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 そうして数日が過ぎた。邪鬼の捜索は難航し、百目鬼の家には緊張感が漂っている。沙一はずっとしかめ面で、瓏樹でさえも不機嫌になり、花嫁に素っ気なく振る舞うのだと花恋が癇癪を起こしていた。


 そして当の本人はといえば──。


「深春、今日も精が出るな」


「こんなところに来て大丈夫なんですか」


 私が一人、台所で大量の芋の皮むきをしていると、ひょっこりと椿が現れた。初めて会った時と同じ、椿の柄の着物を着ている。


「どうも屋敷中が緊迫しているな」


「明日は結婚式なんです。邪鬼は見つからないし、みんな余計にピリピリしているんですよ」


 教えると、椿が意外そうに声を上げた。


「もう明日か。早いものだな」


「花恋の十六歳の誕生日なんですよ。結婚できるようになったらすぐに結婚したいからって。今となっては、それが幸せかも分かりませんね」


「鬼の与える幸福だからな。深春ならどうされたい」


 椿が聞くので、私は皮を剥きながら答えた。


「少なくとも、家畜みたいな扱いはまっぴら御免ですね。私は自分の人生を生きたいので」


「自分の人生?」


 椿が首を傾げる。


「自分の行き先を自分で決めるってことですよ。それだけのことが、私にはずっと難しかったんです」


 手に持った芋の皮を綺麗に剥き終え、次の芋に手を伸ばす。芽を取って、包丁を皮に滑らせた。


「なあ、深春。もしもその行き先が俺と重なっていたら、どうする?」


「……は?」


 突拍子もない言葉に、指を切りそうになる。危ないところだった。


「それはどういう、」


 妙に真剣な眼差しで、椿は私を見据える。あり得ない、と一蹴すればいいのに、それを許さない空気だった。喉が震えた。


「私は──」


「お姉ちゃん!」


 どたばたとした足音が響き、私はハッと我に帰った。


 足音の方を見ると、ふわふわした真っ白なワンピースをまとった花恋がこちらへ向かってくるところだった。あの服は確か、一着六桁をくだらない価格で、花恋のおねだりに瓏樹が惜しみなく買い与えたものだ。


「私が呼んでるのに、こんなところで何を……あら」


 椿が目に入ったのか、花恋の気勢が削がれた。いかにも高貴な美しさを備えた男を前にして、花恋の相好が崩れる。


「これは失礼いたしました。私、百目鬼瓏樹の妻の花恋でございます。うちの使用人が何か粗相をしておりませんか?」


 一行ごとにツッコミどころのある文章だったが、もはや口を出すのも馬鹿馬鹿しく、私は押し黙った。こんなつまらないことで言い争っても意味がない。


 花恋はその可愛らしい容貌に、至極の微笑みを浮かべている。胸の前で組み合わされた華奢な手には、きらめく石が飾られた腕輪が輝いていた。


 いくら花恋が煌びやかに着飾っていても、もはや今の私には、それが愛の証明には見えなくなっていた。少なくとも、私の思う愛ではなかった。


 椿は心底つまらなさそうな表情を露わにし、花恋の頭の上から爪先まで、値踏みするように視線を一巡させた。


 それから肩をすくめ、鼻で笑う。明らかに侮蔑の動作だった。


「俺は今、お前の姉の心を乞うているのだ。お前などに用はない。分かったらさっさと立ち去れ。他人の睦言を盗み聞くのは不作法だぞ」


「なっ……!」


 花恋の白い頬にさっと朱が差した。恐らく人生で初めてぶつけられた侮辱に、彼女の体が震え出すのが見て取れる。


 花恋がその大きな瞳を細め、鋭く私を睨み付ける。私も静かにその瞳を見つめ返す。


 睨み合うことしばし。花恋は今にも爆発しそうな様子だったが、やがて彼女の艶めく唇はぎゅっと引き締められ、刺すような視線も私から逸らされた。


 一つ大きな深呼吸をし、咲く花に似た艶やかな笑みを浮かべる。


「あらまあ、それは失礼いたしました。まさか姉にそのような男性が現れるとは思ってもみなかったものですから。でも、あんまりからかわないであげてくださいね。彼女は世間知らずですから、遊びというものが分かりませんもの」


「なるほど、『奥方』はさぞ遊びに詳しいと見える」


 明瞭な皮肉に、花恋の頰がぴくりと動く。だが、さすがに形勢不利を悟ったのか、一つたおやかな礼をすると、ワンピースの裾を翻してこの場を去った。


「傲慢に膨れ上がった人間を突つくのは楽しいなあ」


 朗らかな椿の声に、私は脱力した。


「というか、なんですか。睦言とかなんとか……」


「さすがに興が削がれたな。またふさわしい機会に持ち越すとしよう」


 楽しそうに何事か算段を立てている。私は包丁を持ち直し、皮むきを再開した。


「そんな機会は永遠に来ないと思いますが」


「いいや、すぐに来るさ」


 予言めいた確信に満ちた口調に、私の手の中で芋が滑った。

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