒の体は、とても暖かかった。