No.09 焼き付いた景色
限りなく濃紺のびろうどが空を覆い、一日の終わりを告げ始めた。
星は出ていない。月もぴたりと雲に閉ざされている。けぶる生ぬるい空気のなか、ただただ目に鮮やかなのは、原いちめんに咲き誇るひまわりの、きいろだ。
信じられない、という表情で、彼女はつないだ手をふりほどいた。薄闇のなか大きな目だけがきわだって、一心にこちらをにらみつけている。その強い苛立ちの光が、ぼくをますます寡黙にさせた。
「もう一度、いって。いま、なんて言ったの。」
ふたりの間に、ただそよと風は流れる。このささいな透き間が、ぼくと彼女の、永遠の距離のような気がして、不快なめまいを感じた。湿度の高い、ねばつくような空気も、饒舌にぼくを責めたてる。
まばたきの一瞬にして、彼女の頬に透明な雫がこぼれた。愚かなことに、今まででいちばん、彼女をきれいだと思っている。
「わたしから告げろなんて、まさか考えていないわよね」
雫はそれ以上、落ちてこない。いちばん強く、彼女は笑って、覚悟をきめるように顎をひいた。すんなりと背筋を伸ばし、そのまま、いちめんのひまわりに溶けてしまいそうだ。
思わず右手をとると、振り払われた。
覚悟を決めていないのは、紛れもなく、ぼくだ。
そっと二歩、後ずさって、立ち止まる。お互いの距離が、ますます遠ざかるのを、たしかに感じている。目をとじて、ゆっくりと四文字の言葉を反芻した。
濃紺の夕暮れは、まぶたの裏でるり色にかわる。鮮やかに、鮮やかに。
あと三秒経ったら、そっと口をひらいて、告げるつもりだ。
さよなら、と。