3話
回復魔法はあった!
熊にやられた傷が徐々に回復していくが、体力までは回復出来ないようだ。それに、傷を完全に癒すことは出来なかった。少し休んでから熊を解体して洞窟に持っていく。何度か往復して全部洞窟の中へ持って行き今日は休む事にした。
次の日、俺は昨日の戦いを思い出す。命を懸けた熊との戦い。あの時、確かに恐怖を感じたし、死をも覚悟した。でも同時に心の奥底から込み上げてくるものがあった。
―――生きる喜びだ。
これは嗜虐心なんかではない。命を脅かされたから、殺した。生きるか死ぬかの場面で己の命を勝ち取った。しがないセールスマンだった俺には薄れている、血湧き肉躍る感覚だ。
「……それにしてもこの熊の肉は美味いな!」
この肉を毎日食べる為にも、もっと強くなろう。
それから俺は熊をメインに倒すようになった。最初は正面から挑み、自力で倒すのが難しいと判断した時だけ罠に誘導して倒す。罠を作るのは面倒なのだ。
「よし!今日は罠を使わずに倒せたぞ」
俺も成長したもんだと思いながら熊を解体していると、突然地面が揺れた。
「……なんだ? 地震か?」
揺れは1分程で収まった。俺の住処が崩落してないか心配になり、急いで獲物を担いで洞窟に戻る。
「何だこれ!?さっき通った時には無かったのに……」
洞窟に戻る途中に、見覚えのない祠の様な建造物が出来ていた。さっきの地震はこれのせいなのだろうか? 取り敢えず俺は1度洞窟に戻る事にした。洞窟は特に変わりなく無事だった。
熊の肉を置いて、突如出現した祠を見に行く。祠は6畳程での大きさで、ぎりぎり2人並んで通れる大きさの扉が付いていた。そっと扉を開けて中を覗く。
「階段?地下室か?」
扉の先には階段があり、俺が足を踏み入れると壁の松明が燃え始めた。そのまま階段を降りていくと、迷路のようになっていた。
「ダンジョンってやつかな……?」
よくゲームとかである奴だ。まさか自分で実際に体験する事になるとは思わなかった。そのまま通路を歩いて行くとモンスターが出た。スライムだ。
「これがスライムか。思ってたのより何か気持ち悪いなぁ」
無色透明で水風船のようにブヨブヨしていて、その中に核のようなものがある。試しに剣で核を突いてみると、核が体内で動いた。
「なるほど、核が動くより速く攻撃するか、まとめて全部吹き飛ばすしかないのか。中々厄介だな」
剣の訓練にはいいかもしれない。さっそく剣で倒そうとスライムと格闘する。スライムもただやられているわけではなく、酸のような液体を飛ばして来た。
「おっと」
あの熊の攻撃程速くなかったので何とか避けれたが、今のは危なかった。10分程スライムと格闘したが、中々倒す事が出来なかったので魔法で倒す事にした。火の魔法で蒸発させるとスライムがいた所には石ころの様なものが落ちていた。
「スライムの核かな?」
液状の部分が火の魔法で蒸発して核の部分だけが残ったのかとも思ったがどうやら違うようだ。核は丸に近いものだったのに、今拾ったものは石ころのようにいびつな形をしている。眺めていても答えは出ないので取りあえず先に進む事にした。
1時間程でこの階を一通り見て回る事が出来た。更に下に降りる階段も見つけた。下の階に降りるべきか迷ったが、今日はいったん洞窟に戻って休む事にする。
次の日、準備をして祠のあった場所に向かう。地下1階まで降りる。地下一階のマップは土の魔法で石版を作り持ってきている。
「紙があればなあ……」
出来るだけ薄く作ったけど、あまり薄過ぎても割れるので2cmほど厚さがあり、それなりに重いので思わずそう呟く。
順調に次の階段まで辿り着けた。マップは少なくとも1日で変わることはなさそうだ。次の階段を降りる。
2層目は上の階と同じような迷路になっていた。ただ、広さは1層と比べるとかなり広い。この様子だと10倍はありそうだ。ちなみに地図はあらかじめ持ってきておいたもう1枚の何も書いていない石版に魔法で刻み込んでマッピングしている。
それから丸1日掛けてこの階を全て回りマッピングを終わらせ、次の階段も見つけた。
この階に出現するモンスターはゴブリンだった。戦ってみると危なげなく倒せたが、外のゴブリンよりも強かった。力だけでなく、知能も外のゴブリンより高いようだ。この階にはいくつか小部屋があり、その中には宝箱があったり、ゴブリンがひしめいていたりした。宝箱には武器や瓶に入った液体が入っていた。ポーションなのだろうか? 赤く毒々しい色をしていてこんなのを飲む気にはなれなかった。
3層はコボルトという頭が犬の怪物だった。強さはゴブリンとさして変わらない。この調子でどんどん進もう!
4層目は巨大な蟻だった。巨大蟻は1匹1匹はそんなに強くはないが必ず数匹でまとまっているので厄介だ。攻撃は突進と噛みつきだけだが、人の背丈もの大きさで突進してくるからかなりの衝撃だ。いやぁ、痛かった。
5層目は森になっていて、1~4層までの敵が徘徊していた。ゴブリンやコボルトは集落を作っていたりして、かなり実戦に近かった。1~4層も実戦ではあるけど、どうしてもゲームの感覚が拭い切れなかったのだ。
空があり、完全にランダムに生えている木々や川を見ているとそんなゲームの感覚なんか吹き飛んだ。
5層の森の端、階段から1番離れた所に大きな扉があった。
「これは……。ボス部屋か」
中に入る。ホブゴブリンだろうか、ゴブリンを大きくしたような奴がいた。
俺を認識すると手に持っている棍棒をブンブンと振り回す。威嚇なのだろうか? 俺は駆け寄り、ホブゴブリンの棍棒の振り下ろしを避けて、首を斬り落とす。
「ゴブリンよりも強いけど、所詮ゴブリンだな。お!宝箱だ」
先にホブゴブリンの死体から革や使えそうな素材と魔石を取り出す。死体は30分程すると消えてしまうからだ。宝箱を開けると、中にはポーチが入っていた。試しにホブゴブリンの革を折り畳んで入れてみる。
「おおっ!これはもしや……!?」
革だけで一杯になるだろうと思っていたのに、まだまだ中に入れられそうだ。試しに持っているもの全部入れてみる。
「全部入った!……出すときは手を入れて出したい物を思い描けばいいのか。魔法のカバンだな!」
これはいいものを手に入れた。これで毎日洞窟に帰らずにダンジョンを探索出来そうだ。
それから俺はこの森の景色に別れを告げ、ダンジョンの攻略を目指す。もう生きて帰れないかも知れないという覚悟を決めて。