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夕焼け空の下で彼と

作者: 相模 怜

「私、あともう少しで死ぬの」


夕焼け空を眺めながら、私はつぶやく。


空はだんだんと赤から茜色、そして紫色へと変わっていく。

その景色はほんの一時(いっとき)のもの。

儚く、今の私に似ているような気がした。



「……そういうこと、冗談でも言うのやめてほしいんだけど」


私の隣に立つ彼は、悲しそうに言う。



彼は私の幼馴染で、学校帰りなのか制服を着ていた。

ただ家が近くて学校が同じというだけで、今はあんまり交流が無い。

小さいころはよく遊んだのに、中学に上がったとたん何だかよそよそしくなって、それから同じ高校に上がったというのに学校ではあまり口をきいていない。



「冗談じゃないよ」



私は自嘲気味に言いながら、彼の顔を横眼で盗み見る。



小さい頃から思っていたが、彼は結構綺麗な顔立ちをしている。

憂いを含んだその顔が夕焼け色に染め上げられて、世界遺産にでも指定されそうな彫像みたいだ。

今の彼の顔をクラスの女子が見たら、卒倒する人が出るかもしれない。

うちのクラスの女子は、彼にご執心の人が多いようだから。




鉄柵に乗りかかるような態勢に変え、私は視線を空に戻した。



最初にここを見つけたのは私だった。

あの時は小学校に上がりたてで無邪気だった私は、秘密の場所だとか言って彼とよくここに忍び込んだ。

ボロボロなわけでもなく取り壊されもしないこのビルは、子供の私には十分魅力的だった。

学校帰りによく二人でここにきて、屋上から夕焼け空を飽きることなく眺めるのが、その時の私の楽しみだった。



あの頃はまだ世界が輝いて見えていたような気がする。

ここから見る夕焼けもキラキラと光っていて、とてもロマンチックだった。



夕焼け空が燃えるように紅く綺麗だと、最初に言ったのは誰なんだろうか。



子供の時と同じ場所から見ているはずの夕焼けなのに、今はちっともそう見えない。

大人に近付くにつれて、純粋さや無邪気さと一緒にあの頃の目まで取り落としてきてしまったのかもしれない。



私はゆっくりと溜め息をついた。

春の風が、私たちの間を通り抜ける。


こうして彼が隣にいるとつい昔に戻った気分になってしまうが、現状は全然そうじゃない。



「どうして、死ぬなんていうんだよ」


彼は空から目を離さないまま、かたい声音で問う。



「私には未来が視えるから」



少し冗談ぽく言ってやった。

彼は少し虚をつかれたという顔で、ようやく私の方を見た。

彼の顔は驚きというよりも、困惑したような何とも複雑な表情をしていた。


私はそれを冷めた気分で見返しながら、言葉を紡ぐ。



「道を間違えなければあと何年かは大丈夫だけど、間違えたらあと何日かで私は死ぬの。正確な日までは分からないけど、少なくともあと良くて三年ってところ。……どう?嬉しい?」


口を歪めて笑みの形を作った。ちゃんと笑えたかは分からない。



「何いってんの。嬉しいわけ無いじゃん。……意味が分かんないんだけど」


彼はその綺麗な顔に、困惑の色を一層強く映す。

口調が心なしか焦って聞こえるのは、私の気のせいかな。



「どういう風に?私が嬉しいって聞いたこと?…それとも私が?」


「どっちもだよ」



彼は私がからかったとでも思ったのか、困惑顔を引っ込めぷいっとそっぽを向いた。

小さい子が拗ねているみたいで、何だか可笑しかった。


思わず薄く笑ってしまったら、彼がなんだよ、と目で訴えてきた。



「別に。ただ、今のは狂言でも虚言でもないよ」


「……どういう意味だよ」


「そのまんまの意味だよ」



彼がいぶかしむようにこっちを見てきたので、対抗しようと笑みを作ってみた。

鏡が無いから分からないけど、多分失敗したと思う。


昔のような無垢な笑みの作り方を忘れてしまった自分が、何とも滑稽だった。




太陽が段々とビルの間に隠れて、見えなくなっていく。

それに引っ張られるようにして周りの雲も、徐々に色を無くしていった。



本当は彼にこのことを話すつもりじゃなかった。

誰にも言わないで置こうと、思っていたのだ。


しかし私は言ってしまった。

別に待ち合わせたわけでもないのに、彼とここで会ったからかもしれない。

少女漫画みたいに、運命だの赤い糸だの言う気はないけど。


それでも少し嬉しかった事は確かだった。



……もしかしたら、私は彼の事が好きなのかもな。



自分の事なのに何だか他人事見たいだった。

自分の後ろでもう一人の自分が納得したような、そんな感じ。



「でもあなたは同じ気持じゃないのよねぇ…」


「え?」


「何でもないよ」



つい思った事が口に出てしまった。

彼は何なんだ、という目で見返してくる。


その視線を無視して、私はもうほとんど紫色に染まった空を眺める。


こんな場所で二人っきりというシチュエーションなのに、まったくロマンチックに感じられない。


幼馴染という関係だからだろうか。

それとも、私の感覚が狂ってしまっているからだろうか。



きっと彼はそんなこと、露ほども考えていないんだろうけど。



「…ねぇ、なんか俺に隠してる?」


彼はいかにも不機嫌といった感じで、私に尋ねてきた。



「うん、隠してた」


「……………」


「でも、過去形だよ。今打ち明けたし」


「……良くて三年しか生きられないってやつ?」


「そう」


彼はまた何とも言えないような、微妙な表情を浮かべる。

でもその目が虚言症患者を見る目でも、哀れな戯言を吐く女を見る目でも無くて少し、戸惑った。


同情や哀れみといった感じでは無くてもっと別な、不安とか苛立ちとかそんな感じの感情が混じった綺麗な瞳。


私はなぜか罪悪感を感じ、彼から目を逸らした。

別に悪いことはしていないのに、彼の顔を直視出来ない。

何だかこれでは、私が悪いみたいではないか。



「一様確認するけど、俺をからかっているんじゃないよな?」


「………違うよ」


「冗談、でもないんだな?」


「……違う」


「じゃぁ、なんか悩みでもあんのか?」


「あると言えば、あるかな」



私は別に病人でもなければ、精神異常者でもない。

だから普通に考えたら彼の反応が至極当然で、真っ当な疑問なのは分かっている。

私だっていきなり死ぬとか未来が見えるとか言い出されたら、いくら友達でも病院を進めるくらいには頭を心配する。

彼だって同じような気持ちだろう。


だから今のこの発言で変なのは、寧ろ私。

意味が解んないのも、私なのだ。



「…幼馴染だし、相談に乗るよ?」



気遣うような視線が私を見降ろす。



これも小さい頃からだが、彼は私に優しい。

ただ、それは私だけに向けられたものではない。

彼の優しさは、彼の友人ならば誰にでも向けられるもの。

男だろうが女だろうが、分け隔てなくふりまかれる。

計算のない、優しさ。



ただその優しさは、今の私には少し辛かった。

何だか無性に悲しくなる。

大きなお世話だ、という言葉をぐっと飲みこんで私は努めて冷静に言葉を吐いた。


「…何でか分かんないけど、私はもうすぐ死ぬの。信じたくなければ信じなくていいし、冗談だと思うならそれでいいよ。ただ私は、……信じてないでしょ?」



私は続けようとした言葉を、違う言葉をで塗り潰した。

危うく余計なことを言ってしまいそうだったから。

慌ててそれを隠そうと、笑みを浮かべたけど皮肉めいてしまったと思う。

私はとことん笑顔を作るのがへたくそなのかもしれない。



「………そんなことない、信じるよ。…だって」


「? だって?」


「お前のこと、好きだから」


「……………」



私は多分今、ものすごく変な顔をしていると思う。

目を見開いて彼の綺麗な顔を凝視している。


頭が真っ白になって、フリーズして、ショートして、機能停止して、凝結して…って、ああ何言ってんの私。

とにかく頭が混乱して思考がまとまらない。


今、彼は何を言った?

私は彼に何を言われた?


彼の顔が近いことに、今更ながら気づく。

私達は今までいったい何の話をしていたんだろうか。

こんな雰囲気になる要素なんて一つもなかったはずなんだけど。


というかこれは寧ろ、私が言うべき言葉ではなかったんだろうか?

私が彼のことを、好きだと気づいたのでは?

何で私が彼に告白されてるんだ。


彼は意を決したように、真っ直ぐ私を見つめてきた。

私はただ呆然と彼を見返すことしか出来ない。



「結構前から言おうと思ってたんだけど、言えなくて。…ごめん。こんなこといきなり言われても、お前が困るだけだってこと分かってるんだけど。……でもお前が死ぬなんて言うから」


「……それとこれとは、話違うような気がするんだけど」


「そうだね。……ごめん」



そう言って彼は弱々しく笑った。

その笑みが何だか儚げで、つい私は見とれてしまう。



太陽は完全に沈んで、紺色が空を支配した。

春とはいえ、まだ夜になると少し冷えて風も冷たい。

私は半袖しか着ていなかったので、反射的に身を縮ませた。



「そろそろ、帰るよ」



彼はそう言って自分のブレザーを私にかけて、屋上の出入り口に向かって歩き出す。


私はとっさに彼の腕を掴んでいた。

彼が驚いた顔で、こちらを振り返る。



「……返事、聞かないんだ」


「何となく答えは分かってるから」



彼はそう言って微笑む。諦めたような笑みだった。


どうして彼はそんな笑みを浮かべるんだろう。

私が死ぬって言ったからだろうか。

それとも何か別の理由があるのだろうか。



「本当に私の事…好きなの?」


「好きだよ」


即答だった。


「だから、死なないでほしい。嘘でも本当でも死ぬなんて言わないでほしいよ。…俺に何か出来ることあったら何でも言って。出来ることなら何でもするし」



彼の目は真剣で嘘をついてるようには見えなかった。

迷いのない、決意をした眼。

その眼が私だけを見つめてるんだと思うと、急に顔が熱くなった。

心臓がバクバクとやかましい。

彼を掴んでいる手が汗ばんできて、気持ち悪い。


あまりの羞恥に私は彼の顔を見ていられずに、顔を逸らしてうつむく。

コンクリートの地面と、自分の靴が視界に飛び込んできた。


顔から火が出るとはこういうことなのか。


顔が赤くなるのも、手が震えるのも止められない。

せめて彼には手が震えているのを知られたくなくて、そっと袖から手を離した。


何だか今の自分がものすごくオトメな反応をしているような気がして、自分自身に涙が出てきた。昔はこんな反応をするキャラじゃなかったのに…。

恋は人を変えるというが、まさか自分自身で体験するとは思わなかった。


……世の中、何が起こるか分からない。



「…俺さ、お前には笑ってて欲しいんだよ。お前を悲しませたくないし、悲しそうな表情(かお)して欲しくない。だから俺のこと好きになってくれなくても構わない。…今の告白は忘れてくれたっていい」



「……………」


「でも、俺はお前のこと…ずっと、好きだから」



彼の声は真剣そのもので、少し震えて聞こえた。

私がうつむいているから表情は分からないけど、彼は多分顔を真っ赤にしているだろう。

本気なんだとすごく伝わってくる。



「…分かった。じゃ、今の告白は忘れる」



思ったより声音は硬かったかもしれない。

ゆっくりと視線を上げて、彼と目を交差させた。


彼は私の予想に反して微笑んでいた。

もしかしたら私の答えは、彼の予想通りの答えだったのかもしれない。


きっと私が彼を好きだとは微塵も考えてないのだろう。

確かに私だって彼が私のことを好きだとは、想像もつかなかったけど。

だけど、彼がどう思っているか決めつけたことはない。


…なのに。


一方的に思いを告げて。

彼の告白が私を悲しませると決めつけて。

勝手に自己完結をして。


私が一人で勝手に舞い上がっているみたいで、馬鹿みたいじゃないか。

まだ心臓はうるさくて、顔は熱いのに。

彼はそんなことも気づかない。


だって私を見ていないから。

私の反応なんて期待していないから。


今まで態度に出さなかったのはお互いさまだったけど。

これじゃぁ、私が悔しいから。



だから少し意地悪を言ってやるの。



私は頬の筋肉を総動員して、これまでので一番最高の笑顔を作った。


最高に皮肉っぽい笑顔を。



「私はあなたのこと、大っ嫌いよ」








…世の中ってホント、何が起こるか分からない。




「なんか意味分かんない」

「言っていることが意味不明」

……大丈夫です。仕様です。二割ほど。

残り六割ほどは作者の力不足で、後は勝手に物語が暴走しました。すいません。

続編で分かりにくいところを説明していけたらなぁと思っています。

書ければ、ですが。


こんな小説でも最後まで読んでいただけたなら、嬉しいです。


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