2話
「……やばい寝ちゃった!」
周りを見渡すと洞窟には夕日が差し込んでいる。よかった、俺はまだ生きている。ちょっとの気の緩みが命に関わる世界だ。
前みたいに安全を保証された世界じゃないんだ。気を付けなければ。
火を起こし、血抜きした肉を焼いて食べる。匂いに釣られたか、帰って来たのかは分からないが、ゴブリンが何匹か来たので容赦なく殺す。こいつらの血抜きは明日にしよう。
食事を終えると、さっきのゴブリンが持っていた杖を取り出す。杖があれば俺も火の玉を出す事が出来るのだろうか?
「……ものは試しだ、やってみよう」
ゴブリンが出した火の玉を想像しながら念じてみる。5分程念じても全く火の玉は出来ない。
「うーん、何がいけないんだろう?もっと真剣に念じないと駄目なのかな」
今度は色や温度、火の玉が周りに及ぼす影響も想像しながら念じる。少しの間念じていると、俺の中からよく解らない力が放出されるのを感じた後、火の玉が俺の前に出現した。
「おぉっ!」
思わず声を上げると、今度は火の玉を動かして洞窟の壁に当ててみる。火の玉はゆっくりと壁に向かうと壁に当たって消えた。壁は少し焦げた程度だ。
「ゴブリンの火の玉程の大きさも威力もスピードも出ない。あいつ、結構凄かったんだな……」
○○○
1週間後
俺はゴブリンより強くなる為にひたすら魔法の練習をした。初日は何体も倒したが、ほとんど奇襲によるものだ。ゴブリンは頭も良くないから工夫さえすれば倒せる。でも、それじゃ駄目だ。
コブリン以上にもっと強く恐ろしい怪物がいるかも知れない。そう考えるとやはりゴブリン程度は余裕で倒せる様になりたい。そう考えて、この1週間あえて奇襲はせずにゴブリンと正々堂々戦った。
そのおかげで俺はゴブリン2〜3体なら余裕で倒せる様になった。魔法も火の玉だけじゃなく、少しだが水や土も操れるようになっている。
動きながら魔法を使うのは中々難しく、今はゴブリン3体を相手にその練習をしていた。相手の足元を少しへこませバランスを崩して斬りかかる。3体とも問題なく倒せた。
「ふぅ、何とか倒せたな。……んん? なんだ?」
少し離れたところからドシドシと何かがこっちに向かって来る音がする。俺は嫌な予感がして、急いで茂みに隠れた。茂みに隠れた直後、足音のしていた方から大きな熊が現れた。かなり大きな熊だ。4足地面についた状態でも俺の身長より高い。
コイツはやばい。肌が粟立ち、震えが止まらない。幸いにも熊は俺に気付いていないようで、俺が倒したゴブリンを食っている。それを隠れて見ていると、ふと怒りが湧いてきた。
「クソッ、あれば俺が倒した獲物なのに……!」
10分程で3体のゴブリンを食べ尽くすと、どこかに行ってしまった。
……もっと力を付けなければ。俺はあの熊を倒す事に決めた。
○○○
熊を見てから更に一週間、あいつを倒す為にひたすら剣の素振りや魔法の練習をした。俺が熊を見たあたりは奴の縄張りのようで、その辺りでよく熊を見かけた。熊の動きを観察し、脳内でのシュミレーションを繰り返す。
「明日、あの熊に挑んでみるか」
倒せるかどうかはやってみなければわからない。その日の夜は緊張で中々寝付けなかった。
朝、目を覚ますと朝食にゴブリンの肉を食べる。これが最後の晩餐になるかも知れないと思うと震えが止まらない。命を掛けるとはこういう事なのか。
武器を持ち、準備運動を兼ねて軽く走りながら熊を探す。こういう時に限って中々見つからないんだよな。
数時間探し回っても見つける事は出来なかった。一度洞窟に戻ろうかと考えていた時、ついに奴を見つけた!
「何度見ても大きいな……」
俺は熊に音を立てずに近づいていく。雑食なのだろうか、木の実を食べている。俺は魔法で火の玉を3つ作り食事中の熊に向けて放つ。3発中、1発は当たったが残りの2発は避けられてしまった。
「これを避けるのかよ……」
俺は熊の死角から、一切音を立てずに攻撃したのに。しかも当たった1発もほとんどダメージを与えられてない様だ。
「グォォァァーーー!!」
攻撃された事に怒ったのか、熊が咆哮する。心臓が縮み上がるようなその咆哮を背に俺は洞窟の方へと走る。あまり遠くで倒しても大き過ぎて持って帰れ無いからだ。それに、洞窟の近くの森にはいくつか仕掛けをしてある。
洞窟から歩いて5分程の場所まで来た。サッと後ろを振り返ると、熊はまだ追いかけて来ている。仕掛けはここだ! 俺は目印を確認すると、その場所を飛び越える。熊も俺の挙動を見てか飛び越えようとするが、飛び越えた俺は反転して仕掛けの、落とし穴の縁に土の壁を作ると同時に熊に向けて放った。俺が作った壁に当たり熊を落とし穴に落とす事に成功した!
ズシン、という大きな音がした。
「よし! まだ生きているかな……?」
落とし穴の中には剣や先を尖らせた木の枝なんかを使って剣山のようにしてある。慎重に中を覗き込む。熊は所々に木の枝が刺さり血を流しているが、まだ生きていた。近くに隠しておいた長い木の枝の先を尖らせた槍で熊が倒れるまで刺す。
何回か刺して動きが鈍った熊にとどめを刺そうと頭を狙って槍を突き出す。
「うぉっ!」
一瞬何が起きたのか解らなかった。熊が前足で白刃取りし、槍を引っ張ったのだ。気付いたら俺は落とし穴の中に落ちていた。幸いにも下の剣山は殆ど熊によって壊されていたので俺が串刺しになる事は無かった。
しかし、落ちた痛みで体が上手く動かない。痛みを押して立ち上がった俺に、熊が爪を振るう。マズイ、殺される……!
咄嗟に土の魔法を使って熊のバランスを崩すが、それでも胸を切り裂かれた。
「これが窮鼠猫を噛むってやつか……。だったら俺だって……!殺してやる」
腰に下げていた剣を取り、熊に斬りかかる。熊の攻撃を避け、斬りつける。
何度も繰り返し斬りつけていると、次第に熊の動きが遅くなり、遂に倒す事が出来た。
「超いてぇ」
思わずその場に座り込む。少し休もう。
熊に切り裂かれた胸がじんじんと痛む。血が止まらない。
そう言えば回復も魔法で出来るのかな? 試してみよう。傷を見ながら治った時の事を思い描く。
「思ったより難しいな、これ」
痛みでうまく集中出来ない。しばらく試行錯誤していると、回復出来るようにになってきた。
やはり回復魔法はあった……!!