表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

No.07 「ねこ」


 子どものころ、あたしは「ねこ」と沢山の約束をした。


 お魚はのこさずたべること。

 またたびは最後の手段にすること。

 見栄を張っても、意地は張らないこと。

 うそをつくときは、最後までつきとおすこと。

 しなやかにジンセイを生きること、とか。

 じつに沢山の約束を結んだ。


「ねこ」はいつも面白がって、戯れに約束を作ってくれた。でも結局、いつも不真面目だった。

 あたしがどれだけその約束に心酔し、従って生きようとも、「まだそんな約束守ってるの」なんて言うやつだった。あたしを馬鹿にしては、せせら笑うばかりだった気がする。


 そう。じぶんで作ったくせに、「ねこ」は毎回堂々と約束を軽んじ、破っていたのだ。

 あたしは、その裏切りにいつも憤慨したのだけど、もちろん、反省のカケラも見せてはくれなかった。ただの一度も。


 人を食ったような態度とはこのことだと、何度思ったことか。


「ねこ」は“約束”の守りのなかへ、一歩たりとも入ることはなかったし、縛られることも厭った。基準は面白いか、面白くないかのふたつだけ。それが「ねこ」をいかに自由にしていたか、あのころは気付かなかった。

 そして、「ねこ」はいつもいつもあたしを哀れんでいた。

「ねこ」と結んだ約束こそが、人生の教本だと信じて疑わず、生きることに楽をしようとしたあたしを。心底残念そうに。


「かわいそうな子。こわがりの赤ちゃん」


 約束破りをなじるあたしに、いつもそれだけ言っては消えてしまうのだった。

「ねこ」が姿を現さなくなってから、もう何年経っただろう。

 正直、「ねこ」がいなくても生きていけているという事実に、あたしは驚いている。

 あのころは、「ねこ」と「ねこ」との約束が、あたしの全てだったのに。


 日の光がかげったとき、草の影が揺れたとき、風がそよと流れたとき、「ねこ」はいる。存在を感じる。あのころよりも、ずっとずっと近くに。

 それだけで、あたしは十分に満足している。


 ふしぎだ。約束を熱心に守りつづけたあのころより、今はずっと気持ちが安らいでいる。

 いま、ここで「ねこ」に会えたら、なんて声をかけてくれるのだろう。

 すこしは、「こわがりの赤ちゃん」から成長しているのだろうか。


 面白いか、面白くないか、のふたつだけでは、さすがに人生を生きられないあたしは、不器用ながらもあたし自身の「基準」を探し始めている。


「ねこ」とかわした数々の約束は、いまもそのままのかたちで、のこっている。

 けれど、それらの約束を破り続けた「ねこ」の態度こそ、いちばんの約束だったように思うのだ。

「ねこ」がその基準に従って生きたように、あたしも、あたしの基準で生きる。


 

 そうおもいながら今日も、こわがらずに、前を向く。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ