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変わらない日常

 「普通の高校生」

 少し前まで、この俺――五十嵐ツキトが唯一他人に対して誇れていた肩書だ。

 大切なものは失ってから初めて気づく~、とか言うだろ? まぁつまるところ、俺はそれを身にしみて体験したってわけだ。

 普通ってのは、意外にも維持するのが難しいのさ。実際に体験した俺が言っているんだから間違ってないと思うね。

 でも、少しは憧れたりするだろ? 非日常やらフィクション世界とかにな。

 俺だって昔は憧れてたんだがな。だが、歳を重ね、いつしか高校生にもなった俺はそんなことを忘れ、現実を見つめることにしたんだよ。

 だが、どうやら俺は心の中の何処かで、そんな小説の中のような出来事があってほしいと望んでいたようだ。


「ちょっと、聞いてるんですか!」


 隣から聞こえたであろうやかましい声が俺を現実に引き戻す。 

 あ~聞こえんね。すまないが、今の俺は外部からの情報を完全にシャットアウトしている。考え事にふけるのだって、たまには悪くないさ。 


「何考えてるんですか? 放課後なんで早く部室に行きますよ」


 今は放課後。つまり、部活動やらクラブに所属する生徒が自らの部室に足を運ぶ時間帯だ。

 無論、部活動に所属している俺だって例外ではない。むしろ例外にしてほしいところだね。生徒会にでも掛け合ってみるか。ダメもとでな。


「あ~、すぐ行くから他の部員連れて先行ってろ」


「あなた、そう言って帰ったことがありましたよね? 絶対一緒に行きますから」


 そう、俺はコイツのこういうところが嫌いなんだよ。

 純粋っていうか面倒くさいっていうか。勘弁してほしいね全く。

 

 なぁ? 道明寺部長様よ。


・ ・ ・


 部室。

 狭くもなければ広くもないが、だからといって窮屈ってわけでもない。

 居心地は良い。居心地だけはな。クーラーも付いてるし。


「ツキトさん、おはようございます」


 道明寺に引っ張られるようにして部室に連れてこられた俺を出迎えてくれたのは優しい挨拶だった。

 無論、この挨拶の主は道明寺では無い。もしそうだとしてもコイツは俺にだけは絶対に優しくしないからな。よくわからんね。


「あぁ、おはようございます。小春さん」


「お! 小春ちゃんももう来てたんですね!」


 どこまでもやかましい女が俺の耳元で言う。離れろ。


「いいじゃないですか。同級生だし。部長だし!」


 どうやらコイツは部長というものの権限が絶対であると思いこんでいるらしい。恐ろしいもんだ。将来独裁者にでもなる気なんだろうか。


「そうですね~。まぁ考えときますよ」


 考えておくらしい。何でもありかよ。


「おい! そこの二人。早く入れ!」


 うるせぇ。この部室に声のボリュームが抑えられるやつは小春さんしか居ねえのか。

 この中二病野郎はいい加減敬語と声のボリュームの抑え方を覚えるべきだ。俺はまだいいが、部室の隅っこにいる椿先輩は一つ上の先輩だぞ。


「気にしてはいない。冷泉はいつもそうだろう。いちいちツッコんでると君の身がもたないぞ」


 懐が広くてよかったな。中二病。この大人びてる先輩が温厚で。


「さぁ! みなさんお集まりのようですね! じゃあ今日は……」


 よくもまぁ、こんな凹凸だらけのメンバーが衝突せずにいるもんだ。ある意味ですごいね。個人的に表彰したくなる。主にこの状況に耐えてる自分にな。

 というか、やることくらい前日に決めておけよ。小春さんはニコニコしてるし、中二病は眼帯を白色のものから黒色のものに変えてるし、椿先輩はいつもと変わらず外を眺めてる。

 な? 普通じゃないだろ。


「ん~……。それじゃあ今日はこの部の正式名称を決めましょう!」


 決まってなかったのかよ。俺が所属する部活動の名前。

 と言ってる俺自身もあんまり思い出せないな。決めたような決めてないような感じだ。まぁ今日決めるらしいしいいだろう。変な名前だけはやめてくれよ。部活動の名前で同級生からいじられるのは勘弁だからな。


「実はもう候補は決めてあります。多数決で決めましょう」


 そういってコイツは、メモ用紙みたいな紙に書かれた候補案をホワイトボードに張り出した。

 候補案はこんな感じだ。


「自由部……ボランティア部……何でも部……、って一体何だコレは」


「見て分かる通り、この部の名称案ですよ?」


 それは分かってる。重々承知ってヤツだ。

 俺が知りたいのはこの候補のことだ。何だこれは? 俺がさっき言ったことは何だったんだ。

 そもそも、これを申請書に書いて生徒会に提出したところで了承されないだろ。俺はついていかないからな。失笑されるのは発案者の道明寺だけでいいのさ。


「そうだな、私はパスで」


「この漆黒の翼もパスしよう」


「私はどうしようかな~」


 薄情者共が。俺にこの中から選べとでも言うのか。世の中は残酷だな。

 こんなときにすら優しさを見せてくれる小春さんは、恐らく天使の生まれ変わりか何かなんだろう。きっとそうに違いない。無償の思いやりは受け取らなければバチがあたりそうだ。


「ツキトくん以外はパスなのですね? ではツキトくん、選んでくださいね」


「この中からかよ……」


 罰ゲームもいいとこだ。この中で一番マシなのはどれだろう。一見すると自由部とかボランティア部とかはマトモそうだが、実質的には何でも部のほうが近い。勘違いした生徒会に学校の近所のゴミ拾いなんかを命じられるのも嫌だしな……。


「そうだな……、この中から選ぶとするなら、何でも部だな」


「私も賛成だ。この中ならば、これが一番この部の活動を的確に言い表しているだろう」


「俺も賛成だ……。神の声もそう言っている」


「わぁ~。いいですね~それ」


「よし! 決まりですね! 何でも部、始動です!」


 もうちょっと俺の功績をたたえてもらいたいもんだね。あの中からマシなのを選ぶってだけなのにずいぶん疲れちまった。メチャクチャだな。

 明日からの俺の肩書が何でも部所属、となるのだろう。まぁいいさ。俺は心が広いんだ。これぐらい認めてやらんでもない。

 はぁ……。それにしても全く、おかしなもんだな。

 部長に振り回される部員。そんなもんはフィクションの世界だけだとは思っていたが、間違いだったらしいな。

 楽しくない、といえば嘘になっちまうが、まぁ、つまらんわけじゃないさ。

 だってそうだろ? せっかく中学の頃から思い続けてた半非日常さ。楽しまなきゃ損だよな。

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