6話
あれはダンジョンの何層だっただろうか。
比較的浅い層だったはずだ。フィールド型で昼と夜がある階だった。たまたまその階層に着いた時に夜で、昼と夜があると知らなかった事もある。
暗闇の中四方八方からモンスターに襲われてその階層の攻略には苦労した。その時俺は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感すべてを使っても対処出来なくなる時が必ずくると強く思った。
第六感というものがある。虫の知らせや嫌な予感みたいなものだ。これを育てるべきか。
そう思い立った俺はゴブリンのいる階層まで戻り、防御をガチガチに固めて、ゴブリンの放つ弓や魔法を目を瞑ったまま避けるという練習をした。それが出来るようになったら次は剣を持ったゴブリンと目を瞑って戦う練習だ。
結果としては数週間掛かったが倒せるようになった。もう一度夜の階層を通ってみる。前よりは楽になった。
獣の匂いや、微かな音に気付けるようになり、前よりは対処出来るようになった。しかし、まだ足りない。
おれが持っている感覚で、普段使っていないもの……。
魔力か。
この世界に来てから得た感覚だったからすっかり忘れていた。俺は今まで魔力と言うのは魔法を使う為だけに使っていた。そう言う物だと決めつけていた。
それから、魔力や魔法というものについて色々と考えるようになった。
前を見たままで後ろを見る魔法を作ったが暗闇の中では使えなかった。サーモグラフィーのように熱を感知する魔法は変温動物や、スケルトンのように体温を持たないモンスターには使えない。
敵を感知する魔法もいくつか作ってみたが、どういう訳か全て敵に気付かれてしまった。
試行錯誤した結果、限りなく薄めた俺の魔力を周囲の空間に展開するという方法を思いついた。そうする事で、敵が近づいて来た時に、俺の魔力に触れる事で感知する事が出来る。かなり難しく、出来るようになるまでに1年以上掛かった。
○○○
そんなダンジョンでの日々を思い出しながら、ジルさんの家へと戻る。夕食の席で、午前中は子供達と一緒に言葉を習い、午後はジルさんの護衛をするという予定になった。
「はぁ、まさかこっちに来てまで勉強する羽目になるとは……」
昔から勉強が嫌いだった俺は思わずそう呟いた。それでもこの世界に生きる以上やらなければならない事だ。これは覚えておかなければいつか痛い目を見るだろう。書類の不備に気付かずに借金を負わされたりとか……。重いまぶたを無理やり開き、自分に活を入れる。
『おにいちゃんいっしょにあそぼー!』
『あそぼー!』
休憩時間になるとジルさんの子供達、アインとマインが飛びついてくる。4歳の双子で顔もそっくりで見分けがつかない。しかし、奥さん曰くちょっとした仕草で分かるのだとか。そのうち分かるようになるのかな?
午後はムンブさんと一緒にジルさんの護衛だ。国で1位2位を争う商会ともなると様々な商談が舞い込んでくるらしい。貴族の屋敷へ出向いたり、家へ訪ねてくる者もいた。
「疲れたか?今日はあと一人で終わりだからもう少し辛抱してくれ」
「はい……!」
そう励まされ、俺は気合を入れる。最後の商談相手はベルド商会という、ジルさんのフィンダー商会と競いあっている程に大きな商会の使者だった。
『どうもご無沙汰しております。副会長直々にお越し下さるとはどういったご用件で?』
使用人が連れて来たのは40代の眼鏡をかけたほっそりとした男だ。体つきは細いがひ弱そうな感じはしない。
『噂によると、盗賊に襲われたとか。今日はそのお見舞いにと思いまして。ですが、見た限り怪我もないようで何よりですねぇ』
『えぇ彼らが叩きのめしてくれたので私はかすり傷すら負いませんでしたよ』
そう言ってジルさんはチラリと俺に目を向ける。
『ほぉ?なるほど、確かに強そうだ。うちの子飼いにしている冒険者達とどっちが強いのか気になりますねぇ。そうだ、今度の建国記念日の武術大会に出てみてはどうですか?』
『あぁ、すみません。こいつはアース語しか話せないので……。私から説明しましょう』
なんだろう?俺の話をしているようだ。ジルさんが今話していた事を説明してくれた。
「武術大会ですか。楽しそうですね。ですが、ジルさんに雇われている身なのでお任せします」
「そうか、済まないが武術大会は諦めてくれ。その日は色々と立て込んでいるんだ」
「本人も楽しそうだと言っている事ですし、出してあげればいいじゃないですか。もし人手が足りないなら出しますよ?」
ベルド商会の副会長はアース語でそう提案してきた。
「っ!?アース語話せたんですね。分かりました、そこまで言うなら武術大会に出しましょう」
「言葉も商人の武器ですから。もし人手が必要なら言って下さい。ではそろそろ失礼します」
○○○
「……良かったんですか?」
「うん?あぁ、出来れば護衛に来て欲しかったんだけどね。流石にあそこまで言われたら出さざるを得ないさ。これで武術大会に出さなかったらどんな噂を流されることやら……」
それにこいつもいるから大丈夫だ、とムンブさんを見ながら言う。
「よし!これで今日の仕事は終わりだ!さぁ飯にしよう!」
翌日、今日からしばらくの間は語学の授業は先生の家に行ってすることになった。
先生がぎっくり腰で来れなくなったらしい。そんな訳でアインとマインを連れて先生の家へ行く。
『わ~!あれおいしそう!たべたい!』
『ダメよマイン!はやくせんせいのところにいかなくちゃ!』
そう言って屋台に駆け寄るマインを止めようとするアイン。こういう所はお姉ちゃんなんだな。
しかし、ミイラ取りがミイラになってしまっている。
そんな2人を促して先生の所へと向かう。
「済まないねぇ」
「大丈夫ですよ、外の様子も見たかったので」
「それじゃあさっそく始めようか」
「「せんせ、よろしくおねがいします!!」」
「よろしくお願いします」
○○○
「「せんせ、ありがとうございました!!」」
「ありがとうございました」
「はい、また明日ね」
授業が終わり屋敷へと戻る。行きにアインとマインが引き寄せられていた屋台がまだやっていたので、芳ばしい匂いのする肉の串刺しを買ってあげる。
「おじさん、この串焼き3つ下さい」
「らっしゃい!お?あんた、アース公国から来たのか?」
「それが分からないんですよ。記憶を無くしてしまって、気づいたら森の中にいました」
「……そうか、それは大変だったな。よし!あんちゃんの分は負けといてやるよ!」
「ありがとうございます!」
そう言ってお金を渡し、肉の串刺しを3本貰う。アインとマインに1本ずつあげる。
「今日頑張ったご褒美だぞ〜。まだお昼前だから皆には内緒にしてね」
「いいの?ありがとう!」
「やったー!ありがとう!」
屋敷に戻ると武道大会に備えて、ムンブさんが稽古をつけてくれた。ムンブさん曰く、俺には対人戦の経験が極端に足りていないらしい。まぁ、魔物にフェイントなんてそこまで必要なかったからなぁ。
ムンブさんは元Aランク冒険者で、しかもその中でも上位に入る腕前だったらしい。俺の攻撃が全然当たらなかった。力や素早さでは負けていなかったハズだが、経験や技術に関しては遠く及ばない。学ぶことはまだ沢山あるという事だ。
ムンブさんとの稽古を終え、午後は武術大会の申し込みをしに行く。ジルさんの屋敷から30分程歩いた所にある王城の門前の広場でエントリー出来るそうだ。
参加者だろうか。広場には大剣を担いだ青年や、杖を持ちローブを着た姉妹、ドワーフやエルフなんかもいる。皆ギラギラとした目付きで互いを観察している。
そんな異様な雰囲気の広場に入り、受け付けへと向かう。




